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ストラトをnoiselessに鳴らすということ
楽器屋の店員として働いたことがあれば、回数の差はあれフェンダーのストラトキャスターの系統のギターを購入したお客様から
ノイズが多い
というクレームを受けるものである。これは私の現役時代からそうだったし、現在もそれほど変わらないだろう。
ギターを初めて所有したというビギナーから数十年のキャリアがあるギタリストまでバックグラウンドは様々だが、私の場合は修理調整を担当していたので、あらゆるケースに否応なく対応せざるをえなかった。
そのなかでも、ギターからのノイズを軽減させるためにパーツ交換を決断するギタリスト‐少数ではあったが‐のために色々探して試したもののひとつがノイズレスタイプとよばれるピックアップ(pickup、以下PU)だった。
さらに、その中でもPUの、外から見えるカタチは変えずにノイズを減らしたいというギタリストの要望に応えられるのが、今ではスタックコイル(stack coil)と呼ばれるようになった積層型ノイズキャンセリング方式である。
この図の、下側のコイルがノイズ除去用のコイルとして機能するという原理はどのPUカンパニーの製品も共通である。
しかし、他の要素、例えば二つのコイルの接続はシリーズ(直列)かパラレル(並列)か、下のコイルにマグネットを仕込むのかそれとも空芯のコイルにするのかといった違いがある。
さらには上下のコイルに発生する磁界のコントロールが重要らしく、どのPUカンパニーも特許を取得したりしてかなりがっちりと自社のアレンジや技法を保護している。
上の画像はセイモアダンカン(SEYMOR DUNCAN、以下ダンカン)のクラシック・スタック・プラスことSTK-S4である。
ノイズレス系PUはどれも似たような形状なのだが、このSTKに代表されるダンカンのスタックコイル系モデルと、後に登場するフェンダーの純正リプレイスメントPU、ヴィンテージ・ノイズレスにはPUじたいが標準的なシングルコイルPUよりも厚いという特徴があり、一部のギターではキャビティ内に収まらないことがあった。
また、フェンダーのヴィンテージ・ノイズレスは回路内の他パーツ、具体的にはポットやトーンキャパシタも専用のものに交換しなければならなかった。
このせいで、非ノイズレスの他PUとの回路内での併用が難しかった。ギターに載せてみると分かるが、他のPUに比べノイズレスPUだけがボリュームやトーンの効きに違和感が出るのである。
それと、これは恨み言になってしまうので本来はこのような場で公表するべきではないのだが、ヴィンテージ・ノイズレスPUは初期不良にけっこうな確率で出くわした。
さらに、その対応を巡って当時の輸入代理店である山野楽器の営業担当とケンカになったこともあった。我ながら思慮が足りなかったと、今となっては反省しきりである…
おそらくフェンダーのPU製造部門も、完全に新規の構造を採り入れた新モデルの製造に手を焼いたのであろう。過ぎたことだし、以降のノイズレスPUで同様の不良品の発生は起きていないようなので、フェンダーもしっかりと対応をとったもの考えておく。
他にはディマジオが「ヴァーチャル・ヴィンテージ」と称するシリーズを2000年代初期あたりから市場に投入した。
考えてみればディマジオは80年代の時点ですでに、ヴィンテージサウンドをノイズレスに鳴らすためのモデルとしてHSシリーズを生み出していた。
HS-2をエリック・ジョンソンが早い時期に評価したことが知られているが、何といってもHS-3とイングヴェイ・フォン・マルムスティーンのインパクトが大きすぎて、HSシリーズのヴィンテージサウンド志向がすっかり忘れられてしまった。
その反省、というわけではなかろうがヴァーチャル・ヴィンテージは当初からかなり多くのモデルを展開し、モデルごとのキャラクターも明確にしていた。
後にはストラトの年代ごとの特性を反映させた「エリア」シリーズも登場、ヴァーチャル・ヴィンテージの名を殊更にアピールすることはなくなったが、積層型ノイズキャンセリングゆえの低ノイズ性はしっかりと継承させている。
だが、これらを含めた複数のノイズレスPUを試したのち、どうしても音が大人しく感じられることに気づいた。
もちろん、ヘヴィディストーション時の、ブーン、ムーンという低く唸るようなノイズがグッと減ることは素晴らしいことなのだが、クリーンからクランチの間あたりで強くアタックしたときの、チャカッ、チャキッ、という歯切れの良さ、さらには高音弦を強くベンディング(チョーキング)した際のダイナミズムが引っ込んでしまうようにきこえるのである。
おそらくだが、これはふたつのコイルのうちの音声信号を生み出す上側コイルの磁界が上手くコントロールできていないのだろう。PUと磁界の関係についてはレイスセンサーを採り上げた記事を参照していただきたい。
☆
では、ストラトキャスターをノイズレスに鳴らすことができるPUは他にあるか、と問われれば、もちろん答はイエスだ。
以前の記事で紹介したレイスセンサーもその中のひとつだし、9ボルト電池を仕込むことに同意してもらえるならEMGという強力な選択肢がある。
だが、3基のPUの中のひとつだけを交換したい、とか、可能な限り聴感上の音量が大きい、ラウドなPUにしたいということであれば、ツインブレイドタイプのPUに眼を向けてほしい。
一般にはシングル(コイル)サイズ・ハムバッカーと呼ばれることの多いモデルの中の、板(blade)状のポールピースを用いたタイプである。
これはダンカンであればホットレイルやクールレイル、ヴィンテージレイル等の「レイル(rails)」シリーズが該当する。
ディマジオだとさらにモデルが増え、ファストトラックや同2、プロトラック等の「トラック(track)」系のほかにザ・チョッパーやザ・クルーザー、さらには2010年代に相次いで登場したスーパー・ディストーションSやエアノートンS等、既発機のダウンサイジングモデルがカタログに並ぶ。
おそらくだが、PUデザイナーにとってはふたつのコイルを上下に積むよりも左右に並べたほうが磁界をアレンジしやすいのだろう。
また、積層型であれば音声信号を生み出すコイルが上側に固定されてしまうのに対し、ツインブレイドであればどちらのコイルからも音を鳴らせる。
さらに、この二つのコイルのシリーズ、パラレルの配線切り替えも選べるのである。これは積層型には無い強力なアドヴァンティッジだと思う。
磁界のアレンジでいえば、ふたつのブレイドを近接させたポールピース配置によりPU上面の磁界は非常に緊密になる。
加えて、円柱状のポールピースでは上面から弦が離れることで音量が下がる。これがベンディング時や激しいアーミング時に音詰まり感やサステインの低下につながる。
その点でブレイド形状のポールピースは弦振動を点ではなく線、もっと言えば面で捉えることもあって音詰まり感はほとんどなく、サステインも豊かになる。
☆
以上のことから、ノイズレスPUを選ぶべきは;
〇コイル接続のシリーズ/パラレル切替による音のバリエーションが不要
〇音詰まり感や強弱のアタックのメリハリ等が極力フェンダーの純正PUに近い感じで出ることが最優先
という志向のギタリストである。
一方で;
〇フェンダーっぽさよりも弦振動のセンサーとしての感度を重視し
〇シリーズによるハムバッキング風サウンドに加え、コイルスプリット(片側のみ)のシングルコイル風、さらにはパラレル時のノイズレスかつストレートなサウンドも切替スイッチの増設などで鳴らしてみたい
〇設置するPUのポジションや選択するモデルのキャラクターによるサウンドの変化がはっきり出てほしい
と考えているのであればツインブレイドタイプのPUの導入をお勧めする。
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積層型ノイズレスは2000年代に、ツインブレイドはその10年ほど前に流行したこともあり、ややもすると両方とも時代遅れで野暮ったく思えるかもしれない。
だが、現在もPUカンパニーのカタログに残っている製品はいずれも優秀であり、交換によるメリットは必ず有るといえるものばかりである。大音量時やヘヴィディストーションのサウンドに説得力と厚みを出すための選択としては今でも有効である。狙うサウンドの志向が明確なギタリストであればいちど検討してもいいだろう。