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ギター改造の「禁断」の領域について 実例をひとつ

 少し前、ギターの内部配線材の

モガミ2520を入手し、実際に使ってみる機会に恵まれた。
 芯線にOFC(無酸素銅)を採用した配線材を探していて偶然見つけたこの2520、ジャケット(外装)の柔らかさや耐熱性も優秀であり作業性が非常に良好だった。
 音質についてはもう、全く申し分ない。高音の明瞭さや低音の圧しの強さを無理なく伝達してくれ、結果としてサウンドに厚みと重み、鋭さが加わってくれた。


 現在では樹脂製のジャケットに鉄や銅の網線を組み合わせたものが主流の一芯シールド線だが、エレクトリックギターでは80年代あたりまで

現在ではブレイデッドワイア(braided wire、以下BW)と呼ばれる、網線がむき出しのものが主流だった。
 芯線を保護しているのは布であり、耐熱性が高いため

網線を加熱してハンダを乗せ、ポットの背に付ける手法が使えるというのも、作業する側にとっては都合が良かったのであろう。

 
 このBWを長く純正採用し続けていたのがギブソンで、50~60年代のギターのリイシューだけでなく量産モデルにも、つい最近まで当たり前のように用いていた。

現在ではこのような、クイックコネクト端子を使用した基板状のユニットを採用しているが、それも2020年代の手前あたりからのことであり、ギブソンの長い歴史からみればBWを用いた配線が圧倒的に多数派なのである。

 
 電気信号の純粋な、損失の少ない伝達においてBWと、OFCのような高品位の素材を用いた線材のどちらが有利かといえば、もちろん後者である。
 ではギブソンのレスポールの配線材を全てOFC使用のものに交換したらどうなるか、皆さんは想像がつくだろうか?

 かく言う私は実際にやってみたことがある。
 以前の記事で軽く触れたことのある作業なのだが、今回はその詳細をお伝えしたいと思う。以下、重複する箇所もあるがご容赦のほどを。




 もう12年近く前のことだ。詳細は伏せさせていただくが、ギターは2000年代のヒストリック59リイシューだった。
 モガミ2520ではなかったが、ほぼ同格のOFCケーブルを用いた。ポットの背や端子の古いハンダは全て除去し、たしかケスターだったと思うが、最小限でハンダ付けし直した。ギブソンはハンダの「盛り」が多すぎるのである…
 この時はクライアントの意向でピックアップキャビティもコントロールキャビティも、スイッチキャビティも全て導電塗料の塗布によるノイズシールディングを行った。
 ついでに、というと言い方は悪いが

この画像にもある、底面のプレートも除去した。
 ギブソンのオーナーはご存じかと思うが、このプレートにポットを留め付けるナットと、ポットの軸をボディ表に固定するナットのふたつを使ってコントロール類はギターに固定されているのである。プレートの他にもナットやワッシャーも不要なぶんは外してしまったので、それらによる信号のロスも軽減されたはずだと今でも思っている。ごくわずかだろうが…

 
 仕上がったギターを最初に鳴らしたとき、作業者である私自身もそれなりに強い違和感を抱いたのを憶えている。

 まず、とにかく音が速い。ピッキングの瞬間には音が立つかのような感覚は、少なくともギブソンの、クラシカルなレスポールとは思えないものだった。

 次に、中音域が引っ込んでしまったかのような感触があった。
 もっとも、これは低音と高音が以前とは段違いなぐらいに前に出てきてしまうせいでそう錯覚しただけであり、クリーントーンやディストーションを何度か切り替えて鳴らすうちに、レスポールらしい厚みのある、艶やかな中音域は損なわれていないことに気づいた。

 もうひとつ、微弱な信号も容赦なく出力するクラリティを身に着けたことも挙げられる。
 試奏をひと休みし、右手で全弦を抑えながら左手でネックと、指板の上の弦をクロスで拭くと、クロスが弦を擦る「シュッ」「ヒュッ」という音がアンプから聴こえてくるのである。
 べつに、ギターやアンプの音量を下げなかったらフツーに音が出るじゃん、と思われるかもしれない。だが、右手で全ての弦を抑える‐ミュートした状態でそのような音が、ごく小さくとはいえアンプから聴こえてくるのには驚きを隠せなかった。

 この仕上がったギターを鳴らしたクライアントがひと言、
「なんか、PRSみたい」
と漏らしたのをよく憶えている。
 50~60年代を思わせるトーンに回帰(?)している2022年現在のポール・リード・スミス製品だが、2000年代初頭あたりではヘヴィネスとエッジが際立ったモデルが主流だったのである。その、USA製カスタム24を連想させるタッチとバランスにクライアントも驚きを隠せなかった。
 もっとも、ダウンチューニングを多用し、100ワット級のチューブアンプでヘヴィディストーションを追求するには理想的だったらしく、後にピックアップの、ディマジオへの換装を依頼されたりもしたので、クライアントの志向にうまくマッチしてくれたのだろうと思っている。

 
 この、高品位な配線材への交換という改造、作業じたいはそれほど難しいわけではない。ハンダ付けの基礎ができていれば、あとは適正な部材と時間さえあれば上手くいく。
 ただし、もしも仕上がったギターの音が気に入らなかった際が辛いのである。今までかけた時間と手間をかけてもう一度全てを戻すにはそれなりの忍耐が要る。
 このような事態を防ぐには回路パーツを全て一新するつもりで、ポットやトーンキャパシタを作業台の上である程度組み上げておくというやり方がある。
 元々の回路も可能なかぎり現状を維持した状態で外し、新回路を「ズボ替え」することで、気に入らなかった際の現状復帰も多少は楽になる。
 もしくは

このような組立済みのキットを入手してズボ替えするという手もある。
 ただし、こういったキットは往々にして取り付けるギターと合わない箇所があったりして微調整が必要になることが多い。ハンダ付けにある程度自信があるならばパーツを買い集めてイチから組み上げるほうをお勧めする。



 手間も時間も、場合によってはパーツ代もかかるこの改造だが、ギブソンギターのキャラクターを変えたくないギタリストにはお勧めできない
 キャラクターという表現を使ったが、これはアンプから出てくるサウンドの、低音からプレゼンス音域に至るまでのバランス、ノイズの乗り方、ネック/ブリッジの各ピックアップのトーンの違い、タッチの強弱による変化といったあらゆる要素を含めた特性のことと考えていただきたい。
 聴きなじんだサウンドから大きくかけ離れたものへの変化を望まないのであれば、この改造は止めておいたほうがいいだろう。

 逆に、ギブソンではない他のギターの音になじんでおり、ノイズの低減や明瞭さ、音の立ち上がりの速さを改善したいと考えているギタリストには有効な、というより強力な手段である。
 特にアクティヴピックアップやマルチスケールを採用したギターからの持ち替えの際、ギブソンギターらしさは可能なかぎり残しながらヘヴィネスやエッジ、ブライトネスを一定水準かそれ以上に強調したいと望んでいるのであれば、今回のような配線材交換は有効である。

 この改造の大きなアドヴァンティッジのひとつに、ギターケーブルやエフェクトペダルの交換よりも効果が大きいことが挙げられる。
 回路の中でサウンドに最も大きく影響するファクターは言うまでもなくピックアップだが、そのピックアップが生み出す信号の伝達を担うのが今回採り上げた配線材であり、ここでロスした信号はギターケーブルやエフェクトペダル、さらにはアンプであっても取り返すことができない
 多少は過剰に思えても、ピュアでクリアな信号の伝達を実現できるように回路を組みなおし、配線材を入れ替える改造にもそれなりの意義があるのだ。


☆ 



 今回ご紹介した改造は先述のとおり12年も前のことであり、思い出したのはモガミ2520がきっかけだが、近年のジェント系の台頭や録音環境のデジタル化&パーソナル化を目にするにつれ、やはり、ギター本体が旧態依然としたままではミュージシャンの表現の足かせになりはしないだろうか、という気になってきたのである。
 とはいえ時間も手間も、コストもなかなかのものであり、結果に納得できなかったときの色々なダメージも大きいため「禁断」という表現をつかわせていただいた次第である。

 最後に、迷った際は信頼のおける修理業者に相談することをお勧めしておく。特に実際の作業を担当する人であれば、少なくとも手間とパーツ代だけは正確に算出してくれるし、経験豊富な業者であればその効果について客観的にアドヴァイスしてくれるはずだ。