【道】 第3回 急傾斜と石畳の〝酷道〟(国道308号/大阪府・奈良県)
暗越(くらがりごえ)奈良街道の流れをくむ国道308号は、大阪と奈良を結ぶ最短ルートだ。隣接府県をつなぐ道であれば、幹線道路として交通の要衝となっていそうなものだが、この道は「国道なのに酷(ひど)い道」としてマニアの間で「酷道(こくどう)」の一つに数えられる。
両府県は生駒山地で隔てられている。地図で国道308号をたどると「暗(くらがり)峠」という好奇心をかき立てる地名が目に入る。峠に至る道筋も一直線なので、一見平凡なアプローチのように見えるが、それは大きな誤解であると現地で知ることになる。
大阪側から行くと、近鉄奈良線のガードを過ぎた所で直線道路はいきなり急傾斜になる。それも車の離合ができない1車線の道幅。通行量は多くないものの、対向車と鉢合わせしないよう祈るしかない。
かつて俳人の松尾芭蕉もこの道から大坂に入ったことが、坂の途中にある説明板に記されている。歌碑には「菊の香に くらがり登る 節句かな」。死の1カ月前に詠(よ)んだ一句は、「暗(くらがり)」の響きもあって、どこか不帰の旅路を連想させる。
わずかに数カ所のS字カーブが傾斜を和らげる程度で、一気に登り詰める。近代のモータリゼーションを見越していない急傾斜は、芭蕉の時代から歩行を前提とした道だったことを示している。
峠の8合目から傾斜は幾分か緩やかになる。それでも道幅は人の背丈と変わらないほど狭い。点在する民家の間をゆっくり進むと路面はアスファルト舗装から石畳へと様変わりし、やがて暗峠の頂に至る。府県境は天空が開け、ふもとの風景からは想像できない近世の情緒あふれる見事な空間となっている。石畳の道は箱根のかつての街道筋などにも残っているが、現役の国道では珍しい。
この国道のバイパス「第2阪奈道路」は既に完成し、長大な阪奈トンネルが生駒山地の中腹を貫いている。阪神高速と一体のように見えるこの有料道路が償還期限に達して一般道になるまで、現在の石畳の道筋が「国道」として今の姿のままであり続けることになる。
2010・11・6 記
時事通信社出稿