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エピソード.2「巨腕のショッピングセンター」第二十一話 湊山商店街の未来③

「清水、ちょっといいか」

 空本が声をかけると、清水翔平は手元の資料から顔を上げた。午後の静けさが中央支店内を包み込んでいる。

「はい、空本さん」清水は立ち上がり、タオルで汗を拭いながら近づく。

 空本は手招きしながら、デスク脇のスペースへ清水を誘った。「湊山商店街のことなんだが、先日吉岡さんと話をしたんだ。あの場所にはまだ可能性があると思う。それで、『食堂 まる山』の最近の状況を教えてほしい」

 清水が新規で開拓した最初の顧客が「食堂 まる山」。開業資金で奔走し、自ら実行までこぎつけた清水にとっても思い入れのある顧客だ。

「食堂 まる山ですか。あそこは商店街で旬の食材を使った料理を提供していて、地元密着型のコンセプトですから、開業時はかなり注目を集めていましたね」

 空本は頷き、視線を清水に注ぐ。「最近の売上はどうだ?何か変化はないか?」

「全然悪くはないです。ただ、オープンした当初に比べると少し落ちていますね」と清水は正直に答えた。「最初は地元の方々の興味が集まっていて、来店も多かったんですが、どうしても新しい場所っていう魅力が薄れると少し厳しいですね」

「なるほど…やっぱり難しいか」空本は少し考え込む様子を見せた。「確か、漬物は『わだや』から仕入れてるんだよな。海産物は『小林鮮魚店』からだと聞いている」

「そうです、まる山さんは地元の食材を積極的に使っていて、『わだや』や『小林鮮魚店』の取引先でもあります。これって、空本さんが担当する案件にも少なからず影響を与えると思うんです」

 空本は考え込みながら軽く頷いた。「清水、まる山の店主に話を聞いてみたいんだ。この地域に新しく出店した人の声は、商店街の現状を知るためにも重要だと思う。今度、アポイントを取ってくれないか?」

「わかりました。すぐに手配します」清水は真剣な表情で頷き、ノートに書き留めた。

 空本が缶コーヒーを清水に手渡したその時、石川支店長が二人の元へ近づいてきた。「お前たち、ちょっと話がある」

 空本と清水は顔を見合わせ、石川に向き直った。「何でしょうか?」と空本が尋ねると、石川は手に持った資料を見直した。

「阪栄グループのショッピングセンター『レインボーシティ』の出店計画についてだ。西宮が1号店で、その後伊丹、大阪と続いて、いよいよ4号店が神戸にも出店する計画だ」

 石川は静かな口調で資料を見つめながら続けた。「そうだ。そして、その阪栄グループと言えば、兵銀だけじゃなくて、阪栄電鉄と蜜月の『西宮えびす信用金庫』も絡んでいる。この出店計画も、兵庫県信用金庫協会からの情報として回ってきたものだ」

「にししんか…」空本は言葉を詰まらせた。阪栄グループと金融機関の関係が、どれほど地域に深く入り込んでいるのか。まるで静かに侵食してくる影のように感じた。

 石川の表情は険しくなった。「正直、うみべの里の件で、兵銀のやり方は俺も気に入らないんだ。地域を振り回してまで金融機関の都合通りに物事が進むなんて、あり得ない。これからは、俺たちがどれだけ地域のために動けるか、それが本当に問われてくる時代なんだ」

 空本はその言葉に深く頷き、静かに言葉を返した。「そうですね…。阪栄グループの出店計画の真偽、確かに自分たちで確かめる必要があります。この地元を守るためにも、湊山商店街の未来を守るためにも」

 石川はその言葉に頷き、わずかに微笑みを浮かべた。「その通りだ、空本。俺たちで何とかしてやろう」

 空本は石川の言葉に心の奥底で湧き上がる何かを感じた。湊山商店街の未来、それは単に地域の一角を守ることだけではなく、彼自身の人生や、結との未来と重なるものであると強く思ったのだ。最近のうみべの里の件を通じて、結が自分にとってどれほど特別な意味を持つのかを、改めて感じていた。単なる幼なじみという関係を超えて、空本の人生に欠かせない存在になりつつあった。

「湊山商店街の未来…それは俺にとっても、結にとっても、かけがえのないものなんだ」

 空本は内心でそう決意しながら、自分の気持ちと向き合い、そして前を見据えた。

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