「境界線(出題編)」
はじめに(出題編・回答編共通)
以前こんな記事を書いていました。
「日記を書くようにセトリを考える」。
今回は、プレイリストを通して1つの物語になるように作ってみました。つたないかもしれませんが、コロナ禍の現在を生きる2人の大学生の物語になりました。
今回は「境界線」というタイトルで、(出題編)と(回答編)の2部作になりました。こちらは(出題編)のプレイリストになります。
音楽に、感謝を込めて。
今回のプレイリスト
今回はこんなプレイリストをつくってみました。
Prologue(生きていたんだよな)
明ける予感のない雨。
繰り返される社会の歴史。
人間と自然との喧嘩。
報道番組では、一日の感染者数や死亡者数の情報が天気予報のように淡々と流れていく。
そしてまた一つ、どこかで命が消えていった。
1.僕(生きてる間すべて遠回り)
(2020年10月)
ジリリリリリリリ!!
目覚まし時計が僕のことを起こそうと必死に鳴っている。
しかし、僕は今日も時間通りに目を覚ますことはなかった…
Zoom上でオンタイムで進行している授業に僕がいないことなんか誰も気にせず、そのまま90分間の授業は終わった。
ーーー
僕は新潟で暮らしている。
東京の大学に通っているのだが、授業はコロナで全てオンラインになった。
今まで働いていた居酒屋のバイトは、中々シフトを入れてもらえなくなった。
次第に一人暮らしをするのが困難になり、実家に帰ってきた。
授業は少しずつ見るのが億劫になり、どんどん遅れを取っていた。
あまりにもやつれた僕の姿に困惑してしまった両親は、半ば強制的に僕を医者に連れて行った。
そこで、僕は「うつ状態」という診断を受けた。
薬を服用し始めてしばらく経つが、まだ良くなっている感覚はない。
そんな僕が、かすかに覚えてる記憶。
学校のチャイムの音。
踏切の音。
職場に向かって吸い寄せられるように早歩きしているサラリーマンの群れ。
自分のことは、何も思い出せない。
満足してないこと、前に進んでいないこと。
それしか分からない。
2.私(この雨がこのままずっと降れば)
(2020年10月)
私は、仲が良かった頃の彼とのLINEのやり取りを見返していた。
あの日を境に、彼と一切連絡が取れなくなってしまった。
LINEの連絡先を消されてしまったのだろうか。
以前はよく一緒に遊ぶ仲だったし、サークルでも一緒に活動をしていた。
彼は地元に帰省したらしいーーそんな噂を聞いた。
彼は私と同じ高校に通っていた。
違うクラスだったので、ほとんど話をすることができなかったが、あの頃から彼に好意を抱いていた。
喧嘩別れをしてしまったが、私はいまだに彼への想いを諦められずにいる。
ずっと彼のそばにいたい。
それでしか、私が生きている理由を見つけることができない。
叶わない願いだとは分かっているけど。
3.僕(この先どうなら楽ですか)
(2020年6月)
高校までは、言われたことをやってくればよかった。
でも、大学に入ってからは自分の意志で物事を決めていかなければいけない。
1年間をなんとなく過ごしてきたつもりだけど、コロナが流行してからは生活が一変してしまった。
大学の人とは一切連絡を取らなくなってしまった。
そして、彼女とも。
授業もアルバイトも全くやっていない。
趣味も、夢も、何もかもが消え去ってしまった。
ああ、この先どうやって生きていけばよいのだろうか。
誰か教えてはくれないだろうか。
4.彼ら(クエスチョン)
(2020年7月)
僕はTwiterのおすすめ・トレンドを一通り眺めて、スマホを近くに放り投げた。
ニュースでは、今日も感染者が過去最高だという話で持ちきりになっていた。
専門家やコメンテーターはしきりに政府の批判を続け、自分たちは正義を振りかざしているんだという顔をしている。
Twitterでは、医療従事者の心の叫び、若者の叫び、大人の叫びで溢れていた。
みんな、自分が正しいと思っている。
でも、本当にそうなのだろうか。
しばくの期間いろんな人の主張を聞き続けた。
みんな必ず何かと対立をしていた。
でも最近になって、そういったもの全部が嫌になってきた。
どれも正しくないんじゃないかっていう気がする。
みんなが、それぞれの首を絞めてるだけなんじゃないかっていう気がする。
そして、その中に知らずのうちに自分も入ってしまったみたいだ。
いったい何が正しいのだろうか?
「クエスチョン」
その言葉が、僕の中で何度も鳴ってきた。
5.僕(ただそれだけで)
(2020年8月)
僕は何気なく街を歩いていた。
街はまだ輝きを失っているように見えた。
ふと、花屋を通りかかる。
「エイミー」という花屋さんには、いろんな種類の花が置いてあった。
なぜだか、そこにあったマリーゴールドが気になってしまい、しばらく眺めていた。
あれはいつの時だっただろうか。
サークル活動のことで思い悩むことがあり、佳奈に相談をしたことがあった。
自分が説明できる最大限を彼女に話し、これからどうしたら良いかを聞いた。
そしたら、彼女からたくさんのアドバイスをもらった。
どれも、僕の頭では思いつかない有益なものであった。
そのおかげで、僕は企画を成功へと導くことができたのだ。
それから、彼女と一緒に行動することが増えた。
一緒に映画を見て、ご飯を食べ、趣味の話で盛り上がった。
僕たちはこれからも長く付き合えるかもしれないと思った。
しかし、それは長くは続かなかった。
ほんのささいな喧嘩が原因で、彼女と連絡を取ることをやめてしまった。
本当は、あの日に告白をしようとしていたのに。
今となれば、あれからすぐ仲直りをするべきだったと思う。
彼女が僕に会いたがってるという話もきいたことがある。
でも意地を張ってしまい、仲違いをしたまま月日が流れてしまった。
ある日、父親が東京出張のついでに僕のアパートを訪れた。
僕のあまりにやつれた姿と部屋の惨状を見て、父は驚愕していた。
何を聞いても無気力でまともに返答しようとしない僕を見かねて、父は僕を新潟の実家に連れ帰った。
それから、僕は新潟で父と母と一緒に生活を送ることになった。
僕はもともと父や母と仲が良かったわけではない。
家にいても、ほとんど話もせずに1日が終わっていく。
今となっては、佳奈と一緒に遊んでいたあの頃を愛しく思う。
あの時の優しさを、僕はもう受け取ることはできない。
6.僕(まだだまだできるんだ)
(2020年11月)
日々気温が下がっていく毎日。
僕はどんよりした灰色の空を見つめる。
もうすぐ冬がやってくる時期だ。
今日も布団の中でぼんやりと考え事をしていた。
自分の人生はこんなはずじゃなかった。
大学生活はもっと華やかなものだと思っていた。
色々な人と関わって、いろんな経験をして、かけがえのない4年間になると思っていた。
1年間を過ごしてやっとその道のりが見えてきたと思ったのに、そのすべてが消えてしまった。
海外旅行をする夢。
社会経験を積む目標。
日々精進していこうと思えていたのはいつまでだっただろうか。
こんな状況下でも、サークルはオンライン活動の実施に向けて準備を進めているみたいだった。
困難な状況でも、みんな諦めずに自分たちのやるべきことを見つけて必死に動いている。
それなのに、僕は何をすることもできずに、布団の中で1日を終える日々を過ごしてしまっている。
もっと、何かやれることがあるはずなのに。。
もっと、ちゃんと生きなければいけないのに。。
一体、僕の体はどうしてしまったんだろう。
ふと佳奈のことが頭に浮かんだ。
彼女ならあの頃のように僕を助けてくれるだろうか。
でも彼女とはこちらから縁を切ってしまった手前、連絡するのも気が引けてしまう。
そんなことを思いながらも、彼女のことをしばらく考えていた。
7.僕(僕は僕をやってられないんだよ)
(2020年12月)
ついに、新潟にもコロナが流行しだしてきた。
クラスターも複数個起きている。
東京で味わったあの閉塞感が新潟にもやってくるのだと思うと、全てを投げ出したくなってきた。
新潟では、みんなまだコロナに対する警戒心は薄いらしい。
そんなようでは、きっとすぐに呑気に過ごせなくなる日が来るだろう。
芸能人の自殺のニュースがいくつも流れ、僕の頭から離れなかった。
みんな「新しい生活様式」をある程度は受け入れて生活しているようにみえる。
でも、どこにも発散させられない「悪」が至る所に溜められていて、いつ爆発してしまうんじゃないかと思うととても怖くなる。
本当に怖いのはコロナなんかじゃなくて、我々人間の方だ。
行き場のないたくさんの声に、僕は飲み込まれて溺れていく。
手足をバタつかせてみるけど、酸素が持ちそうにない。
8.僕(こんなに辛い日々もいつか終わるかなぁ)
(2021年1月)
僕はまだ生きている。
でもこれは僕じゃない。
体が思うように動かない。
楽しいと思うことがほとんどなくなってしまった。
僕はお医者さんから処方されたお薬を毎日飲むようになった。
これで今までの日々ともさよならできるんじゃないかと期待をしていた。
でも、決してそんなことはなく、今まで通り体が動かない毎日が続いている。
何が悪いのか、さっぱりわからない。
自分のことを、自分が1番よく知ってるはずなのに。
あっという間に月日が流れていく。
ある日、僕は特に用事もないのにフラッと外へ出かける。
ふらつきながら、ただ遠い所に行きたくて足を進める。
線路の近くまで来たところで、踏切の音が聞こえてきた。
僕を誘っているのだろうか。
その音に耳を澄ませてみる。
線路の中に入りたい欲求が湧いてきた。
突然出てきた発想に驚き、戸惑ってしまう。
もうすぐ電車がやってくる。
9.飛行
この世には、まだ解明されていない現象が数多くある。
想いは、時に物理的な距離を超えて相手に届くことがある。
テレパシーのように。
あるいは、誰かが自分の噂をしていてくしゃみが出るように。
良い想いだけではなく、悪い想いも物理的距離を超越してしまうことだって、起こりうるのかもしれない。
そして、300㎞ほどの距離を何かが越えようとしていた。
10.私(悪意からの避雷針)
(2021年2月)
私は、彼との距離の壁を越えることができない。
一切連絡を取ることができない。
私は、もう一度彼に会いたい。
会って話をしたい。
確かめたい。そしてできることならもう一度やり直したい。
そのためなら、どんなことだってやってみせる。
私の意思は、私の肉体を超えようとしていた。
少しずつ、私の彼への想いと、彼の私への想いが、物理的には説明できない力によって1つになろうとしていた。
11.僕(一人きりで角を曲がる)
(2021年3月31日夕方)
あの日は一瞬線路に飛び込もうとして、やっぱりやめた。
それからも、布団の中から天井を見つめる日々が続いた。
今日はあの日以来初めて自分の意思で家を出て、街をふらついていた。
電車で2時間ほど乗り、終点の駅で降りた。
ここがどこかもよくわからないが、駅から降りて、ただひたすらに歩いた。
行く当てもないけど、ひたすら歩き続ける。
太陽が次第に沈んでいき、そして街の灯り以外何も照らすものはなくなった。
僕は歩き続ける。
日にちが変わろうとしていた。
そんな時、ビルの上に彼女の姿を目撃する。
なぜこんなところにいるんだろうと疑問に思いつつ、屋上に向かって走った。
Epilogue(二人今、夜に駆け出していく)
(2021年3月31日夜)
彼女は屋上から身を乗り出していて、今にもそこから飛び降りそうな様子だった。
「何してるんだ!」
彼女に向って叫んでみたが、向こうは僕の声には気づいていないようだった。
僕は慌てて彼女の場所へ走っていく。
屋上にたどり着くと、彼女は微笑みながらこちらを向いてきた。
「ねえ、私が何でここにいるか知ってる?」
「そんなの、知らないよ。」
「それはね、君を救うためなんだよ。」
「どういうこと?」
「一緒にここから飛べば、君と私は残酷なこの世界から抜け出すこと
ができる。さあ、手を貸して。」
そんなこと信じられるはずがない。普通ならそう思うだろう。
しかし、この時の僕はまともに頭が働いてはいなかった。
それに、何かに自分の頭を操られていたのかもしれない。
この時の僕は、彼女の言葉が正しいことだと思ってしまった。
僕は「終わりにしよう」と言った。
その時、君は笑っていたようだった。
2つの心が1つに繋がった。
そして、2人は夜に駆ける。
翌日、ビルの脇で男性1人の遺体が見つかったというニュースが流れた。
(完)
*この物語はフィクションです。