ギターの特殊材あれこれ① メタルボディ
たまにYouTubeで調べものをしているときに眼につくのが、木材以外の素材を用いてのギター製作の動画。
元楽器屋店員として率直な意見を言わせてもらえれば、エレクトリックギターという楽器が多くのビルダー/クリエイター/エンジニアにとって身近な存在になっている、その事実を喜びたい気持ちが半分ある。
もう半分といえば、レゴだのピックだの輸送用パレットだのを引っぱり出してきてギターのボディを製作してしまう、その姿勢というか手法に対する違和感である。
さらにいえば、ギターなんぞいくらでも造れるわいチョロいもんやでこないにカンタンに出来るモンに楽器屋はあないな売値つけよってなんぼほどボロい商売(以下略)のような、ギタークラフト/ギターエンジニアリングの否定につながりかねないことを危惧したりもする。杞憂だといいのだが…
今回はギタークラフトの歴史に登場した非木材の素材の中から金属製のボディ‐メタルボディを純正採用したギターをご紹介したい。
ギターでは常に非主流派であり製品の流通数も少ないメタルボディだが、やり方次第では非木材のなかから一歩抜きんでることも夢ではないと個人的に思っているからだ。
なお、以降に名の挙がるギターブランドや製造・販売会社、製品のユーザーの皆様の名誉を毀損する意志の無いことを無粋ながら先におことわりしておく。
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ギターのメタルボディ(以下MB)の歴史を振り返るときに忘れられがちなのが
リゾネイターギター(以下RG)の存在である。
RGの歴史は1920年代まで遡る。
電磁誘導作用を応用したギター内蔵型専用マイクロフォン、後にピックアップとよばれる装置が登場するよりも20年近く前のこの時代、ギターの大音量化を実現するための手段のひとつはギター本体の大型化であり、これはマーティン(MARTIN)社が開発したドレッドノート(Dreadnought)という大型モデルにより多くのギターファクトリーも同様の手法をとることになる。
それとは別にもうひとつ、ギターのボディ内にリゾネイター(resonator)とよばれる増幅機構を仕込む手法もとられた。
音響機材のスピーカーに似た動作原理の、アルミニウム製のコーン(corn)をボディ内に収め、ブリッジを介して弦振動を伝えられたコーンが振動することで音声信号を増幅する。
上の画像はコーンを3基搭載することで高音域のヴィヴィッドな反応を得ることを狙っており、ナショナル(NATIONAL)のトライコーンの名で知られている。
RGのコーンを効率よく振動させるにはボディとコーンの振動係数が異なることが望ましい。
すなわち、コーンよりも「鈍い」‐弦振動の影響を受けにくい素材をボディに用いたほうがコーンの、弦振動に対するヴィヴィッドな反応を得やすくなる。
そのため、RGのなかでもラインアップの上位には
真鍮や鉄を用いたMBが多くを占めていた。
もっとも、重量が増したわりにはそれほど大きな音量が得られなかったことでRGはなかなか普及しなかった。
そのうちに第2次大戦に起因する金属不足のせいで多くのギターカンパニーがRGの製造を取り止めてしまったし、戦後からまもなくの50年代にはピックアップを純正搭載したエレクトリックギターなる新勢力が台頭したこともあってRGは歴史の大河に呑まれ、流されてしまった。
ただしRGの、コーンが発するバズ(ビリつき)を含んだトーンを愛するギタリストそしてリスナーも常に一定数居り、とくにスライドとの組合せはギターサウンドのひとつのカテゴリまで昇華されているといってもいい。
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ここからは近年製のMBのハナシになるが、皆さんはジェイムズ・トラサルト(James Trussart、以下JT)の名をきいたことがおありだろうか。
私の記憶が正しければ2000年代初頭にはすでに日本でも少数ながら流通していたはずだ。実際にギター製造を開始したのは1998年とのことである。
JTの看板商品の”STEEL”系モデルはその名のとおりのMBをフィーチュアしたギターで、STやTL、PB等に倣った形状のボディを金属で造り、さらに錆加工を施したり彫金の技術を採り入れたりすることでコスメティックな要素を付け加えている。
ボディに金属を用いることで自ずとギターサウンドにも煌めきや鋭さ、硬質でエッジーな質感が加わる。
かりにネックが純粋な木製だったとしても、弦振動の増幅を司るボディが金属製であることがギターのトーンにどれほど大きな影響を与えるかがよく判る。
また、ボディのみならずブリッジやピックガード等のハードウェアも金属を用いることで、ボディの構成要素の振動係数が「揃う」‐完全な統一までいかなくとも、かなり近いものになる。
これがボディ及び他コンポーネントが一体化して鳴るかのような響きをトーンに与える。これが木製ボディではなかなかマネできないのだ。
JTは高額な一点もののギターを基本としたブティックビルダーなので製品の流通台数も少ないし、スペックダウンした下位モデルの大量生産による利益追求の途を選ばない以上は多くのギタリストがこぞって手にするギターとはならないだろう。
かといって私はJTの製品を軽んじるつもりは無い。カスタマーを満足させる製品のハンドメイドによる受注製造はモノづくりの原点にして理想形のひとつでもあるし、木材とは根本的に製造・加工手法が異なるMBであれば他社が導入する量産のための技術の転用も難しいはずなのだから、高額品の少数製造による、細く長い事業の継続というのもじゅうぶんに有効だと思うのである。
いちおう現在のJTの公式HPでは日本の輸入代理店としてキョーリツコーポレーションの名が挙がっているが、キョーリツ社のHPにはJTの名は無い。調べてみても日本国内では片手で数えるほどの中古しか見つからない。
おそらく個人間売買や輸入代行といったルートでの流通のほうがJTのギターに巡り合える確率は高いと思われるので、もしも現物を手にする機会があればじっくりと弾いてみるようお勧めしたい。
高額だが、同じぐらいの金額のギターとは明らかに異なるサウンドが聴きとれ、そこに魅力を感じられるのであれば入手を本気で検討してもいいだろう。
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もうひとつご紹介するのはタルボ(TALBO)、これはご存じの方も多いだろう。
トーカイ(TOKAI)の名でエレクトリックギターを、キャッツアイ(Cat’s Eyes)でアコースティックギターを展開する東海楽器が生み出したMBギター/ベースのシリーズ名である。
タルボの誕生は1983年とされている。
この時期の東海楽器は木材以外の素材を採り入れたギター製造を研究しており、MBのタルボの他にMATの名でカーボングラスファイバー製ネック/ボディを製品化したことが知られている。
タルボの名はT-Alloy Bodyにちなんでおり、トーカイによる合金(alloy)製ボディの意味らしい。
…私が以前きいた話では Tokai Aluminium Body の意だったはずだが、聞き間違いだったのか、いつの間にか変更されたのだろうか?
鋳造により成型されたボディは中空で、必要以上の共鳴を防ぐべく初期は発泡ウレタンを注入するというひと手間が加えられた。
これは後にボディ内部の形状にあわせて切り出されたウレタンスポンジを入れる方法に変更されたが、これにより金属由来の比重や高度を備えつつ実際の演奏に支障をきたさない軽さを獲得した。
だが、私個人としてはタルボの、少なくとも今日まで流通した個体に対してはどうしても辛口にならざるをえない。
私は仕事でタルボの、特に90年代以降の個体を何度か修理調整したことがあるのだが、時期や個体によるばらつきが大きい。いや、大きすぎるのである。
これは東海楽器の経営状況の、製造現場に与えた影響もあるかと推測している。
まず、ボディとは別の要素になるが、ネックの品質に難のある個体が多い。
トラスロッドの効きが微妙だったりフレット周りの加工精度が低かったりして、大丈夫か?とぼやかずにいられないことも多くあった。
ネックの状態によってはネックジョイント部にシム(かませ板)を仕込むことでブリッジでの弦高調整幅を確保すると同時に高くなり過ぎた弦高を低くする調整を行うのだが、
タルボの多くの個体ではこのようにネックジョイント部にくぼみがあるため、ネックとの接合の面積が少ない。
シムを仕込んでネック留付のネジを強く締めこんでも、ネックが何かのはずみで動きそうな気配がしてしまい、作業担当者としては不安になってしまうのである。
それと、これはタルボのボディそのものとは関わりの無いハナシになってしまうが、東海楽器がタルボというギター/ベースを商品としてどう展開していくのか、方針が定まっていなかったように思える。
ヘッド上面のロゴにしてもTokaiやTalbo、Blazing Fire等が混在しているし、他のトーカイ製品であればちゃんと製品の個体ごとに割り振られていたシリアルナンバーが、どこを探しても無いタルボをしょっちゅう見かけるのである。
さらには、金属製ボディがアイデンティティのタルボなのに木製ボディのモデルが存在しているのも、私からすれば不思議でならない。
木製モデルはあくまでBlazing Fireやタルボザウルスであってタルボではない、という理屈なのかもしれないが、ボディ形状が全く同じなら塗装の質感も近く、手にとってみるまで木製と判らないモデルを製造販売するのはいかがなものだろうか…
タルボは紆余曲折を経たのち現在はイケベ楽器と神田商会によるライセンス販売というかたちに落ち着いている。
この先タルボがどのように展開されるのか、私には予想できないし未来予測は私の役割ではないので言及を控えておく。
だが、タルボには先のジェイムズ・トラサルトのように、カスタムオーダーによる個性的な一点ものの製造販売という手もあるのではないかと思う。
例えば;
○ボディ厚を大きくとって中空部を増やしたセミホロウタイプ
○ブリッジ下にリゾネイターのコーンを配したエレクトリック・アコースティックタイプ
○ピックアップキャヴィティをブリッジ側のみとしボディの剛性を強化したうえでロック式ヴィブラートブリッジを純正搭載したモデル
といった、MBでしか実現できない独自の構造をフィーチュアした製品を世に送り出せば、タルボというブランドとその製品をこの後にも長く残せるのではないかと考えたりもする。
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また、タルボとは別に、金属加工のプロフェッショナルがギター製造に乗り出すような事例が出てこないものだろうかと期待したりもする。
鋳造による中空ボディと木製ネックの組合せという、タルボ同様の手法がもっとも現実的かとは思うが、ネックジョイント部、ブリッジ周辺およびボディ表面の加工精度が一定以上を保つことが出来ればギターのボディとしては申し分ないし、木材ではマネできないスペックを採用することで他ギターブランドとの差別化は十分に図れるものと思う。
金属加工、ギタークラフト双方の2020年代の加工精度をもってすれば、後世に誇ることのできる製品を生み出すことも決して夢物語ではないと思っている。
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最後に蛇足だが、ゼマイティス(ZEMAITIS)のメタルフロント(Metal Front)について触れておきたい。
ボディ表面を覆う金属製プレートを指すメタルフロントだが、これはノイズ対策のアルミニウムの板に由来する。
創始者トニー・ゼマイティスの本業は家具職人だったが、その伝手で彫金師のダニー・オブライエンがボディ表のアルミ板に施した装飾が評判を呼び、いつのまにかボディ表をまるまる覆うアルミ板と、その上に施された飾り彫りがゼマイティスの代名詞となったのである。
トニーはメタルフロント一本槍だったわけではなく、他にも螺鈿細工を応用した装飾も多く手掛けていることからも判るようにメタルフロントはサウンドへの影響を考慮して導入されたスペックではなく、あくまで顧客の要望に応えるための装飾の一種だったことを付け加えておく。