ディレード放送
「ディレード放送」というのをご存知だろうか?
いちばん分かりやすいのはゴルフ中継。
ゴルフ中継は一見「生放送」に見えるが、実は厳密にはそうでは無い。
16〜18番ホールにそれぞれ中継車が置かれ、そこに複数のカメラがある。
この3台の中継車から本社のサブセンターへ、3ホールの中継映像と音声が同時に送られる。
16番ホールの模様をOAしている時、同時に17番、18番ホールの模様もVTR収録しているのである。
16番のOAが終わったら、ディレクターの指示に従い、17番か18番のVTRが再生されて、視聴者にはあたかも3ホールのプレイが連続して生放送している様に見せるのである。
これが「ディレード放送」の基本。
「11PM」でも「ディレード放送」が行われる時があった。
日本テレビ系列が「プロ野球・ジャイアンツ戦」を放送する日、当時は30分の延長があった。
ところが、「11PM」のうち、「テレビ大分」だけが「日本テレビ系列とフジテレビ系列両方の番組を混在して放送するクロスネット局」。
「テレビ大分」は「ジャイアンツ戦」を放送していなかった。その時間帯、フジテレビの番組を放送していたのである。
つまり、どういう事が起こるかというと、「11PM」、日本テレビ系列のテレビ局は「ジャイアンツ戦」が30分延長になって、24:03からの放送。
「テレビ大分」だけは30分延長が無いので、23:33からの放送となる。
この場合、どうするかと言うと、「テレビ大分」の放送時間に合わせて、「テレビ大分」だけ、生放送。
あとの日本テレビ系列の局は、その放送をVTRで収録しつつ、30分遅れで放送する。つまり、収録しながら、放送するのだ。
普段の生放送の場合、CMに入ると、サブ(副調整室・・・ディレクターやタイムキーパーが座って、スタジオに指示する部屋)のデジタル表示に「CMの残り時間」が自動的に表示される。
タイムキーパーをやっていた僕たちもそれを見ながら、スタジオへカウントダウン。
しかし、「ディレード放送」の場合は、うちの局は生放送していないので、CMに入っても「残り時間」は表示されないのである。
こんな時はどうするかと言うと、僕自身がCMに入った瞬間に手元のストップウォッチを押し、CMの「残り時間」をスタジオに伝えていく。
ストップウォッチを握る手は薄らと汗が滲み出る。この操作を間違えれば、「テレビ大分」を含め、「11PM」をネットする全局で大きな放送事故が発生する。
本当にドキドキしたものだ。
でも、僕はこの「タイムキーパー」という仕事が好きだった。
カメラリハーサルを見て、ディレクターがどのコーナーをいちばん重要視しているかを以心伝心で察知し、生放送の時間配分を調整していく。
テロップの確認、準備も重要な仕事。
生放送に入れば、スタジオへの秒読み。
VTRのスタートボタンを押す。VTRは3秒経たないと、OAに乗せられない(当時のVTRは一定のスピードになるまで3秒かかった)ので、スタジオトークが終わりそうなタイミングを読んで、スタートボタンを押していた。
CMに入る時に押す「APS」と呼ばれるボタン。このボタンを押すと、5秒後に全ネット局がCMに入る。
そして、いちばん大事なのは、なるべく余計な事は言わない事。
インカム(サブとスタジオを繋いでディレクターがカメラマンやフロアディレクターに指示を出す回線)の使用を最低限にする事。
ディレクターの指示が僕の秒読みなどで聞こえなくなってしまっては最悪だから。
几帳面な性格の僕にはこの仕事が合っていた。
あり得ない事だが、日本テレビ「24時間テレビ」のラスト・マラソンがゴールする時のサブのタイムキーパーをやってみたかった。
「負けないで」が流れ、全ネット局のリレー中継があり、「サライ」が「確定(決まった時刻)」で出る。そのタイムキーパーをやるのが叶わぬ夢だった。
話は脱線したが、「ディレード放送」。
ある特別番組をやった時、こんな事があった。
その番組も「ディレード放送」。収録して、すぐにOA。
あるコーナーで時間が押して来た。後輩フロアディレクターのN君が仕切っている。
あまりにも押すので、N君、初めは指を回して、「巻き」の合図(早く終わって!の合図)を司会者に出していた。
でも、そのコーナーはなかなか終わらない。今度はN君、司会者に×を両手で大きく出した。やっとCMに入った。
ここで予想だにしない事が起きた。司会者が
「司会者がスタジオを出て行くか、N君がスタジオを出て行くか」
とN君に迫ったのである。
もちろん、N君は駆け足でスタジオを出て行った。
その時までN君に全てを任せて、呑気にスタジオの隅にいた僕。
突然、取り残された僕が時間内に番組を入れる宿命を背負わされる事になった。緊張のあまり、ドキドキが止まらない。司会者は物凄く怒っている。
最後のCMに入った。CM明け、最後のコーナーの残り時間がタイムキーパーさんから来た。
僕は恐る恐る司会者に近づいて行き、横に立って言った。
「ラストのコーナー、2分37秒です」と。
司会者は怒った事が恥ずかしかったのか、僕と目線を合わせないで頷いてくれ、ちゃんと時間通りに番組を終わってくれた。
収録が終わると、僕は全身の力が抜け、その場にしゃがみ込んだ。
「だから、『ディレード放送』は嫌なんだ」と呟きながら。