わたしのアメリカ留学

#創作大賞2024

中学から高校までまったく英語に興味も勉強もせず生活をしてきました。

ある時関東の大学に行きたいと先生に伝えたら…あなたはどこの大学にも入れません!っとこてんぱに言われ、泣きながら父と一緒に帰ったのを思い出します。

父いわくどこにも入れないわけはなくて先生の探そうと思わなかった考え方が間違っていると言っていましたが今は言われて良かったのかな?とも少し思っています。

なぜなら私は高校を卒業してからすぐに留学をする初めての生徒だったからです。

それが、私は…英語力は皆無。

先生にどこにも行けないと言われて自宅へ帰ってから、父は留学経験がありましたからあめりかへ飛んでみたらと誘ってくれたのです!

世界に羽ばたいてみたい!と軽い気持ちで思ってただ父と六本木の説明会へ行って1番の感想はかっこいい!私も英語を使って六本木で働きたい!

そんなこんなでアメリカ留学を決意しました。


アメリカへ行く空港では中学の友達が来てくれて頑張れとyellとpresentを頂きました。


チケットを渡した瞬間、急に涙があふれるように止まらずわたしは出発するんだ、親から離れるんだと思い実感させられました。


大韓航空の飛行機に乗ってからも涙は止まらずしかも、私の席には外国人のカップルが座っていました。

どうしたらいいか分からない私は後ろにいたおばあさんに声をかけられて隣に座りなさいとゆってるのかな?もーわからないけどのっちゃえ!泣きながら飛び立ったのでした。

ここからが始まりです!


アメリカ到着、と思いきやドライバーさんが何時間たっても来ない!!

わたしは英語が話せないのでエージェントと(アメリカのサポートをしてくれた方)の連絡先と学校の番号だけを知っていたので

空港の方にジェスチャーでphoneといって電話を何回もかけてno carを連呼していました。

多分私の言っていることが伝わらず小銭も無くなってしまいもうクタクタでベンチに座っていました。


何時間だったでしょう、、、


やっと女性のドライバーさんが来てアメリカ、カリフォルニア州のサンタバーバラへ。

本当はドライバーさんに荷物を盗まれるかもしれないし危ないのかもしれないけれど疲れて爆睡。途中スターバックスに寄ったドライバーさんが水買う?っとゆってきましたがお金もいくら渡したらいいかも分からず1ドル渡して水をもらいました。

それからやっとホストファミリー宅へ

ご挨拶のハグから

何を言われているのか分からなかったけど名前だけ伝えて自分のルームへ。

ルームシェアだったので韓国人のお友達がルームメイトでした。

運がいいことに彼女は日本語が少し話せました☺️


ですから色んなことを英語日本語で電子辞書を持ちよりながらお話をしました。


それがアメリカへ来た一日目のお話です。

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