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【短編小説】バンジージャンプ

「バンジージャンプのロープを切ってくれと?」

 高い橋の上から飛び降りるバンジージャンプ。
 山奥でバンジージャンプを運営しているGGI(ジジイ)株式会社に、ある女性が訪れたのは午後のことだった。

 名前は萌香(もえか)、24歳。
 職業は・・・。

「まあまあ、そう目くじら立てんと。お嬢さんは何でそう思うんかな?」

 おっさんの一人が穏やかに聞いた。

「私・・・もう生きていけない!」

「・・・」

 おっさんたちの間で沈黙が流れた。
 GGI株式会社は、60歳以上のおっさんたちだけで成り立っている会社である。
 バンジージャンプでスリルを味わおうと、休日には若者たちが押し寄せることもある。

 しかし、死ぬためにバンジーを利用させてくれという人間は初めてだった。
 しかも、若い女性ときたものだから、どうしたらいいか、おっさんたちは全くわからなくなってしまったのである。

「ま、ま、とにかく、訳を聞こうかの」

 最年少の矢島(やじま)が聞いた。といっても63歳である。

「やっさん、でしゃばっとったら、いかんて」

「おうおう、こういうデレケートな問題は、代表にお願いせんと」

「そうじゃ、そうじゃ」

 おっさんたちは口々に言った。

「すまん、すまん。ついつい、でしゃばってまったわ。ほしたら、代表、頼むで」

「えー、ただいまご紹介に預かりました、私が代表です」

「・・・」

 萌香は辛そうな顔をして黙ってしまった。

「あかん」

「ん? ん?」

 代表の大熊(おおくま)は、たじたじとなってしまった。

「代表、とろいこと言っとってかんて」

 矢島がツッコんだ。

「わ、わしはただ、名乗っただけだがや」

「その名乗り方が悪いんとちゃうか?」

「んだんだ。レディに失礼な名乗り方だったわ」

「そんなの、わからんて、わし~」

 代表の大熊は泣きそうになっていた。

「代表、頼むで。あんたはわしらの代表なんだで」

「どうしたらええやろ?」

「いつも通りでええわ」

「おう、そうしよう。お嬢さん、茶でも飲まんか?」

 開き直った大熊は軽く言った。

「レディにそりゃないて~」

「ないわ~」

 おっさんたちは頭を抱えて口々に言った。

「いただきます」

 萌香は静かに言った。

「ほれみよ」

 大熊はほれ見たことか、という顔をして言った。

「飲むんかい」

 矢島はツッコミを入れた。

「ご、ごめんなさい」

 萌香は慌てて謝った。

「やっさん、泣いてまうがや」

「やっさんは黙っとかんと」

「すまん、すまん、ついついな」

 矢島は恐縮していた。

「お嬢さん、何飲むかい? ここは何でも揃っとるよ」

 代表の大熊は優しく言った。

「また大袈裟な」

「何でも揃っとる? 笑ってまうわ」

「すまん、すまん。お嬢さん、何でもは揃っとらんけども、コーヒーも紅茶もお茶もあるでよ。おい、ジュースあったか?」

「ジュース? 大人のレディにジュース? なめとったらあかんて」

「んだんだ」

「ジュースでお願いします」

 萌香は小声で言った。

「ほらみよ」

 大熊はまたしてもドヤ顔だった。

「ジュースか、ほうほう、ジュースか」

「やっさん、ジュースあったか? あんた今週の冷蔵庫当番やろ?」

「あかんわ。冷蔵庫には青汁しか残っとらん」

「青汁? んなもん、誰が飲むんだ?」

「わしだて」

 自信満々に矢島が言った。

「やっさんはそんなに長生きしたいんか」

「アホ、まだ60代では死ねんて」

「シッ! 死ぬとか言ってかんて!」

「すまん、すまん」

「レディはお悩み中なんだで」

「あ、箱ジュースがあったわ」

 思い出したように、矢島が言った。

「おお、そんでええわ。出したってちょ」

「日向夏のスッキリタイプ」

「おお、おお、なんでもええ。出したってちょ」

 すると、矢島は箱に入った日向夏のジュースを萌香の前に箱ごとポンと置いた。

「やっさん、レディにこれはないて」

「ないわー」

 ほかのおっさんたちも同調した。

「大丈夫です。いただきます」

 そう、萌香は言うと、箱ジュースにストローを刺して、ちゅーちゅーと飲み始めた。

「お嬢さんはどこから来たの?」

 代表の大熊が優しく聞いた。

「名古屋です」

「名古屋か。人生に疲れたんか?」

「代表、そりゃ、ストレートに聞きすぎだて」

「ストレートもろ出し」

「もっと、やんわり聞いたらんと」

「ほうきゃ?」

「ほうだて」

「そしたら、どうしてバンジーでぶち落ちたいんきゃ?」

「そん言い方」

「あかんわ」

「地が出とるでかんわ~」

 おっさんたちが騒いでいると、

「実は、仕事で悩んでて・・・」

 萌香はしぼり出すような声で言った。

「ほんなことで?」

「やっさんは、黙っとってちょ」

「そしたら、他の仕事を探しゃええんと違う?」

「ちゃうちゃう。人にはそれぞれの悩みがあるっちゅうもんよ」

「ほうだて。自分の物差しで見てはいかんの」

「お嬢さん、仕事は何しとるの?」

 代表の大熊が聞いた。

「不動産業です」

「はあー、なるほど」

 大熊は妙に納得しているようだった。

「わしも聞いたことがある。不動産屋はわりいってよ」

「なんじゃそりゃ」

「偏見もいいとこだわ」

「厳しいのかな」

「儲かっとるところは儲かっとるんだろ」

「どこでもそうだわ」

「不動産業か~。営業がキツかったんかな?」

「はい。大変でした」

 萌香は辛そうな顔をして言った。

「ほらな。営業はキツいんよ」

「あんた、営業だったんか?」

「わしは事務だったけんども」

「当てにならんな」

「営業は大変そうだったでな」

「お嬢さん、そう落ち込まんと、仕事なんていっくらでもあるでよ」

「だから、人にはそれぞれ物差しがあるもんで、一概には言えんて」

「そうだな。まっと、お嬢さんの話を聞いたらんと。お嬢さん、悩みを打ち明けたってちょ。わしら、何でも聞いたるよ」

 大熊は包み込むように言った。

「ありがとうございます。私・・・私、上司にセクハラされたんです!」

「セクハラ?」

「流行のやつな」

「流行っとるのきゃ?」

「ハラスメントは流行っとるよ。やってかんてな」

「そりゃ、問題だわな」

「お嬢さん、その上司に尻でも触られたんか?」

「あかん、あかん」

「ストレートもろ出しだて」

「もっと、オブラートに包んだらんと」

「そうか、そうか。お嬢さん、上司に臀部を撫でられたんか?」

「アホか。言い方変えただけやんか」

「臀部って久しぶりに聞いたな」

 おっさんたちがやいやい言っていると、萌香ははっきりと言った。

「私、上司に襲われたんです!」

「・・・」

 あまりの衝撃におっさんたちは引いてしまった。
 やいやいと言っている場合じゃなかったのである。

「おいおい、そりゃ穏やかな話ではないでよ」

「犯罪だて」

「証拠がいるな。上司は知らぬ存ぜぬで来るだろうしな」

「私、訴える気はありません。ただ・・・」

 萌香はしぼり出すように言った。

「あの上司を見返してやりたいんです!」

「そういうことか。なるほど」

「お嬢さん、よっしゃ、わしらも協力したる」

 大熊は胸を張って言った。

「代表、何を協力するん?」

「助けたらな、男がすたるて」

「若い娘にはほんと弱いの」

「あんたも男なら、何とかしたいと思うだろ?」

「当たり前じゃい」

「そしたら、わしらにできることは何があるかの?」

「営業成績を上げたいんです」

「ほうほう、それで?」

「売上成績を伸ばしたいんです」

「ほう。土地を売りたいってこときゃ?」

「はい」

「そうか、そうか」

「おい、どうだ? ここにいるみんな土地持ちの地主だでよ。何とかしたらんか?」

 代表の大熊は呼びかけた。

「そうさのう」

「まあ、この辺は山奥だで、そう金にはならんけどよ」

「わしは相続でもらった土地だで、売ってもいいぐらいだわ」

「ほうきゃ。そしたら、売りたい土地を提供したるか。お嬢さん、どうじゃ?」

「え? いいんですか?」

「まあ、相場くらいで売ってくれや、文句はないで」

「ありがとうございます」

 おっさんたちは、こんな山奥の土地が売れるのかと思いつつ、一人ずつ、余っている土地を提供してやることにした。

「ありがとうございます!」

「ま、いつでもいいで、売ったってちょ」

「はい! なるべく高く売らせていただきます!」

「そんで、営業が伸びれば、上司も下手に手を出せんて」

「はい! ありがとうございます!」

 しばらくして、おっさんたちが提供した土地は相場通り、萌香が売った。
 萌香の営業成績も伸びて、よかった、よかったとおっさんたちは胸を撫で下ろしていた。


 数ヶ月後・・・。

 この辺りの地域を大規模に開発するという計画があることが発表された。
 国も関わっている大規模事業で、新たに鉄道も敷かれるという。
 増加するインバウンド需要を見据えた、大規模な観光開発事業らしい。

 おっさんたちが持っていた土地も10倍以上に跳ね上がっていた。
 しかし、すでに土地を萌香に売ってしまっていたおっさんたちは開いた口が閉まらなかった。

 しばらくして、萌香の不動産会社がボロ儲けしたという話を聞いた。
 おっさんたちは、萌香は本当に自殺しようとしていたのだろうかと、疑問に思えていた。
 自分たちは騙されたんじゃなかろうかと。

「代表、あの小娘を訴えれんきゃ?」

「わし、弁護士先生のところへ相談に行ってみたんだわ。正式に売買契約を結んどるで、あかんだと」

「あいやー。わしら、騙されたんきゃ?」

「多分な。あの娘はこの辺が開発されることを知っとったんじゃ」

「してやられたな」

 そう言うと、矢島は青汁をまずそうに一口飲んだ。

「小娘だからって、甘い顔したのがいかんかったな」

「いかんかったわ」

「しゃーないわ。騙されたわしらにも責任あるで」

 大熊は残念そうに言った。
 大熊が一番、大きな土地を提供していた。

「代表、今度、あの小娘がここへ来たらどうする?」

「バンジージャンプのロープ、切ったれ」

「了解~」

 おっさんたちの後悔、先に立たず。


 終

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