コロナ禍とアーティスト 第3回

第3回 太田幸博さん(陶芸家、ブルース・ミュージシャン)

「いまは作品を作って、コロナ後に備えています」

益子在住の太田幸博さんは陶芸家でもあり、また「鳴神」という3ピースバンドのギタリストでもある。Artとmusicは、高校時代から現在まで変わらず太田さんの表現形式であり続けている。
今回は新型コロナの影響を中心に話をうかがったが、そこから派生した陶器市の話が興味深く、前2回とは少し内容のバランスを変えて構成してみた。

——失礼な質問だと思いますが、3月以降の収入はかなり減りましたか?
「減りました。4月はゼロです。3月まではそれなりにありましたが」
——通常、作品をどのように販売されているのでしょうか?
「益子焼窯元共販センターさん、益子焼つかもとさんには、常設コーナーを設置しておいていただいています。また、笠間市のきらら館さんにも納品しています。3月まではお店が開いていたから売り上げもあったんですが、4月にはどのお店も休業してしまいましたので、売り上げもゼロに(笑)。
 その他は、春と秋の益子陶器市(※1)と、秋に開催する益子さんぽ市(※2)などのイベントへの出品が、主な販売の場になります」
——お客様から直接注文をいただくことは。
「注文はね、最近はあんまりこないですね。前はよく来たんだけれども。
 以前は、例えば飲食店などから『こういうものが欲しい』というリクエストがありました。個人的なお客様から注文をいただくことがありました。ただ、お店にせよ個人にせよ、僕がつきあっていた人というのは、ずいぶん高齢なわけです。何しろ僕自身が年金支給年齢ですから(笑)。そうすると、親しかったお客様は僕より年上の人が多いので、亡くなったり、店をたたまれたりした方が、とても多いんですよ。
 加えて、焼物にも流行がありますから。今は、30代40代の人が作っている焼物が中心なんです」
——個展を開く作家さんも多いですが、太田さんは。
「震災前くらいまではやっていたんですが、今はやっていません。
 個展を開く時は、案内を出してみんなに来ていただくでしょう。『案内をもらったから』と来てくださって、買ってくださるというのは、なんとなく申し訳ないなという気持ちがあったんです。それに僕の場合デパートでの開催が中心で——だから作家としてはそれほど手間はかからずに開催できたのですが、それだけに取り分はかなり厳しいわけです。そういうもろもろがあって、5年ほど前にやめたんです。だから今の収入の大きな柱は、益子陶器市ということになるかな。
 そういうわけで、春の陶器市が中止になった影響は甚大です。あれがないと、本当は倒産しかねないんです。あの売上でさまざまな支払いもしますから」
——陶器市の売上はそんなに大きいのですか。
「大きいですよ。昔は、僕の規模の陶芸家でも、1回で100万円以上の売り上げがありましたから、春秋2回の陶器市で食べていけたんです。
 僕が益子に来たのは1981年、成井恒雄さんに師事して修業しました。独立したのが1985年のことです。4年で独立というのは、他の産地ではまず無いけれども、益子は3、4年で独立する人が多いんです。余談ですが、よその産地で修業して益子で開業する人も少なくないのは、ここが独立しやすいからでしょうね。そういう意味ではオープンな土地だと感じています。逆に、昔からの『益子焼』の影が薄くなりつつあるのも、それが一端にあるかも知れません。
 とはいえ独立したからといって、すぐにお客様がつくわけではない。そういう新人が、陶器市のおかげで食べていけたんです。
 さらに、陶器市には卸などの業者さんも結構来るので(益子だけでなく全国から業者さんが来ます)そこから取引が始まって、徐々に広がっていくんです」
——若い人が、とりあえず芽を出すシステムができていたんですね。
「ええ。陶器市というのはすごいことを考えてくれたな、と思います」

「最近は陶器市のあり方もずいぶん変わりましたね」

——当時から年2回の開催でしたか?
「2回。春、秋です。
 陶器市って、もともとが処分品のバーゲンなんですよ。例えばある店から10個の注文を受けたとします。その場合、陶芸家は通常、20から30個は焼きます。そしてその中から良いものを10個納品します。残った20個は、店には卸せないので在庫になります。それを陶器市で販売するわけです。卸値より少し高いくらいの値付けをすれば、陶器市に来たお客様は喜びますから、売れるんです。だから若手作家の僕は、非常に助かった(笑)。
 最近は陶器市も変わって来まして、益子町の外から出品する作家さんも多くなりました。そういう人たちにとっては、在庫処分ではなく、自分の作品を展示販売することにポイントがあるので、値付けが高いんです。
 一度、隣のブースの作家さんに『どうしてそんなに安く売るんですか』と言われたことがあります。こっちはこっちで『そんなに高くて売れるのかな』と思っている(笑)。
 でも、そういう人たちはネットで宣伝したりして集客に力を注いでいます。お客様の方から探して買いに来たりします。最近は外の人だけでなく、益子の若い作家たちもそういう方向になっています」
——伺っていると、陶器市のあり方がずいぶん変わって来たと感じます。私も太田さんに近い年齢なので、いいものが安く手に入る場というイメージが強かったですね。
「益子陶器市は、他所の人も受け入れるオープンな土壌だったんです。他の産地では、地元以外の人は出店できないところが珍しくありません。でも益子は、場所さえ借りられれば産地に関係なく出店できるんです。プロアマも関係ないし、もっと言えば焼物でなくてもいいし。だから現在はよその産地の人も多くなって・・・4割くらいいるんじゃないかな」

「Web陶器市は、最初はここまで反響があるとは思いませんでした」

——その陶器市が、今回(春の陶器市)は中止になってしまいました。
「ただ、今回はその代わりWeb版陶器市(※3)が開催され、これがかなり評判がよかったんです。僕も出品しましたが、ほとんどは出品したその日のうちに売れました。益子町が関与しているからか、販売額の85%が作家に入るというのも、ありがたかったですね。しかも発送作業も運営側がやってくれたんです」
——それはすごい。1人何点出品できたのですか。
「1人15点までなんですが、1点というのは種類のことなので、1点あたり何個出品してもいいことになっていたと思います。だから大きい窯元さんは、集配場所にトラックで運んだりしていましたね。それくらい期待されたし、また実際に売れたということです。その分、運営側は大変だったと思いますよ。途中で、もうやり切れなくなったのか『受付終了しました』となっていたから。
 僕は最初2点しか出さなかった。半信半疑だったので。ところがそれがすぐに売れたので、味をしめて、じゃあもう少し出してもいいかなと(笑)。結局7点くらい出品しましたが、基本的には出したその日のうちに売れました。3万3千円の茶碗が1個、売れ残っただけ。うちの娘(※4)も出品しまして、こちらは完売したそうです。
 Web版陶器市は、もちろん結構宣伝もしたようですし、テレビや新聞などマスコミでも取り上げてくれたのですが、それにしてもここまで反響があるとは思いませんでした。今後も続ければいいと思いますよ。運営側の取り分をもっと増やして、双方がきちんとビジネスとして成立する仕組みを作って」
——太田さんはブログやFacebookで情報発信はやっておられますが、ウェブ販売の予定は?
「ネット通販は、いちばん初期にやったことがあるんです。ただ、あれもしっかり宣伝しないと売れないんです。だからその後、やめました。
 益子でも、窯元よこやまさんなど、力を入れていた窯元もありました。でも結局今はそれほど力を入れていないみたいです。よこやまさんは飲食を始めて、今はそちらの方が中心じゃないですかね。というのも、ネットは売れるんだけど返品も多い。結構リスキーだから、飲食の方がいいということで。
 それに、年齢のギャップもあります。ネット通販で買う人は比較的若い。僕のお客様の年齢層ですと、苦手とされる方が多いから」

「焼物とブルースとは、表現手段が違うだけで、同じものなんです」

——益子さんぽ市や森×ART(※5)といったクラフト市では、ご自分や娘さんが出店するだけでなく、ライブ演奏ステージを運営されていますね。
「『鳴神』というブルースバンドをやっていて、自分たちも演奏するし、ステージの運営もやっています。そちらも、本当は4月に開催する予定だった『森×ART』が中止になっています。『鳴神』はプロではないけれども、出演やステージ運営の際には、最低でも足が出ない程度にはギャラをいただくことにしています。ただ、正直言って収入面はそれほど大きくない。むしろ、演奏の機会がなくなったことの方が大きいダメージです。僕たちはライブハウスで定期的に演奏するバンドではなく、ほとんどがイベントで演奏していますから」

鳴神のYouTubeチャンネルはこちら。
https://www.youtube.com/user/teabowlblues

——バンド結成はいつ頃ですか。
「2000年頃からやってますね。最初はメンバー全員陶芸家で、NHKにも取り上げてもらいました。今のメンバーになったのは、5年前くらいです。
 僕は岩手県盛岡市の出身なんですが、高校時代からバンドをやったりしていました。大学進学の時、美大に行って芸術家を目指したかったんですが、これは親に反対されてダメ。そこでミュージシャンになろうと思って、東京の大学に進学しました。地元じゃそこそこ弾けるつもりだったんですが、東京はさすがにレベルが違うので断念し、その後いろいろあって今は陶芸家になっているのですが、ブルースもずっと好きだったんです。それで、ある時お店をやっている知り合いが月1回ライブができないかと言って来たので、最初はエレキで演奏したんです。そうしたら近所から苦情が出たというので、アコースティックのバンドを組むことにしてスタートしたんです」
——現在は、集まって練習もできませんね。
「コロナ以前の、去年の12月から集まっていません。新曲も作ったし、そろそろ始まりたかったのですが、コロナ禍になってしまって」
——本業も趣味もストップというのは、辛いですね。
「うーん、趣味というのも少し違うかな。金銭的な面はともかく、陶芸も音楽も、何かを創造するという意味では、僕の中で欠かせないものです。焼物とブルースとは、表現手段が違うだけで、同じものなんです。だから、あまり趣味とは思っていなくてね。表現したいものがあるから、やっている。
 有名な曲をみんなでセッションするというのは、あまり好きではない・・・楽しいけれど、積極的にやりたいとは思わない。それよりも、自分の作品を演奏したい。大したメッセージではないかも知れないけれども、自分はこう思っているんだということを伝えたい。そう考えています」
——コロナ禍で生活は変わりましたか?
「実はあまり変わっていません(笑)。1日のローテーションは、午前中はメールを読んで返信したり、薪を割ったり。事務作業と雑用で終わります。轆轤に向かうのは午後から夜で、だいたい7時間。もちろんずっと土に触っているわけではなく、考えたりする時間も含めてですが。コロナのおかげで、誰も訪ねてこないので、非常に規則正しい生活です(笑)」
——つまり、陶芸も音楽も、今は作品をためている期間ですね。
「商業活動や文化活動は、いつかは再開しますから。その時のために今、作品を作っています」
——最後に、今後どういったものを目指すのかについて。
「自分の作っているものって、いろんな気持ちがあるんだけれども、ブルースな焼き物というか(笑)。
 さっきも言いましたが、焼物も音楽も表現方法が違うだけで、一緒なんですよね。ゼロから作るわけですから、結局自分の今までの経験とか、人生観とか、考え方が、作ったものに出て来る。言ってみれば、自分を作っているようなもんですよね。
 それで、僕がどうしてブルースが好きかというと、シンプルなのに1人ずつ違う。聞けば誰の音かわかる。そのくらい、その人自身の音を出している。コードなんか1曲に3つしかないし、フレーズにも装飾音なんかほとんどないのに。
 それで、焼物もそういうものを作りたいと思います。昔の、朝鮮で雑器として作られた井戸茶碗なんか、どこの誰が作っているかわからない。いわば日用品です。何の装飾もないじゃないですか。使っているうちにだんだん味わいが出て来る。そういう美を、日本人は侘び寂びと言ったんだと思う。
 そういうところ、ブルースと似ていると思うんです。そういう意味で、ブルースな焼物を、これからも追求していきたいと考えています。
 まあ僕もいい歳なので、自分の好きなものを作って、愛好家に提供して、地道に食っていけたらいいですね」
(2020年5月25日取材)

※1 益子陶器市
1966年から続いている、国内最大級の陶器市。開催は春のゴールデンウィークと秋の11月3日前後。春秋あわせて約60万人の人出がある。場所は益子焼窯元共販センターやつかもとなど町内の約50か所で分散して開催されている。陶器だけでなく地元の農産品や特産品なども販売される。
※2 益子さんぽ市
毎年9月後半に開催されるクラフト市で、10年以上の歴史がある。開催場所はつかもと陶芸広場や益子の森周辺。こちらも展示販売だけでなくライブステージでの演奏もある。
※3 益子春の陶器市Web版
ウェブを使った益子焼通販サイト。中止になった春の陶器市の代わりに、2020年4月29日から5月22日にかけて開催された。
※4 太田さんの長女の菜摘さんも陶芸家の道を歩んでいる。またジャンベ演奏家でもある。https://otanats.wixsite.com/otanats
※5 森×ART(もりあーと)
毎年4月上旬と11月中旬に開催される、女性作家によるアートクラフト展。場所は「益子焼窯元よこやま 森のレストラン」。高低差のある森の地形を生かして、出店ブースが並ぶ。また展示販売だけでなく、ライブステージで演奏も行われる。

太田幸博(おおた・ゆきひろ):
1955年岩手県盛岡市生まれ。81年に益子で成井恒雄氏に師事。85年に独立し、益子町一の沢に登り窯を築く。89年第61回新構造展入選、90年淡交社・明日への茶道美術公募展入選、92年92’淡交ビエンナーレ茶道美術公募展入選、94年94’淡交ビエンナーレ茶道美術公募展鵬雲斎千宗室家元賞奨励賞受賞、2000年第7回岩手茶道美術工芸展審査員特別賞受賞。Tea Bowl Blues主宰。

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