メディアあれこれ 6 デジタル化が開く新聞の新世界(下)こんなこともできる
◇デジタル化で新聞は平面から立体になった
デジタル新聞(デジタル版、電子版)は従来からの紙の新聞と対比すると、「平面」に対して「立体」だと言える。紙の新聞が一日で古新聞と化す平面だとすると、デジタル新聞は立体であり、量的、時間的、機能的な制約がきわめて小さくなった。
量的、時間的、機能的な制約の少ない立体であるから、立体の中身は自由自在につくれる。最新の記事だけでなく、どんどんたまっていく過去記事も読める対象となり、アクセスできるはずの記事量は膨大になっていく。また、デジタルゆえ可能になった機能や表現の幅も大きく広がった。それゆえ、立体の編集やデザインの勝負になると言える。そのかわり読者にとっての立体ならではの“歩き方”(見回り方)を演出することが課題となっている。
◇深掘り記事で差別化
最近の紙の新聞を見ると、毎日新聞が長い深掘り型の記事を重点的に載せているのが目を引く。連日、「検証」「焦点」「クローズアップ」という区分で3000字級の記事を掲載している。日曜は特別仕立てで、1面から3面に続く5000字を超える大型企画「迫る」を2021年7月から始めた。「人物の内面を探ったり、出来事の背景を掘り下げたりする大型読み物」という位置づけで、毎週、有名無名さまざまな人を取り上げている。
しかし、紙面ではさすがに記事数や字数の制約がある。それに対し、ネットでは長さを気にせず多くの記事を載せられるという強みがある。各紙とも紙面に載らないネット独自の記事を増やしている。各種連載記事のストックをアイキャッチ写真付きの“箱”(サムネイル)に納めて、その中から好きなテーマを選ばせる方法は3者共通である。毎日の「迫る」のような連載記事のバックナンバーも当該の“箱”を見つけて手軽に読むことができる。
毎デジでは、2021年春のリニューアルにおいて、記事のタイトルに「深掘り」や「イチオシ」「スクープ」といったマークを付けたり、冒頭に記事の字数を明記するようになった(ただしパソコンの場合)。字数表示はありがたい。紙の記事と違って、デジタルでは、いったいどのくらいの長さなのか、自分がどのあたりまで読み進んだのかわかりにくいことが多いからだ。
組織面に注目すると、毎日新聞では、統合デジタル取材センター(現デジタル報道センター)という、記者クラブに属さずに独自の取材をして、記事を毎デジで発表していくグループをつくった。取材手法にはSNSの活用も含まれている。その代表的な報道が「桜を見る会」の疑惑を追って、毎デジ上で発表してきた一連の報道であり、『汚れた桜』という本にもなっている。
朝デジも「A-stories」というシリーズのように、読み応えのある連載を掲載から日がたっても読めるようにしている。朝デジの「Premium A」というシリーズは「失踪村 ベトナム人技能実習生」といったテーマをしぼった深掘り記事という点では同じだが、ワイドな写真などデジタル表現を駆使しているという特徴がある。
日経電子版は、「チャートは語る」という図表を駆使した特集記事に代表されるような深掘り型の記事をやはり増やしている。オピニオン記事もフィナンシャルタイムズからの転載など長い記事が多い。スマホでも、短い記事に限らず、読み応えのある長い記事を読んでもらえるはずという姿勢を感じる。なお、スマホでは、登録したキーワードに基づいて記事が表示される「フォロー」のほか、希望条件によって記事が選ばれる「For You」というメニューもある。なお、希望条件とは、興味あるジャンルから選びたいとか業界の動きを詳しく知りたいなどで、事前に選んでおく。
朝デジでは、ある記事を載せたときに、それまでの関連記事をまとめて読める「まとめ読み」へのリンクを入れるようになった。これにより、連載でなくても、特定のテーマをじっくり学ぶことができる。毎デジでも、朝デジの「まとめ読み」と似た機能として、主要記事の末尾に「時系列で見る」が加えられている。これらは紙ではできない立体のデジタルならではの機能である。
◇速報偏重の見せ方
とはいえ、現在のデジタル新聞のトップページは、刻々と新しい記事が流れていくフローのイメージが強い。それに対して、これまでのさまざまなテーマの連載記事などが詰まった“箱”がやや後方にさがった場所(トップページの下の方や別ページ)に並んでいる。その中には、一定期間トップに出しておく意味のある記事があり、また、古い記事ながら今を考える新しさがあるものがある。たとえば、過去の企画記事や連載記事、スクープ記事、これまでの新聞協会賞受賞作品などがあげられる。
これは、新聞社が長年つちかってきた資源を生かすことであり、スマホ画面で競合する多くのメディアの中で独自の存在感を発揮することにもつながるのではないだろうか。深い取材や調査にもとづく読み応えのあるすぐれた記事を、一過性の配信の流れにまかせるのでなく、できるだけ前面に出して一定期間アピールするようにしてほしい。
私は、一日中新しいニュースを追いかけるような生活を送ろうとは思わない。それがいいことだとも思わない。朝、朝刊をざっと見て、晩に夕刊とともにじっくり読むという、かつてしていたような生活の方が望ましいと思っている。そのくらいの落ち着きをもってデジタル新聞にも接したいというのが率直なところだ。
◇実のあるコメント欄
最近、Yahoo!ニュースの「コメント欄」に注目すべき動きがあった。新聞社をはじめとする多数のメディアから配信を受けているキュレーション中心の無料メディア「Yahoo!ニュース」。そこでは、個々のニュース記事に匿名で自由にコメントが書ける。実際膨大な数のコメントが付いている。その中には、内容をよく読まずに反射的に反応して感情的に決めつけるようなものや、人権に関する基礎知識が欠如したような発言が混ざっている。最近見た例では、入管に収容されていたスリランカ人のウィシマさんが死亡した事件に関して、「不法滞在の人の健康を重視する必要はない」という人権意識の欠如した驚くべきコメントに対してなんと2万2千もの「いいね!」がついていた。
こうした状況下、Yahoo!ニュースは、ニュースのコメント欄において不適切なコメントが一定量を超えた場合、コメント欄自体を閉じるという措置を取り始めた。筆者はYahoo!のコメント欄は廃止してほしいくらいに思っていたので、多少ホッとする思いを抱いた。
それに対して、日経電子版が2020年11月に始めた「Think!」は“選ばれた人”だけがコメントするしくみである。池上彰さんをはじめとする識者や専門家90人ほどが、主な記事に「分析・考察」、「別の視点」、「ひとこと解説」といった区分でコメントしている。
2021年6月から朝デジも同様のしくみの「コメントプラス」を導入して[解説]、[視点]、[提案]に区分したコメントを載せ始めた。ロバートキャンベルさんをはじめとする外部識者と社内の記者がおよそ半々ずつ、合わせて60人近くが選ばれている。日経の場合は、コメンテーターの名前をクリックするとその人のプロフィールやコメント歴が載っているページにリンクしている。
これらに近いスタイルは、新興の経済メディア「NewsPicks」がプロピッカー(現在200人超)という制度を導入して先行していた。読者は誰でもコメントできるが、プロピッカーという比較的見識あるとみなされる人のコメントが上位に来るしくみである。日経電子版や朝デジは、それよりも専門家や見識豊かな人に発言者を限定して質を確保する路線を選んだ。
◇読者とつながる記者参加イベント
筆者が注目しているのは、記者が顔(声)を出して読者とつながる、あるいは読者との距離を縮める取り組みである。
記者がツイッターやフェイスブックで個人名や顔写真を出して発言する現象があたりまえのように見られるようになった。YouTuberになって評判になった人もいる。毎日新聞政治部に在籍していた宮原健太さんは2019年10月からYouTubeチャンネル「ブンヤ健太の記者倶楽部」を始めた。定期的にナマ配信をして、視聴者からのコメントも多数ついている。(注:その後毎日を退社、「記者VTuberブンヤ新太」を発信している。)
筆者が最近ときどき参加しているのは、数十人から200人くらいまでの比較的少数の読者を相手に開催されているオンライン・ライブイベントである。コロナ禍を契機に、朝デジと毎デジが力を入れるようになった。朝デジの「記者サロン」は無料、毎デジはデジタル会員の一部(プレミアム会員と紙の読者)は無料だが、他は1500円~2000円程度の料金を取っている。朝毎ともにテーマに即したゲストと取材を担当した記者が出るのが標準形である。
これらのイベントはいわゆるウェビナー形式で行われており、一部の例外を除いて、読者は顔を出さない。そういう意味ではテレビと一見違わないが、一定時間、記者と限られた数の読者が同じ時間を共有することにより、記者が身近に感じられ、パーソナリティも伝わってくる。申込時のフォームや開催時のチャットで質問をしたり意見を言ったりもできるので最低限の参加感を持つこともできる。一種のファンコミュニティ形成の核になっていく可能性がある。
◇記者がのびのび語るポッドキャスト
ポッドキャストの活用も進んでいる。新聞のポッドキャストというと、「ニューヨーク・タイムズ」の「The Daily」がジャーナリズム関係者の間では有名だが、日本では2020年5月に始まった「朝日新聞ポッドキャスト」が人気を得て月間再生回数が100万を超えるまでになっている。Apple Podcastの「2020年を代表する番組」にも選ばれた。
毎日新聞も後発ながらポッドキャスト「今夜、Bluepostで」を開始した(2022年3月)。海外特派員やデジタル報道センターなどの個性ある記者がアットホームな雰囲気で語っている。
記者参加イベントにせよ、ポッドキャストにせよ、記者と読者がさまざまなテーマを軸に集う一種のファンコミュニティが育っていく可能性を秘めている。そこには「共感」「愛着」「信頼」というファン形成の要素がそろっている。
◇パーソナライズの可能性
キーワード登録をしておくサービスがあるが、それには向かない場合も多い。たとえば、「ムラ社会」とか「原子力ムラ」という言葉遣いに疑問を呈する投稿を朝日の紙面で見た。これを見て私はおおいに触発されたが、あらかじめキーワード登録をすることはできなかっただろう。キーワードが役立つのは、たとえば、「オンライン教育」に関する記事をチェックしておきたいというように、具体的に事象を限定できる場合である。
それとも、技術の力でパーソナライズのオススメ機能を導入するか。私が日頃読んでいる記事を、仮にAIで横断的に要因分析することが本当にできるとするなら、「言い古されている言葉への疑問」という、私が暗黙のうちに意識している軸を見いだせるかもしれない。
◇ニュースレターという“プレイリスト”
読者は、今日のようなメディア洪水、情報洪水の中で、どのように見るものや読むものを選んでいるのだろうか。ある人はツイッター(X)でフォローしている人が紹介している記事を見る。また、ある人はフェイスブック友達が推薦している記事を見る。ニュースアプリなどからの通知メールを見て開くという人もいるだろう。人は目の前にあまりに多くの選択肢があると立ちすくんでしまって、自分で選ぶということを躊躇する。だから、フォロー相手や通知メールを頼りに読む記事を選ぶというのは、ある意味で合理的な行動だ。
ニュースなどの記事の発信側は、おもには、ニュースレター(メールニュース)の形で登録者に送信しているほか、ツイッターの公式アカウントや記者個人のツイートで随時知らせている。つまり、読者がデジタル新聞の記事と出会うのは、デジタル新聞という「データベース」に、外部での発信者が誘導するという構図である。
朝デジのニュースレターは(メールマガジンと呼ぶ方が近いものも含めて)かなり充実していておよそ60種以上を発行している(2024年10月現在)。毎朝、昼、夜に出すニュースのお知らせのほか、「サンデー経済」、「ウィークリー 今週のおすすめ記事」など多彩。すべて無料だが、「World INSGHIT」、「アナザーノート(取材のエピソードなど)」のように有料会員限定の長文読み切りレターもある。
「ニューヨーク・タイムズ」のニュースレターのラインナップは壮観だ。「Morning Briefing」「The Great Read」「The Weekender」など80種近くにのぼる。すべて無料で、有料購読者でなくても取ることができる。原則として執筆者名が冒頭に入っている。読者は自分の趣向に合わせてニュースレターを選んでおくと、記事への水先案内人としての役割を果たす。
Paul Krugman氏のニュースレターの末尾には「In the Times」という記事リストがしばしば付いている。同氏の論に関連する記事が3つないし4つ選ばれている。選ばれる記事は、数日以内のものが多い。
毎デジは「真相・ニュースの現場からメール」「特派員発 世界は今」「Fun!フィギュアメール」「クラシックBravo!」など15種を発行している。(2024年10月現在)
日経電子版には、「Editor's Choice 編集局長が振り返る今週の5本」がある。これら週刊のニュースレターは、日々のニュースに追われがちな中、週に一度じっくりと主なテーマを振り返らせてくれる。
ニュースレターの多くは記事の“プレイリスト”と呼べるだろう。オススメ記事のリストである。読者がこれはという記事と出会う役割を一定程度果たしている。(プレイリストは、音楽や動画のストリーミングサービスでよく使われている言葉)
◇吹っ切れた料金
朝毎のデジタル路線は価格戦略にも変化が見られる。
毎デジは、フルサービス3520円(税込、以下同様)だが、2018年に、紙面ビューアーを含まない「スタンダードプラン」(現在1078円)を登場させ、2020年頃からはネット広告においても、スタンダードプランを前面に押し出すようになった。以前は紙の販売への影響を懸念した及び腰のプロモーションという印象だったが、紙の部数はどのみち減ると判断してか吹っ切れたように感じる。毎デジのスタンダードプランはウォ-ル・ストリート・ジャーナル日本版も読めてお得感がある。
朝デジも2020年、10周年を機に勝負に出た。月額1980円の「スタンダードコース」を6月から新設したのである。従来は3800円のフルサービスのコースが“スタンダード”だったが、紙面ビューアーをはずしたコースとしてスタンダードとしたのである。アメリカで独走態勢に入っている「ニューヨーク・タイムズ」のデジタル版の米国内の料金は月額17ドルだ(1ドル113円として1920円)。これを意識したような料金設定である。収入では昨年すでにデジタルがアナログを抜いている。
経済メディアの日経電子版は、フルサービス一本の強気の高額料金(月額4277円)を続けている。有料購読数は、最近若干伸び悩み感があるが約100万とトップを行っている(2024年7月1日現在、日経電子版による)。
ニューヨーク・タイムズは特に海外読者に向けて“超安売り”をしている。1年目という限定付きではあるが、週0.5ドルですべての記事が読めるのである。2年目以降でも週2ドルだから、月額で1000円以下だ。なお、2021年9月現在、海外読者比率は12%だが、2024年7月には20%に拡大している。
驚きなのは、本論冒頭で日本の廃藩置県の報道記事のことを紹介したが、1851年創刊以来の記事検索がこの料金でできてしまうのだ。日経電子版や朝デジ、毎デジの場合、5年ないし10年前までの記事しか検索できないのと比べると天と地ほどの差だ。
◇落ち着いたメディア環境を
以上、先行3社のデジタル新聞の動向を中心に見てきたが、決して現状が完成形ではなく、まだまだ変化、発展を遂げていくだろう。スマートフォンも端末として最終形とは限らない。最近登場したアップルビジョン+のようなVR技術もかかわってこよう。
一方、紙の新聞もしぶとく残る可能性がじゅうぶんあると筆者は考える。デジタル新聞との組み合わせも進むだろう。
いずれにせよ、流しそうめんのようなメディア接触の環境でなく、落ち着いたメディア環境を人々に用意していってほしいものだ。
※タイトル写真は、左から朝日新聞社、毎日新聞社、読売新聞社の各東京本社。筆者撮影。
<本稿は「教育改革通信」(2022年)所収の小論を転載したものです。数字を新しくし、一部改変しています。>