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テレビの裏側

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テレビ制作・テレビ宣伝の裏側・思い出を綴ります。
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2024年11月の記事一覧

ウォークマンとサザンオールスターズ

ウォークマンとサザンオールスターズ

初めて、「ウォークマン」を買ったのは、1978年、大学1年だった。聴く曲は、「サザンオールスターズ」。

買ってすぐ、大学の「バスケット愛好会」の高山合宿に持って行った。

「初代ウォークマン」はもちろんカセットテープだった。録音機能を外して、軽量化した発想が画期的だった。

レコードからカセットテープにダビングして、どこへ行くにも「サザン」を聴いていた。

「ウォークマン」は、「風景」に「音楽」

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ディレード放送

ディレード放送

ディレード放送という放送形態がある。

いちばんよく使われるのが、ゴルフ中継。

ゴルフ中継の場合、16番、17番、18番にそれぞれ中継車が置かれ、同時に行われている3ホールの映像が本社のサブセンターのVTRに収録し続けている。

どのホールの映像を使うか決めて、その場で編集しながら、リアルタイムとは遅れて放送するのである。

「生放送」でありながら、一部分、少し遅れて放送する事だ。

僕もディレ

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愛染恭子の処女膜再生

愛染恭子の処女膜再生

僕は1985年、「11PM」木曜日のディレクターとしてデビューしたが、時には火曜日のディレクターを任される事もあった。

火曜イレブンは「タイムギャング」と言われ、「USA最新情報」や「秘湯の旅」のコーナーは「外部プロダクション」が取材して、VTRが持ち込まれ、僕らディレクターは残りの2〜3コーナーを考えるというシステムだった。

僕が「11PM」のスタッフになった1983年当初は「火曜イレブン」

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三谷幸喜と楳図かずおとびっくり日本新記録

三谷幸喜と楳図かずおとびっくり日本新記録

2024年11月21日、朝日新聞夕刊より。

三谷幸喜さんの「連載エッセイ」。

https://youtube.com/watch?v=mVwt9lmjXlI&si=l2Qs27VrJzSw9sF4

https://youtube.com/watch?v=PNzgc5f4WNQ&si=zxtUg02BOQ74Xwtg

三谷幸喜さんは大学生の時、友だちとテレビ番組「びっくり日本新記録」に出場し

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アニメ「ブラックジャック」

アニメ「ブラックジャック」

僕はアニメ「ブラック・ジャック」の宣伝をやってました。

プロデューサーは同期の諏訪道彦。アニメ「名探偵コナン」の生みの親です。

諏訪と僕は、僕がディレクターデビューした「11PM」で手塚治虫さんと直接お会いし、その時知り合った手塚治虫さんのマネージャー・古徳稔さんを通じて、「ブラック・ジャック」のアニメ化が実現したのです。

詳しくは、この記事を見たら、諏訪が書き込んでくれる事でしょう。

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三谷幸喜さん、楳図かずおさんと「びっくり日本新記録」に出る‼️

三谷幸喜さん、楳図かずおさんと「びっくり日本新記録」に出る‼️

2024年11月14日、朝日新聞夕刊、三谷幸喜さんのエッセイです。

三谷幸喜さんは大学時代、テレビ番組「びっくり日本新記録
」に仲間と一緒に参加されました。

井原啓介さん

井原啓介さん

2015年から一滴もお酒を飲んでいない。それゆえ、僕にとって「母港」である「新宿ゴールデン街」にはほとんど足を運ぶ機会が無いのである。

初めて、「新宿ゴールデン街」に行ったのは25年前。

同期のアニメプロデューサー・スワッチこと諏訪道彦君が連れて行ってくれたのだ。

店の名前は、「酒乱童べるじゅらっく」。

マスターは俳優の井原啓介さん。山口県出身のAB型。僕と一回り違う子年、1948年生まれ

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奇跡の芸人・マルセ太郎

奇跡の芸人・マルセ太郎



「タモリ、ビートたけしは『文明』だ。マルセ太郎は『文化』だ」と言ったのは、落語界の重鎮・立川談志。


「マルセ太郎が売れないのは『お笑いの芥川賞』で、『直木賞』じゃないからだ」と言ったのは、芸人・書評家の内藤陳。

これらの言葉をマルセ太郎(以下、敬称略)自身も気に入っていた。

濡れたTシャツ

濡れたTシャツ

「濡れたTシャツ」。

「11PM」のコーナーの名前である。

若い女性がTシャツだけを着て、海岸を歩いたり、海に飛び込んでTシャツを濡らしたり。プールサイドのシャワーをTシャツ姿で浴びたり。

見事な企画である。全裸の女性より「エロ」を感じる。


僕は高校生の頃、深夜、親が寝静まった後、イヤホンを付けて、「11PM」のエロいシーンを観ていた。

インターネットもHDDレコーダーも無い時代、

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「11PM」時間を間違えた‼️

「11PM」時間を間違えた‼️

その日は何かと慌しかった。

「火曜イレブン」の本番当日。
カメラリハーサルは押しに押した。(スケジュールが遅れる事)

終いには、番組の最後の一つ前のコーナーで流す「秘湯の旅」のVTRも「流したテイ」(VTRを流さずに)でカメリハは進められた。

23:33からの生放送なのに、カメリハが終わったのは、23:15。

スーパーテロップの直しも数枚。

当時はディレクターやタイムキーパーがい

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「EXテレビ」お通夜

「EXテレビ」お通夜

「EXテレビosaka」で「お通夜」という番組をやった。数少ない僕の企画である。

元々の企画の発想のスタートは2つ。

1つは、黒澤明監督の映画「生きる」である。

この映画は確か志村喬扮する主人公の「胃のレントゲン写真」にナレーションが被り、続いて「主人公のお通夜」で市の職員たちがお酒を呑み、大騒ぎしているシーンに繋がったと思う。

そこから、「主人公が生きていた時の回想」が始まる。

2つ目

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映画と神戸の想い出

映画と神戸の想い出

映画評論家の水野晴郎さんが、日本テレビで「水曜ロードショー」の解説をやっていた時代、水野さんがイチ押しの映画「風と共に去りぬ」を放送する事になった。テレビ初登場。

前編・後編の2週にわたっての放送だった。

主役ヴィヴィアン・リーを栗原小巻さんが、相手役レッド・バトラーを近藤洋介さんが吹き替え。映画自体、テクニカラーだが、日本テレビが最新の技術を持って、カラー修正すると、水野さんは言う。

それ

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元赤軍派議長・塩見孝也

元赤軍派議長・塩見孝也

僕は構成作家の疋田哲夫さんと東京・高田馬場にある塩見孝也(1941〜2017)さんの事務所に向かっていた。(以下、全て敬称略)


塩見孝也、元・共産同赤軍派議長。テロリスト。「日本のレーニン」と呼ばれる。


1970年3月逮捕、その半月後に起こった「よど号事件」他で起訴される。

入獄。


1989年、約20年の刑期を終え、府中刑務所から満期出所。

つまり、あの「赤軍派」を作った人と

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