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ピックアップのマグネットについて書けるだけ書いてみる ①

 エレクトリックギターのハードウェアにおいて、ピックアップほど大きな市場を形成しているものは無い。
 一方でその性能‐という表現を避けるべきであれば「特性」を読みとるためのカタログデータといえば直流抵抗と、内蔵マグネットの材質ぐらいしか見当たらない。
 今回はその、PUにとって主要スペックである、はずのマグネットについて私が書けるだけのことを書いておこうと思う。
 
 長くなるので3回に分け、初回はマグネットの素材の変遷を中心に述べていきたい。



●最初期のマグネット

 電磁誘導作用を用いたギター内蔵型マイクが「ピックアップ(pickup、以下PU)」の名でよばれ、あわせて既存のアーチトップ・アコースティックギターに純正搭載されることでギターのエレクトリック化が始まったのは1930年代頃とされる。

その中でも名手チャーリー・クリスチャンの使用により歴史に名を残すこととなったギブソン(GIBSON)ES-150とその純正PUは量産型「マグネティック」PUの先駆けとされる。

現在はチャーリークリスチャンPUの通り名で知られるこのPUはマグネット(以下mag)にニッケルを用いていた。
 後に登場する素材に比べれば、ではあるがニッケルは保磁力‐磁力を保つ能力が低い。そのため十分な起電力を得るためには、これまた後の素材に比べればではあるが、かなり大きめのmagを備える必要があった。

 このPUが非常に大ぶりなのはひとえにニッケルmagのせいであり、magの素材を変更することでダウンサイジングは可能である。
 じじつ、テレキャスターのネック側用のリプレイスメントPUも製品化されている。

 

●アルニコ


 永久磁石の素材としてアルニコ(Alnico)がジェネラル・エレクトロニクス社から発表されたのは1938年のことで、量産化は1943年から開始された。
 量産化による恩恵を楽器業界も享受することができ、50年代以降のPUのmagはアルニコが大半を占めるようになった。
 アルニコについては後に改めて述べる。

 ところが1960年にコバルトの産出国であるコンゴで紛争が起きると相場が大きく変動、コバルトを含む合金であるアルニコも影響を受けてしまい供給不足が発生する。
 これを機に、希少金属(レアアース)であるコバルトを用いない永久磁石の素材のニーズが高まることとなった。


●セラミック


 1930年に原型が開発されたセラミック(フェライト)magはバリウムやストロンチウムを混合することで高く安定した保磁力を持つ優秀な素材となり、60年代に普及が進んだ。
 セラミックについても後で詳しく述べたい。


●他の素材


 50年代にギブソン(GIBSON)社にてP-490こと並列コイル型ノイズキャンセリングPU、そう、ハムバッカーの設計を担当したセス・ラヴァーは60年代後半にフェンダー(FENDER)社に招聘され新型PUの開発を依頼される。

 ラヴァーの後年の述懐によれば、フェンダーからのオファーはハムバッカーと同一のPUを造ってほしいという身もふたもないものだったらしい。

 もちろん特許をはじめとする権利関係もあるし、なによりフェンダーとギブソンでは用いる木材やその加工方法も大きく異なる。
 その差を把握したうえでラヴァーが創りあげたPUはmagにキュニフェ(CuNiFe)という合金を採用していた。

 銅、ニッケル、鉄の合金であるキュニフェは電球や真空管の配線に用いられていたというから、それなりに流通していた素材なのであろうし、さらにいえばmagのアルニコ~セラミックの移行期における素材の供給事情が影を落としているのであろう。
 キュニフェは他のPUのmagとしてはほとんど使用されることがなかったが、それゆえにこのラヴァー設計のフェンダーPUのサウンドを特徴づけるスペックとして知られるようになったのは皮肉というべきだろう。フェンダーが「ワイドレンジ」ハムバッキングと名付けたこのPUは現在キュニフェの通り名のほうが知られている。


 ヤマハは80年代に自社製ハムバッキングPUのmagを、それまでのアルニコからスピネックス(spinex)に変更した。

私は過去にこのスピネックスなる素材についてあれこれと調べたことがあるが、残念ながらその正体は全くもって、現在も分からないままである。
 当時のヤマハはアルニコ、セラミックに次ぐ第3のmagとまで期待し強くプッシュしたはずなのだが、他のギター/PUカンパニーが後追いで採用したというハナシもきかない。いつかどこかで、何らかのかたちで詳細が明かされればと思っている。


 80年代に起こったヴィンテージギターのブームがオールドスペックへの回帰という大きな波を起こしたせいもあり、90~2000年代はPU関連の技術のイノヴェイションがあまりみられなかったように思える。

 2010年代、ミュージックマン(MUSICMAN)は看板モデルのスティングレイのPUにネオジムmagを採用すると発表した。

錆びやすく、また温度にともなって磁力が変化しやすいという弱点もあるものの、非常に高い保磁力もあってPUの感度向上が期待できるという。

 電磁誘導作用を応用した機材では保磁力が高い素材を用いることでmagじたいを小型化できるのだが、このメリットはPUよりもスピーカーユニットで歓迎された。
 2010年代には特にベースアンプのキャビネットで、ネオジムmag仕様のスピーカー採用で軽量化を実現!という触れ込みの製品が多く流通したものだ。これは楽器屋店員だった私もよく憶えている。

 もっとも、軽量化が招いた音質の変化は私の耳にはなんとも残念なものだったことも同じくらいはっきりと覚えている。デジタルアンプの隆盛と足並みをそろえるように起きたムーヴメントだったこともあり、デジタルアンプの音に物足りなさを感じていた私は、あぁオレの耳もこうして旧式化していくのか、と寂しさをかみしめたものだ。

SWR Golight Jr


 もうひとつ、フェンダーが90年代末に開発した積層型ノイズキャンセリングPUであるノイズレスPUは2004年にはサマリウム・コバルトをmagに採用した第2世代に移行した。

 PUの上面に小さく”SCN”のロゴがあしらわれただけの地味な外見や、2010年に第3世代であるN3にその座を譲ったこともあって今となっては知る人も減りつつある。
 以降のノイズレスPUのmagがアルニコに回帰してしまったことを考えると、高出力で明瞭なトーンを求めるギタリストであればSコバルトmag採用のこのPUに目を向けてもよさそうなものだが…

 なおこのSCNはビル・ローレンスが設計を手掛けていることを付記しておきたい。ローレンスについては後にまた。




 次回はアルニコとセラミックのふたつの素材について詳しく述べたい。