ロック式ヴィブラートブリッジ総点検のすゝめ
70年代末からの「スーパートレモロ」ブームの立役者にして後にロック式またはダブルロッキングスタイルと称されるヴィブラートブリッジをジャンルとして確立したのはフロイドローズ(FloydRose)であることに疑いは無い。
それから50年近い年月が経った現在もなお多くの新品のギターに純正搭載されるヴィブラートブリッジであり続けているのだが、ブリッジユニットの精度や、そもそも土台としてのギターの木部加工のせいでその優れた力が発揮できないケースも多く見受けられる。
今回は私の中古ギターの売り買い、及び修理調整の経験からロック式ヴィブラートブリッジ(以下LB)の、ギター本体から取り外してのオーバーホールをご紹介したい。
なお、以下ではギターブランドを実名で記することになるが、ブランドやその製品、及びユーザーの皆様を毀損する意図は一切無いことをお断りしておく。
またご紹介する作業はあくまで自己責任で行っていただきたい。工具や作業スペースそして時間を十分に確保できないようであれば、費用を惜しまず信頼できる修理調整業者に依頼することをお勧めする。
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以前にウィルキンソンVSについての記事でブリッジユニットの、本体から外してのオーバーホール点検をおすすめしたことがあるが、実際はLBこそ同じようなオーバーホールが必要であると、このさい断言してしまおう。
こうして改めて全体を見ても、機能に直結するネジ類が複数あることがお分かりいただけると思う。
それに、見逃されがちだが
サドルのこの部分のヒンジが錆びて固着しているブリッジが結構多いのである。
このヒンジの固着は軽微であれば浸透潤滑剤を振りかけて数分おいただけで除去できるが、重症の場合は残念ながらサドルごと交換することになる。
LBのユーザーであればこのヒンジが、ロックナットでの弦ロック以降の、ブリッジ側のファインチューナーによるチューニングの微調整が効くかどうかに関わる重要な箇所であることがお分かりいただけると思う。
ヴィブラートブロックの固定ネジがモデルによってはプラスネジの可能性もあるが、国産ギターに純正搭載のモデルであればミリサイズの六角レンチが2、2.5、3ミリのうちの2~3種さえあればこのように全分解も可能だ。
ネジ類の表面に錆が出ているようであればワイアブラシで磨いて落としておけば、錆の進行によるネジの潰れも防げる。
また、目安として製造から20年以上が経過したモデルであれば、組みなおす前にネジ類のグリースアップをしておくとよい。
といっても粘性の高いシリコングリスをネトネトと塗りたくるのではなく、浸透潤滑剤を布に吹きかけ、その布で軽くネジ溝を拭くだけでよい。
ワイアブラシで削った錆やホコリ、金属粉をネジ溝から除去し、留め付けの際の金属どうしの摩擦を軽減することで組み上げ後のパーツの緩みが低減し、ひいては弦振動のロスを抑えることにつながる。
私が仕事で使っているのは
クレのプログースDXである。
浸透潤滑剤、クレ製品であれば5-56は潤滑の他に浸透と錆の除去の成分も含まれているが、プログリースDXはあくまで潤滑と金属どうしの摩耗を軽減する保護が主用途である。
そのかわり浸透潤滑剤よりも効果が長く持続するというメリットがある。オーバーホール後もなるべく長く良好な状態を保つためにお勧めしたい薬剤のひとつである。
グリースアップで忘れてはならないのは
スタッドのこのくびれの部分だ。
ここに錆やメッキの剥がれ、金属粉が溜まることでLBの動作にガタつきや引っ掛かりが出ることが多い。他のネジ同様に布で拭き取るだけでよいので、忘れずにグリースアップを行ってほしい。
LBのベースプレートの、スタッドと接するこのナイフエッジ部も汚れが溜まりやすい。かなりの負荷がかかる箇所なので他からの汚れが付着しないよう、ティッシュペーパー等にグリスを吹き付けて丁寧に拭いてほしい。
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ここまではLB本体のオーバーホールだったが、LBの場合は他のブリッジよりさらに一歩踏み込んだ先の点検をお勧めしたい。
それはギター本体、正確にブリッジの支点となるスタッド、そしてそれを保持するアンカーが仕込まれた木部のことだ。
最近ではあまり見かけないかもしれないが80年代終盤までのLBに組み合わされているスタッドはこのような、木部に直にネジ止めするスタッドが用いられていた。
リアルタイム派の皆さんであればフェルナンデスやヤマハの、主に中~下位モデルに搭載のLBで見かけたことがおありかと思う。
この木ネジ式スタッドは
ブリッジの可動時の支点としてかかる負荷に耐え切れず周囲の木部を破損させてしまうことが多かった。
スタッドはスムーズに上下できなければギターにとって主要な弦高の調整にも支障をきたす。このため、現在では木ネジ式のスタッドはほとんど使われなくなった。
現在のスタッドの主流は
この画像の黒いほう、アンカーを木部に打ち込む方式である。
アンカーとスタッドは対応するネジ溝が切られており、スタッドを六角レンチで回すとアンカーの中を上下する。
これによりスタッドのネジがギターの木部を削ってしまい、ブリッジの留め付けそのものが危うくなるというケースは大幅に減った。
だが、これは意外に思われるかもしれないが、打ち込まれたアンカーをギターの木部が保持しきれないというケースも発生するのである。
矢印をつけた箇所に割れがあるが、この時点で木部はアンカーを保持するだけの強度を失ってしまい、ブリッジを外すとアンカーが抜け落ちるぐらいに緩んでいるはずだ。
厄介なことにLBがきちんと留め付けられ、弦を張った状態‐いつも演奏している状態ではこのような割ればブリッジや、ピックガード有りのギターではその下に隠れてしまって気づかない。
今回の記事でオーバーホールをお勧めしたのも、LB本体の他にこの木部の割れが発生していないか、出来る限り早期に発見すべきだからである。
このアンカー周辺の割れが発生した場合は、悪いことは言わない、DIYで何とかしようと思わずに本業の修理業者を頼ってほしい。
もちろん理由がある。
多くのギターではブリッジPU、およびボリュームやトーン、スイッチを収めるキャビティが、LBのキャビティのかなり近くにあけられている。
ボディ裏側からも、LBのカウンタースプリングを収めるキャビティがあけられている。
さらに、LBの大きな音程変化量を最大限引き出すべく、ブリッジ周辺の木部を大きく削ったリセス加工も現在では一般的になっている。
たとえギターのボディ材がどれだけ硬質で均質だったとしても、アンカー周辺の木部に十分な剛性が見込めないのであれば、単に割れを接着しただけでは根本的な解決にならず、しばらくプレイしているうちに再度割れてしまうリスクが残ってしまうからだ。
これに木材の強度不足が加わるとさらに厄介なことになる。
木材そのものの質がアンカー及びスタッドにかかる負荷に耐えられない場合、補強の金属製プレートを仕込んだり、場合によっては割れた箇所の切除と他の木材の接着補強による大手術が必要になる。
ギターを大事にしたいのであれば面倒くさがらず近場の修理業者に持ち込んで相談することをお勧めしたい。
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ブリッジを木部に留めなおす前、意外と見逃されがちなのだが
スプリングハンガーの、スプリングを掛けるこの箇所も、グリースを含ませた布で拭く程度でいいので潤滑に気を配ってほしい。
もちろん錆が出ていたらワイアブラシで磨いておく。
スプリングも同様に、ハンガーやブロックに接する箇所をグリースアップしておく。
そのスプリングだが、
画像のスカッド(SCUD)の他にESPやフェルナンデス、近年ではRaw VintageやMotreauxのようなユニークな製品など選択肢も多くなった。
ヴィブラートの動作がスムーズになり、チューニングが安定しやすくなるので、80~90年代のLB搭載のギターのオーナーで、10年以上スプリングを放置している方はぜひ一度スプリングを交換してみてほしい。
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LBはたしかに手がかかるが、適正に調整しさえすれば今なお他を寄せつけない優れたパフォーマンスを見せてくれる。
今回ご紹介した作業は弦交換のたびに行う必要は無く、どんなヘヴィユーザーでも半年から1年に一回の頻度で問題ないはずだ。
また、80~90年代の、かのLB黄金期をともに過ごした愛器を最良のコンディションに戻したいという方はぜひ挑戦してみてほしい。