見出し画像

FENDER Hot Rod シリーズ再考

 今回はフェンダー(FENDER)のロングセラーシリーズ、現在のホットロッド(Hot Rod)シリーズのアンプについて、昔話を少し交えながらご紹介したい。


(画像クリックでHP)





 「現在の」という書き方をしたが、この2~3年でフェンダーのホットロッド(以下HR)というシリーズを知った方にとって最もよく眼に、耳にするのはおそらくブルーズジュニアであろう。
 

15ワットと小出力ながら「ファット」ボタンを押せば適度なブーストとオーヴァードライヴが得られることもあって高い人気を誇り、アップデイトを重ねて現在は4代目がラインアップに顔を並べている。中古市場でも高い人気を維持しており、リサイクルショップの売場でそれなりに大きな顔をしているのを見かけたことがおありの方もいらっしゃるかもしれない。

 だが2002年のシリーズ開始時においてブルースジュニアはラインアップ最下位、末弟のポジションのアンプであり、トップを飾っていたのはHRデヴィル(Deville)であり、同デラックスだった。



 2000年代初頭のフェンダー製品のラインアップを思い返してみると、ギター用アンプリファイア、しかも真空管を回路の主要部に抱えるチューブアンプ(以下TA)への注力が非常に大きかったのは確かだ。
 現在では生産終了したが、100ワットの大出力とクリーン/オーヴァードライヴの2つのチャンネルを備えた、その名もツインアンプ01が市場に投入された。

 80年代に通称「赤ノブ」のザ・ツインが切り拓いたハイパワーなコンボTA路線を継承し、フェンダー傘下となったアンプブランドのサン(SUNN)の設計を採り入れたとされる同機は2000年代フェンダーのTAサウンドを体現する上位モデルとされた。

 ちょうどこの頃はデジタルプロセッサによる物理モデリング方式が注目されていた時期だったこともあり、伝統のコンボTAにデジタルエフェクトを組み合わせたサイバーツイン(Cyber Twin)なるモデルもリリースされた。

 これと前後してアンプのカスタムショップの設立もアナウンスされ、トーンマスターやヴァイブロキング等のハイエンドモデルの生産を担当するとされた。
 
 
 さらに、本格的なTAながら価格を抑えた新シリーズとして展開されたのが当時の「アメリカン・チューブ」、後のHRであった。





 アメリカン・チューブ~ホットロッドシリーズをフェンダーが展開した要因のひとつはグルーヴチューブ(GROOVE TUBES、以下GT)社との提携だろう。

 故アスペン・ピットマンにより70年代終盤に創業したGT社は真空管のサプライヤーとして名を上げており、少数ではあったが自社製のエレクトリックギター用TAも製造・販売していた。


 90年代末頃からフェンダーは自社製品のTAの多くにGT社の供給する真空管を純正採用しており、その縁もあって2008年にフェンダーはGTを買収して傘下に収めることとなる。

 GTはロシアや中国等の製造工場から真空管を仕入れ、自社の検査ラインで厳密な動作確認を行ったうえで市場に供給するという検査会社のような役割も果たしていた。
 90年代の時点ですでに増幅素子の主流の座を降りた真空管は供給量も減少しており、世界情勢や為替等の不確定要素の影響を受けやすいものだが、GTという信頼できるサプライヤーとの太いパイプは、当時のフェンダーがTAを展開するうえで実に心強いものだったに違いない。

 真空管以外のコンポーネントでも、フェンダーはセレッション(CELESTION)やエミネンス(EMINENCE)、ジェンセン(JENSEN)等のスピーカーを積極的に採用していた。 
 特にジェンセンは元々USの会社だったのだが60年代後半に生産が途絶えており、90年代にイタリアの会社により復活したのだが、フェンダーはこのイタリア製ジェンセンも高く評価していたらしく、ヴィンテージレプリカ系モデルを中心に積極的に採用していた。





 もうひとつ忘れてならないのが、HRシリーズは完全に量産品として割り切った設計をとっていることである。

 電気回路にはプリント基板を用いているし、アンプの外装はフェンダー伝統の、安上がりとされる人工皮革トーレックス(torlex)である。

ハードケースでもおなじみ


 上部ハンドル(把手)やフットスイッチはシリーズ共通のものが採用されているし、細かいところでは本体の木枠部分、キャビネットを構成する板材もかなり軽いものを用いている。


 こうしてローコストに割り切った設計のTAを、フェンダーの製造能力をもってして造り続けて市場に供給することで、HRは結果として比類なきコストパフォーマンスを実現した。

 公式HPをご覧いただければ分かるが、全てⅣに移行した現行HRシリーズにおける最上位のHRデヴィル212であっても税込価格は¥ 171,820だ。
 ブルーズジュニアに至っては¥ 106,040と、下手なデジタルモデリング‐回路はもちろんソリッドステイト(トランジスタ)‐アンプと同格か少し高額なぐらいの差でしかない。


 さらにHRの凄いところはこの低価格&大量供給路線を20年近く続け、結果としてデジタルアンプ/プロセッサが台頭した2020年代においてもなお高いコストパフォーマンスをみせ、多くのギタリストを魅了していることである。
 
 厳密にいえばシリーズのなかでも生産が打ち切られたモデル/ヴァージョンもいくつかある。
 その中でもHRデヴィル410は10インチ×4発の、そう1957年頃のベースマンと同じスピーカーレイアウトを採用したことで60ワットの出力が余すことなく発揮され、クリスタルクリアなクリーンからラウドでワイルドなディストーションまで鳴らしきる魅力的なモデルだったことを今でも思い出す。 

 12インチ2発の現行モデルしか音を聴いたことがない若いギタリストにはぜひ一度鳴らしてみてほしいと思うし、カタログ落ちが今でも残念でならない。





 私は楽器屋店員時代の10年をフェンダーのHRシリーズのTAとともに過ごしてきたようなものだった。
 誇張抜きでデヴィルかデラックス、ブルーズジュニアのいずれかは必ず勤務先の店に並んでいたし、それらを試すギタリストのサウンドを耳にしない日のほうが少なかった。

 その同じ店に、例えばバッドキャット(BAD CAT)のブラックキャット30が並ぶこともあった。
(島村楽器に輸入代理が移るよりも前のことである)


また、これはいつか記事にしたいと思っているが、2005年にPSE問題が引き起こした市場の混乱のせいで楽器店の売場がTAの中古品で埋め尽くされたこともあり、メサ/ブギーのポイント50キャリバー(.50 Caliber)という珍品を店頭で鳴らす機会にも恵まれた。

 
それらとHRの、出力が近いデヴィルやデラックスを比較対象として音を比べると、音の尖り方やメリハリのつき方、空気をバリバリと噛み砕くようなラウドさにおいてHRシリーズはどうしても力が及ばない。少なくとも私の耳にはそう聴こえる。


 しかし、.50キャリバーはともかくブラックキャット30はもともと流通台数が少ないうえに中古でも20万円台後半、新品価格は40万円台である。真空管の交換をはじめとするランニングコストが高いTAの、中古品の購入と使用のリスクを加味すると、決して簡単に決められる買い物ではないだろう。

 一方でエフェクトペダルに依存したサウンドメイキングからの脱却を願うギタリストが最初に所有し、ステージやレコーディングで鳴らすTAを探しているのであればHR、特にデヴィルは有力な候補になりえるだろう。

 さらにいえば新品で20万円以内のTAを探すことじたいがなかなか難しくなっている2020年代においてHRのコストパフォーマンスはもはや無双ともいえるレヴェルに達しているといえないだろうか。





 ギターアンプもデジタル化の波に吞まれつつある現在、自前のTAを所有して出先のライヴハウスで鳴らすという選択肢はギタリストにとっても現実味が薄いのかもしれない。

 だが、真空管回路が熱とともに増幅し、信号を受け取ったスピーカーが吠え立てる感覚はどんなサウンドを求めるどんなギタリストでも一度は耳にしておくべきだと思っている。
 さらに、大げさな表現をお許しいただければ、そのサウンドを我が物とすることで誰かからの借り物ではない自身のサウンドを得て、楽曲に血肉を与えることはギタリストが受けられる特典のひとつである、とさえ思う。

 もしもお近くの楽器店やリサイクルショップの店頭にホットロッド・デヴィルや同デラックスが置かれており、自分のギターを繋いで鳴らした音に何かを感じられるのであれば、エフェクトペダルやデジタルプロセッサの類に割く予定だった費用を使ってでも購入を検討してみるようおすすめする。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?