Jazzmasterを選ぶ前に知っておいてほしいこと 後編
フェンダー(FENDER)のジャズマスター(Jazzmaster、以下JM)に興味のあるギタリストのための総力特集、後編の今回は実際のプレイのためにおさえておくべき特徴を中心にご紹介しよう。
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同じフェンダーのギターでもテレキャスター(Telecaster、以下TL)やストラトキャスター(Stratocaster、以下ST)がその後に数えきれないほどのアップデイトを受けてきたのに対し、JMは1958年当時の設計をそのまま残しているスペックが多い。
さらにいえば、JMは名前のとおりもともとはジャズギタリストをターゲットにして設計されたギターである。
50年代後半当時といえば、
○弦はフラットワウンド
○主流のゲージは013~056
○弦高は高め
※第12フレット上で6E弦~フレット間が3ミリ以上、1E弦で2ミリ前後
というセッティングが主流であった。
これは実際にやってみると判るが、USA製にしろ日本製にしろJMにこのセッティングを適用してみると、後述のブリッジでの弦落ち、および弦やパーツの共振はほとんど発生しない。
しかし、70年代以降はエレクトリックギターの弦のライトゲージ化が進み、あわせて左手の素早い運指を実現するべく弦高を低くするローアクション化も一般化した。
50年代中盤でやっと出力40ワット前後を実現したギター用アンプリファイアも時代とともに高出力&ハイゲイン化し、2000年代には真空管回路ながら出力120ワットに達するバケモノのようなアンプまで普及するにいたった。
現在製造されているJMを、何の考えも無く他のギターと同じ感覚で弾けば
①音の線が細い
②ブリッジサドルから弦が外れやすい(弦落ち)
③ブリッジやヘッド付近から得体のしれないノイズが発生する
④チューニングが安定しない
といった不満を覚えることだろう。これは私が楽器屋店員だった頃からそうだったし、現在もそう変わることはあるまい。
これらの要因により購入~所有を諦めるギタリストは今もなおいることだろう。
また、後に気づいたこれらの「欠点」‐と持ち主は思い込んでしまうものだ‐を理由に、店に返品を求める購入者もいまだに一定数いるものと思う。
現役の楽器屋店員の皆さんもさぞ手を焼いているに違いないし、私にとっての後輩である彼らの苦闘を思うと不憫でならない。
上記の4つの特徴‐欠点とは呼ばない‐の、まず
①音の線が細い
だが、JMの純正ピックアップ(pickup、以下PU)の電気的な出力はSTとほぼ同値であることを思い出してほしい。
JMのPUはSTに比べて強弱のメリハリがつきにくく、高音域のカドがとれた丸いトーンになる。これはPUの形状に由来するJMのトーンキャラクター‐特色なのである。
また、これは忘れられがちなのだが、JMやジャガーでは内部配線がかなり長くとりまわされている。
ヴィンテージレプリカ系モデルの場合は上の画像の、キャヴィティ内のブラス(真鍮)製ノイズシールドに加えてピックガード裏のアルミ製シールドまで搭載しているはずだ。
これらは音声信号を誘導ノイズから守ると同時に、音声信号にとっての抵抗として作用するため、高音域のこもり感を生むことになる。
どうしても音の線の細さが気に入らないのであれば、まずはこの回路周りの改造により信号ロスを低減させるという手がある。
具体的には配線ケーブルを電気的な抵抗が少ない高品質なものに替え、キャヴィティ内のシールドやピックガード裏のアルミ板を除去したうえで導電塗料による防ノイズ加工を行う。
もちろんPUを高出力なものに換装するという手もある。以前はほとんどといっていいほど選択肢がなかったが2020年代の現在はセイモアダンカンやローラー(LOLLAR)をはじめ優秀な製品が流通しているので検討の価値はあるだろう。
②ブリッジサドルから弦が外れやすい
については、以前からギブソン(GIBSON)チューン・オー・マティック系のブリッジへの換装という手が多くとられた。
だが、ギブソンの指板のラディアス(曲面)に合わせて各ブリッジの高さが設定されているため、ラディアスが「キツい」‐より丸めの指板を採用するフェンダー系ギターに用いると弦高のバランスがとりづらいという欠点がある。
また、ブリッジサドルの弦溝にかなりの丸みをもたせて加工しないと、強いアタックで弾いたときに弦がサドル上で切れてしまうトラブルを招きやすい。
他には同じフェンダーのマスタング(Mustang)用ブリッジサドルへの換装という手もあり、これだとブリッジでの弦切れはかなり減らせるが、各弦の弦高調整が出来ない。
以上より、最も現実的な手としては、マスタング用サドルに弦高調整ネジを組み合わせたリプレイスメントパーツへの換装である。汎用パーツとしてはモントルーが取り扱っているし、同系の他のパーツも入手可能かと思う。
③ブリッジやヘッド付近から得体のしれないノイズが発生する
これがもっとも厄介であり、JMビギナーにとっての難関でもある。
(気にならないギタリストにとっては全くどうでもいいことなのだが)
まず、ヘッド側で発生する「ヒャーン」「ヒーン」という勘高いノイズについて。これはナット~マシンヘッド間の弦の共振が原因である。
現在ではこの共振を抑え込むためのミュートというべき製品が流通しており、
なかでもこのフレットラップはかなりお手頃なので試してみるのもありだろう。
ちなみにこのナット付近の共振を抑え込むミュートユニットを自身で設計開発したギタリストにジェニファー・バトゥンがおり、String Damperという名で販売されている。
ライトハンドを多用するプレイスタイルや、MIDIギターの発音を安定させるためであろう、ワッシュバーン製のシグニチュアに搭載されているのを見かけた方も多いはずだ。
次に多いのがブリッジ付近からきこえるビリつきや軋みについて。
JMのブリッジは脚部の先端にネジがあり、これでユニット全体の高さを調整する。
まずはこのネジがちゃんと脚部から出ており、ブリッジを受けるスタッドの底面に接しているかを確認する。
次にブリッジサドルの弦高調整ネジがブリッジに接しているかを確認する。片側のネジだけでブリッジに載っているサドルからは共振が起きやすいことはいうまでもない。
さらに、現在のサドルのセッティングで、オクターブ調整ネジが弦に干渉していないかを確認する。
特に強く弾いたときだけビリつきが発生する場合にはこのネジの干渉を疑ったほうがいい。フレットの消耗が原因のバズ(ビビり音)と紛らわしいが、開放弦でも発生する場合はこのネジの干渉である。
このネジが弦に当たらないように調整し直すのだが、ブリッジ脚部のネジでブリッジ全体を上げてから、サドルごとに調整ネジを回して弦高を下げるとスムーズである。
その際、弦のゲージや好みの弦高によってはサドルの高さ調整ネジがサドル上面に露出してしまうことがある。ブリッジでのミュートを多用するギタリストでこれが苦手という人は、ここから先は無理をせず楽器修理の専門業者にゆだねることをお勧めする。
何かしら手はあるのだが、ネックジョイントやブリッジ周辺に手を加えることが多く、精度が要求させる作業ということもあってDIYでは限界があるからだ。
ブリッジの調整についてふたつ書き加えておくと;
ブリッジサドルのネジ類をパテや接着剤で埋めることで共振を防ごうとする人もいるようで、修理の際にネトネトやガチガチの除去に手を焼いた苦い経験がある。ネジ類が仕込んであるのはあくまで調整のためなのであり、むやみな固定は止めておくこと。
また、フローティング・トレモロ専用の後付けパーツとしてかなり普及した
このテンションバーは共振の低減の効果が大きく、また不要な木部加工が要らないこともあって非常に優秀ではあるが、それもブリッジ周辺の整備が行き届いていればのハナシであり、これさえ取り付ければ万事解決というものではない。
優先されるべきは現状の把握と改善であって、後付けパーツだけで解決しようとしないこと。
④チューニングが安定しない
JMの名誉のために先に述べておくと、フェンダー社はテレキャスターやST、JMそしてその上位という扱いのジャガーに至るまでマシンヘッドは共通である。
ストリングガイドやナット材等も原則として全て共通であり、JMだけがロウスペックなハードウェアを押し付けられたわけではない。
それはすなわち、ロック式マシンヘッドや弦の滑りが良い人工樹脂製ナットといったリプレイスメントパーツを他のフェンダーギター同様に導入できること、ST用パーツの大半はJMにも使えることと同義である。
当たり前のこの事実がじつは大変なアドヴァンティッジであることを、フェンダー以外のギターを選んだギタリストは後でつくづく実感するのだ。具体的に名を挙げるのは気がひけるが、モズライトやリッケンバッカーの修理を担当したことのある私はフェンダーギターがどれだけ恵まれているかを幾度となく思い知らされたものである。
JMの場合はフローティング・トレモロの、動作時のひっかかりや軋みを防ぐための注油(グリースアップ)を徹底するとチューニングの狂いが軽減できるが、
トレモロユニットの底面をみて、どこにどれだけ注油すればいいかを判断するのはなかなか難しいので、必要を感じたときのみ、専門業者に相談するべきだろう。
その際に錆や汚れが付着していれば除去してもらったうえでグリースアップするとより大きな効果がえられるはずだ。
先の③で挙げた共振対策を行ったうえで、さらにチューニングの安定を狙うのであればナット交換とマシンヘッド換装を検討してほしい。
特にマシンヘッドで、ゴトーのマグナムロック搭載モデルの中から選べば木部加工やネジ穴のあけ直し等が不要になるのは大きなアドヴァンティッジだろう。
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現行のフェンダーのラインアップにはモダンスペックを採りいれつつコストパフォーマンスにも配慮したアメリカン・パフォーマーというシリーズがあり、ジャズマスターも加えられている。
伝統的なJMからリズム(低音弦側)のコントロールをオミットしたうえにSTのシンクロナイズドトレモロを搭載するという思い切った仕様により、少なくともチューニングは安定し、不要な共振は抑えられ、プリセットスイッチを演奏中に触ってしまうトラブルも減った。
さらには配線材も若干だが減ったことで音質の劣化も最小限に抑えられた。
もっとも、60年以上にわたってギタリストを魅了し、多くのリスナーの耳を捉えてきたJMのサウンドをしっかりと継承しているかというと、私はやや首を傾げざるをえない。たしかに実用的ではあるがJMの名を冠するギターかといえば、なかなかに微妙な気がする。
とはいえ、現在のエレクトリックギターの世界ではSTとギブソンのレスポール(Les Paul)がスタンダードとしての地位を不動のものとしている。
それは同時にJMにもSTと同水準の「性能」‐ノイズの少なさやチューニングの安定性を求めるギタリストのほうが圧倒的多数であることを意味している。
言い換えれば、JMのことをSTと同じ感覚で弾けるギターだと思い込んでいるギタリストが多いということでもある。
もし、STやその系統のギターをメインで弾いており、同じ感覚で持ち替えできるギターという条件は絶対に譲れないというのであれば、残念ながらJMは不適である。この2回にわたる記事をもう一度読み返していただければお分かりいただけると思う。
逆に、他のギタリストが鳴らさない音を鳴らしたいと願っており、それがJMの音に限りなく近いものであるのなら、勇気を出してJMを所有しメイン機に据えるべきである。
そして、JM用にエフェクトペダルやアンプ等のセッティングをイチから組みなおすぐらいの覚悟であれこれと試してみることだ。
JMと上手く付き合い、最良のサウンドを引き出すには
JMはJMであり他のどのギターとも違う
という事実を受け入れることが絶対条件なのである。それさえクリアできれば、あとは若干のアップグレードやカスタマイズで最良のギターとなってくれる。