「アクリル板とコロナ」~極私的コロナ考察
取材・執筆:市川衛
コロナ感染拡大から2年と半年余り、それまでと違った光景を見慣れるようになった。
飲食店のテーブルとテーブルの間や、食卓の上などに設置された「アクリル板」だ。
正直、客の立場からすると煩わしく感じることもある。お皿を置くときに邪魔だし、醤油やお箸が板の反対側にあるときは、店員に手渡しを願わなければならないこともある。ランチ相手の声が聞き取りにくく、余り会話が盛り上がらない、なんてことも増えた。
そういえば飲食店にとどまらず、アクリル板はどこでも見るようになった。会社のデスク、休憩室の脇、スーパーのレジの前。もはや普通に生活するなかで目にしないほうが難しい存在になった、といってもいいかもしれない。
とはいえ、感染防止は大切だ。お店の人にも、設置や消毒の手間がかかっている。客の安全を第一に考えているからこそと考えれば、いわば「おもてなし」の一環だ。
と、思いつつも、個人としてはアクリル板溢れるこの社会に違和感を抑えきれない。「そもそも、何のために設置されているのか?」と不思議に思ってしまうような使われ方をしているケースを目にすることが増えているからだ。
筆者はこれまで20年以上、NHKのディレクターとして、主に医療系の番組を制作してきた。コロナ感染拡大時にはNHKスペシャルなどの番組を制作し、2021年に転職したのちも、一般社団法人メディカルジャーナリズム勉強会の代表としてコロナ報道の現場に関わっている(注)
そんな自分だからこそ、ふと抱えた違和感をきっかけに、調べてみることにした。「アクリル板」はなぜ、ここまで私たちの周りに浸透したのか?そもそも、どのくらい役立つのか?
調べていくうちに、「アクリル板」は未知の感染症の脅威に日本人がどのように対応したか?そして、コロナの脅威が薄れる中で、どうしたら社会を再開していくかについて錯綜する議論を打開するうえで、大きな気づきを与えてくれるように思うようになった。
ヘンなことを言い出したな、と思ってページを閉じようしたアナタ、ちょっとだけ待ってもらいたい。「反ワクチン」「コロナは風邪」みたいな大味な議論が飛び交ういまだからこそ、「アクリル板」という小さな小さなものに注目することが、大事だと思うのだ。
テレビスタジオのアクリル板は、誰から何を守っている?
朝、テレビをつける。流れるのは全国ネットのニュース番組。画面には笑顔で、語り合うアナウンサーたちが映っている。彼ら彼女らを隔てるように置かれているのは、分厚い可動式のアクリル板だ。
ここで、ちょっと考えてみる。スタジオに置かれたアクリル板は、「誰」を「何」から守っているのだろうか?
当たり前に出てくる答えは、「『アナウンサーや番組スタッフ』を『感染』から守っている」だ。しかし、だとすると、このアクリル板の使い方はおかしい。
前提として、アナウンサーたちは全員、カメラを向いて話している。それぞれの間隔は、2メートル以上空けられている。基本的にそれぞれの立ち位置を離れて動くことはない。
アクリル板を設置する第一の目的は「面と向かった相手からの、せきや会話で飛んでくる飛沫を防ぐ」ことだ。しかしアナウンサーは全員、カメラ(正面)を向いて話しており、顔と顔は向かいあっていない。そもそも十分な距離が取られているので、たとえ突然、お互いが顔を合わせて叫んだとしても、飛沫は届かない。だとすると、設置する意味がない。
そういえば新型コロナは「エアロゾル感染」を起こすと聞いたことがあるかもしれない。すなわち飛沫より小さい、浮遊するレベルの粒子でも感染力があることがわかっている。そこでアクリル板は、浮遊する粒子による感染を防ぐために置かれているのだ、という仮説も考えられる。
だとしても、やはりおかしい。アクリル板はアナウンサーの間を隔てるように置かれているものの、その上下左右には、大きな隙間(空間)が存在している。浮遊する粒子が届いたとしたら、その空間から容易に侵入してしまう。
どう科学的に考えても、ニューススタジオにおけるアクリル板に意義はない。しかし置いてあるのだ。何らかの意義があるからこそ置かれているはずだ。
もしかすると、感染ではない「何か」から、別の「誰か」を守っているのか。もっと考えてみたい。
そもそも、アクリル板に意味はあるのか
まずは「アクリル板はどのくらい効果があるのか」について、科学的に検証したデータを探してみた。世界中の英文で書かれた医療論文のデータを集積している「pubmed」(米国国立医学図書館)で、「コロナ感染を防ぐための、アクリル板(など物理的な仕切り板)の効果」について調べた論文を探した。
コンピュータによるシミュレーションなど、仮想空間で効果を検討したものはいくつかあるようだが、実社会での効果を検証したものは驚くほどに少ない。
まずアメリカで行われた検証。CDC(疾病対策予防センター)のJenna Gettingsらは、米ジョージア州の幼稚園から5年生までの169校の調査データ(2020年11〜12月)を使い、アクリル板などの仕切り版を机の上などに置いた学校で、コロナの感染が減ったかを調べた。その結果、「全ての教室で机やテーブルに物理的な仕切り板を使用している」と答えた学校と、「一部でしか使用していない」「使用していない」と答えた学校で、コロナ発症リスクは変わらなかった。
もうひとつ、大規模なデータによる検証もあった。Facebookによる「COVID-19 Symptom Survey」の回答者50万人以上のデータを用いた検証だ。「机の上に物理的な仕切り板を使用している」と答えた子どもの場合、新型コロナに典型的な症状や検査陽性となるリスクは、そうでない場合と比べ、むしろ高まる傾向が見られた。
学校以外では、食肉加工場における検証が見つかった。ネブラスカ大学メディカルセンターのJocelyn J. Hersteinらは、食肉加工場におけるマスクや仕切り板の効果を検証、従業員にマスク着用を義務付けるとともに、職場や食堂においてアクリル板などの仕切り板を用いると、そうでない場合と比べリスクが下がる傾向が見られた。
一方で、気になる研究結果もあった。
電気通信大学の石垣陽・特任准教授の研究チームが2021年に行った実験。机の上やデスクの周りなどに仕切り板を設置したオフィスにおいて、トレーサーガス(二酸化炭素)を発生させ、空気の流れを調査した。その結果、十分な換気が行われていない屋内では、仕切り板を設置したことで空気の流れが滞り、感染のリスクがかえって高まる可能性があることが分かった。
今回調べた範囲では、アクリル板に効果があるともないとも、結論を出すには不十分なデータしか見つからなかった。実社会の感染リスクは、様々な要因に影響を受ける。効果について結論を出すには、もっと様々な方向からデータが積み重ねられる必要がありそうだ。
現状の科学的な検証から言えることをまとめると、次の2つとなる。
①アクリル板などの仕切り板によって感染が防げるかは、わかっていない。
②換気の悪い屋内で使うと、かえってリスクを高める危険性もある。
なぜ、アクリル板は使われるようになったのか
だとすると、疑問が出てくる。根拠がはっきりしていないアクリル板が、なぜ、これほど社会に普及したのか、ということだ。そこでこの2年半ほどの経緯を振り返ってみる。
新型コロナのパンデミックが発生する前、アクリル板などの仕切り板は、感染症を専門とする医療機関でさえ使われることが少なかった。
個人を感染症から防ぐには(ウイルスの性質にもよって違うが)「距離をとる」「(感染者が)マスクをする」「手洗いをする」など、科学的に有効だと検証され、しかもアクリル板よりコストのかからない方法が存在する。そういった個人の対策で防げないような感染症の場合は、アクリル板のような中途半端な方法ではなく、壁や換気装置などによって完全に外界と遮断された場所に隔離する方法がとられていた。
2020年のパンデミックで世界中に恐怖が広がった当初、大きな問題になったのは、医療機関の受付やスーパーのレジなど、不特定多数の人が訪れる場所で仕事をする人の安全をいかに守るのか?ということだ。
当時は品不足によりマスクが手に入りにくかったこともあり、お店や医療機関にマスクなしで来る人も多かった。もしその中に感染者がいて、受付やレジでくしゃみをしたらどうなるか。接客を担当するスタッフは強い不安や恐怖心に襲われたし、実際、感染のリスクが高い状況だったと言えるだろう。
そこで対策として、受付の前やレジの前にアクリル板を設置する動きが広がった。マスクなしのお客さんが近距離でくしゃみをした場合、間に仕切り板があれば、直線的に飛んでくる飛沫をガードすることができると考えられたからだ。まだウイルスの性質や感染力もわかっていない状況において、緊急時の対策としては意義があるものだと考えられた。
このアクリル板が、さらに爆発的に広がったきっかけは、2020年3月から5月末にかけて出された「緊急事態宣言」にある。正確に言えば、緊急事態宣言からの「再開」をいかに進めるか?が問題になったタイミングだ。
緊急事態宣言により外食店やカラオケなど、「不要不急」とされた社会活動はほとんど停止した状態になった。その甲斐あってか、2020年5月初旬には、患者数はいったん減少トレンドを迎える。
宣言を解除するにあたって、なんの対策もなく飲食店などを再開して、せっかく抑え込んだ感染が再拡大したら目も当てられない。そこで政府は、飲食店や美術館、カラオケなどの業種ごとにある業界団体に対し、「再開ガイドライン」を作るように求めた。業界団体が自主的に必要な対策を定め、それにしたがって再開することになった。
しかし当然のことだが、業界団体は感染症の専門知識をもっているわけではない。そこで感染症専門医や、感染症に詳しい産業医などのアドバイスを求めつつ、いわば暗中模索の中でガイドラインを作ることになった。この時「人と人との距離をとる」「こまめな換気」などの対策のひとつとして推奨されたのが「アクリル板を置くこと」だった。
2020年5月14日に、一般社団法人 日本フードサービス協会と一般社団法人 全国生活衛生同業組合中央会が公開した「外食業の事業継続のためのガイドライン」には、次の記載がある(抜粋)。
注目すべきは、以前から感染症の対策として推奨されてきた「間隔を空ける」と、それほど根拠のない「アクリル板」が並列に推奨されていることだ。ガイドラインには、その論拠は記されていない。
なぜ、こうなったのか。推測するに、飲食店業界のやむに已まれぬ事情が関係しているのではないか。
特に小規模なお店にとって、「席と席の間を空けること」を義務とされると、事業の再開が難しくなることもある。そもそもお店のスペースが限られていたり、客数を絞ることで採算が合わなくなってしまったりするからだ。そこで、そうした事情を抱える店舗のいわば「救済措置」としてアクリル板が推奨されるようになったとも読み取ることができる。
「シンボル」としてのアクリル板
アクリル板は存在感がある。換気やこまめな消毒のような、ぱっと見には実施が不明な対策に比べて、入店した瞬間に存在を示すことができる。当時は特に、外食業には「感染の根源」というようなスティグマが広がっていた。本当に効果があるかどうかは措いておいて、客の不安や周辺からの「怪しからん」という目線への無言のアピールとして、アクリル板は置かれるようになっていったのではないか。
未知のウイルスへの「緊急対策」や「当座しのぎ」で社会に入り込んだアクリル板はその後、「コロナ対策のシンボル」としての性格を強めることになる。
アメリカのことになるが、それを示す「事件」が、2020年11月のアメリカ大統領選において起きた。
全米から注目が集まる、現大統領と大統領候補の討論会。当時のドナルド・トランプ大統領はジョー・バイデン民主党候補に対して、次のように述べた。
「このままではレストランが死んでしまう。アクリル板はとても高額なのに、解決策にならない」
「そもそも、アクリル板に囲まれて食事したいかい?レストランはつぶれかけているんだ、ジョー、そんなことをしてはいけない」(筆者和訳)。
さらに同時期、当時のペンス副大統領がハリス民主党副大統領候補との討論会において、自らの周りにアクリル板を設置することを拒否。トランプ大統領の発言と合わせて多くのメディアに取り上げられ、アクリル板は論争を巻き起こした。
アクリル板をめぐる議論は、対策の緩和を訴える共和党支持者と、より慎重な対策を求める民主党支持者との政策論争のツールとして使われたと言ってもいいかもしれない。背景にはアクリル板の持つ、効果があるともないとも言えない「あいまいさ」、そしてシンボルとしての「存在感」があったと考えるのは、想像を飛躍させすぎているだろうか。
「ケシカラン」からの防壁に、閉じこもる私たち
新型コロナ禍で、アクリル板が社会に拡がっていった経緯について振り返ってみた。
あくまで仮説ではあるが、根拠やデータは不十分なアクリル板が社会にこれほど普及した背景には、以下の3つの要素がある、と筆者は考えた。
①効果があるともないとも言えない「あいまいさ」
②対策が出来ない事情がある場合の「救済措置」
③対策のシンボルとしての「存在感」
冒頭で示したニュース・スタジオのアクリル板を思い出してほしい。距離をとったアナウンサーの間に置かれたアクリル板には、予防としての意義はほぼ存在しない。しかし、「私たちは対策をしています」ということを視聴者に、無言のうちに示すシンボルとしては意義を発揮しているかもしれない。
すなわち、ニュース・スタジオのアクリル板は、スタッフやアナウンサーを感染から守る予防策ではなく、視聴者からのクレームやSNSでのご指摘から、番組を守るための「お守り」として存在していると考えれば筋が通っている。
しかし、それでいいのだろうか。
テレビの、それもニュース番組のアナウンサーの間にアクリル板が存在することは、意識的か無意識的かによらず「アクリル板を設置することが正しい」というメッセージを世に発する。
メディアの重要な機能として、アジェンダ・セッティング(議題設定)がある。要は、あるメッセージや社会課題の重要性が、メディアにおいて採り上げられる頻度などによって左右されるということだ。
テレビにおいて、効果のあるなしは措いておいてアクリル板が使われていると、それを見た視聴者や飲食店のオーナーは、「アクリル板の設置は重要である」と思うようになる。その空気が薄れない限り、「お叱りがくるかも」というリスクを恐れて、テレビスタジオでアクリル板が使われ続ける。まるでコントのような循環が続いてしまう。
この循環を止めるために必要なことは、何か。
私は(自身が業界の出身であるからかもしれないが)テレビや新聞など伝統的なメディアの制作者に、いまいちど「自分たちは何のためにアクリル板を設置しているのか」を考えて欲しいと願っている。
メディアの重要な機能として、アジェンダ・セッティング(課題)があると述べた。だからこそ、日常と化したことでも常に疑い、違和感を大切にし、取材し、そして発信してほしいのだ。「来るかどうかもわからないお叱りの言葉」を恐れて無批判に日常を続けることは、メディアの役割の放棄といえるのではないか。
アクリル板から考えた、「コロナとの共生」の第一歩
結論をまとめる。
まずアクリル板について「新型コロナを予防できるか、どうか」については、「まだわかっていない」というのが現状といえる。一方で筆者は、仮にアクリル板に予防効果が「無かった」としても、設置に一定の意義はあったと考えている。未知の脅威としての新型コロナウイルスへの恐怖心の緩和や、社会的なスティグマからの「防壁」としての役割は、必要だったと考えるからだ。
一方で、それはあくまで緊急的な対応の範囲だ。この2年半で、新型コロナはもはや「未知の」脅威ではなくなった。ウイルスの性質や感染力は把握され、国民の多くがワクチンの接種を済ませた。第7波が猛威を奮っている現状を考えたとしても、現状ではアクリル板の意義は、少なくともこれほど日々の生活の中に登場するほどには大きくないと筆者は考えている。
「ケシカラン」からの防壁としてのアクリル板の中に閉じこもる時期は、もはや終わったのではないか。社会にいるそれぞれが自分のアタマで考えて、自らの意志で防壁から出る。その動きが広がることこそが、「コロナとの共生」の第一歩なのかもしれない。
市川 衛
医療の「翻訳家」。00年東京大学医学部卒業後にNHK入局。医療・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員を期に(一社)メディカルジャーナリズム勉強会を立ち上げ代表に就任。20年広島大学医学部客員准教授。21年よりREADYFOR(株)基金開発・公共政策責任者。主な作品にNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」など。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。