アメリカと中国の「ユーモアなき」関税交渉の悲しさ
この1週間もトランプ大統領の話題に振り回された感があります。
中でも衝撃的だったのは10日(金)、アメリカと中国の貿易交渉が不調に終わったことです。
これにより、アメリカは中国からの2000億ドルの輸入品に関し、関税の税率を10%から25%に引き上げました。さらにトランプ大統領はまだ関税を上乗せしていない3000億ドル分にも新たに「上乗せ手続き」を始めているということで、世界経済への影響が懸念されています。
トランプ大統領の交渉の仕方、「妥協がない」ということが大きな特徴だと思います。今月8日(水)、交渉を前にしたフロリダ州での演説で
「関税を課すのは中国が約束を守らなかったからだ!」と叫んでいました。
悪いのは中国、強く出れば譲歩を引き出せるはずーという姿勢です。実際、中国が自国に進出してきたアメリカ企業に技術移転を強制しているなど不公正な面はあるようです。
しかし、自由貿易という相互に恩恵のある仕組みに対し、自分が有利だからといって一方的に罰を与えるようなやり方は感心できません。普通は「落としどころ」を慎重に探って、報復的な措置はもっと控えるところです。
来年の大統領選挙もにらんだ「100かゼロか」の極端な交渉術だと考えられ、何ともやりきれない気分になります。
今回は「全てかゼロか」というタイトルの曲を聴いてみましょう。サックス奏者のボブ・ロックウェルによる「オール・オア・ナッシング・アット・オール」です。
ボブ・ロックウェルはあまり知られていないミュージシャンですが、実力派です。1945年にアメリカ・オクラホマで生まれ、ラスベガスやNYでプロとして活躍します。サド・ジョーンズとメル・ルイスのオーケストラやベン・シドラン(p)のバンドに入った後、1983年からはデンマークに拠点を移し、スティープル・チェイスを中心にアルバムを制作しています。
そんなロックウェルがルーファス・リード(b)とヴィクター・ルイス
(ds)という鉄壁のリズム隊に、バイブラフォンのジョー・ロックを迎えたという異色のアルバムが「リコンストラクション」です。
スペースのあるバックを受けてロックウェルが伸び伸びとプレイしており、2曲目で「オール・オア・・・」が聴けます。
1990年3月録音。 Bob Rockwell(ts,ss) Joe Rocke(vib) Rufus Reid(b)
Victor Lewis(ds)
②All Or Nothing At All
フランク・シナトラも歌ったスタンダード。
もともとの歌詞はこんな感じです。
All or nothing at all
Half a love never appealed to me
If your heart, it never could yield to me
Then I'd rather, rather have nothin' at all
全てかゼロだ
中途半端な愛に惹かれることは決してなかった
君の心を僕が射止めることができないなら
僕は何もいらない
うまくいかない時に極端に走る愛の歌です。ロックウェルはこの曲をミドル・テンポで余裕を持って料理しています。彼のテナーはやや硬質なところがあるのですが、ここではバイブラフォンのバックがいい意味で「ふわっと」しており、全体としていいバランスになっています。
テナーによるメロディの後はベース・ソロ。ルーファス・リードはベースを歌わせる名手でもありますが、ここでも太い音色ながら、流れるようなフレーズを聴かせてくれます。そして、ロックウェルのソロ。この冒頭部分でヴィクター・ルイスが「バシャン!」というシンバルを打ち込んできます。
これで一気に気合いが入ったのか、ロックウェルが男性的で伸びのあるソロで盛り上げていきます。このリズムとテナーの一体感をぜひ楽しんでもらいたい演奏です。捨て鉢なところがある歌詞の世界とは違って、ベテランらしいしっかりした内容となっています。
⑥How Long Has This Been Going On
こちらも有名スタンダード。
ロックウェルはソプラノ・サックスを使ってじっくりとバラッドを歌い上げています。甘いところに流れない彼らしく、ソロに入ってからもスローなテンポの中で音数少なくハードボイルドに展開します。
続くロックのバイブラフォン・ソロも非常に禁欲的。スロー・テンポを一切崩さず、淡々と進めていきます。派手さはないのに聴けてしまうのは二人ともこの曲の情感を大切にしているからだと思います。90年代ジャズにこれほど抑制された表現があったことに驚きます。
アメリカと中国の貿易交渉、中国側は「今後も交渉を継続することで合意した」と述べているそうです。しかし、相手がトランプ大統領だけに今後も合意は難しいでしょう。
「オール・オア・ナッシング・アット・オール」の歌詞は極端なことを言ってはいるのですが、そんな状況をどこかユーモラスにとらえている感じがあります。
今回の貿易交渉が信頼に基づかず、ユーモアの余地も全くないところに現在の世界が抱える悲しさがあると思います。
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