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G&L~レオ・フェンダー最後期の足跡
最近になってG&Lのギター、とりわけアサット(ASAT、エイサット)・クラシックが注目を集めているらしい。
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きっかけはどうやらアニメらしいのだが、フェンダー(FENDER)社製のテレキャスターではなく敢えて‐と信じたいが‐G&Lのアサットが採りあげられることは楽器屋店員時代にG&L製品になじんできた者として素直に嬉しく思う。
とはいえフェンダーとG&Lでは認知度に天地の開きが出来てしまった感もあるし、創業から現在に至るまでのG&Lの歴史を詳しく知る方はそう多くは無いだろう。
今回はそのG&Lの、とりわけ創業者であるクラレンス・レオニダス・”レオ”・フェンダーの軌跡をご紹介したい。
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☆
まず、ミュージックマン(MUSIC MAN)~G&L創業の経緯についてはこちらの過去記事をご一読いただきたい。
社内のいざこざから離れるためにCLFリサーチ社をG&Lと改称したレオ・フェンダーではあるが、その船出は決して楽なものではなかったらしい。
かつてフェンダー社で副社長を務め、ミュージックマンではレオと持ち回りで社長の椅子についたこともあるフォレスト・ホワイトもG&Lに合流したが、会社の安定性が低いことを理由に早々に離れてしまったという。
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後に発行されたフォレストによるこの本ではまだカリフォルニアの片田舎の町工場だったフェンダー社とその社長レオ・フェンダーとの出会いからミュージックマンを経て別れまで詳細に記されているのだが、ことG&Lについてはほとんど触れられていない。
フォレストが指摘した会社の不安定さと関係があるのだろうか、レオとの共同名義で創業に関わったジョージ・フラートンだが、後にレオに請われるかたちで会社の株式を全てレオに売却してG&L社を離れてしまう。
実はこの時G&L社は自社の名の読み方を”Guitars by Leo”に変更するという手に出ている。
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ヘッド上面やケースの外装に上記のロゴが有るのを見かけた方も多いかと思う。
なんの予備知識もなくこのような変更を眼にしてしまうと、G&L内の下位ブランドか何かと勘違いする人が出かねないが、これはれっきとした公式のロゴなのである。
また、これはプライヴェイトなことではあるが、レオは1979年に最初の妻エスターをガンで喪い、翌年にはフィリスという女性と再婚する。
ホワイトをはじめ数名の友人はレオがこの再婚を後悔していたことを証言しており、レオの晩年はどうやらそれほど平穏なものではなかったようだ。
G&L社の創業からわずか7年の1991年3月21日、レオ・フェンダーは惜しまれつつこの世を去った。
こうして、後で振り返ると残念なことだが、ミュージックマン社、G&L社ともにレオ・フェンダーがそのエンジニアリングの才を発揮できたのは10年に満たない短い期間だったのである。
(ミュージックマン:8年 G&L:7年)
なお、レオの死後すぐにG&LはBBEサウンド社に買収されて会社は存続、しばらくするとフラートンも再度参加する。そのフラートンも2009年に世を去り、G&Lの” Honorary Chairman”‐名誉会長であろうか‐フィリス・フェンダーも2020年に亡くなっている
☆
改めてG&Lのアサットだが、原型となるギターは創業間もない1985年に世に送り出されている。
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それがこのブロードキャスター(Broadcaster)である。
フェンダーのヴィンテージギターについてご存じの方であればピンと来るであろう、そう1948年にフェンダー社最初の量産型ソリッドボディ・エレクトリックギターとなったあのギターに与えられた名である。
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そして、そう、同時期にBoradkasterの商標を保持していたグレッチ(GRETSCH)社からの警告を受けてテレキャスター(Telecaster)に名称変更したという因縁のある、その名を35年経って再びレオは採用したのである。
これだけでもそこそこツッコミどころのあるハナシなのだが、このG&L版ブロードキャスターについてもやはり商標がらみで警告を受けてしまい、モデル名をアサットに変更するという経緯をたどったのだから、レオはいったい何を考えていたのか私にはさっぱり判らない。
しかもこのブロードキャスター~アサット、G&Lはもうひとつ商標がらみでやらかしているのである。
1990年頃にG&Lはアサット・シグニチュアというモデルをリリースする。
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問題はこのギターの表面、低音弦側カッタウェイ付近にあしらわれた
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このレオ・フェンダーのサインである。
モデル名のシグニチュアは有名ギタリストの本人仕様という意味ではなく、創業者レオ・フェンダーの署名(signature)を示していたのだが、これがフェンダー社から商標に関わるとして警告を受けてしまい、1991年にはこの「シグニチュア」は生産が終了している。
なおこのモデルは当時の輸入代理店パール楽器を通して日本国内にも流通しており、私も過去に数点触ったことがある。本腰を入れて探せば見つけられるだろう。
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☆
レオ・フェンダー存命期のG&Lのブロードキャスター~アサット・シグニチュアを細部まで観察すると、不出世のギターエンジニアたるレオがエレクトリックギター、とりわけテレキャスター(TL)タイプにどれだけの改良点を見出していたのかが見えてくる。
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肉厚で重量のあるブリッジはサドルの横ブレを防ぐための壁が設けられており、さらに1E弦側にはサドル6つをいちどにロックするためのアレンスクリュー(イモネジ)が仕込まれている。
かつてTLではピックアップ(pickup、以下PU)の固定枠を一体化させたブリッジユニットを採用したレオは、しかし、複数のPUの固定方法を統一することでPUごとの音響特性を揃えるために両PUともピックガード留め付けとしている。
しかも、外見からだと判りにくいがこのピックガードは金属製なのである。
かつてアノダイズ加工したアルミニウムをピックガードに採用し、錆の発生を防げなかったために取り止めたことのあるレオだが、ここはちゃんと対策したのであろう、粉体塗装と思われる厚く安定した塗装をピックガードに施している。
フェンダー時代のアルミニウム製ピックガードについてはこちらを:
他にもジャック部にはTLにみられる金属製ジャックキャップを用いず
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ダイレクトマウンティングとよばれる、木部にネジで締めつけるタイプのものを採用している。ぐらつきや緩みへの耐性の高さはもちろんこちらのほうが上である。
もうひとつ、これはあまり知られていないが、G&L時代にレオ・フェンダーはネックのトラスロッドの仕込み方に改良を加えている。
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それが成形前のネックを半分に割ったうえでトラスロッドを仕込む工法、バイカット(Bi-cut)トラスロッドである。
これによりネック~ヘッドにかけて中心よりもやや片側にズレた位置に接着の跡が残るので、特にヘッド上面を注意深く観察すると判断できる。
もっとも、ネック成形のかなり手前の段階でトラスロッドを仕込むことは後の工程に少なからずしわ寄せがいくことで効率を落としてしまうらしい。結局バイカット工法は全くと言っていいほど普及せず現在に至っている。
☆
レオ・フェンダーの足跡をたどり、とりわけG&L時代を詳しく調べていると、その非凡な才覚を十全に発揮させられなかったことが今さらながら残念に思えてくる。
といっても、彼がG&L以外の会社で、つまり自身が経営するギターカンパニーから離れるかたちでその腕を振るうことが出来たかといえば、おそらく答はノーであろう。
2020年代の現在では、例えばネッド・スタインバーガーのように自らの会社を離れて、いわばいちフリーランスのようなかたちで他社製品の設計会開発に携わる者も居るが、1980年代初頭でそのような身の立て方が出来る者が居たとは思えない。
他社のハナシになるが、かつてギブソン(GIBSON)社の黄金の50~60年代に社長を務めたセオドア(テッド)・マッカーティは後にポール・リード・スミスに請われてギターに関するアドヴァイスを与え、これが後にマッカーティ(McCarty)の誕生につながる。
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だがこれがギブソン社の不興をかってしまい、現在に至るまでPRSとギブソン社の関係はぎくしゃくしているらしい。
かりに80年代にレオがフェンダー社以外のギターカンパニーに移籍したり、そこまではなくともエンジニアとしてギターやアンプの設計開発に携わっていたら、おそらくフェンダー社は何かしらの対抗手段をとっていたのではないかと思われれる。
それぐらいレオの名は楽器業界では不抜のものであり、しかし、ギター業界はそれほど規模の大きいものではなかったはずである。
少なくとも後の年代にリンゴのマークの会社で起きたようなエンジニア、イノヴェイター主導による飛躍などはとうてい望めなかったのではなかろうか。
余談だが、ギブソンは近年になってマッカーティが原案を残していたというギターを「セオドア」の名でリリースしている。
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2024年の現在になってにわかに注目を集めるアサット・クラシックだが、今までご紹介してきた経緯からもお判りいただけるように、その細部の設計にレオ・フェンダーは関与していない。
レオが世を去ったあと、G&L製ブロードキャスター~アサット・シグニチュアをベースに、フェンダーの50年代のTLに近い音響特性を持たせるべくブリッジやピックガードを変更したモデルということになる。
それが、調べるかぎりでは90年代中盤から現在まで生産されているらしいから、堂々と胸を張ってもいいロングセラーである。
2024年の現在、G&LのLがレオ・フェンダーにちなんでいることを知らない若い世代も増えていることだろうし、レオがフェンダーの創業者であることを教えられて、そうかだからG&Lってあんなにフェンダーっぽいギターばっかりなんスね、などとしたり顔で言う者も少なくないだろう。
しかし、だからといってG&L製品と、その開発に人生最後の時間を費やしたクラレンス・レオニダス・”レオ”・フェンダーの価値が損なわれることは無いし、フェンダーギターやそのレプリカでは物足りないギタリストが選ぶべきギターとしてG&L製品はこれからも高い価値を持ち続けることだろう。
それに、G&L版ブロードキャスター~アサット・シグニチュアを継承するモデルとしてアサット・スペシャルが現在もラインアップの一角を支えていることも、やはり喜ばしいことである。
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