タイパとオールドギター
時事流行に疎い私の耳にも最近になって「タイパ」‐タイムパフォーマンスの略だとか‐なる言葉が入ってくることがある。時間や成果に対する満足度を意味しているらしい。
それを聞いて思い出したのが楽器屋店員時代の、オールドギターを探し求める多くのお客様の、悲喜こもごもの横顔だった。
今回は元楽器屋店員、とりわけギター系弦楽器の中古の売買に関わってきた者として、オールドギターの選び方や、長く使ううえでの注意点、いや、もっと抽象的な心構えというべきものを書き連ねてみたいと思う。
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先に結論を書いておくと、オールドギターを探し、その中から最良を選び出すこと、そのギターを弾き続けるというのは、残念ながらタイパとは対極にある行為なのだ。
効率重視の即物的な視座はオールドギターとは相性が良くないのである。
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現行の新品をパスしてでもオールドギターを入手して弾く価値はどこから生まれてくるのか。これは簡単にみえて実際は難しい問題である。人によってそれぞれ、しかも大きく異なるからだ。
希少性に価値を見出す人であれば、可能なかぎりフルオリジナル(フルオリ)=未修理未改造の個体を探し求める。これは私が楽器屋店員だった頃がそうだったし、現在もさほど変わらないだろう。
希少性という表現を使うから難しくきこえるが、フルオリを探すのは意外と簡単である。
・求めるギターのカタログデータを完璧に把握しておくこと
・予算に上限を設定しないこと
の2点を貫けばいいのだ。ネット経由の個人間の売買の規模が拡大した現在であれば、少なくとも私が楽器屋で働いていた10年前よりも簡単に見つかるはずである。
問題はオールドギターに、唯一無二のトーンキャラクターを求めるシリアスなギタリストの場合である。
以前の投稿でヤマハSGシリーズを採りあげたことがあるが、かりに近所のリサイクルショップの店頭でたまたま見かけた、とか、知人を介して購入を持ち掛けられた、等で80年代初頭のSG-2000を入手するチャンスがめぐってきたとする。
そのSGには改造やパーツ交換歴があることが予測されるのだが、リサイクルショップの値札にも詳細は書かれていないし、知人も、いやコレ貰いもんなんで、と頭を掻くばかりである。
さて、皆さんはどこまでの改造/交換までであれば許容できるだろうか。
ご存じない方のために触れておくと、この時期のヤマハのハムバッキングピックアップはギブソン(GIBSON)とは異なり、マウンティングリング(エスカッション)への留めネジが、高音弦側は1本だが低音弦側は2本である。
もし純正のマウンティングリングをつけたままでギブソン系ハムバッカーに換装されていた場合はマウンティングリングの低音弦側に新たなネジ穴が空けられているはずだ。
また、マウンティングリングが破損している場合は、もう純正パーツはヤマハからは供給されないので、ネットオークションか何かで探すよりほかは無い。
もちろん、ピックアップじたいが断線やベースプレート断裂などにより破損していた場合も同様だ。純正ピックアップの音に執着するのであれば、あてもなくネットで探し回る日々を送らねばならない。
ピックアップやそのマウンティングリングひとつとってもこれだけの困難が予想されるのだから、テイルピースやそのスタッド、ブリッジ等のハードウェア類でどれくらいオリジナルのものが残っているのか、それによって価値がどれくらい増減しているのかを判断するのはかなりの難易度である。
さらにいえば、それらのハードウェアが破損や消耗により機能不全を起こしていないかを見極めなければならないし、消耗についてはフレットやナットも見落とせない。ネックに病的なねじれはないか、木部の割れは見当たらないか…
迷いにまよい、判断がつかなくなってしまった際にするべきことはひとつ、とにかく音を出してみること、弾いてみることである。
最も理想的なのは現在のメインギターを持ち込み、アンプやエフェクトペダル等全て同じ条件のもとでの弾き比べである。
そのうえで、メイン機ではどうやっても出ない音が検討対象のオールドギターであれば鳴らせることが実感できるのであれば、購入に向けて足を踏み出してもいいだろう。
結局どっちでも似たような音が出るじゃん、という程度の感触しかないのであれば購入は見送るべきである。似たような音しか鳴らないギターに、今後のための修理調整の費用をつぎ込むのは賢明とはいえない。
次に、今後発生するであろう修理調整とその費用、必要になる時間を可能なかぎり正確に割り出す。
最も良いのは楽器の修理工房を訊ね、実際に作業を行う担当者さんに直接問い合わせることである。
たしかにハードルは高い。だが見方を変えれば、修理業者に依頼内容を伝えられないようでは所有するオールドギターに高度な専門作業を伴う修理を施すのが無理ということである。
熟慮を重ねた末にオールドギターを入手したら、予算や時間が許すかぎり修理調整を施す。
これにも注意点がふたつある
ひとつは全てをいちどに行おうとせず、弾いているうちに出てきた違和感をひとつずつ消去していくように段階を踏むことである。
オールドギター個体の「鳴り」‐特徴的なトーンにハードウェアや、ネック及びブリッジの弦高等のセッティングが及ぼす影響がどれくらい大きいのか、逆にどの箇所が大してトーンに影響しないかの判断というのは実に難しいものである。本業の修理調整業者でも悩み迷うくらいだ。
オーナーであるギタリストは出来る限り時間をかけて、自分の弾き方で鳴ってくれるギターのトーンと、自分が求める演奏感とを両立させるための落としどころを探るつもりでギターを弾けばいいのである。
そうして、オレの/ワタシの音が鳴る、鳴ってくれるという実感が得られるところまでギターと付き合うことが出来れば、それまでの修理調整にかけた費用や時間は十分に価値があったと思えるはずだ。
もうひとつはDIYで何とかしようとせず、基本的にすべて他者‐それも修理作業に責任を持てる相手に任せることである。
オールドギターのトーンは意外なほど繊細なバランスのうえに成り立っているものである。ここをこうすればいい、はず、という程度の不確かな見切りや独断で行う改造や交換はリスクでしかないからだ。
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もうひとつ、ごく当然だが意外と忘れられている
オールドギターは貴方のために造られたわけではない
という事実を記しておく。
過去に製造され、幾人かのオーナーを経たギターであれば消耗や変形、パーツ交換や改造等がその身に刻まれている。
しかも、親や親族が使っていたものを譲り受けるようなケースを除けばその歴代オーナーは赤の他人である。
修理や改造の履歴についてエヴィデンスが残っている場合もあるが、どちらかといえば少数だ。どこまでがオリジナルかどうかの判断が難しい個体もある。
もちろん、新品のギターとは違って製造者の保証などは無い。
そのようなギターである以上、入手してから自分が満足できる状態までもっていくのに費用と時間はかかって当然なのである。
何の不満も違和感もなくスッと手に取ったオールドギターがそのまま気に入って…という話を時々きかされるが、それはギタリストがセッティングやギター個別のトーンに無頓着だったか、たまたま相性の良いギターだったかである。いずれにせよ、訪れるはずもない奇跡を待ち続けるようなものであり、そのような探し方はギャンブルでしかない。
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オールドギターの入手を検討するのが初めての方もいれば、過去に大枚はたいて買ったギターが全く合わなくて手放してしまったという苦い経験がある方もいらっしゃることだろうと思う。
惜しみなく愛は奪うというが、もの言わぬギター、しかも年月を経たオールドギターにどれだけの愛情と手間、費用を掛けられるのかを自らに問うてみるといいだろう。