FENDER Bassmanというアンプ
しばらく前に『チューブアンプについて語っておきたいこと全て』という記事を投稿したところ、意外なほどのリアクションがあり驚いている。
もうしばらく前にはVOX AC30について書いたこともあったが、私が思っている以上にギタリストはまだチューブアンプ‐全段真空管のエレクトリックギター用アンプリファイアという機材に興味を持っているようだ。
今回は50~60年代の設計をベースとした「クラシカル」モデルの代表格、フェンダーのベースマンを採りあげる。
特に、1950年代終盤頃の仕様として知られる10インチスピーカー4発、通称4スピーカー・ベースマンについては重点的に述べたいと思う。
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まずはっきりさせておかねばならないが、フェンダーにとって”BASSMAN”の名はエレクトリック・ベース・ギター(以下EB)用アンプのシリーズ名である。
さらに歴史をたどると、1950年代初頭、EBという楽器そのものがフェンダー社の生み出した新設計・新規格の電気楽器であり、その低音を鳴らすための高出力なアンプも自社で製造販売するという道をフェンダーは選択したのである。
現在のようなPAシステムが存在しなかった50年代ではステージに置いたアンプからの音を直接オーディエンスに聴かせる手法が一般的だった。
真空管回路の、負荷がかかった状態で生み出されるディストーションという要素が求められておらず、むしろ大音量時も歪みの少ないアンプこそが「プロ用」とされており、アンプにおけるギター用/ベース用の区別があいまいな時代だった。
そのような背景もあり、フェンダーが1952年(※諸説あり)にリリースしたのが
正面から見た形がかつてのブラウン管テレビを連想させることからTVフロントと通称されることになる最初期型ベースマンである。
低音の再生能力を強化すべく大口径の15インチスピーカーをひとつ搭載したこのTVフロントだが、この時点で回路の出力は30~45ワット近くあったらしい。
製品化してしばらく経つうちに、当時としては強力なこの回路が生み出す信号が時に過大となり、スピーカーが受けきれず破損してしまうというトラブルが報告されるようになった。
これに対しフェンダー社、正確にはエンジニアであるレオ・フェンダーがとった手はふたつあった。
ひとつは発売して数年しか経っていない新製品であるEBのプレシジョン・ベースの、ピックアップの仕様を変更したのである。
各弦にポールピースがひとつずつ配されたこのピックアップはアタック時の信号が大きくなりすぎるため、ポールピースをふたつにすることで過大な信号の抑制を狙った。
あわせて、ピックアップのコイルを低音側と高音側のふたつに分け、それらを直列に配線することでノイズを軽減させるスプリットコイル構造を採用した。
こうして、50年代中盤より現在まで継承されるプレシジョン・ベースの、サウンドの核となるピックアップが純正搭載されるようになった。
もうひとつの改良がアンプ‐ベースマンに対するものだった。
過大な信号によるスピーカーの破損のリスクを軽減すべく、15インチ
1発のスピーカーレイアウトを10インチ4発に変更したのである。
大口径のスピーカーは大音量時の迫力が増すが、小音量時の反応が鈍くなる。また低音の出方が強くなる代わりに高音域の明瞭さが失われる傾向がある。
これを、小口径のスピーカーを複数配するレイアウトに変更したことにより、高音域の反応や小音量時の繊細なタッチを無理なく鳴らすことができる特性を獲得した。
低音に関しても、ベースマンの45ワットという出力は当時としては画期的なほど大きなものであり、音量を上げることで十分に再生できるとされたようだ。
こうして、後に「4スピーカー」と呼ばれることになるベースマンが誕生したのである。
先にその後の変遷について触れておくと;
60年代に入ると電気楽器の大音量化が進んだこともあり、アンプの回路部分とスピーカーキャビネットを分離させる設計が主流となる。
マーシャルではスタック(stack)とした分離型をフェンダーではピギーバック(piggy back、『おんぶ』の意)と呼び、ベースマンも例外なく仕様変更された。
この時期のモデルはブライアン・セッツァーの愛用で知られている。
さらに時代が下るとフェンダー社もトランジスタ回路を積極的に採り入れるようになるが、80年代以降はギターとベースでそれぞれ専用のアンプを用いるようになり、初代ベースマンから続くギター/ベース兼用アンプの系譜はいったん途切れる。
少し脱線するが、2000年代初頭にフェンダーがサン(SUNN)を買収してしばらくすると、それまでサンのブランドでT300のモデル名を与えられていたベースアンプがベースマン300と改称されてフェンダーのラインアップに加わる。
全段真空管、つまりチューブアンプなのだが出力はモデル名どおり300ワットである。
これをギターアンプと勘違いするギタリストはさすがにいないと思うが、2020年代の現在、ベースマンの名を冠したアンプはギター/ベース兼用モデルのほうが少数派であることをこの機会に知っておいていただきたい。
全く歪まず低音がモコモコ唸るだけのベースアンプにギターを繋いで鳴らして喜ぶギタリストなど、そうたくさんはいないだろう。リサイクルショップで見つけた「ベースマン」を、安いからといってあわてて購入したりせず、ベース用では?と確認するのをお忘れなく。
80年代頃に流行しはじめたギターのヴィンテージブームはアンプにも波及し、50~60年代のアンプの復刻再生産‐リイシュー(reissue)をフェンダーも行うようになる。
もちろん量産化のための、例えばプリント基板の導入といった改変もあるし、保安基準を含む各種規制との兼ね合いもあり全てが完全に同一とは言えないが、それでも優秀な製品をフェンダーは精力的にリリースしており、特に4スピーカーベースマンはほとんど生産が絶えることなくラインアップに顔を出し続けている。
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では改めて、4スピーカーベースマンがこれほどまでに特別扱いされるのはなぜか。
まず、45ワットの出力と、それに組み合わされる10インチ4発のスピーカーが生み出すサウンドの、聴き間違いようのない主張の強さが挙げられる。
マーシャルで出力が近いところでは1962があるし、なにより最初期のJTMは4スピーカー期のベースマンのデッドコピーという出自で知られるが、こと大音量時にも高音域がもたれず、むしろ強化される感さえあるビリビリ、バリバリと尖ったタッチはマーシャルとは全く異なる。
さらにいえばクラスA回路のナチュラルなドライヴ感が身上のAC30とも大きく異なる。
これはギター/ベース兼用を前提に設計されたことが大きいのであろう。低音はしっかりと強化しているものの、ギターを鳴らしても十分に説得力のある音を鳴らすアンプ‐この時期のベースマンはそのような能力を求められていたのだから。
ギターの高音域のキリキリという感触、弦がビャンビャン唸る感覚をアメリカ英語では”twang”と表現するが、フェンダー製品ではアンプのみならずギターでもこのtwangを重視する傾向があるように思う。
ましてレオ・フェンダー自身が回路設計を手掛けた時期のベースマンであれば、この強烈なtwangは何の不思議もない。
また、ギター/ベース兼用アンプという出自もあって、入力系統がふたつあることも大きな意味を持つ。
この入力端子のうち”NORMAL”がベース用、”BRIGHT”がギター用という位置づけとなっている。
さらにギター/ベースのピックアップの出力の大きさに応じて1または2を選ぶことで、歪みが少なくクリアなサウンドを得られる、というのがフェンダーの設計だった。
ところが、この1と2のジャックが実は電気的につながっていることに気づいた誰かが、
画像はマーシャルだが、このようにケーブルをつなぐことでNORMAL、BRIGHTの両チャンネルの音を同時に鳴らすという技を編み出したのである。
この方法だと、低音の圧しを重視するならばNORMALチャンネルの音量を上げる、逆に高音域の飛びを確保するためにBRIGHTチャンネルをメインで設定する、というように各チャンネルの音量の調整によりイコライジングに近い効果が得られる。
それと、これが最も重要なのだが、ギターふたつ分の信号を受け取ったアンプの増幅回路が両方を再生しようとして負荷がかかる‐オーヴァードライヴを起こす。
そしてその回路から生み出されるディストーションがギタリストを虜にしたのである。
レオ・フェンダーはギターアンプの設計にあたり、オーディオ的に良質な信号の再生にふさわしいとされていたクラスA(A級動作)回路ではなく、歪みは発生しやすいが低い電圧で駆動するクラスAB(AB級動作)回路を多用した。
結果として先述の、クラスA回路の象徴たるAC30とも異なる、聴きようによってはヒステリックでダーティな、しかしどこまでもワイルドで刺激的なディストーションを鳴らしてみせたのである。
もうひとつ、整流回路も4スピーカーベースマンのサウンドに影響を与えている。
コンセントからの電流である交流をアンプ回路内で用いる直流に変換する整流回路(rectifier)だが、50年代までは真空管を用いるのが一般的だった。
これが60年代に入るとシリコンダイオードが用いられるようになる。
フェンダーも例外ではなく、いわゆるブラックフェイス期の代表格であるツインリヴァーブではシリコンダイオード整流回路を採用している。
大音量時に強いアタックで弾いた音をアンプが再生しようとして、回路内の電圧が瞬間的に低下することで音に滲みや割れ感が出る。
これをサグ(sag)というのだが、その発生を防ぐには回路の電源周りを強化するのが有効とされており、動作が安定しづらい真空管は整流回路の主流の座をシリコンダイオードに譲ることになった。
4スピーカーベースマンにはその真空管整流回路が搭載されている。
その特性を実感できるのはやはり大音量時であり、特にハムバッカーを搭載したギターを鳴らしたときである。
他のアンプの音量を上げただけではただうるさく耳が痛いだけになるはずが、音のビリつきや割れ感が加わると同時に非常にヒューマンな、暖かみあるトーンへ変化する感触は真空管アンプ最良の美質であり、真空管整流回路搭載機の強力なアドヴァンティッジだと思っている。
いちおう無粋ながら付け加えておくと、4スピーカーベースマンやそのレプリカにはリヴァーブは内蔵されていない。
フェンダーであれば現行ホットロッドシリーズの上位モデルに搭載されるフットスイッチ式のチャンネル切替‐実質的にはゲインブースト‐も無い。
特にヴィンテージレプリカの色が濃いモデルであればエフェクトのセンド/リターン端子も装備されていないし、外部スピーカー接続端子も無いので他スピーカーの力を借りて聴感上の音量を稼ぐ手も使えない。
なにより出力は45ワットである。100ワット級のハイゲインなアンプの半分にも満たない。
しかし、
○ギター側のヴォリューム操作へのヴィヴィッドな反応
○ブースター系ペダルで増幅された信号を受け取ったときの有機的でファットな鳴り
○大音量時のヒリつくようにワイルドなディストーション
を我が物にしたいギタリストであれば4スピーカーベースマンの前を素通りするほうが難しいというものだろう。
大げさではなく、80年代以降のハイゲイン競争真っ只中のマーシャルやメサ/ブギーしか鳴らしたことのなかったギタリストがふとしたきっかけでクラシカルなアンプの虜になるケースが多いのである。
ましてベースマンは愛用者も多く、長い歴史もあって流通台数も多い。特に若いギタリストにはいちど音を鳴らしてみてほしいと思っている。
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最後に蛇足だが、マーシャルでは80年代まで入力ジャックを4つ備えたモデルを生産していたこともあり、先に述べた入力端子どうしの接続のことを「たすきがけ」とか「パッチング」と呼んでいたのをご記憶の方も多いと思う。
小さめの音量で回路をオーヴァードライヴさせるために多用された手だが、セッティングによっては特定の音域がヤセるという声もある。
歪みを一切加えずに信号増幅するクリーンブースターというエフェクトペダルが2000年代になって多く生産されるようになり、非常に優秀なモデルも見つかるので、4インプットのアンプをお使いのギタリストはいちどセッティングを見直してみることをおすすめしておく。
もちろん4スピーカーベースマンの所有を検討しているギタリストも同様である。他ペダルと直列に繋いでも音ヤセやノイズの心配が少ない良質なブースターを確保し、たすきがけ接続ではないシングルチャンネル接続によりピュアでヴィヴィッドなトーンを得るのも決して難しいことではないことを覚えておいてほしい。