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【優しくする、】数代後の人魚姫は月夜に文字を読む【小説】
ワンアワーライティングとは?
SM文芸部Twitter企画として行った「ワンアワーライティング」。 Twitterのスペース機能を用いて、1時間みんなでわいわいしゃべりながらのオンライン合同執筆会でした。 SM文芸部にとっても初めての試みで、とっても楽しい経験でした。 今回はテーマとして『優しくする、』というセリフを入れた3000文字以上の小説を合同執筆しました。今日読んでいただくのはその中でも、SM文芸部員の作品です。
数代後の人魚姫は月夜に文字を読む
声が出せないなら、文字を綴ればいいのだ。
海の底で生まれた私は瓶詰めの手紙から文字を学んだ、と言えたら優雅で可愛らしいけれど、そんな穏やかな知識欲じゃなかった。海流を辿ってひとつの国をおぼえ、そこからくるゴミを漁った。洗剤のボトル、お菓子の袋、ボロボロになった紙束が拾えた時は歓喜して、サンゴに頼んで固め直してもらった。たくさん載っているそれらのひとつが地上の楽器であることは、祖先からの口伝でわかった。そうやって文字を、文章を、語る言葉を覚えた。
先先代の大叔母が人間になった時のことを聞いていたから、魔女に羨んでもらえるよう声を磨いた。一番歌の上手い7番目の姉の後について周り、喉にいいといわれたものならなんでも試した。海鼠を丸呑みしたことがある人魚はきっと私だけだ。姉たちに揶揄われていたと知ったのは飲んでからだった。人間になる夢のためにと説得した海鼠の命は無駄になったわけだ。
ある夜、何ヶ月ぶりかに流れ着いた紙束に、私はことのほか夢中になった。手のひらより一回り大きなそれは、綺麗にパッキングされたまま私の元に届いたのだ。
いままで見た家具のいっぱい載っている本や、分厚い言葉を羅列した本とは雰囲気が違う。話に聞く、小説というものだと類推した。
胸に抱えて、沖の岩場まで浮上する。水の中であけては濡れてしまう、せっかく綺麗なままで届いたのに。珊瑚に薄く固めてもらった紙束たちは、ところどころ読めなくなるのだ。全部読める、そのことに心は震えた。
今夜は月が明るい。包みをひらけば、三篇のお話が出てきた。恋愛、性愛、暴力。ひとの体をもたないわたしにはわからないことだらけで、それなのにむしょうにどきどきした。「わかる」ところはそれでも、いくつかあった。女の子が、年上の先生にその身を差し出す話、真っ直ぐ描かれた気持ちに惹かれた。
もっと、もっと読みたい。遠くまで海を泳ぎ回って、小説が流れてくる海域を探すようになった。それと同時に、わたしはある決意を固めた。
今夜も、月が明るい。
毎夜月の光を浴びていたせいか、わたしの瞳はすっかり金色になった。黒くて長い髪に隠れて、私自身が月夜になってしまったみたい。
魔女のところに行けば、言い伝え通り簡単に、声を差し出す代わりに尾鰭を人の脚にしてくれた。使い慣れない足の裏が痛むけれど、あの目眩くようなことを書いたひとのところにいける。
愛されてこい、なんてふんわりした使命ではない。人間と交われ、子を成せ。卵生の人魚は環境と本人の力でしか生き残れない。海流の流れに乗れば、卵は簡単に魚に食べられてしまう。私の家系ではもう数十年、新しい世代が育っていない。人間よりは多少長命の種といえども、ひとつの家系は簡単に滅びゆく。
姉たちはみな、地上に行くのを嫌がった。末っ子のわたしが地上に行くと決めれば、それでもみな心配してくれる。
人と混じれ。子を成して、いつか人魚の血の混じった子が海に帰れるように。だからわたしは、アレを書いた男を、絶対に落とすのだ。
愛されなければ泡となって消えるしかない人魚の身だが、人魚とてそう何世代も命を無駄にし続けているわけではない。
最悪の場合――不本意な相手と子を成すとか、そう言う事態が生じた場合。これで相手の人間を刺せば、人魚に戻れる。危ないことがあったら、そうやって帰ってくるように。そういって持たされた特別な人魚のナイフ。人間の身体に変身する前に、身体の一番真ん中の鱗を剥がして作ったナイフを、胸元に隠した。
足が痛む。
わたしが読んだあの本は、何人かのアマチュアが原稿を寄せた、同人誌というものだったらしい。検索で出てきた、通販のために設けられたらしきフォームから主催者に問い合わせれば、アレを書いた人間のアカウントにはあっさりたどり着いた。
SNSのつかいかたを覚えるのは、ひとりで文字を覚えるのに比べればうんと容易かった。ある種の人間は裏垢、なんていうものをもっていて、それらでやり取りし、さらに一部の人間は直接会って性的なことをすることもあるのだという。わたしがたどり着いた作者のアカウントも、おそらく、そういったアカウントの一つだった。
海沿いの街で一人暮らしをしているという、あの小説を書いた人間に近づく。リプライを繰り返し、DMで話し、音声配信をしているときがあればできうる限り聴いた。その人間はすぐにわたしの名前を憶えてくれた。ずいぶんとやさしい人間だ、と思った。あるいは人間はさみしかったのかもしれない。あの人間に相談するものや愚痴を言うものはたくさんいるようだったが、慰めるものは少なかったのかもしれない。個々人とのやり取りのことなので、私には詳しくはわからないが。
期を見計らって会いたいと言えば、人間は時間をとってくれた。板前がやっている、庶民的ながら魚の美味しい店を予約する。釣り好きの板前は近海の魚の中でも悪い意味で名が知れており、思いの外そんな記憶が役立つことになった。
必ず落とさないといけない。流行歌ではさそりにたとえられていたが、思い込んだら命がけなことについては人魚のほうに分があると思う。
「もしかしてだけど……あの、あなたが『リエル』さん?」
顔を上げたわたしは、よほど絶望した顔をしていただろう。
「え、違った?ごめんね、え、違わないの?」
がたがたと慌ててから、すぽんと向かいの席に座る。そこにいたのは私とあまり歳の変わらない、背の低い「女の子」だった。
「優しくする、なんていうから、てっきり男の人だと思ってた」
オフパコするもんだと思ってたもんね、そのつもりだったでしょ?そういってにこにこする彼女。わたしは慌てふためくことしかできない。
どうしよう。
書かれたものを何度も何度も読み返して、この人のすべてを知った気でいたのに、性別さえわからなかったなんて。主人公の女の子に自分を重ねすぎたのか。書いた人は「先生」と同じ性別だと思い込んでいた。
子どもが作れない。
彼女が席に着く。わたしは文字を書き、彼女は声で返す。声を捧げてしまったことを後悔するもどかしさだった。話しながらも彼女は食べる。この店の売りは海鮮だ。手づかみでどうぞ、と渡された蒸し海老を小さな手で掴むと、わりわりと殻をむいた。鱗をはがされる感覚を幻視してざわり、と脚の毛穴が開く。鱗なんてもう1枚もくっついていないのに。
やっとわかった、主人公の女の子こそが、作者の彼女だったのだ。今は遠くにいるかつての「先生」、その愛おしい人のことを思って、きっとその人に届けるために、彼女は書いている。白い肌に脂が虹を描くお刺身のひとひらを箸先でつまんで、彼女は小さな声でこうつぶやいた。
「先生、たぶんこれ好きだわ。淡白なおさかな好きだから」
よくわかった。たとえ、子どもが作れる性別だったとしても、わたしがこの人に愛されてつがいとなり、人として生きることは、きっとない。
「お互いに相手の性別勘違いしてたなんて、笑っちゃうね。」
そう言ってぺろりと一皿平らげた彼女に断って、私は手洗いに立つ。足が痛い。ごめんなさい、と心の中だけで叫んで、彼女のふわふわした肉の乗ったまるい肩を、人魚のナイフでチクリと刺した。
驚いて振り返る彼女をしり目に駆け出す。少ししか刺さなかったから、人魚に戻るのにはすこし時間がかかるはず。足よ、それまで持ってくれ。えぐれた肉から血が滴る。精一杯止血したけれど足りなかったらしい。海まで走るわたしの足からは、はらはらと赤い鱗が散り始めていた。
肉をえぐった理由はちゃんとある。
自分でお魚の持ち込みが可能なあの店の板前は、わたしが人魚の肉です、と持ち込んだそれにしわしわの頬を緩ませた。
「お嬢ちゃん面白いこと言うじゃない。しかしおおきな金目鯛だ、わりに脂がのっているね。自分で釣ったの?大味でないといいけど。」
わたしはあいまいにほほ笑んだ。
人魚の肉を食べれば永遠の命が得られる、と人間はよく言うけれど、あれはまるまる一尾をひとりでたべつくすくらいの摂取量が必要で。だからあなたが先ほど食べてくれたお刺身くらいでは、時間を少し引き延ばすくらいの効果しかない。
ほんのわずか、3年か4年、あなたが今のしっとりときめの細かい肌を保てますように。少しだけ無理をしてたくさんの物語を摂取し、さらにたくさんの物語を吐きだせますように。そして、会いたい人にもう一度会えますように。性別を勘違いしていても、その祈りだけは本物だったはず。
地上に向かない尾ひれが擦り切れてしまうまえに、わたしは海岸にたどり着き、どぼんとその身を躍らせた。鱗のはがれた尾ひれがひりひりと痛かった。
ライター:全回答
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