Fuzz概論① ~歴史的な変遷~
概論などと固い文言を使ってしまったが、ギター用エフェクトペダルのなかでもとりわけミステリアスな存在にまつりあげられがちなファズという歪み系ペダルについて、主に未使用・未所有のギタリストの参考となるような記事にしたいと思う。
長くなるので2回に分け、今回はファズの歴史を中心に解説していく。
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まず真っ先に挙げておかねばならないのは、ファズにしろオーヴァードライヴ(以下OD)にしろディストーション(以下DS)にしろ、
歪み系エフェクトの動作原理は全て共通
という事実である。
上の図の向かって右側、エフェクトを通した音が曲線ではなくノコギリの歯のようなギザギザのかたちに加工されている。
このギザギザこそが「歪み」サウンドの根幹であり、ファズやODやDS等という呼び名はそのサウンドからイメージされる質感を表現したものにすぎない。
なので、歪み系ペダルやアンプのセッティングにある程度習熟したギタリストであればDSのカテゴリのペダルで浅くナチュラルなOD風のサウンドを鳴らすことも出来るし、ファズも同様でセッティング次第では腰が抜けるほどの凶悪なディストーションを得ることもある。
製造する側としては、ユーザーを限定しないためにも製品の名にファズと入れないほうがメリットがありそうなものだが、それでもあえてファズと名付けるのは、ファズにしか出せないサウンドがあるという認知がすでに定着しており、そのニーズに応える製品であることを打ち出したほうがミュージシャンの支持を得られるということである。
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今でこそ真空管アンプがオーヴァードライヴした際に発生する信号の割れや歪みに近いサウンドを得るための「歪み」というエフェクトのカテゴリに括られるファズだが、元をただせば歪みの再現とはやや異なる出自のエフェクトである。
楽器機材製造メーカーによる量産品としてのファズは1961年頃に発売されたマエストロ(Maestro)のファズトーンがそのさきがけとされる。
この時期すでにギター用アンプに負荷をかけた際の「歪み」が新奇で刺激的なサウンドであるという認識があり、それを手軽に鳴らすためのデヴァイスとしてファズは製造された‐ここまでは他の歪み系ペダルと同じだ。
ところが、そのファズを通したエレクトリックギターやバリトンギター、エレクトリック・ベース・ギター‐50年代に登場したばかりの新顔の楽器だった‐のサウンドに触れたミュージシャンやサウンドエンジニアのなかに別の可能性を見出した者がおり、それがファズの回路を応用して全く毛色の異なるエフェクトを生み出したりもした。
例えば70年代中盤にMXRがリリースしたブルー・ボックスというエフェクト、一般には「オクターヴ」「オクターバー」とカテゴリされるが、実は動作原理はファズと同じである。
歪み系回路の、クリッピングとよばれる波形加工を強くしていくと、音声信号は揺らぎをもった波形から、揺れ感の少ない平板なものに変化していく。
これを反転回路という特殊な回路に通すと、鳴らしている音のオクターブ下のサウンドが鳴っているかのような効果が得られる。ブルーボックスの他にはタイコブラ(TYCOBRAE、タイコブレアとも)のオクタヴィアがある。
のちのデジタル回路の発達とともに登場したインテリジェント・ピッチシフターの、信号の録音→加工→再生によるオクターヴ音とは異なる、歪みの質感を残した濁り気味の低音である。
これが逆にオルガンを思わせる分厚く刺激的なサウンドとして認知され人気を博したことにより現在では「ファズオクターヴ」なるカテゴリが確立されるに至ったのだから、これも人類の叡智の結晶のひとつであろう。といっても製品はごくわずかだが…
また、クリッピングの強いファズを通したサウンドは弱い信号も加工して出力するためサステインが長くなる効果があった。
これに目をつけ、普通にアンプを鳴らすよりもはるかに長いサステインを得るためのデヴァイスとして売り出された製品もある。
エレクトロ・ハーモニクス(以下EH)のロングセラー、ビッグマフπのツマミに”SUSTAIN”とあるのはその頃の名残である。ツマミの機能としては他の歪み系ペダルにおけるドライヴやゲイン、歪みの深さであることは皆さんもご存じかと思う。
さらに、他の歪みペダル同様にファズにも信号を増幅する回路が内蔵されているのだが、技術的に未成熟だった時代のファズでは低音域が「やせる」‐ごっそりと削られたように低音の信号が弱くなる特性があった。
その反面、他の音域に隠れがちな高音域を前に押しだす効果もあったのだが、それを活用すべく生み出されたのが
トレブルブースターというペダルだった。
これもイコライザとは動作原理が異なり、あくまでファズの回路を応用しているため音域の偏りや、なにより原音から離れた歪みや割れ感のあるサウンドであるが、これが真空管アンプの回路で発生する歪みと融合し生まれるトーンがギタリストの耳をとらえたのである。
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60年代に入るとエレクトリックギターを含めた電気楽器用アンプリファイア‐増幅再生機器の量産に乗り出すメーカーが増えたが、その多くが志向したのは大音量化であった。
アンプに求められたのは原音を大音量で遠くに飛ばす能力であり、ギタリストが任意で歪みを決めるための機能が一般化する70年代後半までは歪まないアンプこそがプロフェッショナル用の優れたアンプであるという認識のほうが主流だった。
信じていただけない方のために、新型の歪み系ペダルを発売する際にディストーション・プラスというモデル名を提案したところ、ミュージシャンやエンジニアからは異常な音がするペダルと誤解されてしまう、と反対する声が上がったという1979年のMXRのエピソードをご紹介しておく。
そのような、エフェクトペダルによるギターサウンドの加工という手法そのものが珍奇だった60年代末のイングランドで一躍注目を集めたのが
ジミ・ヘンドリクスであり、彼が使用した機材はその後に続くギタリスト達に多大な影響を残すことになった。
70年代には歪みの深さをゲイン(インプット)で、最終的な音量をマスター(アウトプット)ヴォリュームで調整する方式のアンプが登場し、過剰な音量を鳴らさなくともじゅうぶんな歪みが得られるようになった。
と同時に歪み系ペダルには真空管アンプの歪みに近い動作や質感の再現という要素が求められるようになり、ボスのOD-1や先述のMXRディストーション・プラス、プロコ(PROCO)のラット等が支持を集めるようになる。
そのあおりを受けるかたちでファズは歪み系ペダルの主流から外れ、ファズフェイスやビッグマフπ等の定番モデルこそ生産が続けられたものの、そのサウンドが省みられる機会は少なくなった。
ギターアンプの大出力化とハイゲイン化が80年代に隆盛をむかえた後、おりからのヴィンテージギターのブームもあり、フェンダーの出力50ワット以下のコンボアンプやヴォックスAC30等の有機的でヒューマンなトーンが見直される風潮が生まれる。
また、それまで一部のエンスージアストだけの世界だったヴィンテージペダルがリイシュー(reissue)‐復刻再生産により注目を集めるようになった。
ダラス・アービターのファズフェイスはジム・ダンロップによる商標の買収と管理により、
90年代には廃されていた『口』が復活した。
またEHが一時期のロシアでの生産から地元ニューヨークでの、MADE IN USAに回帰を果たしたこともファンには嬉しいことだったに違いない。
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2000年代、それまでヴィンテージリイシューで占められていたファズのなかに強烈な個性を見せつける製品が登場する。
ズィー・ヴェックス(Z VEX)の代表作となったファズ・ファクトリーは良質なファズのトーンと、動作が安定しない回路のぶっ壊れ感をあえて付け加えるスタビリティ(Stability)コントロールを組み合わせる離れ業により多くのギタリストの度肝を抜いた。
これが多くの追従者を生み、自己発振や音の割れ・潰れをあえてサウンドに採り入れるファズが多くのデザイナーの手により生産されるムーヴメントが発生した。
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次回はこのような歴史的背景をふまえつつ、ファズの特性を決める要素をご紹介することでギタリストの志向に適合する製品の選び方を提案したいと思う。