ギター業界の隠語・略称あれこれ①
どの業界にも多かれ少なかれ隠語のたぐいは存在するものだが、こと中古ギター、その中でも希少価値が認められるヴィンテージギターにおいてはかなり特殊な表現がみられたりもする。
隠語や略称で、私が楽器屋店員時代によく使われたものを中心に、一般に浸透しているものからあまり知られていないものまで色々と挙げてみたい。
なんの規則もくくりも無く列挙していくととんでもない長さになりそうなので複数回に分け、今回はどちらかといえばメジャーなものを中心に書いていこうと思う。
○ハカ
オールドギター、なかでも50~60年代のヴィンテージギターのスペックとしてしばしば採りあげられるのがこれ。
楽器業界でハカといえばマオリ族の伝統舞踊でもなければご先祖供養(墓)でもなく、ハカランダ(Jacaranda)という木材の略称である。
学名はDalbergia nigra、英名ブラジリアン・ローズウッド。かつてはギターの指板やアコースティックギターの側板・裏板に多用されたが60年代末に供給量が減るとともに同系の他の木材にとってかわられた。
1992年にはワシントン条約により輸出に大幅な規制がかかったことで実質的に入手不可能となる。
厳密には規制前に採取された材を用いて製造された製品であれば証明書の類を添えたうえでの取引は可能とのことらしいが、楽器業界でそこまでの手間をかけてハカを使おうという会社のほうが少数派。
○バリトラ
現在は絶滅のバリ島の固有種のトラ、ではなく
木材の表に浮かんでみえる派手な杢目のこと。狭義ではトラの縞模様のように見える「虎杢」がバリバリに入っているさまを指す
特にギブソン(GIBSON)の、レスポール系モデルのボディ表に貼られるメイプルの杢目を表現する際に多用される。
○動きのある杢目
上記のバリトラを含む派手な杢目の材について、角度を変えることで杢目の見え方が変わるさまを指す。
90年代に多用された杢目柄のフィルム転写や、無垢材であっても薄すぎて杢目が貧素に見える表板とは違うことを強調する際に用いられる。
○ドンズバ
有名なギターと完全に同一の仕様であること。
ラージヘッドで4点留めネック、塗装色は白、というストラトキャスターについて
「ジミヘンとドンズバ?」
ときかれたら、ジミ・ヘンドリクスの使用で知られる69年型と完全同一の仕様なのかを訊ねられているということ。
それに対して、いや、どうもガイドがねぇ…(ストリングガイドの形状や位置がジミのストラトと違う)などと返す。ヴィンテージギターは奥が深いのである。
○リフ(ref)
リフィニッシュ、つまり再塗装のこと。
製造時の痕跡が塗りつぶされてしまい正統性の判断が難しくなること、オールドギターの魅力のひとつである塗装の経年変化がみられなくなることからオールドギターではrefものは格がふたつ、みっつ落ちるものとされる。
…とはいえ2020年代の現在ではオールドギターの流通量のそのものが減りつつあるので、次にあげる改造ものも含めてそこそこの額で取り引きされている。市場は変化するのである。
○mod
P・タウンゼントでもP・ウェラーでもなく、改造(modification)の略。
オールドギターの売買においては改造修理は少ないほど良しとされるので、カタログデータと合致しない、後改造が明白な箇所については販売時に明示するのが鉄則であり、modはその際に略号として記される。
○コンバージョン(conversion)
直訳では「変換」だが、特定の仕様の個体へ「寄せた」徹底的な改造を指す。
たとえば、ジェフ・ベックの使用で知られる「オックスブラッド(oxblood)」レスポールがある。
1954年製をベースにピックアップやマシンヘッドを換装したうえに濃い赤黒色にリフィニッシュした改造品である。
かりに純正の54年型レスポールをベック仕様と完全同一になるまで改造したおした場合、
1954 Les Paul Oxblood conversion
のように表記される。
これも以前のオールドギター市場ではあまり評価されず、特定の仕様にこだわりがあるコレクター向けという位置づけだったが、最近ではなかなかの額で取り引きされている。
○ニコイチ
ボルトオンジョイント構造のギターで、ネックとそれ以外の部材が異なっている改造品のこと。ネジでネックが外せるフェンダー製品で多く見られることは言うまでもない。
以前はこのような改造品は全く値がつかず、また中古楽器店では店頭に並べての販売を善しとせず買取を断ることも多かったが、現在ではコンポーネント(component)と表記したうえで販売するらしい。
○ミントコンディション
オールドギターの状態が最良であること。
元々はカーコレクターのあいだで使われていた語だという。mintは造幣局を指し、造りたての貨幣のようにピカピカであることを示しているそうなので、たしかに自動車の見た目を表現するのにふさわしい。
ヴィンテージギターではex mintやnear mintなどと細分化が進んでいるが、業界統一水準があるわけでなく、評価判定する者の主観にゆだねられている。
特に流通台数の少ないギターについてはex mintといっても「現在売りに出されている個体の中では」という但し書きがつくものであり、絶対的な指標をもとに判断している売り手のほうが少ないことを肝に銘じておく必要がある。
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次回は主にフェンダーおよびギブソンのギターに使われる語をまとめてみたい。