プリンス ”The Artist”
”The Artist” of Diversity
2016年4月21日に鎮痛剤の過剰投与によるプリンスの死亡が伝えられてから早いもので5年になります。
今回は、自分目線でプリンスについて考えたことを”note”していこうと思います。
(ラブシンボル)
正直、プリンスを語るのは難しいです。
何故なら、発表した曲が多すぎる!
数千曲のストックがあると言われ、毎年のようにアルバムがリリースされていて、自分の中では飽和しちゃってる感じなのです。
自分が夢中になったのは80年代のあの時期だったので、後の90年代や00年代のアルバムは数枚しか聴けてなかったりします。
また、プリンスの代表曲と言われても、あの時代以外の曲は思い浮かばなかったりして… どちらかというと、曲よりもアルバムで記憶に残っていることが語りにくい理由なのかもしれません。
でも、今なら言えるのです。
プリンスは"多様性"を体現したアーティストだったのだと!
きっと30年早かったんですよね。
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【私の聴いたプリンス】
一時期、すごく聴いていた自分が初めて買ったアルバムが、やっぱり『パープルレイン』なんです。
『Purple Rain』(1984)
サウンドトラックと言っても、映画の方は観たことない!w(きっとそういう人は多い気がします!)
後になってわかるのですが、このアルバムって、プリンスの作品の中でもロックに寄ってるんですよね。
そこが自分にもハマったのかなって思います。
それまで、プリンスっていうと、ちょっと変態ちっくな部分のあるアーティストぐらいの印象で、敬遠してた部分もあったのですが、このアルバムの「ビートに抱かれて」や「レッツ・ゴー・クレイジー」とか、すごくカッコよかったのです。
「ビートに抱かれて - "When Doves Cry"」
もう、イントロのギターがカッコ良過ぎですよね。
「Let's Go Crazy」
これも、パイプオルガンチックなイントロ部分が神々しいのですが、こういう電子楽器と生楽器やバンド演奏が一体となった音楽がプリンスの革新性だったと思うんですよね。
ただ、代表曲と言われると、やっぱりこの2曲に「パープルレイン」を加えた3曲を考えちゃうのです。
また、同時期に、プリンスがプロデュースしたシーラEの「グラマラスライフ」もヒットしていて、プリンスって、凄い才能の持ち主なんだって思ったんですよね。
Sheila E 「The Glamorous Life」
それで、その後に、遡るようにして聴いたのが、『パープルレイン』の前作にあたる『1999』です。
『1999』(1982)
これが2枚組だったのですが、また、すごいアルバムで、そのサウンドに圧倒されたのを憶えてます。
一度聴いただけで、プリンスは天才だ!と思いました。
「1999」
1曲目からこの曲なので、完全にもっていかれた感じでした。
ほんと、ポップなんだけど、サウンドは実験的で、新しい音楽に思えたのです。
紫のレコードジャケットが妖しくて、私にとって『パープルレイン』と併せて、プリンスカラーの刷り込みが行われた作品なのです。
ただ、その後に出た、『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』(1985)は、今ひとつ、まったりした感じで、なんとなくハマらなかったのです。
その後の『パレード』(1986)も、面白いとは感じたのですが、それほどハマらなかったんですよね。
... シングル曲の「KISS」にのめり込めなかったのが要因なのかなって思います。
「KISS」
やっぱりイントロ部分はカッコいー!
でも、やっぱり歌はあんまり好きくないw
そんな感じで、なんか当たりハズレがある感じがしてきてたのがこの頃なのです。
そんな中、あまり期待をせずに聴いたのが『サイン・オブ・ザ・タイムズ』でした。
『Sign "☮︎" The Times』(1987)
これまた2枚組の大作だったのですが、ま、はっきり言って、統一されたコンセプトがあるわけでなく、いろんなタイプの曲が収録されているのですが、なんかそこが気に入ったんです。
はじめは、そんなに好きじゃなかったのですが、聴けば聴くほど気に入ってしまって、今でも聴くことのあるプリンスのアルバムの一つです。
プリンスの多才さを体現してるアルバムだと思っています。
「Sign o' the Times」
このアルバムの後にリリースされた『ラブセクシー』(1988)や『バットマン』(1989)には、正直、乗り切れず、ちょっと、プリンスから離れていってしまったのです。
「Batdance」
面白いとは思うんですけどね、実は、映画にも乗り切れなかった部分があって、やっぱり音楽にも乗り切れなかったんですよね。
ノリノリ加減はいいのですが、サンプリングとかには新しさを感じなかったのです。
ただ、プリンスのバットマン愛は伝わってきました。
もともとシンガーソングライターであるプリンスですが、自分はメロディメーカーではなくサウンドクリエーターだと思っていて、その頃の自分の音楽趣向が、サウンドよりメロディに移行していってたことも、乗り切れなかった要因なんだと思います。
【プリンスのセクシュアリティ】
プリンスのもつ多様性は、作品世界だけでなく、そのセクシュアリティのイメージも影響が強いです。
何と言っても、アルバムジャケットなんかは、何だかな~と、中高生には理解できない部分があったんです。
『愛のペガサス』(1979)
原題は『Prince』なのに、なんでこんな邦題になってるのって感じですが、実は裏面にその理由があって、こんな感じなのです。
これだけで、邦題に『愛のペガサス』って付けるセンスは ”何なん、何なーん ♪ ” って感じですよね。
知らない人が見て、色物と感じても仕方ないです、ハイ。
『ダーティ・マインド』(1980)
そして、例の『LOVESEXY』(1988)
こういう世界って、健全な中高生男子には抵抗があるんですよね~。
たとえ、好きなアーティストであっても、ついていけない世界なのです。
もともとプリンスは、後の「ラブシンボル」で「♂」と「♀」を合わせたようなマークを使ったりして、両性具有の独特のセクシュアリティを前面に押し出してるアーティストでした。
LGBTQなどの概念が浸透してきた現代なら、受け止め方は違ったのでしょうが、当時の自分には、それを多様性として認める器量は備わっていなかったのです。
そういう意味では、そのイメージ自体も革新的だったのかもしれませんね。
【”The Artist”と呼ばれるプリンス】
1994年、プリンスはレコード会社との軋轢の影響により、”プリンス”という名前を捨て、「ラブシンボル」を自らの名前としていきます。
でも、ラジオとかでは、「元プリンス」や「かつてプリンスだったアーティスト」「ジ・アーティスト」と呼ばれていました。
2000年にはまたプリンスに戻ることになるのですが、実は、この頃の作品はあまり聴いてないんです。
ちょっと気に入って、記憶に残っているのは、『ゴールドエクスペリエンス』ぐらいなんです。
『The Gold Experience』(1995)
「Endorphinmachine」
ちょっとロックに寄ってきてる感じで、聴きやすかったアルバムです。
ただ、聴きやすい分、以前のような革新性への衝撃は感じられなかったんです。
やっぱり革新性を持続させていくのは難しいんですよね。
いつも新しいことをしていけば、それも予定調和になって、革新性のマンネリズムに陥ってしまうものです。
才能の塊のようだったプリンスも例外でなく、苦しい部分はあったのだと思うんです。
亡くなってから5年になりますが、優れたソングライター、革新的なサウンドクリエーター、ギターをはじめ何種類もの楽器を使いこなすマルチプレーヤー、自らを演出するエンターテイナー、そしてライブでも輝くパフォーマーと… こんなミュージシャンは二度と出てこないような気がします。
だからこそ、プリンスには ”The Artist” という呼称が相応しいと思うのです。
最後はやっぱり「パープルレイン」ですね。
ラブシンボルギターを携えて歌うプリンスはやっぱりカッコいいのです。
「Purple Rain (Live At Paisley Park, 1999)」
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