テレキャスターのブリッジPUから見えてくるもの
ソリッドボディ・エレクトリックギターの標準原器たるテレキャスター(Telecaster、以下TL)だが、調べてみると後発のギターには見られないスペックが隠れていることが多く、そのせいでハードウェアの換装によるサウンドの変化が意外なほど予想しにくいギターでもある。
今回はブリッジ側のピックアップ(以下PU)を中心に解説し、あわせてPU以外の要素についても触れておきたい。
☆
その前にTLの生い立ちについて触れておくべきだろう。他のフェンダーギターでは見られないスペックは、その多くが開発時の状況を反映しているからである。
カリフォルニア州の片田舎で電器店を営むかたわらで電気楽器用のアンプの修理に携わっていたクラレンス・レオニダス・「レオ」・フェンダーはじきに楽器そのものの製作に挑戦する。
レオの製作したスティールギターは幾人かのギタリストが評価するところとなり、じきにレオはエレクトリック・「スパニッシュ」‐通常のギターのように立奏するギターを当時そう呼んだという‐ギターの製作を勧められるようになる。
そうして1948年(※諸説有り)に誕生したのがフェンダー社にとって初のエレクトリック・スパニッシュ・ギターであり、量産型ソリッドボディ・エレクトリックギターとしては世界初とされるブロードキャスター(Broadcaster、以下BC)である。
もっとも、このモデル名に対し、類似した”Broadkaster”の商標を持っていたグレッチ社から指摘を受けたためテレキャスターに改名したという。
BCは全てをイチから設計して生み出されたわけではなく、フェンダーがすでに他の製品、とりわけスティールギターに採用していたハードウェアが転用されている。
その中で最もサウンドへの影響が大きいのがブリッジユニットであろう。
薄めの鉄板をプレスして成形したこのブリッジはPUのマウンティングリングを兼ねている。
これが重要なのは磁石とコイルの作用により電気信号を生み出すマグネティックPUを搭載するユニットに、磁性体である鉄を用いていることである。
PUの内蔵マグネットの磁界に当然このブリッジユニットも影響を与えることになる。
さらにそのブリッジに留めつけられるPUだが、
このような金属板が裏面に配されている。
これはエヴェレイションプレート(evelation plate)と呼ばれており、PUの高さ調整のネジを受けるためとされている。
実はこのプレートを除去してもPUの留め付けにはさほど問題は無いのだが、他のフェンダーギターと異なりTLのブリッジPUは留めネジが3点であり、偏ったネジの留め方により底面が変形し破損するリスクを避けるための補強という意味合が強かったのかもしれない。
このエヴェレイションプレート、上の画像のようにコイルのアース(マイナス)側端子から伸ばした線をハンダ付けするため、また錆の防止のために銅をメッキしているのだが、素材はやはり鉄である。コイル下面に配された、磁性体である鉄の板がPUの磁界さらにはサウンドと無縁であるはずがないことはお察しいただけるだろう。
ただ、これらの仕様をレオ・フェンダーが何の配慮もなく採り入れたわけではないことを急いで書き加えたい。
というのも、BC~70年代末までのTLには
通称『アッシュトレイ(ashtray、灰皿の意)』ブリッジカヴァーを取り付けることが純正のスペックだったのである。
このカヴァーによりブリッジPUは外部からの誘導ノイズへの耐性を強化されるとともに、金属のカヴァーが取り付けられたネックPUとのトーンが揃うのである。
すなわち、BC~TLにおいて、PUのコイルだけでなくブリッジユニット全体をトーンジェネレイターとして捉えていたといえる。
これは後の年代のTL系モデルを所有し、それを古の40年代末~50年代のサウンドに近づけたいと考える私達が見逃してはならない要素なのだ。
それともうひとつ、BC~初期TLではトーンコントロールとスイッチによるサウンドの切り替えが後の年代とは異なるのである。
これを現在の主流である①ネックPUのみ ②両PUのミックス ③ブリッジPUのみ のポジションに当てはめると;
①ネックPUのみ、トーンコントロール効かず 専用トーンキャパシターがかかった「ダーク」サウンド
②ネックPUのみ トーンコントロール可
③ブリッジPUのみ トーンコントロール可
お気づきだろうか、両PUのミックスというモードが存在しないのである。
この「ヴィンテージ」配線はじきに現在のような「モダン」配線に変更されるのだが、少なくともBC~最初期型TLではネック、ブリッジのふたつのPUのミックスという鳴らし方が設計上は想定されていないことを念頭においておかねばならない。
☆
TLがストラトキャスターと並ぶフェンダーギターのベスト&ロングセラーとしての地位を確立するとともに、社外品のリプレイスメントパーツも多く流通するようになった。
80年代後半頃、それまでの鉄を主としたギター用ブリッジに重厚なブラス(真鍮)を用いることでサステインを強化する手法が注目される。
これに当のフェンダーも乗せられたのか、
このようなTL用ブリッジを、アメリカンスタンダードやその派生シリーズのアメリカンデラックスに純正採用した。
ブリッジユニットの土台であるベースプレートが薄く軽い鉄から重く厚いブラスに変わることで以下の変化が起こる;
〇ベースプレートを介しての弦振動がPUに伝わりにくくなる。これによりPUのコイルが弦振動に応じてわずかに揺れることで発生する「マイクロフォニック」ノイズが減少する。
〇大音量時の、空気の振動である音がPUやブリッジユニットを揺らすことで起きるハウリングを低減させられる。
〇非磁性体であるブラスはPUのマグネットの磁界に影響を与えにくくなり、PUの、弦振動を電気信号に変換するセンサーとしての感度が向上する。
これらの「改善」は、実際には伝統的なTLのトーンの「変化」と紙一重であり、BC時代から70年代末までの「クラシカル」なTLのサウンドを求めるギタリストにとってはなかなかに受け入れがたいものがあったようだ。
2000年代に入るとハードウェアのサプライヤーが相次いでTLのブリッジユニットをリリースするが、その多くが薄い鉄のベースプレートを採用していたことからも「クラシカル」なトーン、タッチ、フィーリングへのニーズは高いことがうかがえる。
フェンダーもそのような趨勢に鑑みたのであろう、先述のアメリカンスタンダード~現アメリカンプロフェッショナルのTLでは大幅に先祖返りしたブリッジユニットを採用している。
ただ、よく見るとベースプレートのヘッド寄りの外周に木ネジをふたつ追加していることに気づく。これは大音量時のブリッジユニットの振動によるハウリングを軽減させるためでもある。
また、ブリッジサドル後方の4本のネジだけでは上辺(ヘッド側の外周)にわずかながら浮きが発生することがあるので、確実な固定のために加えたものと思われる。
☆
所有するTLおよび同系のモデルを所有するギタリストが、サウンドの変化を望んでPUを換装する場合、まずはどのようなサウンドを得たいのかの狙いをしっかりと定めてほしい。
もし私がフェンダージャパンやエドワーズのTL系モデルを所有するギタリストに、フェンダーのカスタムショップ製のリイシューを弾いたときの感触が忘れられない、自分のギターでもブリッジPUで近いサウンドが得られないだろうか、という相談を受けたとする。
まず先に現在の、ギター以外のセッティングについてチェックさせてもらう。
強烈なハイゲイン系歪みペダルを用いていたり、バンドアンサンブルで鳴らす音量があまりに大きく、ノイズやハウリングとの闘いに終始していたりするようであれば、ディマジオDP384 The Chopper Tを勧める。
もちろん「素(す)」の音はヴィンテージ系とは大きく異なるが、ヘヴィディストーション時のノイズやハウリングへの耐性が高く、かつ弦振動を可能な限りピュアに拾いきるにはツインブレイド方式のダブルコイルPUに勝る選択肢は無いからだ。
また、PU底面のエレヴェイションプレートについても、元々装備していないものを追加する必要は無い。わざわざ取り付けても、そのせいで磁界が変化したPUの音がギタリストの望んだとおりのものになる可能性のほうが低いからである。
一方でノイズやハウリングをそれほど心配しなくてもよいセッティングでプレイしており、かつクリーントーンのシャープな反応を最優先するのであれば、可能なかぎりネックとブリッジの両PUを同時に、同じブランドの製品に交換するよう提案したい。
意外にギタリストは気づかないのだが、クリーントーンの美しさを追求するセッティングはノイズが乗りやすいセッティングと同値なのである。
同じTL用PUでもノイズへの対策はPUビルダーによってまちまちである。もしも換装したブリッジPUのサウンドが気に入ったからといって、ネックPUとのミックスを一切しないというギタリストはそう多くないだろう。まして、ふたつのPUでノイズの乗り方に差があればどうしても気になってしまうはずだ。
現在入手できるPUのTL用セットではミックス時のバランスを取りやすくするために施す「キャリブレイション」が一般的である。BCを開発したレオ・フェンダーの時代ならともかく、現在のPUビルダーはネックとブリッジの両PUをミックスすることを念頭に設計している。
3つのポジション全てで調和のとれたサウンドを得るためにも、ことTLにおいては両PUの同時換装をお勧めしたい。
BC~最初期型TLのブリッジPUにはもうひとつ念頭においておくべき要素がある。
1955年までのTL用ブリッジPUはポールピースの高さがすべて均一、「フラット」であった。
これは元々スティールギター用に開発されたPUであり、全弦を同時に弾くコードストロークという奏法を考慮していなかったためとされている。
TLの、1Eと6Eの両弦の出力が大きすぎてバランスが悪いという指摘にレオ・フェンダーも応じ、以降のブリッジPUでは
弦ごとに高さを調整した「スタガード」ポールピースに変更された。
現在入手できるリプレイスメントPUも当然このポールピースを再現しているので、選ぶ際は見逃さないよう注意してほしい。
全弦の全ポジションにわたって可能なかぎり均一なタッチで鳴らしたいのであればスタガードを選ぶほうが無難である。コードストローク時にガツンと鳴るワイルドさを優先したいのであればフラットのほうに分がある。
加えて、ギターに搭載のブリッジユニットをいま一度見直してほしい。
先述のモダンスタイルのブリッジであれば、弦振動にPUやユニット全体が反応して生み出すダイナミズムは期待しづらい。
現在ではセイモアダンカンのアンティクイティやローラー、リンディ・フレイリン等の秀逸なヴィンテージレプリカが流通しているが、それらに換装しても、涼やかで高音域が明瞭な、大人しく薄味なトーンに終始することだろう。
ブリッジユニットを薄い鉄製のものに換装することで、PU底面のエレヴェイションプレートによる磁界との相乗効果により、BCや最初期型TLのようなクラシカルなトーンに近づけることが出来る。
BC~TLに限ったことではないが、「ヴィンテージ」トーンは実に繊細なバランスの上に成り立っているのである。
どこか一点だけに資金をありったけ注入すればいい、というものではなく、そのメカニズムについてのある程度の理解が必要になるし、付随するハードウェアへの出資も自ずとついて回る。これはもう、避けようがないことなのだ。
☆
私が楽器店で働いていた頃に比べ、現在はネット通販の隆盛により、エンドユーザーが少額のギターパーツを購入することのハードルがずいぶんと下がった。
しかし、ギターのカスタマイズ/アップグレートには、程度の差はあれギターエンジニアリングの視点が欠かせない。これは今も昔も変わらないことである。
PUの換装という、現在では当たり前すぎるぐらいに定着したカスタマイズであっても、最大限の効果を得るか、期待外れの音に終始するかの分かれ道になりうる。
ハードウェアの交換にあたっては、資金をムダにしないためにも、ギターサウンドを左右する様々な要素に目を向けてほしい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?