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「モーパッサン」隆起 〜 川野先生との出会い

 「唇裂口蓋裂(しんれつこうがいれつ)」という障害を知る方は少ないだろう。口の中の天上(歯の裏から喉ちんこ辺りまで)を口蓋と言う。これは胎生初期に骨が両側から伸びて癒合して完成するのだが、何らかの原因で癒合しきれずに隙間が残り、それが唇まで裂けてしまったまま産まれる乳児がいる。その障害を唇裂口蓋裂という。

 中学生の時、唇に傷跡があった子がクラスにいたが、その子が唇裂だったんだと授業で学んで知った。手術の上手い医師だと綺麗にできるようで、今は小学校にあがる頃には綺麗なお顔になってる子がほとんどだろうか。

 この疾患はSTにとっては「器質性構音障害」の一つで代表的な障害。発音で大きな役割を担う口蓋が形成されてないからである。夏休みが明けて、その集中授業があった。講義に来てくれたのが京都大学病院の耳鼻咽喉科のST、川野先生。後の恩師、長年に亘ってその背中を見て多くを学んだ先生である。

 ちょっと専門的になるが、発声の仕組みを簡単に説明してみる🥸

「あーー」と言ってほしい。口を開けて息を吸う。その吸った空気が肺に溜まり、肋骨を吹子のように縮めて空気を気管から喉頭(喉仏のある所)へ送る。その呼気が喉頭の中の声帯を震わせて弦のように振動音を生み共鳴が起こる(それだけ聞くとブザー音のようなので喉頭原音と言う)、と同時に、軟口蓋(なんこうがい:喉ちんこ辺り)が引き上げられ、咽頭(いんとう)と鼻腔(びくう)の間が閉じる。そこはアデノイドのすぐ下で、その空間を鼻咽腔(びいんくう:写真)と呼ぶ。この空間がギューっと隙間なく閉じることで、空気の波は鼻孔へ向かわず口からのみ放たれる。そして、皆さんが聞く「あー」に聞こえるのである。

口蓋裂の子は、軟口蓋が割れて無いので鼻咽腔が閉じずに音波は二方向へ分かれる。鼻孔からも音波が出て鼻もれになり綺麗な「あー」に聞こえない、、、

鼻咽腔とパッサーバン隆起 (矢印のポコっと盛り上がったところ)、喉頭は見えない.
「パ ツサ ー バ ン隆起 の 意 義と その形 成 機構 に 関 す る研究」 小 島 通 宏(1967)より


 川野先生の講義で、この発声時に喉の奥で小さなベロのようにピョコっと盛り出る肉があり「パッサーバン隆起」と言う、と、、聴きながら「えー、なんか不思議だな」と思った。咽頭筋は筒のような形状でギュッと絞るように収縮するはずだ、、どうしてそんなヒダの様なものがそこに出るのか?手を挙げた。

 「えーと、そのモーパッサン隆起はどうして起こるんですか?」、、、ン🧐?

  、、教室中が爆笑の渦、、、(「女の一生」か!)

川野先生は苦笑いをする訳でもなく、平然とかつ温かい笑顔で答えて下さった。答は覚えてないが(多分理解できなかったのだろう😅)、その時、なんと言うか、心が通じたと感じたのである。師匠との出会いの時は今も心に蘇る。

 隆起のメカニズムについて興味のある方は是非論文を読んで欲しい。推理小説のような面白さも味わえるだろう。この隆起は、解剖学的には「口蓋咽頭輪状筋策」と言うそうだが、令和のSTは習うのだろうか?

 後日談がある。就職後、高知医科大学耳鼻科で耳鼻科医と週一で患者さんを診るようになった。主に声帯結節やポリープをもつ音声障害の患者紹介を受けていた。ある日、暇な時に、ドクターにファイバースコープをしてもらった。なんと!その「パッサーバン隆起」が私にもあった、、10%(健常者での発生率)に入っていたのだ!😲


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*お笑い芸人で、唇裂口蓋裂の手術を8回も受けたパーパーのほしのディスコさんのインタビュー記事がありました。
https://kango.mynavi.jp/contents/nurseplus/trend/20231101-2166935/

*日本口蓋裂学会のHPです。
2019年から認定師制度を導入していて、Dr.とSTの名が掲載されています。


📕1990年9月に読んだ本(前記事)

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