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レオ・フェンダーがピックアップに求めたもの~G&L MFDまでの軌跡

 前回の記事でレオ・フェンダーの最後期の足跡についてG&Lを中心にまとめてみたが、やはりG&L製品のサウンドの要となるマグネティック・フィールド・デザイン(Magnet Field Design、以下MFD)テクノロジーについて書いておかねばならないように思えてきた。
 とりわけ日本のギタリストには認知度の低いMFDだが、このテクノロジーの設計に至るまでにレオが歩いた道程を後続の私達がたどることはエレクトリックギターのサウンドをより深く知るための助けになるかと思う。

 ピックアップ(pickup、以下PU)のハナシになるのでどうしても長くなるし専門用語も多くなってしまうがどうかご容赦いただき、飛ばし読みでもかまわないので最後までおつきあいいただければ幸いである。


前回の記事はこちら:



 



 エレクトリックギターの内蔵型センサー/マイクロフォンが電磁誘導作用という原理の応用で組み上げられる以上、内蔵の永久磁石(以下マグネット)、および極細のワイアを巻き上げて構成するコイルのふたつはどうしても欠くことが出来ない。
 これはクラレンス・レオニダス・”レオ”・フェンダーが1940年代に地元カリフォルニアのミュージシャン達から楽器の修理を引き受けるようになった頃から、1991年に生涯を閉じるまで変わらなかった‐変えることの出来なかった事実である。


 さらに深く調べてみると、レオはダブルコイルによるノイズキャンセリングという手法を(どう評価していたかは別として)自身の設計に採り入れることがなかった。


 このノイズキャンセリング、現在ではギブソン(GIBSON)のハムバッカーという呼称で知られているが、50年代にはほぼ同内容の設計をグレッチが特許申請していたし、やがてその有効性が認められて多くのギターカンパニーが追従するようになったが、レオは最後まで手を出さなかった。

 考えてみれば皮肉なものだが、レオが自身の会社フェンダー社をCBSに売却した後の70年代、フェンダーはハムバッカーの構造をそのまま拝借した「ワイドレンジ」ハムバッキングPUを開発し自社製品に純正搭載した。

 現在では内蔵マグネットの素材からキュニフェ(CuNiFe)の名で知られるこのPUを開発したのはレオではなくセス・ラヴァーである。
 ギブソン社でP490、つまりハムバッカーを生み出したラヴァーをCBSが招聘、ギブソンの権利関係に引っ掛からないように、かつフェンダーギターとの相性に配慮しつつ生み出したという。このPUをレオがどう評したか、残念ながら現在となっては判らない。
 このPUが採用された時点ではレオはまだフェンダー社とアドヴァイザリー契約を結んでいたはずだが、このPUをレオがどう評したのかはぜひ私も知りたいところである。いつか誰かが評伝の類を出してくれると嬉しいのだが…



 むしろ、レオのPU開発の方向性が見えてくるのは60年代初期に製品化されたジャガー(Jaguar)とその純正PUであろう。

 先行機種のテレキャスターやストラトキャスターと比べると、ジャガーはコイルのターン数(巻き数)が大きい。
 
 さらに、このジャガー用PUの、他のどのフェンダーギターとも異なるスペックとして挙げられるのが

 PUのコイルを囲うようにはめ込まれた、このヨークである。

 このヨークは

密度の高い磁界の形成を助ける

効果がある。
 コイルやマグネット等の条件が同じ場合、弦と向かい合う面‐PU上面の磁界が緊密であるほどPUの起電力が上がる。
 それはPUの出力(感度、ゲイン gain)の向上につながる。
 PUに影響する誘導ノイズはコイルやマグネットに関わらず一定であるため、PUの出力が上がることで音声信号とノイズの比率すなわちS/N比も改善される。

 ハムバッカーを筆頭とするノイズキャンセリング系PUの台頭に対し、あくまでシングルコイル方式でのサウンドの可能性を追い求めたレオ・フェンダーらしいPUであるといえる。

 ジャガーではこの高出力の専用PUにキャパシタを用いたローカット回路や、リズム(伴奏)/リード(ソロ)の切替をスイッチひとつで行うプリセット機能等を組み合わせることで当時はギブソンが大きなシェアを誇っていたジャズギタリストへのアピールを試みた。
 結果としてはジャガー、および先行モデルにして下位機種であるジャズマスター(Jazzmaster)はギブソンの牙城を崩すには至らなかったのだが、ジャズマスターもジャガーもその専用PUの生み出す個性的なサウンドが現在も支持されている。


…ここまでは皆さんも書籍や○ou○ubeの解説動画等でお聞き及びかと思うが、このジャガー/ジャズマスターの、とりわけPUの設計を発展させたモデルの開発にレオ・フェンダーが携わっていたことはご存じだろうか?

 それがこの通称「マロウダー」(Marauder)である。
 ご覧のとおりPUがボディ表面に露出しない特異なデザインであり、これを実現するためのPUを含めたシステムについての特許まで申請していたらしい(画像右側の図参照)。
 このマロウダーはいくつかプロトタイプが確認されているものの結局は量産に漕ぎつけることが出来ず開発は中止、現在となっては幻のギターとなっている。

 なお2010年代初頭にフェンダーのモダンプレイヤーシリーズよりマロウダーの名を冠したギターがリリースされたが、設計上は「オリジナル」と全く繋がりの無い別物である。

Modern Player Marauder



 



 70年代中盤にフェンダー社との契約が終了して新会社ミュージックマンを設立した頃のレオ・フェンダーは電池駆動の内蔵型プリアンプと専用設計のPUという組合せに可能性を見出し、後にエレクトリックベースの定番モデルとなるスティングレイ(Stingray )をリリースしている。
 ミュージックマンではギター用アンプの設計製造も手掛けており、真空管とトランジスタのハイブリッド方式を採用している。電気信号の増幅素子の主流が真空管からトランジスタに移行するさまを間近に見ていたレオだからこその選択だったのではないだろうか。

HD 212 One-Thirty



 そしてミュージックマン社を離れ、個人会社CLFリサーチをG&Lに改称して再度のスタートを切ったレオはここでマグネティック・フィールド・デザインというテクノロジーを開発する。

 一見するとフェンダー時代に開発したシングルコイルと大差ないように見えるが、このPUはmagnetic filed designの名に相応しい積極的な磁界誘導の手法が採られている。

 このパテント申請の図面の番号81と84の間に記されたマグネットのN極とS極の向きにご注目いただきたい。
 弦の真下に配されるポールピースがN極、コイル外周のヨークはS極の磁気を帯びることで両者のあいだに緊密な磁界が形成される。
 これがPUの出力~感度の向上に貢献するのはジャガー用PUと全く同じである。

 伝統的なフェンダー系のシングルコイルPUとの単純な比較でいえば、G&Lの同型PUはコイルのターン数が低めである。
 コイルのワイアは多く巻くほどPUの出力は高くなるが、同時にコイル内の信号、とりわけ高音域が失われてしまい明瞭さを欠いた「こもった」音になる。
 レオはMFDを用いる際に
○磁界は強化
○コイルの巻き数は低減

と決めたらしく、これによりMFD採用のPUは形状に関わらず、同系の他社製と比べて硬質で明瞭、金属的なトーンを獲得したのである。

 
 もちろん新手一生のイノヴェイターたるレオ・フェンダーは過去の設計の単なる焼き直しではなく80年代以降ならではの要素も加えている。
 そのひとつが各弦の感度補正のための高さ調整が可能なポールピースである。

 ジャガーやジャズマスターを設計した60年代ではマグネットに用いる永久磁石用の金属の選択肢が少なく、主に用いていたアルニコは強度の都合でネジ切りが出来なかった。
 それから時は流れて80年代になると新たにセラミックがマグネットの素材として多用されるようになる。
 十分な保磁力を持つセラミックのおかげで磁性体のネジとの組合せも実現、MFDでは調整式ポールピースが採り入れられたのである。
 





 レオ・フェンダーが開発したG&LのPUについてもうひとつ、Zコイル(Z-Coil)をご紹介したい。

 コマンチェ(Comanche)の純正PUとして現在も用いられるこのPUはスプリットコイル(split coil、以下SC)という手法を採用している。

 高音弦側と低音弦側で個別のコイルを用意し、コイルの巻きとマグネットの磁極の向き(極性)を逆にすることでノイズの低減をはかっている。
 ギターだけでなくベースにご興味がある方ならすでにお察しいただけるだろう、この構造も

 フェンダー時代にレオはプレシジョンベースで採用している。
 

 古くはディマジオHSシリーズから現在のフェンダー製ノイズレスに至るまで、ノイズ除去コイルを内蔵した積層型ダブルコイル式PUは多く世に出ているが、純粋なシングルコイルPUのサウンドを志向しているのに高音域がこもって音像がぼやけやすくなる傾向がある。
 その点でSCはコイルのターン数を一般的なシングルコイルに近づけやすいため、高音域の劣化を最小限に留められる。
 ここにハムバッカー同様の両コイルの組合せによるノイズ除去の効果も加わることでシングルコイルながらノイズ少なめという理想的な特性を獲得している。

 ただし公正を期すために付記しておくと、SCにはコイルをまたいだ弦振動がキャンセルされてしまうという弱点が存在する。
 エレクトリックギターではもはや必須の奏法であるチョーキング(ベンディング)だが、SC式PU搭載のギターで3G弦を低音弦側に引き上げた際に高音弦側コイルから外れたとたんに音量が急に下がってしまう。
 これはブリッジ側よりもネック側のPUで発生しやすいので、SC式PU搭載のギターを選ぶ際は試奏時に確かめていただきたい。

 なお蛇足だが現在のフェンダーには形状を通常のシングルコイルと合わせながらSCを採用したSuper 55 Split CoilというシリーズのPUが販売されている。

 これも先述のようにコイルをまたいだ弦振動のキャンセルが発生することを念頭に置いて選んでいただくようお勧めしておく。





 この文中でMFD「テクノロジー」という表記を用いたが、MFDは内蔵マグネットの配置が主となる手法である。
 これはすなわち既発のPUにMFDを組み合わせることが可能であることをも意味している。

 もうひとつ付け加えたいのだが、MFDは特殊な素材や非現実なぐらいに高い加工技術などを必要としないテクノロジーである。
 既存の製品のハイスペック化‐高品質化や高コスト化ではなくあくまで現実的、さらにいえば量産化にじゅうぶん対応できる手法であることが重要なのである。

 これはレオ・フェンダーが終生にわたって貫いたエンジニアリングのポリシーのひとつであることもこの機会にお伝えできればと思う。ストラトキャスターもベースマンもスティングレイもL-2000も原点はあくまで量産機であり、アフォーダブル(お手頃)で確かな品質を備えた製品として流通させることが常に念頭にあったのである。





 現行のG&L製品ではフェンダーのテレキャスターやストラトキャスター、プレシジョンベースやジャズベースのPUをMFD化(?)したものを採用しており(レオの当初の意図は別にして)フェンダーギターの演奏感とG&Lの硬質で明瞭なトーンの融合を実現、これが現在のG&Lのアイデンティティであると見なされている感さえある。

 
 先に述べたとおりMFDピックアップはコイルのターン数が少なめであり、電気的な出力が同系のPUに比べ低めである。
 したがって歪ませた際の音ヤセ、特に低音域がゴッソリ削られるファズ系のエフェクトとの組合せはキツいものがある。
 また、EMGやフィッシュマン等のアクティヴPUと比較されると高音域の伸びが弱いため、同水準のトランスペアレント(透明)なトーンをお求めのギタリストにはあまりお勧めできない。


 それよりもMFDの魅力はその硬質でタイト、かつどこかに骨太さが感じられるダイレクトで生々しいタッチだろう。 
 機会があればMFDピックアップ搭載のギター/ベースを鳴らしてみて;
○コードストローク時の歯切れの良さ
○低~中音域のムダなブースト感が抑えられたタイトな音像
○強弱のタッチで音が変化する表情の豊かさ

を感じとれるのであれば、きっとそのサウンドを上手く活かしていただけるだろうし、フェンダー系の他のギターに目移りしてしまうことも無いはずだ。


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