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フラワーカフェへようこそ -4-

この物語は、フラワーカフェへようこそ-3- の続きです。

「あれって、去年のミスター○○大だよな?」
「うわ、マジでイケメンじゃん…」
「私、狙っちゃおうかな~」
こうやって聞こえよがしに噂されるのも、正直慣れた。
慣れ過ぎて怒りすら湧いてこなくなった。
昔からそうだ、僕は外面でしか評価されない。
それが悔しくて頑張れるものは何でも頑張ってきたけど、結局無駄だった。
僕を本当に理解してくれるのは、今はもうあの二人しかいない。

小さい頃から何もしなくても僕の周りには人がたくさんいた。
僕がほんの少し微笑むだけで大喜びしてくれる人ばかりだった。
物心がついた頃、周囲の人たちは自分の外見だけを見ていることに気がついた。
そのうち両親も僕の中身ではなく、見栄えばかりを気にするようになった。
いくら勉強を頑張っても、どれほどスポーツが出来ようとも、全く意味をなさない現実に嫌気がさし、僕は次第に高校をサボるようになった。
そんな頃に出会ったのが、後に大親友となるマサルだった。

初めはサボり先の公園で顔を合わせる程度だったが、次第に色々な話をして打ち解けた。
僕は両親にさえも外見でしか評価されないこと、学校の先生までも外側しか見てないことを話すと、マサルは高校でいじめられていること、仕事で忙しい母親しかおらず誰にも相談できなかったことを話してくれた。
マサルの話を聞いているうちに抑えきれない怒りがこみあげてきて、遂に僕はこう言い放った。
「マサルをイジメている奴らをボコボコにしようぜ。」
どうせ学校へは行かないのだからと二人で髪を金色に染め、マサルの学校へ金属バット片手に乗り込んだ。
結果は…、惨敗。
傷だらけでいつもの公園へ引き返し、芝生の上に寝転んだ。
「くそ、負けちまったぜ…」
「ダイスケ、ほんと弱かったな…」
「う、うるせぇ!…悪かったな。」
「おぅ。でも、嬉しかった。ありがとう。」
とても穏やかで清々しい表情を見せるマサルに、いつしか僕は心を奪われていた。

それからマサルがいじめられることはなくなり、無事に卒業、僕もなんとか卒業し、偶然にも同じ大学へ進学した。
マサルとの学生生活は本当に楽しかった。
ただ一緒にご飯を食べているだけ、隣で講義を受けているだけで僕は幸せだった。
こんな幸せがいつまでも続くと勝手に思っていた。
大学2年のある時、マサルのバイト先の先輩に半ば強要され、僕たちは「ミスター○○大コンテスト」に出ることになった。
結果はマサルが準グランプリ、僕がグランプリとなった。
それ以降僕らはかなり学内で目立つ存在となってしまい、モデル事務所やら芸能プロダクションから目をつけられるようになってしまった。
僕もマサルも全然興味はなかった。
しかし気の強い僕とは違い、押しに弱すぎるマサルはある事務所の誘いを断り切れず、遂に芸能界デビューをしてしまった。

マサルが大学を辞めてから2ヶ月、急に知らない番号から着信があった。
恐る恐る出てみると、マサルのお母さんからだった。
マサルは風呂場で手首をかき切っていた。
どうやら所属した芸能事務所はただの詐欺グループだったらしく、お金を巻き上げられた挙句、受け子のようなこともさせられていたらしい。
罪悪感に苛まれ辞めようとしたが、膨大な退所料を請求され、どうにもならなくなっていたらしい。
「昔から私に迷惑をかけまいと頑張り過ぎちゃう子でね…」
泣きながら話すお母さんの声は途中で耳に入らなくなった。
世界で唯一の親友がいなくなった。
その現実を僕は受け入れられなかった。

マサルがいなくなってからの僕の人生は、文字通り色がなくなった。
初めこそすべての発端を作ったあの先輩を恨んだりしたが、すぐに何もかもがどうでもよくなった。
死んだような眼で過ごしていたある日、あの人と出会った。
エレベーターで偶然乗り合わせ、ふいに見せたあの表情がマサルとそっくりだった。
その人は8階へ大きな鉢植えを運んでいる最中だった。
僕は思いがけず話しかけた。
「あの、手伝いましょうか?」
「いいんすか!?あざっす!」
僕に向けた爽やかな笑顔も、マサルと瓜二つだった。

無駄に太った教授の元へ鉢植えを届け、僕たちはまた同じエレベーターで下へ向かった。
「ほんとにありがとう!マジ助かったぁ!」
相変わらず爽やかな笑顔を僕に向けている。
「いえ、そんな大したことでは…」
「マジありがとう!これ、よかったら遊びに来て。お礼にコーヒーでも奢らせて。」
そう言ってその人は小さな紙を差し出した。
そこには「フラワーカフェ」というオシャレな題字と、駅から店までの簡単な地図が載っていた。
「これは…?」
「俺と親友がやってるカフェ!いつでも待ってるからね。」
言い終わると同時に1階へ到着し、その人は颯爽と去って行った。
もらった紙にはまだあの人の手の温もりが残っていた。

その週末、僕は「フラワーカフェ」を訪ねた。
お店の外も中も植物や花で彩られ、店内は心地よい音楽とコーヒーの香りに満たされていた。
「いらっしゃいませ、こちらメニューとなります。」
カウンターから少し離れたテーブル席に座ると、あの人の親友と思われる男性が現れた。
「あの、この前ここの方と大学で知り合ったんですが…」
「あぁ、カズキから聞いております。その節は大変お世話になりまして…」
「いえ、本当に大したことはしていないので。それより、カズキさんは…」
「大変申し訳ありません、カズキは本日体調不良でお休みをいただいております。」
男性が深く頭を下げた。
「そうですか…」
なぜかほっとした自分がいた。
「じゃあ、コーヒーをお願いします。」
「かしこまりました。」
男性はカウンターへ戻っていった。

「お待たせしました。熱いのでお気をつけください。」
読んでいた本から目線を上げると、湯気の立ったコーヒーカップと小さなケーキがテーブルに置かれた。
「あの、ケーキは頼んでないんですけど…」
「カズキからのお礼です。あなたがいらしたらお渡しするよう言われておりました。甘いものが好きそうなお顔をされていたと…」
急に頬が熱くなるのを感じた。
そう言えば、マサルも僕が甘いもの好きなのを見透かしていたっけ。
お言葉に甘えて頬張ったケーキをほろ苦いコーヒーで流しこむ。
「おいしい…です。」
「ごゆっくりお過ごしください。」

「そうですか、亡くなられたご友人とカズキが瓜二つだと…」
「はい、あまりにも似ているので驚いてしまって…。」
どうしてもカズキさんのことを確認したくて、僕はカウンターへ移動した。
「なるほど…。もしかしたら、ドッペルゲンガーかもしれません。」
「ドッペルゲンガー…世界に自分と同じ顔の人が3人いるっていうあれですか?」
「ええ、カズキに弟や親戚がいるというのはありえない話ですし、偶然そっくりだったのではないかと…。」
男性が真剣な顔で言った。
何か事情があるみたいだけど、”ありえない”は言い過ぎじゃないか…と思っていると、男性が続けた。
「ですが偶然とはいえ、ご友人に似ているカズキを見るのはお辛かったでしょう…。」
「実はそうでもないんです。見た目は似ていますが、性格はかなり違うので意外とちゃんとカズキさんと認識できてます。」
「そうでしたか、それなら良かったです。」
初めて男性が笑顔を見せた。
「…お二人とも、とっても優しいんですね。」
僕が呟いた言葉に男性が少し驚いているようだった。
「あ、いや…。僕、こう見えて昔から結構見た目でちやほやされてきてて…、でもそうやって見られるのが嫌で、僕が人を見るときは外見じゃなくて内面を見ようと決めてて…。急にすいません。」
「こちらこそすみません、あまり褒められ慣れてないもので…。ありがとうございます。」
そう言いながら男性は少し頬を赤く染めた。
僕なんか比べ物にならないくらいカッコいい男性が褒められベタという意外な事実に、思わずキュンとしてしまった。

半月後に「フラワーカフェ」を訪ねた時、やっとカズキさんに会えた。
「この前はケーキ、ありがとうございました。」
「いやぁ、せっかく来てくれたのに休んじゃっててほんとごめん!」
「いえ、お元気になって良かったです。」
相変わらずはつらつとしていて、さわやかな笑顔。
最初はマサルに似てたから気になっていたけど、話していくうちにカズキさん自体が好きになっていった。
「カズキ、もっと誠意を込めて謝らなきゃ申し訳ないだろ?」
「大丈夫ですよ、ユウキさん。こうして会えましたから。」
「マジごめん!」
「もう…」
明るくて元気なカズキさん、真面目で誠実なユウキさん、僕はそんな二人のファンになりかけている。
もちろんお店の雰囲気もいいし、二人ともめちゃくちゃカッコいい。
でもそれ以上に二人の人柄に惚れてしまっている自分がいる。
「ありがとうございました。」
「また来てください!」
二人のおかげで、最高の日曜日の午後となった。


カランカラン。
「いらっしゃいませ。」
ユウキが顔を上げると、そこにはよく知っている顔があった。
「久しぶりだね、ユウキくん。」
「お、お久しぶりです、荻原さん。」
物腰が柔らかそうな中年男性・荻原は、穏やかな表情を浮かべながらユウキに話しかけた。
「まさかこんな近くにいたなんてねぇ。」
「そうですね…。今日はどうして?」
「あぁ、最近この辺りで変わった事件が起きてね、その聞き込みに回ってるんだ。それで、一休みしようかと偶然立ち寄ったまでだよ。」
「そうでしたか…。では、コーヒーでもいかがですか?荻原さんには大変お世話になったので、是非当店自慢のブレンドをご馳走させてください。」
「じゃあ遠慮なくいただこうかな。」
そんな話をしていると、若い男性が入店してきた。
「先輩、ここにいたんすか。新たな目撃者っぽい人が警察署に来たみたいなんで帰りましょ。」
荻原が振り向いた隙に店の奥に向かい小さく首を振るユウキ。
「そうか。悪いなユウキくん、また来るよ。」
「はい、お待ちしております。」
店を出る直前、荻原が振り返りユウキを見る。
「どうかされました?」
「いや、まっとうな道を生きてくれてて、良かった。じゃあ、また。」
荻原が出て行って少しした後、店の奥から出てきたカズキ。
「ヤバかったな…」
「あぁ、あの人が相手だと色々やりづらいぞ。」
カズキの手にはよく手入れされた鋸。
「まあ今回はここで大丈夫だろ。」
そう言ってカズキから鋸を受け取り、店の奥へ消えていくユウキ。
大音量でヘビメタをかけながら閉店準備をするカズキ。
「あの音はどうもニガテなんだよなぁ~」
カウンターの冷蔵庫からポットを取り出しコップへ注ぐ。
「まぁこのためには仕方ないよね。」


-4- 終わり


続き:フラワーカフェへようこそ -4.5-

これまで:
フラワーカフェへようこそ -3-
フラワーカフェへようこそ -2.5-
フラワーカフェへようこそ -2-
フラワーカフェへようこそ -1-


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