新規事業チーム編成の定石【前編:ハスラー,ハッカー,デザイナー】
新規事業リーダーがいかに経験豊富であっても、リーダー一人で新規事業を創ることはできず、異なる経験やスキルを持つメンバーで、新規事業チームとして取り組む必要があります。
●ハスラー、ハッカー、デザイナー
デジタルイノベーションが生まれ続けるシリコンバレーでは、新しいプロジェクト創業時は、ハスラー、ハッカー、デザイナーの3つのタイプの人間が必要だとされます。
・ハスラー(事業家):新事業の世界観を語ってビジネスを設計し、情熱で周囲を巻き込み人間関係を維持、市場を理解して営業もこなし、ビジネスを伸ばす役割を担う
・ハッカー(技術者):様々な領域の技術に精通してプロダクトを作り、プロダクトを改善し続ける
・デザイナー(顧客体験):顧客を深く理解し、デジタルサービスの使い勝手の良さや、クリエイティブを通じたプロダクトの世界観を表現し、顧客が体感する顧客体験を担う
仮にハスラー不在だと、品質にこだわったプロダクトは創れても、事業採算が合わない、市場不在、売り方が未考慮、組織を巻き込みながら動かせない、などの問題が生じがちです。ハッカー不在だと、事業プランはあれど絵に描いた餅で、具現化不能になる可能性が高いです。デザイナー不在だと、ビジネスプランと一応の機能充足したプロダクトは創れても、昭和時代のITシステムのような、現代ユーザーから見て使えない代物になるリスクが高まります。
ハスラー、ハッカー、デザイナーの3つのタイプが相互に役割補完することで、新規事業を進められます。
ハスラーが主導する、市場や顧客課題起点の新規事業の場合、企画初期段階からハッカーたる技術者と相談しながら進めることで、プロダクト具現化パターンや技術難易度、コスト含めた実現性を考慮しながら、「顧客―課題―プロダクトー解決後の姿」を大まかなあたりをつけながら検討できます。
研究資産や技術コアが起点となる新規事業の場合、ハスラーやデザイナーと相談しながら進めることで、技術活用できる市場や顧客課題の発見や、具体的なプロダクトの姿をイメージしながら、「市場-顧客-課題―プロダクト-技術ー解決後の姿」のあたりをつけながら検討できます。この場合ハッカーは、技術コアを極める研究者や科学者と、プロダクトを作るエンジニアに分かれる場合もあります。
以前に勤めた会社で、人がサービス提供するコンサル型の新規事業を開発した際は、プロジェクトリーダーの私がハッカー役・デザイナー役を担い、営業マネージャーがハスラー役を担いました。私はコンサルティング部門のマネージャーでもあったため、顧客の状況や課題、提供コンサル技術などに精通しており、ハッカー役&デザイナー役を同時に担うことが可能でした。
新しいクラウド型のソフトウェアサービス(SaaS)の新規開発時は、エンジニアがハッカー役を担い、私がハスラー役・デザイナー役を担いました。
個人向けサービスで起業時は、私とエンジニアと、組織周りの経験豊富な人の3人で起業しました。私がハスラー役兼デザイナー役、エンジニアがハッカー役、組織周り経験者がデザイナー役でした。
日本の大企業も、創業期は異なる才能がタッグを組んだ例が少なくありません。ソニー社は、技術の井深大氏と営業の森田氏の二人三脚でした。ホンダ社は、技術の本田宗一郎氏とビジネスの藤沢武夫氏。
当時は、アメリカ追いつけ良いモノづくり時代でしたが、現代では、顧客の問題解決の側面や顧客体験の重要性、情緒面や心地よさや使い勝手の重要度の高まりにより、デザイナーの役割も必須となりました。
●新規事業チームはまず少人数で
新規事業は試行錯誤の連続で、仮説検証を繰り返し続ける営みです。「朝令暮改」どころか日に2度3度と判断や状況が変わるため、適切に活動推進するには、メンバー間のコミュニケーション密度とスピードが大切です。そのため新規事業チームは少数精鋭が基本です。
また新規事業開発は、様々な要素を並行して検討し、個々要素の相互依存関係を考慮する必要があります。各メンバーが複数役割をこなし、複数領域を考慮しながらホリスティックに思考できる方が好ましいことも、少数精鋭が良い理由です。少人数な方が各メンバーの意思疎通の頻度も増え、お互いの長所短所も理解して、チームワーク良くお互い協力して仕事ができます。
新規事業開発はハスラー、ハッカー、デザイナーの3つのタイプの人間が必要で、新規事業リーダー+キーメンバーで3人チームがおすすめです。多くても新規事業チーム全体で10人未満が良いでしょう。
新規事業リーダーはもちろん、新規事業メンバー全員が、新規事業に向く資質を持ち、新規事業を創りたい衝動がある人が好ましい。前例踏襲せず新しいことに心が開かれており、試行錯誤を厭わず、自分駆動で行動志向なチームが求められます。
・2人:世界中で使われる「QRコード」はデンソーウェーブ社が開発しましたが、開発プロジェクトは技術者の原昌宏氏含めた2人で始まりました。
・2人:アパレル大手オンワード社のオーダーメイドスーツ事業「KASHIYAMA the Smart Tailor」は、新事業企画は2人で推進し、事業立上げ時でも5人ほどの少人数体制でした。
・3人:事業創出企業として有名なDeNA社の、ボトムアップ型新サービス開発は、基本的に企画立案者、エンジニア、デザイナーの3名体制です。
・3人:クックパッド社の生鮮EC事業「クックパッドマート」は、最初は3人(事業責任者、デザイナ、エンジニア)でサービス作りに着手しました。
・6人:インターネット総合商社の楽天社は、「プロジェクト6」と呼び、新規事業は5〜6名の体制で始めます。スマホ決済「楽天スマートペイ」の事業開発は、32歳のリーダーと4人のメンバーで始まりました。
・数名:法人向け研修やスクール大手のグロービス社が提供する「グロ放題」は、数名で新規事業の企画検討に着手しました。
・8人:平成時代の新規事業の大成功事例のドコモ社「iモード」は、新規事業リーダーの榎啓一氏が法人営業部長と兼務、社内公募5名、社外コンサル2名、NECから出向1名、総勢8人半でスタート。そこに元リクルート編集長の松永氏、元ネットベンチャー副社長の夏野氏が加入し、社外コンサルが外され、ものごとが大きく進むようになったそうです。
【補足】社長が陣頭指揮をとる10年に1度の社運をかける新規事業はこの限りではなく、最初から100億円単位で投じることも。サイバーエージェント社の「ABEMA」しかり、ソフトバンク社の「PayPay」しかり、ソニー社の「プレイステーション」しかり、楽天社の「携帯事業」しかり。
●キーメンバーは専任で、最後までやり遂げる
新規事業リーダー含めたキーメンバーは、他の仕事との兼務ではなく、新規事業の専任が良いでしょう。
保守本流事業における物事の考え方や仕事の仕方は、新規事業のそれと全く異なり、その両方を同時期に担当するのは、新規事業経験が豊富な人であっても困難を伴います。保守本流事業の仕事に引きずられる可能性が高く、新規事業の進捗が遅れがちになります。本流事業の仕事が忙しいから新規事業が進まない、という言い訳ができてしまい、新規事業チームのチームワークの乱れに繋がります。新規事業リーダーやキーメンバーは、逃げ道や言い訳を断つ意味も含めて新規事業専任としましょう。
ただしキーメンバー以外は別の仕事と兼務でよく、新規事業の検討進展に合わせて専任としても問題はありません。
新規事業企画から携わる新規事業リーダーやキーメンバーは、企画ステージ、開発・具現化ステージ、新プロダクト販売開始後の事業立ち上げステージまで、新規事業開発プロジェクトに携わり続けるのが好ましいです。
保守本流事業の商品開発の場合は、開発プロセスが定義され、プロセス毎に担当部署が決まっています。あるプロセスをクリアすると、次プロセス担当部署に引き渡すやり方が取られます。引き渡し後に、前行程のプロセスに戻ることは原則なく一方通行のプロセスです。
一方で新規事業は多くの試行と失敗を繰り返し、学びながら試行錯誤を進める営みです。事業開発のステージはあり、基本的には一つずつ進める形ではあるものの、前行程のステージに戻って検討し直すことも頻繁に発生します。そのため検討ステージが進んでも、キーメンバーは関与し続ける必要があります。
新規事業の成功率は10%未満であり、取り組むほとんどが失敗します。そのような中で新規事業を成功させるには、「企画が悪かった」「売り方が悪かった」などと、縦割り組織で責任のなすり付けをする余裕は全くありません。
新規事業の企画検討したキーメンバーが、その後の具現化・開発や発売開始後の事業立上げまで関与するのが定石です。具現化・開発チームと、販売開始後に新プロダクト運用チームが別体制では、うまくいくはずのものも、うまくいきません。