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暑い夏に響く「ノース・バード」のアルトサックス

暑い夏が続くと、強力なジャズライブを聴きたくなる、というのはファンの習性(?)ではないかと思います。

今月14日、東京のBODY&SOULで寺久保エレナ(as)カルテットのライブに行ってきました。寺久保エレナは現在27歳。NYを拠点に活動し、若手サックス奏者の注目株というだけでなく私と同じ札幌の出身ということで、気になる存在なのです。

寺久保エレナカルテットは彼女にとって初めてのレギュラー・グループで、メンバーは全員日本人です。実は私は去年の10月にも同じメンバーのライブを聴いており、今回も同様の水準の演奏を予想していました。

しかし、一曲目のバップ・チューン(パーカーのMarmadukeかな?)が始まった瞬間、予想は完全に裏切られました。演奏の質が全く変わっていたのです。

まず、寺久保さんの音が「太く」なっていました。以前は華のあるフレージングが目立ち、音自体は軽く感じていましたが、今回は説得力があり、重量感があるサウンドが迫って来ました。

さらに、カルテットの「緊密さ」が格段に違っていました。サイドを固めるのはリーダーの寺久保さんより年上のメンバーです。前回はリーダーが「胸を借りる」ような場面もあった印象でした。それが今回はリーダーが率先して挑戦し、周囲も当然のことのように演奏の流れを受けて柔軟に変更をしているように聴こえました。お互いのコミュニケーションがはるかに「深く」なり流動性がありながら音楽全体の完成度は高くなっていたのです。

個人的にはオルガンのロニー・スミスの作曲という「Frame For The Blues」でのブルース・フィーリングたっぷりのプレイ、そしてピアノの片倉真由子さんと寺久保さんのデュオ「Song For Abdullah」(ケニー・バロン作曲)のリリシズムが心に残っています。

わずか10か月ほどで大きく成長したカルテット。劇的なライブから帰宅して聴いたのが、カルテットとして最初にリリースした「リトル・ガール・パワー」でした。このアルバムが収録されたのが2017年12月ということで、グループのまとまりは現在ほどではありません。しかし、いまの姿を予期させる挑戦的な姿勢、そしてリーダーの作曲能力の高さを早くも示しています。今後が楽しみなカルテットの出発点として記念すべき作品です。

2017年12月5~6日、キング関口台スタジオでの録音。
寺久保エレナ(as) 片倉真由子(p) 金森もとい(b) 高橋信之助(ds)

①Little Girl Power
寺久保エレナのオリジナル。ライブでもファースト・セットの最後に演奏されていたソウルフルなナンバーです。まず、イントロで響き渡る片倉真由子の力強いピアノがこの曲の流れを象徴しています。アルトサックスも加わってノリノリのメロディが提示された後、そのままリーダーのソロへ。これが攻撃的な内容で、時にコブシをきかせたり、「うねり」のフレーズで咆哮するところなど「Little Girl」よりも「Power」が強調されているプレイです。ライブでも聴けたパワフルさの萌芽がここにありました。続く片倉真由子のソロは最初、やや音数を抑えて聴き手をリラックスさせてくれるのですが、やがて黒っぽいコードを連打してテンションを高めてくれます。この辺りの構成の妙はさすが先輩、と言いたくなってきます。ベース・ソロから再び印象的なメロディに戻る展開までタイトル・ナンバーにふさわしい演奏です。

③Rocky
これも寺久保エレナのオリジナルで、心温まるナンバー。彼女がサックスを教えている「ロッキー」という人物に捧げた曲です。彼はサックスが全然うまくならないそうですが、非常にいい人柄だとのこと。アルバムではエレクトリック・ピアノによる浮遊感のある伴奏にのって、アルトがほのぼのとしたメロディを提示します。最初はエレピのソロ。非常にほんわかしていて、こういう抒情性のある演奏を片倉さんがしているのはちょっとうれしい。加わるグループによってミュージシャンは様々な側面を見せるのですね。続くアルト・ソロは寺久保さんの歌心があふれていて時に高速フレーズも入るのですが、全体的に優しい仕上がりになっています。最後に骨太な金森さんのベース・ソロが入るのも、この曲にはぴったり。ライブではテンポを少し早めて演奏していましたが、個人的にはこのアルバムのゆったり感が好きです。

⑤Lover
ロジャース~ハートによるスタンダード・ナンバー。ここでの聴きものは何と言ってもアルトの高速プレイ。メロディあけからとにかく吹きまくっています。圧巻はリズムのブレイクを交えながら、いささかもよれることなく淀みないフレーズを連打するところでしょう。それが吹きっぱなしではなく、見事に聴き応えのある「歌」になっているところが素晴らしい。おそらく本人にとっても「トライした」一曲だったろうと思いますが、ポテンシャルのすごさを感じさせてくる演奏です。

ライブでも簡単に触れられていましたが、寺久保さんはことし4月、ニューヨークのDizzy's Clubでジャズ・ピアノの巨匠、ケニー・バロンと3日間にわたり共演しました。若き才能にこれからますます注目が集まっていくことでしょう。

いまカルテットは東北のツアー中。さらに北海道を回り、東京・神奈川に戻ってきます。お時間のある方はこれからますます伸びていく才能の熱いプレイにぜひ耳を傾けてください。

夏のジャズ、気持ちいですよ!

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