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フラワーカフェへようこそ -5-(最終回)

この物語は、フラワーカフェへようこそ-4.5- の続きです。

俺とユウキくんが出会ったのは、今から15年前のある夏の日だった。
当時10歳だった彼が血まみれの服を着て傷だらけで警察署に駆け込んできた。
「父さんから逃げてきた。早くしないと母さんが死んじゃう。」
当時刑事になりたてだった俺はユウキくんをパトカーに乗せ、一目散に彼の家へ向かった。
家に着いた時には既に遅く、彼の母親は手足と頭部が胴体からバラバラにされ、袋に詰められていた。
「おいユウキ、どこへ行っていたんだ。早く片付けろ。」
その言葉に我を忘れた俺は、彼の父親を何度も殴った。
応援の警察官たちが駆けつけた頃には父親の顔は原形を留めていない程腫れあがり、3人がかりで俺は奴から引き離された。
その間、ユウキくんは父親に言われた通り裏庭に母親の遺体を捨てる穴を掘っていた。
俺は後ろから彼を抱きかかえた。
「今まで気づいてあげられなくてごめんな…」
表情は見えなかったが、彼は泣いているようだった。
俺の腕にしがみつき、小刻みに肩を震わせていた。

あのいかれた父親に全治2ヶ月のケガを負わせたとして、俺は減給と降格処分を受け、また交番勤務になった。
俺はずっとユウキくんのことが気になっていた。
非番のある時、刑事課の同期になんとか彼の所在を聞き出し、彼を引き取ったという親戚の家を訪ねた。
「わざわざ来ていただいて大変申し訳けないのですが、私たちもユウキがどこにいるかわからないんです。」
そう言って彼らは一枚の紙を差し出した。
『おじさん、おばさん
勝手に家を飛び出しごめんなさい。
僕は大丈夫です。
父さんのことで迷惑をかけたくないので遠くへ  行きます。
良くしていただきありがとうございました。
お元気で。
もし、荻原さんが来たときは大丈夫だと伝えてください。

ユウキ』
「もちろん捜索願も出しました。病院や児童施設、教会にも聞いて回りました。でも何もわからずで…。正直、ユウキは口数が極端に少ないので、何を考えているのか全然わからないんです。」
俺はユウキくんが使っていたという部屋を見せてもらった。
10歳とは思えない程整頓され、俺の部屋よりも全然きれいだった。
ふとクローゼットの隅に置いてあるクッキーの空き缶が目に留まった。
フタを開けると、そこには無残にも彼の母親と同じ状態にされたぬいぐるみが押し込まれていた。



”お客さん”を気絶させ、手足をベッドに拘束し、静脈に針を刺す。
いつもと同じ作業なのに、今日のカズキはすごく楽しそうだった。
「そ、そんなに違うのか、他の人の血と。」
「全然!めちゃくちゃいい匂い!」
嬉々とした表情を浮かべながら手際よく採血の準備を続ける。
どうやら同じ人間の血でもおいしいものとそうでないものがあるらしい。
その中でも特においしい血をもつ人は体臭までもいい香りがするらしい。
そう言う匂いを嗅ぐと、カズキはその血を飲み終わるまで正しく獣のようになり、我を忘れる。
「だから今回は薬じゃなくてスタンガンを使ったんだよ。よりおいしい状態で飲みたいからね。」
「そ、そうか…」
こうなったらカズキはもう止められない。
でも警察官を殺したりしたら、一生追われることになって、カズキも俺もさらに生きにくくなる。
俺は静かに外に出て、ある場所へ向かった。



「荻原さん!」
呼び止められて振り返ると、この前会ったイケメンのマスターがいた。
光の灯っていない真っ黒な瞳でこちらを見つめている。
走ってきたのか、肩で息をしていた。
「あの、この前一緒に来た刑事さんが店に来て、カズキの”お客さん”になってしまって…」
「『お客さん』ってどういうこと?」
「と、とにかく一緒に来てください!ああなったら僕にはカズキは止められない。」
「わ、わかった!」
よく事情はわからなかったが、とにかく俺はユウキくんを助手席の乗せ、パトカーを走らせた。
(大丈夫だ、ユウキくん。今度も俺が助けるからな。)

ベッドに縛られている後輩は血の気が失せ、ぐったりとしていた。
その傍でまるで無邪気な子供のように彼を見つめる一人の男性。
歳はユウキくんと同じくらい、この子が多分カズキくんなんだろう。
「今の状態のカズキにはどんなことを言っても無駄です。前に一度止めようとしたら、半年ほど入院する羽目になってしまいました。」
「そ、そうなのか…」
来る道中で詳しい事情を聞いたが、そこまで恐ろしいようには見えなかった。
「とにかく今はカズキくんを止めることだけに専念しよう。その後で君たちを逮捕する。」
「…わかりました。」
「とにかく俺はカズキくんの隙をついて近づいてみる。ユウキくんは気を逸らせて。」
そう言うと俺は少しずつカズキくんとの間合いを詰めた。
「なぁカズキ、やっぱりこの人はやめないか?警察官を殺すのは流石にマズいだろ…」
「でも超いい匂いだよ?絶対この人の血はおいしいに決まってる!昔母ちゃんが言っていたんだ、どんなことをしても絶対に飲みたいと感じる血があるって。こんなチャンスは滅多にないんだ。たとえ一番大切なユウキにだってこの瞬間は絶対に邪魔させない。」
カズキくんの目は血走り、片時も後輩から目を離すことはなかった。
俺はじりじりと彼に近づき、遂に触れられる距離まで来た。
彼に触れた途端、目にも止まらぬ速さで拳が繰り出され、みぞおちに激痛が走り、俺は数メートル先の床に叩きつけられた。
「荻原さん!」
ユウキくんが駆け寄り、俺を抱きかかえる。
「こ、これはすごいな…」
「ユウキの知り合いだか何だか知らないけど、邪魔しないでくれ。こんな機会本当にレアなんだ。逃したくないんだよ。」
後輩から目を離さずカズキくんが呟く。
「お前、いい加減にし…」
そう言ってユウキくんが肩に手をかけたが、次の瞬間、壁に叩きつけられ血だらけで崩れ落ちた。
「ユウキくん!」
「邪魔をするなぁぁ!」
カズキくんは発狂したが、相変わらず目線は後輩を捉えたままだった。
ふとユウキくんが何かを見つけ、力を振り絞り俺の方へ投げ、ゆっくりと頷いた。
俺はそれを拾い上げ、ユウキくんに頷き返し、再度カズキくんに近づいた。
「うっっ。」
短いうなり声と共にカズキくんが崩れ落ちる。
俺はすぐさまユウキくんに駆け寄った。
「僕は大丈夫なので、刑事さんを…」
そう言って彼は後輩を指さした。
俺は後輩に駆け寄り、縄をほどき、注射針を抜いた。
脈はまだかすかに感じられる。
「良かったぁ…」
一気に緊張がほどけたのか、思わず涙ぐんでしまった。
「今、救急車を呼ぶからちょっと待って…」
そう言いながら振り返ると、ユウキくんの姿はなかった。
「うっ。」
全身に電流が走り、俺は崩れ落ちた。
ユウキくんが倒れ込む俺を支え、ゆっくりと床に寝かせる。
「すみません、荻原さん。カズキも俺もまだ捕まるわけにはいかないんです。あ、でも、救急車は呼んでおいたので、ご安心ください。」
そう言うとカズキくんを背負い、その場を後にした。



目覚めると辺りは明るくなりかけ、小鳥のさえずりが聞こえた。
隣には傷だらけで血だらけのユウキの姿。
「またやっちまったか…」
親友の痛々しい姿を見て、思わず頭を抱える。
「大したことないよ。俺は大丈夫。」
口ではそう言っているが、頭からも血を流し明らかに目が虚ろだった。
「全然大丈夫じゃないだろ。ココアはないし多分俺がやっちゃったんだと思うけど、とりあえず病院行くぞ。」
「オッケー…」
親指を立てかけて意識を失うユウキ。
ユウキを助手席に乗せ、血だらけのハンドルを握る。



俺も後輩も現場復帰を果たした。
俺たちが発見された現場はもぬけの殻になっていて、彼らに繋がる証拠は何一つ見つからなかった。
「ったく、俺も先輩も酷い目に遭ったのに、捜査本部も解散だなんてマジ最悪です。」
「仕方ないだろ。俺も悔しいけど、どうにもならないよ。気を取り直して次の事件に移ろう。」
「…そうっすね。」
後輩の肩を軽くたたき、俺たちは捜査本部のあった会議室を後にした。
「おーい、荻原と原口、復帰早々悪いんだがちょっと聞き込みに行ってきてくれー」
「わかりました。」
「課長はいつも人使いが荒いんすよー」
駄々をこねる後輩とパトカーに乗り込むと、ダッシュボードにメモ用紙が置かれていた。
『またいつか、お会いしましょう。』
「何これ…イタズラっすかね?」
「さあな。」
見覚えのある文字。
不思議がっている後輩をよそに、自然と口角が上がった。


フラワーカフェへようこそ -5-(最終回) 終わり

これまで:
フラワーカフェへようこそ -4.5-
フラワーカフェへようこそ -4-
フラワーカフェへようこそ -3-
フラワーカフェへようこそ -2.5-
フラワーカフェへようこそ -2-
フラワーカフェへようこそ -1-


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