チューブアンプについて語っておきたいこと全て ②
前回に続き、エレクトリックギター用アンプリファイアー、しかも増幅回路に真空管を用いたチューブアンプ(以下TA)を選ぶにあたって、元楽器屋店員としてお伝えしたいことを書き綴っていく。
今回は50~60年代の設計をベースとした「クラシカル」TAについて触れたいと思う。
☆
60年代から高出力化の一途をたどったTAも80年代に入ると量産品のほとんどは出力100ワット辺りで頭打ちとなる。
さらに激しく深い歪みを得るためにプリアンプ回路の増強によるヘヴィディストーションと、それを最大限ラウドに鳴らすための高出力なパワーアンプを組み合わせ、最終的にスピーカーから出る音の大きさをコントロールするマスターボリュームを装備する方式がトレンドとなる。
一方でオールドギターの再評価が「ヴィンテージ」ギターのブームとして注目されるようになるにつれ、アンプもまた50~60年代の製品に注目が集まるようになり、それに応えるべくブランドも過去製品のリイシュー‐復刻再生産を開始する。
とはいえ、町工場に毛が生えた程度の作業場でコツコツと組み上げていた50~60年代は遠い昔、世界規模のニーズに応えるための量産に適した仕様への変更をどのマニファクチュアラーも余儀なくされる。
その代表的な仕様のひとつがプリント基板だ。
サムネイルにも登場ねがったフェンダー(FENDER)のベースマンの、現行モデルから見て1~2代前のベースマン・リミテッドの回路だが、エフェクトペダルにもみられるようなプリント基板を採用している。
微弱な電気信号が基板のパターン部分でロスするという指摘もあるが、量産においては非常に大きなメリットがあることもまた事実なのである。
他にはエフェクトループ端子やリヴァーブの増設、出力切替機能の追加といった改良・仕様変更を受けることも多い。
☆
2022年現在、練習用スタジオやライヴハウスにも、マーシャル(MARSHALL)であればJCM2000以降の、メサ/ブギー(MESA/BOOGIE)であればデュアルレクティファイアーの100ワット超級のアンプが備え付けられるようになったし、ローランドJC120という不滅のロングセラーも当たり前のように置かれている。
それらをパスしてわざわざ自己所有のTAを持ち込んで鳴らすのであれば、まずはアンプのキャラクターに惚れ込み、のめりこむことができるかが重要になる。
マーシャルの現行ラインアップにも顔を出している1962というロングセラーがあるが、これに出来の良いレスポール系モデルを繋いでしばらく弾いているうちに、勘の良いギタリストであれば70年代初期のエリック・クラプトンにそっくりのトーンを引き出すことができるだろう。もう少し時間があればベック、ボガート&アピスの頃のジェフ・ベックのサウンドに迫れるかもしれない。
しかし、ここからが重要なのだが、過去の名ギタリストのトーンをなぞるだけで満足する、そのためだけにTAの入手を決めようとしていないかを自問してほしい。
いや、もっとエッジーでトレブリーなほうがいい、とか、ストラトを鳴らしたときにもっと低音がタイトにまとまるほうが好み、とか、自分が鳴らしたい音に自覚的なギタリストであれば多少なりとも物足りなく感じられる要素があるものと思う。
ヴィンテージリイシューを含めたクラシカルTAの多くはギタリストの細かい要望に応えるための切替機能の類がほとんど搭載されていない。
また、ギター本体のようなオーナー自身の手によるDIY的な改造の余地もほとんど無い。どうしてもというのであれば自己責任で、黒焦げになるのを覚悟で挑戦することだ。私はもう少し長生きしたいのでご免こうむりたいが…
すなわち、自分のギターで自分がいま鳴らしている音が全てであり、それに惚れ込んでしまえるか、もっと言えばその音に自分を乗せられるかどうかがTAを選ぶうえで最も重要となるのである。
マルチエフェクターのようなデジタルプロセッサに親しんできたギタリストにとって、サウンドの調整幅が少ないことは色々な音をカバーできないこととイコールであるかのように思えるかもしれない。特にデジタルモデリングが長足の進歩を遂げた2000年代に生まれ育った若い世代であればなおさらであろう。
しかし、ことクラシカルTAにとっては、サウンドの調整幅が少ないことは聴き間違えの無い独自のサウンドを持っていることとイコールなのである。
特に回路に負荷がかかった状態で生み出される有機的で厚みのあるディストーションとギタリストのプレイやフレーズが一体化したときの、聴き手に与える説得力、ギタリスト本人が感じるエクスタシーこそがTAの存在意義だと私は考えている。
そこまで強いつながりを感じられるTAを選びだすには、とにかくあらゆる製品を試して音を聴いてみることである。
それと、
〇回路の出力
〇スピーカーレイアウト
10インチ×4発、12インチ×2発、15インチ×1発 等
〇真空管の規格
プリアンプ管:12AX7、ECC83 等
パワーアンプ管:6L6、6V6、EL34、EL84 等
といったスペックを調べながら試奏することで、自分の嗜好に合うアンプがおぼろげながらでも見えてくるので、カタログデータを参照することを忘れないようにする。
クラシカルTAを自己所有するのであれば、ギターと同じくらいか、それ以上にコンディションに気を配るようにしてほしい。
高出力なモダンTAに比べて回路がシンプルなクラシカルTAは回路の保護装置があまり多く搭載されておらず、誤ったセッティングのまま使い続けた際の回路のダメージが大きくなる傾向がある。
特に先述のプリント基板を用いた回路で、過剰な高熱の発生による基板焼けが辛いのである。修理費用がかさむし、場合によっては修理不可となってしまうので十分に注意してほしい。
また、プリアンプとパワーアンプの役割がきっちり分けられたモダンTAに比べてクラシック系TAは回路全体が連動してトーンが変化する。消耗する宿命にある真空管はもちろん、コンデンサや抵抗等の細かいパーツの破損もサウンドに影響するので、回路を最良の状態に保つ手ための手間は惜しまないようにしたい。
☆
最後に、もし予算の上限を定めずに最良のクラシカルTAを選べと言われたら、私はヴァイブロキング(Vibro-King)を推薦する。
今となってはご記憶の方も減っているかもしれない。90年代に初代トーンマスターとともに登場したラインアップ最上位モデルであり、しばらく後にカスタムショップ扱いに変更されてからも細々と生産が続いていたが、2013年に廃番となった。
出力60ワット、10インチスピーカー3発というスペックだけではこのヴァイブロキングのサウンドはとうてい想像できないと思う。
プリント基板を用いないハンドワイアード回路や高い剛性を生み出すフィンガージョイント構造のキャビネットにしても、ブティック系アンプブランドで見かけるがあるかもしれない。
しかしひとたび鳴らすと、そこにあるのはただただ圧倒的なまでのフェンダーの音なのである。
90年代以降の高い技術水準の恩恵である高精度で信頼性の高いパーツを組み上げ、真空管の供給で提携した(後に買収することになる)グルーヴチューブ社の選定した真空管を純正搭載したことで得られる、強烈な音の張りと太さ、脳髄を揺らすような骨太でナチュラルなディストーションは、とてもではないが他のビルダーが簡単にまねできるようなものではない。高額ではあるが、確かにその価値があるアンプだった。
もし、この先ずっと鳴らし続ける価値のあるアンプをお探しで、お近くの楽器店やリサイクルショップにヴァイブロキングが販売されるような幸運に恵まれたら、面倒くさがらずメインのギターと歪み系ペダルを持参のうえ試してみてほしい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?