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フラワーカフェへようこそ -1-
窮屈な日常から離れられる楽園。
このカフェのことをそう呼んでも過言ではないのかもしれない。
いつの間にか、それくらい私の中で大切な場所になっていた。
2年前。
それは偶然の出会いだった。
私は元来内向的で会社でも存在感が薄く、それでいて上司からはその押しの弱さに漬け込まれ残業の日々。
元々好きで始めた仕事だったが、その頃は何も感じずただその日のノルマをこなす日々を送っていた。
ある日の帰路。
終電を逃した私は途方もなく駅までの道を歩いていた。
駅まで行ったところで、もう電車がないのは分かっていた。
それでもこの日はなんとなく歩きたくて、普段足早に通りすぎる飲み屋街をふらついた。
その時偶然出会ったのだ、あの「フラワーカフェ」に。
一見すると何の店なのかわからない外装だが、店先に小さな看板が出ており、「フラワーカフェ」と書いてある。
改めてよく見ると軒先には大小様々な鉢植えが置いてあり、色とりどりの花や実がついていた。
その植物たちを眺めていると、店の中から男性が出てきた。
「いらっしゃいませ!よかったら、寄ってきません?」
夜なのにとっても元気溢れる感じの人だった。
しかもかなりのイケメン。
歳は私と同じくらい、浅黒い肌、細身だけど多分筋肉質、クシャっとした笑顔と八重歯に一瞬で心を奪われた。
彼に導かれるように店内へ入る。
「フラワーカフェ」の名前通り、店の中にはたくさんの花や植物が置かれている。
カウンターには、また違うタイプのイケメン。
恐らく私と同世代、白い肌に黒縁メガネ、隠しきれないインテリ臭、それでいて包みこむような優しい笑顔。
イケメンしかいない状況に、変に緊張し始める私。
とりあえずコーヒーを注文し、気まずい沈黙の中店内を見回す。
「どうっすか?気に入ってくれました?」
いつの間にか隣に座っていた浅黒い方のイケメン。
「は、はい…。素敵ですね。」
「気に入ってもらえて良かったです。」
そう言いながらもう一人のイケメンがコーヒーを差し出す。
連日の残業のせいか、気がつくとカウンターに突っ伏して眠ってしまっていた。
朝日の眩しさに目を覚ますと、いつの間にか毛布が掛けられていた。
「花の仕入れに行ってます!(`・ω・´)ゞ
ホットサンドとコーヒー、良かったらどーぞ。」
寝てた態勢ゆえ身体中が痛かったけど、イケメンたちと仲良くなれて、おいしい朝食もいただけて、最高の一日になる気がした。
それから現在まで、ほぼ週二回のペースで私はそのカフェに通った。
会社でどんなに理不尽な扱いを受けても、どんなに無理なタスクを押し付けられても、このカフェのため、ここで会えるイケメンたちのために頑張れた。
彼らはいつも私を温かく迎え入れてくれる。
こうやって私の存在を認めてくれる環境を、私はずっと求めていたのかもしれない。
「そういえば、あの事務の地味子、ここ二週間くらい無断欠勤しているらしいよ。」
「え、そんな奴いたっけ?」
「うそ、覚えてない?まぁ、めっちゃ影薄かったから無理もないけどね。」
「そんなことよりさぁ、今度また合コンしない?」
「えぇ、またぁ?」
「今度は高学歴な男しか呼ばないから、ね?お願い!」
「もー、しょうがないなぁ。」
甲高い声が響き渡る女子トイレ。
本日未明、東京都○○区のアパートの一室から女性の遺体が発見されました。
遺体の身元はこの部屋に住んでいた株式会社※※の事務職、吉田優里さんとみられ、死後数日が経過していたそうです。
警察は遺体の状況から殺人事件として捜査を進めていく方針です。
ブルーシートで覆われたアパートの一室。
規制線の傍に群がる野次馬たち。
少し離れた物陰から手を合わせる二人の男性。
「俺らのために、ありがとう。」
「あなたのおかげで、僕らはまだ生きていられます。」
花束をそっと置き、その場を後にする。
-1- 終わり