顔見知りの名前も知らない人との出会いと別れ
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いつも同じ道を歩く朝
いつも同じ顔ぶれも
表情は見なくても伝わる
背中姿を見る毎日よりも
真正面のひと目すらかなわない
これ程毎日存在があるのに
言葉はおろか、挨拶すらすることもなく出会わずに別れを迎える
それが今日なのかもわからず
伝わることもないおはよう
これで最後かもさようなら
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毎朝の通勤途中の駅だったり、定期的にどこかに出掛けたりしていると、あなたにも顔見知りの人がいるのではないでしょうか。
いつも目にするあの人です。名前すら知らない、よく知っている人。話したことすらないし、目すら合わせたこともない人。
きっと、初対面がいつかなんて覚えていないような存在ですよね。
気がつけば毎日のように見掛けている。多分お互いに意識もしているはず。でも全くの赤の他人という関係です。
何人もそんな人がいて、年齢も自分と同じくらいだったり、歳上だったり、学生だったりと実にばらばらな属性の人たち。
人生でお互いに交わっているのか、それとも交わっていないのか、よくわからない関係ですね。
名も知らないけどよく知っている人たち。
これまでの人生で、そんな人たちは山ほどいても、一度たりとも親しくなったりはしたことがないのですね。
もちろん、妄想の中では、親しみを込めて、お互いに会話したり想像を働かすことはあります。
そんな対象が素敵な異性だったりしたら、大いに妄想の毎日かもしれないですね。
中には、いつもの場所ではないところで、歩いている姿を見かけることもあります。
だからといって、「こんなところで見かけるなんて、今日はどこかにいかれるのですか?」なんて気が利いたことも言わず。
「あっ、いつものあの人だ」。結局それで終わり。
もしかしたら、自分も同じように思われていたりすることもあるのかもしれません。
いや、付き纏ってるわけではないですよ、などと言い訳を用意してみたりすることもあります。
名前も知らない顔見知りの人とは、始まりの挨拶をすることがないのはもちろんですが、さようならの挨拶もせずに別れていきます。
いつしか、いつも見ていた「あの人」が、最近は姿を見なくなったなと思う経験を、あなたもお持ちでしょうか。
「あの人」を見かけるのが、電車のホームだったら、通勤場所や、ルートが変わったのかなと想像するでしょう。
コンビニなどのお店の店員さんだったら、辞めてしまったのかな。(コンビニだったら名札で名前はわかりますね)
最初はそんな風に思うものの、暫くすると、やがて脳裏からも忘れ去ってしまいます。
悲しいのか、悲しくないのか。。
「悲しくない」で片付けてしまいましょう。
「おはようございます」で始まらなかった出会いは、「さようなら」もない別れを迎える。
まるで移りゆく景色のような、でも、誰かにとってはきっと大切な人でしょう。
どんな挨拶も思い当たらない、「いつも見かけるあの人」にどんな感情を抱きましょうか。明日、目にしたら、勇気を出して声を掛けてみますか?
無理はしないでいましょう。
心のなかで「おはよう」、そして「さようなら」。
なんだか味気ないので、
こう呟いてみましょうか。もちろん心のなかで。
「また会いましょう、お元気で」
きっと今もどこかで元気に過ごされているはずです。
名前の知らない、よく知っている人。
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