重量バランスは見えない力(ちから)
前回の記事でヘッドレスデザインを採用したギターの特徴をあらわすのに「ブリッジにマスを集中させる」という表現を使ったのだが、では他のタイプのギターにおける重量配分の変更や、それによるトーンの変化を実現する手は無いかというと、実はちゃんと存在する。
今回はパーツ交換による各部の重量配分の変更と、そこから得られるトーンの変化について書いてみたい。
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まず、以降の内容の解釈がスムーズになるよう、ギターの剛性やシャーラーM6、ウィルキンソンVSについての過去記事を先にお読みいただくようお願いしたい。
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2000年代にフェンダーのカスタムショップとギブソンのアート、カスタム&ヒストリックディヴィジョン‐こちらも現在ではカスタムショップと呼ばれるが‐からオールドギターの精巧なレプリカが多く生産され、それが市場に普及するにつれ、レプリカとしての再現度も顧客であるギタリストのあいだで取りざたされるようになった。
それはすぐにヴィンテージ・クローン・パーツという新手のリプレイスメントパーツの隆盛を呼び、性能はともかくその再現度が高く評価されるパーツというものが楽器店に並ぶことになった。
それと並行して、かつて採用されていたものの後に変更を受け、それに伴って音質も変わってしまった、とされるオールドギターのスペックも研究解析が進んだ。
その中でも注目を集め、後に交換用パーツが普及したのはシンクロナイズドトレモロのイナーシャブロックであろう。
画像のオールパーツの他にも複数のサプライヤーが、重厚で硬質な鉄製のブロックをパッケージパーツとして販売している。
ところが、世の中は広いもので、ヴィンテージのストラトキャスターに搭載のシンクロとは大幅に異なる構造を採用しているウィルキンソンのVSの規格に準じた、鉄ではなくブラス(真鍮)のブロックをリプレイスメントパーツとして販売しているサプライヤーも存在するのである。
このブロックへの交換の意義が分かるのはVSの特性をしっかり把握しているギタリストや修理業者、ギターエンジニアに限られるだろう。
シンクロの設計思想を受け継ぎながら各部の共振を防ぐことで明瞭かつ硬質なトーンを獲得したVSだが、やはり、あまりにも鋭く耳にきつい高音の立ち方に違和感を持つギタリストも多いのだろう。
ブラスのブロックは交換することでその軋むような、突き刺さるような高音を若干ながらマイルドなものに変える効果を狙ったのである。
同時に、肉厚で重厚なブロックをブリッジの裏に留め付けることでブリッジユニットじたいの重量を稼ぎ、低音の太さと重さ、重厚なサステインの確保も期待できるのである。
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とはいえ、ブリッジの重量を増やすことが全ての解決策になるわけではない。
これはフロイドローズやカーラー(ケーラー)を思い出していただければいいだろう。重量のかさむブリッジは低音やサステインの増強に効果がある一方、繊細な弦振動をボディに伝達することで生まれるギター固有の「鳴り」の出方を弱めてしまうこともある。
では、ブリッジを重くする以外に効果的な手段は?ブリッジ以外を軽量化することである。
それはブリッジとは反対側で弦を保持するヘッドストックを軽くすることであり、さらにいえばマシンヘッドを軽量化することである。
ヘッドストックの重量ときいて、ちょっとした流行となったファットフィンガー(Fat Finger)を思い出す方もおられるかもしれない。
かつて交換用真空管の大手サプライヤーだったグルーヴチューブ社が販売していたが、そのGチューブ社をフェンダー社が買収した縁で現在はフェンダーのアクセサリとなっている。時の流れである…
ご存じの方がほとんどなので詳しくは触れないが、ファットフィンガーはヘッドの振動を抑えるためのウェイト(錘)であり、軽量化とは真逆である。
マシンヘッドの軽量化を狙った改造で最も一般的なのはマシンヘッドじたいの交換であろう。
グローヴァーのロトマティックこと102の系統のマシンヘッドを、クルーソン(KLUSON)デラックスに交換したり、さらなる軽量化を期してシュパーゼル(SPERZEL)の、特殊アルミ合金を用いたものに交換するという手も2000年代にはよく使われた。
だが、どれだけ加工技術が向上しても、クルーソンデラックスが実現できるチューニングの精度や耐久性はロトマティック系に及ばないように思う。
シュパーゼルについて個人的な意見を言わせてもらえば、ギア比が1:12と大きいこともあり、どうも動作の滑らかさに欠けるように思う。その軽さと、弦のロック機能のパイオニアとしての偉大さには敬意を表したいのだが…
まして、現在もシャーラーやゴトーから優秀なモデルが生産されていることを考えれば、オールドギターのルックスを保つことの他にクルーソンを選ぶメリットは、私は見出すことができない。
では、マシンヘッドをそのまま使用しながら軽量化することは可能なのか。答えはイエスである。
ボタン(ツマミ)を交換すればいいのだ。
ロトマティック系はボタンがネジで留められており、交換は容易である。
シャーラーではパッケージパーツとして6個セットを販売している。画像の白パーロイドの他に模造牛骨のポリボーン、ミルクストーンの異名を持つガラリス(Galalith)のような落ち着いた風合いの素材のものもラインアップされている。
シャーラーのマシンヘッド、フロイドローズブリッジを純正採用していた、ミュージックマンのEVHことエドワード・ヴァン・ヘイレンのシグニチュアには画像のような小型の白パーロイドのボタンが用いられていたのを皆さんも覚えていることだろう。
EVHモデルはギターじたいも小ぶりなうえにヘッドストックも、片側6連のマシンヘッド配列のフェンダー系ギターより小さい。
ギターサウンドに強いこだわりと関心を持ち続けたエディ・ヴァン・ヘイレンが、特に理由もなくパーロイドのボタンを自分のギターに採り入れるはずがないことは、もはや私が説明する必要もなかろう。
他にはグローヴァーも純正パッケージパーツとして樹脂製ボタンを複数ラインアップしている。
なおゴトー社ではボタンの単体販売は行っておらず、注文時のオプションとして素材や形状、色の異なるボタンを複数用意している。
現在のゴトー製マシンヘッドが気に入っているがボタンを交換してしみたい、という方は中古品から採取したパーツや、他社製のボタンを試すことになるだろうが、細かい寸法が異なるであろう社外品への交換はマシンヘッドの精度にも影響することがある。あくまで自己責任で、慎重に行っていただきたい。
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ボタンの交換によりヘッド側が軽くなると、弦を強く弾いた時の低音の出方が大人しくなる。
また、これはアーミングを多用するギタリストがすぐに気づくことだが、サステインが短くなる。
これはヘッド側の重量が減ることでネックの、弦振動に応じての振動が大きくなることに起因する。弦に合わせて振動することは、見方を変えれば弦振動がネックに吸収されることでもあり、振動のロスでもある。
ところがその一方で、ネックが振動することでギター個体の「鳴り」の中にネックの、木の種類や太さといった個性が現われてくるのである。
言葉に直すのは難しいが、ヒューマンで温かみのあるタッチがトーンの中に聴きとれるようになる。そこに、メイプルワンピースであれば明るく歯切れのよい、ローズウッドであれば若干̚カドがとれた丸みのあるタッチが加わる。
といっても、この変化はギターの木部の鳴りに普段から注意を払っているオーナーでないと聴きとれないかもしれない。
木部の鳴りよりもアンプから出てくる音の、ヘヴィディストーション時の厚みや音の伸び、粒立ちの良さを優先したいというギタリストには、ボタンの交換によるヘッドの軽量化はあまりメリットが感じられないはずである。
私がこのマシンヘッドの、ボタン交換による軽量化を勧めたいのは;
〇ジャクソンのディンキー及び同系のモデル、ストラトキャスター系コンポーネントギター
〇ES-335やその系統のセミアコースティックギター
〇ヤマハSGやグレコMR、アリアプロⅡPE等の70~80年代のアーチトップ・ソリッドボディ
である。
いずれも設計段階でどのようなトーンを狙うかが明確に絞られているギターであり、アフターパーツによる音質の変化を狙うのが難しいという共通項がある。
だが、ヘヴィディストーションはともかくクリーン~クランチの微妙に色合いや表情を変えるトーンを鳴らす際に、ギターの木部の鳴りが生み出す音の厚みや温かみ、ナチュラルなサステインが加わることでギター個体が持つ個性がより強調される。
何より、木部の鳴りに起因するトーンはペダルやアンプでは付け加えることができない(削り落とすのは簡単だが)。
ギタリスト自身が「鳴り」を感じられるギターを弾き、自分の音を出すことを願っているのであれば、トーンの変化を狙うパーツ交換は検討のテーブルに載せてほしい改造のひとつである。
その中でもマシンヘッドのボタンの交換は作業自体が簡単なうえに気に入らなかった際の原状復帰も容易なので、ぜひ試してみてほしい。