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炊き出しを続けて感じること

2019年11月から炊き出しに参加し始めて、1年半越えました。コロナ仕様になってからも1年越えています。結論から先に言うと、毎回、多少のトラブルは起きるので大変だし、日によっては疲れてしまうこともあります。ですが、とても楽しいです。笑 僕は並んでいるおじちゃん達に、自分がかなり救われていると感じています。以下、ホームレスのかたのことをおじちゃんと表現してますが、おじちゃんと呼ばれる年齢層が多いだけで、若いかたもいますし、女性のかたもいます。

・僕はおじちゃん達と接しているのが楽しい
僕のポジションの整理誘導では二番目に古いのですが、未だに、自分が炊き出し全体と、上手く溶け込めてない感覚があります。実際問題、炊き出しスタッフと接するより、おじちゃん達と接してたほうが気が楽なんです。炊き出しに限らず、僕が他者と接する時、常にまともなフリをしなければならず、それが、日常を過ごす中で一番大変なんです。誤解を恐れず言えば、暴言を吐いてくるおじちゃんもいて、嫌な気持ちになることもありますが、変なおじちゃんも沢山いるし、大半のおじちゃんは、僕の言動が変でも笑ったりしませんし、バカにもしませんし、逆に僕に気を遣ってくれる、炊き出し全体を俯瞰している、優しいおじちゃんだって居ます。笑 結果論ですが、今の看板持ちがとても僕には合ってたんですね。大切なことだから何度も言いますが、おじちゃん達を僕らが見てるのではなく、おじちゃん達が僕らを、「こいつは支援者としてどうなのか?」というジャッジを常にされてるのです。なんでそれがわかるかってのは、炊き出しでは僕は支援する側ですが、僕の人生においては支援される側になることが多いからです。支援される側はジッと黙って、こいつは自分に害をなす者かどうか、しっかり観察してますよ。笑

・困った言動をするおじちゃん達にも大まかに二種いる
困った言動をするおじちゃん達が一定数ですがいます。接する中で、そのおじちゃんの考え方や性格故に、僕らにとって困った言動をしてしまう人と、僕らの気を引きたい・構って欲しい故にそういうことをしてしまう人がいることに気づきました。前者のほうは、単純にズルをして、一人一つ配布の物を二つ貰おうとする人や、さり気なく並んでる列に横入りして早く貰おうとする人などです。これは、気づいたら速やかに注意して、ルールを守ってもらうしかありません。後者のほうは、一例を挙げると、「配布物を貰ったんだけど、入れる適当な袋がないんだ…」と、わざわざ、僕に相談しにくるおじちゃんとかです。暇なタイミングなら良いのですが、おじちゃん達が立て続けにやってきた時は、おじちゃん達に並んで貰いながら、そういう対応をしないとなりません。看板持ちの僕は、袋なんか必要な分しか持ってないし、袋を貰いたいんだったら配布場所で別のスタッフに言えば、その場で貰えるかもしれません。だけど、僕の所へわざわざ来て言う訳です。そういうおじちゃんは本当は人と接したかったり、大切にされたいという気持ちがあるんだと思います。昨日もそういうおじちゃんがいて、僕が服にぶら下げていた二つの袋の中身を一つにまとめて、空いたほうを渡しました。困った言動をするおじちゃん達を、あくまで「困った人」と見るのか、「その内面に抱えてる別の困ったこと」に目を向けるのか、今一度、考える必要もあるのかなと、感じています。

・殆どのおじちゃんは良くも悪くもわきまえている
上の内容を相反する話なのですが、大半のおじちゃん達は炊き出しルールを守ってくれます。良くも悪くも、日本の教育の賜物だと思っています。いつも思うんですが、僕がおじちゃん達の立場だったら、「そんなに大人しくしてられるかな?」と思うんですよ。生きるか死ぬかの瀬戸際に追い詰められてたら、僕はもっと攻撃的になると思います。だから、毎回、多少のトラブルは起きたりしますけど、「おじちゃん達凄いな!」といつも感じながら並ぶのに協力して貰っています。あと、僕は常に列の最後尾にいるので、場所を常に移動するんです。文字だけじゃ上手く伝えられませんが、一人のおじちゃんとは最大でも二回しか近くにいません。いろんなおじちゃん達が僕に話しかけてきますが、次のおじちゃん達が来て、話してたおじちゃんと僕の距離が離れ始めると、話途中でもおじちゃんが話を止めるんです。そういう所も、凄いわきまえてるんだなと感じますね。

・コロナのせいか並ぶ人数がじわりじわりと増えてきた
コロナ仕様になる前の炊き出しは、三ヶ月くらいしか体験してないのですが、その頃は200人もいませんでした。今じゃ昨日の炊き出しは380人超え、前回の炊き出しは370人超えです。そして、若いかたも増えましたし、女性のかたも増えました。お母さんと思わしき人に連れられた子供も並んでいます。ただ、そういう人達は全体の中で目立つので、支援の手も直ぐに入り、数回で来なくなる人が多いです。一方でずっと支援から取り残されがちなのが、僕がホームレスのかたのことをおじちゃんと表現している、おじちゃん達です。日本社会で一番冷遇されてるのは、問題なく働けるとされてる人で、働くであろう年齢の時に、何らかの事情で働けていない男性に感じています。でも、おじちゃん達と接していて、何らかの障害を抱えてる人が、かなりいるなと感じます。

・並んでるおじちゃん達の大半はガチ路上ではない
路上だけで生活が完結してる人を、僕はガチ路上と表現しています。そういうおじちゃん達は全体の中では少ないです。他にどんな人達が並んでるかと言うと、保護を受けてる人やネカフェなどで過ごしていると思われる人達です。ここら辺の層は地続きになっていて、ある時はネカフェだったけど、そこからガチ路上になり、そこから更に保護になったけど、住まいが劣悪な環境の共同生活の所で上手くいかず、またガチ路上になったとか、流動的です。全体的には、みんなお金が無くて困ってることは共通しています。いつも思うことで、しょうがないことなのですが、当事者の想いや希望が殆ど反映されてないなと感じます。毎回、おじちゃん達から様々な訴えを僕にぶつけてきます。そういう声を上に伝えているのですが、一方で全体の運営の兼ね合いもあるので、反映はなかなか難しいですね。これはホームレスの問題に限ったことではなくて、いろいろなマイノリティーの問題にも、当事者不在というか、似たようなことは起きていると感じます。

次は丸二年を目指し、続けていこうと思います。笑 でも、本当は炊き出しなんかなくても、普通に安心して生きれる世の中のほうがいいですね。

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