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りんごの輪切りと台所

 変な時間に昼食を取った、14時前。そのせいでアパートに帰宅した17時半の時点ではまだ空腹感はない。夕飯を食べずにゆっくりドラマを観ながら風呂に入り、濡れたバスタオルを洗うのと明日履くストッキングもないから夜だけど洗濯機をまわす。

 予想通り、21時前にやってきた空腹感。

 冷蔵庫には冷や飯も昨日焼いた鮭もベビーリーフもあるし、豪華トッピングにぴったりの賞味期限が切れそうな生卵だってある。完璧なラインナップ。でもこの時間にそれらを胃に入れた場合の翌朝の身体の調子がわかるので我慢したいところ。ぐっとこらえてこの状況には最適のりんごを食べることにしたわたし。

 この時間の卵かけご飯が極上なことがわかりながらもりんごの皮を剥こうとする自分を称える。少しでも女性であろうとした自我を保ったと思おう。腸活にも美容にも正しい選択肢だ。脱水の音を鳴らす洗濯機を横に包丁を出して輪切りにする。一般的な三角切り(?)ではなく輪切りだと栄養価の高い皮ごと食べやすいと夕方の報道番組で学んだばかりだ。

 「わー、りんごの輪切りやってみると切りにく...大きいの買ったから余計に怖いなー」

 心の中で思っただけなのか声に出ているのか自分でもわからないくらいの独り言と共に、切ったりんごをそのまま口に運ぶ。風呂上りの乾いた喉には最高の水分補給だ。

「んんーーーっ、美味しい。もうすぐりんごもおわりかー」

 更に輪切りを続けそのまま食べる。食後のフルーツのつもりでもなかったし、就寝直前だったからという軽い気持ちでお行儀悪くその場で食べ始めた。このまま食べてしまい包丁もまな板もささっと洗うのが良い。さっきの誘惑に負けて白米を食べてたら翌朝の寝起きも天と地なのだ。偉いぞわたし。

 だんだん輪切りが出来なくなって普段の三角切りに戻しながらも引き続きりんごを台所で食べるわたし。横には唸る洗濯機。脱水もあと3分の表示だから食べ終える頃にはちょうどピーピー鳴るだろう。そのあとは浴室乾燥で干して明日の着替えに。お気に入りの花柄ブラウスを着よう、温かいみたいだし。合わせるパンツは何を履こうか。

 「このりんご、少し遠くまで足を延ばした甲斐あって安く買えたんだよなぁ。」

 先週忙しかったので買ってから少し経ってしまっていた、だから濃密。というかギリギリだったかも、良かった。先週はなぜ忙しかったかというと、休日は2日間とも友人と会って遊んでいたから。家でりんごをゆっくり剥いて座って食べる時間はなかった。

「濃密なりんごも美味しいなぁ、ギリギリだったよねこのりんご...」

 ん? さっき心のなかで思ったのよ、それ。というか声にも出してないんだが。

…………。

 その瞬間洗濯機の終了音が鳴る。まだ半分も食べ終わってない。というか、なかなか食べおわらない。いつもより完食までが長く感じるのは気のせい?

 軽い気持ちで台所に立ちながら食べ始めてしまったことをここにきて大後悔。なんとまぁ予想以上の孤独感と寂しさに自分が今襲われていることか。極上卵かけご飯ではなくりんごを選んだ数分前の私は自己肯定感上がりまくりだったのに、なんだこのメンタルの落下スピードは。

 ピーッ ピーッ ピーッ

 綺麗でいることに少しの努力をした自分を偉いと思ったり、先週のリア充な思い出を振り返っていた自分はどこへ。きちんと皮を剥いてお皿によそってテレビを観ながらでも食べていたら、同じひとりでも全然体感地が違っただろうに。少なくとも『寂しさ』なんて感情と出会う予定ではなかった。こんな気持ちになるためにりんごを選んだわけじゃないのに!

 料理をしているときだって台所にはひとりだし、きちんとお皿によそって座って食べるときだってひとりなのに、台所で済ませるときのひとりは破壊的。次からは覚悟して臨まないと。台所の何がそうさせたのかはさっぱりわからないし、それを考え始めるとうっかりスマホを手に取ってなんだか要らないLINE履歴まで創りそうだったからもう寝る。わたしは寝ます。

 こんな小さな出来事で天と地がひっくり返るだなんて、めんどくさいお年頃。うっかり夜にいつもしない行動を起こすものじゃないわ。

 美容に良いはずの可愛いりんごは今夜を境にほろ苦い思い出の果実となった。

 もう輪切りにはしないで普通に食べるわ、なんとなくね。



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