EPIPHONE Casinoの鳴らし方 前編
今回はエピフォン(EPIPHONE)の看板モデルにして屈指のロング&ベストセラー、カジノ(Casino)を採り上げてみたい。
今となってはエレクトリックギターのアイコンともいえる存在となったが、その個性を活かした鳴らし方はギタリストにとって意外に難しいところもある。
せっかくのカジノがギタリストにとってのミスマッチになってしまわないよう、私が書けることを書けるだけ書いてみようと思う。
長くなるので2回に分け、前編の今回はカジノの歴史と特徴的なスペックを中心に述べたい。
☆
まずはカジノの誕生にまつわる歴史的背景から。
いきなり50年代まで遡るのはいくらなんでも深堀りしすぎだろ、と思われるかもしれないが、ここでカジノの最初期のスペックをおさえておけばこのギターとの付き合いグッと楽になるのである。長くなるがどうかご容赦のほどを。
1930年代にニューヨークで創業したエピフォン社は一時期ギブソン(GIBSON)社と真正面から競合するほどのギター/マンドリンの製造販売会社として隆盛を誇った。
だが次第に経営が悪化し、50年代中盤にはシカゴ・ミュージカル・インストゥルメンツ(CMI)に買収される。
先にギブソンを傘下に置いていたエピフォン製品をCMIはミシガン州カラマズー(Kalamazoo)のギブソン工場で製造することを決定する。
なお、この決定に反発して離脱した地元ニューヨークのクラフトマン達は後にギルド(GUILD)の創業に貢献することとなる。
ギルドについてはこちらの過去記事を;
ここでエピフォンの、ギブソンの兄弟ブランド‐正確には下位という現在も続く位置づけが決まり、以降のエピフォンではギブソンの既発モデルの、ダウンスペックによる廉価モデルとして展開されることになる。
ギブソンは1958年、センターブロックを仕込んだシンボディ(薄胴)の新型エレクトリックギター、ES-335を発売する。
あまり知られていないが、実はこの時ギブソンは同じくシンボディ、しかもセンターブロック無しのフルホロウ構造のボディを採用したES-330というモデルを同時に発売する。
モデルごとのランク(格付け)を厳格にするギブソンの手法に従い、ES-335よりも下位であるこのES-330にはピックアップ(以下PU)にP-90を採用している。
ES-335に搭載の、当時新開発のノイズキャンセル型PUであるハムバッカーはPUマウンティングリング(エスカッション)留め付けで弦との間隔を調整することでユーザーによる感度調整を可能とした。
対してES-330はP-90のネジ留め式カバー、通称「ドッグイヤー」によるボディ直付けであり感度調整はポールピースの上下のみとされた。
50年代ではまだ新奇な存在だったPU搭載のエレクトリックギターという楽器も60年代には浸透しはじめ、ギターカンパニーたるギブソンは下位ブランドのエピフォンを動員して市場シェア拡大に乗り出す。
1961年にはES-330のエピフォン版モデルにして、ギブソンからみればダウングレードの廉価モデルであるE-230T カジノをリリースする。
現在では少数派の1PUモデルだが、当時のエレクトリック・アーチトップでは一般的であり、むしろ2PUバージョンのほうがやや高額なアップグレードモデルという認識だった。
このE-230T”D”(Double pickupの意)だが、発売当初はネックとボディが第16フレット位置で接合されていた。
これが1968年前後に第19フレット接合に変更されるのだが、これはギブソンESでも同じなので、おそらく複数モデルの仕様を統一して製造コストを削減するためであろう。
これが後の年代に、最初期型カジノのリイシュー(reissue)‐復刻再生産の際の少なからぬ障害となることを覚えておいていただきたい。
ネックとボディの接合という、地味に見えてギタークラフトにおける最重要な箇所について、仕様の違う複数の製品というものは製造者にとって負担となるのである。
なお型番のTは薄胴(thinline)に由来する。50年代頃のギブソンでは同一の型番のエレクトリック・アーチドトップに
○薄胴(T)/厚胴
○PU1基/2基(D)
○カッタウェイ有(C)/無
などの仕様違いを設定してモデル数を増やす手法をとっており、カジノにしても薄胴かつPU2基であることを明示するためにTおよびDという文字を型番に加えていたのである。
…脱線ついでに、上記3つの仕様違いをほぼ全パターンにわたってラインアップしていたのがES-125であり、
なかでもES-125CDはPUがP-90だった1957年以前のES-175とスペックが近いこともあって、ヴィンテージ市場においては他仕様とはアタマみっつ近くかけ離れた高額で取り引きされている。
これがES-125”T”DCになるだけで一気に価格が下がるのがヴィンテージの残酷なところである。鳴らし方を間違えなければ魅力的なギターなのだが…
他に最初期カジノの特徴として知られるのがテイルピースである。
これはギブソン・エピフォンともに共通のものが採用されたのだが、先に述べたとおりカジノはネック/ボディの接合が第19フレットであり、第16フレット接合の他モデルに比べてブリッジ~テイルピースの間隔が狭くなる。
わずか数十mmの違いではあるが、ブリッジサドルでの弦の角度に違いが出る。
これが、弦のブリッジを下向きに抑え込む力の違いを生むことで手が感じる張り感(テンション)にも違いが出る。
このこともあり、現行モデルのカジノを初期型‐とくに1965年頃製とされるジョン・レノン仕様に近づけたいオーナーにとってロングテイルピースへの換装は必須とされている、らしい。
もっともテイルピースの換装は他にも効果があるのだが、これについては後編でご紹介したい。
☆
カジノは60年代中盤頃にザ・ビートルズのジョン・レノン、ジョージ・ハリスン、ポール・マッカートニーの3名が相次いで手にしたことで一気に知名度を上げ、リッケンバッカーやグレッチに並ぶビートルギアとして広く認知されることとなった。
ビートルズとカジノの関係については長くなってしまうので割愛させていただくが、特にレノンが塗装を剥がしたカジノを終生愛用したこともあって以降のエピフォンではカジノの量産モデルにナチュラル(白木)を必ずといっていいほどラインアップしている。
60年代のギブソンではブロンド‐ナチュラルのことをギブソンはこう称した‐は中位~最上位モデルのみ、しかもけっこうなアップチャージ(追加料金)が必要な特別色だった。
それは当然のようにカジノにも適用され、最初期のカジノに純正ナチュラルフィニッシュは存在しないのだが、カラマズー工場から海外に製造拠点を移して以降のエピフォンではナチュラルがちゃんとカタログカラーに加えられることになったのも、やはりレノンの影響が大きいのであろう。
☆
1969年にCMIはメキシコの複合企業体ECLに買収され、ギブソンおよびエピフォンはノーリン(NORLIN)コープなる会社のブランドとして世界規模の量産体制に移行する。
といっても本国USでの製造を継続したギブソンに対してエピフォンは70年代から製造コストの低いアジアの工場での製造を開始する。
その工場こそマツモクや寺田楽器といった日本の工場であり、70年代を通してカジノは複数の工場で製造されたことが判っている。
かつてはほぼ忘れ去られた日本製カジノだが、2020年代の現在ではヴィンテージ‐少なくともレアなオールドギターとして価値が見直されているらしい。
といっても、この時期の日本製カジノはとにもかくにも量産が優先されたことが製品を見ても判る。
US製の最初期ではマホガニーが用いられたネックも、日本製ではメイプルが用いられている。材の種類が変われば生まれるトーンも変わる、これはネック材についても同様であることは強調するまでもない。
さらにいえばこのネックのメイプルも単一の角材からの削り出しであるワンピースではなく、3本の材を張り合わせた3ピースである。
もっとも、ギブソンでさえも80年代には強度の確保のためか3ピースのメイプルネックを製品に導入しているのだから、悪しざまに言うのは間違っているかもしれない。
もうひとつ、小さいようで個人的にはけっこう気になる点なのだが、本来は補強材がいっさい仕込まれていないフルホロウボディのはずのカジノなのに
この柱のような補強材がギター内部、ちょうどブリッジの真下あたりに仕込まれている個体がある。
ただし、この補強は後の2000年代、製造拠点が中国に移ってしばらくのあいだも引き継がれており、日本製だけではないようだ。
ギタークラフトの観点から考えると、この補強はたしかにメリットがある。製造時にボディの表板を接着する際、圧着でブリッジ付近がたわんで凹んでしまうとマズいのである。
また製品として世に出てからも、最も弦の力を受けるブリッジ付近に最低限の強度を持たせておくことで変形を防ぎたいという製造者側の気持ちも判る。
ただ、まあ、このような補強材を製造過程、および完成後も必要としないぐらいの高い加工精度、および良質な木材を製品に投入してほしいとも思うが…
なお、現在までの私の調査では少なくとも2020年代に入ってからのカジノにはこの補強材が仕込まれていないことを申し上げておく。
なお海外拠点でのローコスト製造の流れはこの先も続き、80年代初頭にの韓国を経て2000年代には中国の青島での製造となる。
☆
長期に渡る製造が続くカジノは限定モデルの類も多いのだが、その中で私が特に価値が高いと思うものはふたつある。
ひとつはエリート(Elite)/エリーティスト(Elitist)シリーズ。
2000年代初頭にリリースされたシリーズで、当初は;
日本国内がエリート
海外市場ではエリーティスト
という住みわけがあったが後に全てエリーティストに統合された。
同シリーズはレスポール(Les Paul)もリリースされたが、それ以上にカジノは純日本製というステイタスもあり注目を集めたように記憶している。 レスポールは2010年代を待たずに生産を終了、カジノもその数年後に廃番となるが、それから10年経った現在ではかなり価値が高騰している。
2010年代以降のエピフォンはカジノの、完全台数限定モデルをリリースすることはあっても新しいシリーズを立ち上げ、しかも日本製の高い加工精度をセールスポイントとする良質な製品をリリースすることが絶えて無かったのだから、エリート/エリーティストの市場価値が上がるのは当然のことであろう。
先におことわりしておくと、エリート/エリーティストのカジノは1965年のリイシューをうたっていたものの、オールドギターの再現において甘い箇所もそれなりに見受けられる。
とはいえ、少なくとも私が今まで見てきたカジノの中ではリイシューの精度はかなり高いほうだと思う。
お疑いであれば70~80年代の日本製カジノを分解して内部の隅々まで確認するといい。製造拠点の変更による仕様の違いに加え、個体のバラつきもあってなかなかに凄いことになっている。
また、オールドに比べて回路周りのパーツが貧素という批判も見受けられるが、これは後改造でいくらでも交換できるので真剣にとらえる必要はないだろう。
まあ、たしかにカジノの回路パーツ全交換はけっこうな手間になってしまうが…
もうひとつ、これは現在も販売されているUSAコレクション。
その名のとおりUSのギブソン工場で製造されるカジノであり、PUをはじめハードウェアも現行ギブソン製品と同水準である。
現行の中国製や過去の日本製に比べ非常に高額だが、木材の選定から加工精度に至るまでmade in USAの実力が発揮されていることを加味すれば法外な価格とも思えない。
複数のギターを所有してきたギタリストの「アガリ」(上がり)の一台にふさわしいモデルであるし、エピフォン/ギブソンもそのようなオーナーに選ばれることを想定しているものと思う。
☆
後編ではカジノの、主にパーツ換装によるアップデイトの方法をご紹介し、あわせてこのギターとの付き合い方について述べたい。