ギターを手にOn The Road
浜田省吾のコンサートツアーのロングランっぷりはどこかで聞いたことがある方もいらっしゃるだろう。TVを主としたメディアへの露出によるプロモーションを避け、アルバム制作と長期ロードによるファン獲得、これを数十年に渡って続けてきたのだから、もう偉業としか言いようがあるまい。
聞くところによると省吾の公式HPにはかつてギターの紹介があったが、現在は無くなっているらしい。先の画像はネットで拾えたものをいくつか並べただけなのだが、省吾の使用機材の完全なアーカイヴが見つかればとても興味深いはずだ。
なんせ70年代後半から屋内、野外含めて数えきれないほどのステージに立ってきた彼なのだから、そのギターを眺めるだけでもさぞ楽しい時間になるだろうな‐いちファンとしてのみならず、一介のギターエンジニアとしての正直な想いである。
コンサートツアーが長く公演数が多いということは、それだけ使用機材、とりわけギターにかかる負担もおのずと大きくなる。
オヴェイションやスタインバーガーのような樹脂を用いたギターならともかく、生き物の細胞である木材を組んで造ったギターという楽器は温度や湿度、空輸であれば気圧の変動にさらされ続けることでコンディションの変化につながる。しかもそれはほとんどの場合、弾きやすさや理想的な音から離れる方向への変化‐悪化である。
木部の他にも回路周りの接触不良やパーツを留め付けるネジのゆるみ、不慮の事故による破損など、犬も歩けば棒に当たり、ギターも持ちだせば何かしらのアクシデントに遭遇する確率が上がるのである。
ほとんどのミュージシャンは実際にバンドを組み、またはセッションの仕事を請け負うようになって移動が増え、実際にわが身に降りかかってみて初めて思い知るのだが、少しずつでも対策を講じることでリスクを回避できることもある。
今回は出先のアクシデントで泣きを見ないための細かな改造や揃えておくべき用品などをご紹介したい。
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まずギター本体の、パーツ交換を含む改造について。
これはまず、イチも二もなくジャックである。
ギターケーブルのプラグとの接触を保つうえでこれほど重要なパーツなのに、これほど軽視されているものも少ない。
ジャックはプラグとの抜き差しの摩擦にさらされている上に、プラグを差した状態での外部からの衝撃で変形することが多い。ストラトキャスターのようなボディ表に露出したデザインならまだましも、テレキャスターやレスポールのようなボディ側面に配されたジャックはどうしてもあちこちにぶつかりやすく、そのたびに変形や、さらにひどい場合は断線のリスクにさらされることになる。
お勧めしたいのはスイッチクラフト(SWITCHCRAFT)のジャックである。
国産ギターはいまだに耐久性が微妙なアジア製のジャックを使っているが、これをスイッチクラフトに交換するだけでどれほど耐久性が上がるか、これは経験してみないと分からないかもしれない。
さらに、もし予算に余裕があれば
「ミルスペック(MIL-SPEC)」またはC11という型番のジャックを選んでほしい。
ギターに多用される#11というジャックとほぼ同寸同形状だが、接触不良の少なさを追求したハイグレードなパーツである。
#11にプラグを差したときの音が「カチ」だとしたらC11は「ガッッチャン」と、非常に重く固い。これならプラグとの接触を任せても問題ないだろうと思わせてくれる重厚な感触である。
また、テレキャスターの
このストック(純正)のジャックキャップは構造上どうしても外部からの力に弱い。
代わりにお勧めしたいのが
ネジで木部に留め付けるアルミ製のジャックキャップである。
キャップじたいも非常に丈夫なのでぐらつきや破損の心配がグッと減る。
ただし現在流通しているこのタイプのキャップはジャックがインチサイズのものしか取り付けられないのでご注意を。テレキャスターのジャック部のトラブルに手を焼くオーナーはこのキャップと一緒に前出のスイッチクラフトのジャックに交換してみてはいかがだろうか。
なお、レスポールや同系のギターの場合は
金属製のジャックプレートに交換すると安心である。
また、このプレートの留めネジを純正のものよりも長いものにするとさらに耐久性が増す。これはギターパーツではなくホームセンターで探したほうが早いだろう。
余談だが、ポール・リード・スミスのUSA製モデルでは
このような金属製プレートが純正採用されており、なおかつネジがかなり長い。以前に修理で外した際にそれに気づき、さすが、よく分かっているな、と感心したものである。
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次に、常備しておく工具について。
多くのギタリストが持ち歩く工具類といっても、弦を切るニッパーと、せいぜいドライバーが2~3種ほどであろう。
その中にもうひとつ
ピックボーイのこのレンチ、SC-150BXを加えておくといい。
先ほどのジャックの他に、ギターであればボリュームやトーンのポット、エフェクトペダルのジャック等、気づかないうちにゆるんでしまう六角ナットは意外に多い。
小型のモンキーレンチも悪くないのだが、回す際にギターにキズを入れるリスクがある。慣れていないかぎりはあまりお勧めできない。
その点、SC-150BXはナットの上からアクセスするボックスレンチなので、ネジの軽度のゆるみにはちょうどいい。
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意外に忘れがちなのが交換用の弦とピックである。
特に都市部へ出向くときが要注意なのである。ま、出番までにどこかの楽器屋で買えばいいか、と安易に考えていると、他の客のまとめ買いや長期欠品に遭遇して焦ることになる。
本番前に普段よりも太い弦や滑りやすいピックにいきなり変更して、それでも動揺せずベストなプレイが出来るギタリストのほうが少数派であろう。
面倒くさく思えても、普段張っている弦を2セット、ピックなら3~10枚ほど余分にケースに入れておくことだ。
そうそう、スライドバーで、特にガラス製のものを使っているギタリストも予備をひとつ持っておくこと。ケース内で割れてしまい、あわてて駆け込んだ楽器店でも同じモデルが無かったときはなかなかに辛い。
あとはエフェクトペダルの9ボルト電池も予備を持っておくといいだろう。コンビニでは売っていないことも多いうえに、100均の安物の電池だと新品の時点で規格どおりの電圧が出ないという情けない品質のものもあったりするので要注意だ。
今では多くの楽器店で当たり前のように手に入る
デュラセル(DURACEL)社のプロセルを多めに持っておくといいだろう。
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最後に、最も重要と考える用品をご紹介しよう。
それはギターケースだ。ウケ狙いでも冗談でもなく、私は本気である。
今さらながら強調しておきたいが、ギターは繊細なこわれものである。水濡れにも弱く、ギブソン系の角度がついたネックは転倒しただけで破損することがある。
スイッチやマシンヘッドのような突起も多いうえに、それが音質や機能に直結する。行きの電車の中でピックアップセレクタースイッチのレバーが何かにぶつかって曲がったり、折れたりしてしまえば、その時点でその日の演奏は恐ろしく難易度の高いものになるだろう。
さらに言えばギターはそこそこ重量がある。ストラトキャスター系で3キロ前半、レスポール系なら4キロに近いものも多い。
現在は両肩で背負うバッグ状のケースも多いが、やはり、ギターをしっかり保持しつつも、運搬する当人であるギタリストの肩や腕に負荷を極力かけないようなものを選びたいところである。
かつてリッター(RITTER)が充実のバリエイションとともに登場した際はその性能を褒める一方で、いかにもアウトドアブランド然とした配色やデザインが苦手というギタリストも一定数いたように記憶している。
それから20年ののち、ギターケースも随分とシックで洗練されたデザインのものが増えたものだ。
パッと名が浮かぶのはやはりモノ(MONO)であろうか。発売当初はずいぶんと割高な印象があったものだが、スマートな外見と必要にして十分な機能が支持されるロングセラーとなった。
個人的にはベイシナー(basiner)の製品も気に入っている。
外見はあくまでシンプルながら2020年代のギターケースに求められる要素をほぼ網羅した優秀な製品である。
ギタリストが機材運搬から解放されるのはローディ(雑務スタッフ)を雇えるようになってからのハナシで、それまでの決して短くない期間は汗水たらして自分のギターやペダルボードを運ばねばならないのだから、ギターケースは良質で頼れるものを選んでほしい。
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ギターを弾いて音を出すギタリストはその演奏を他の誰かに聴かせるミュージシャンになり、さらには人前でライヴ演奏するパフォーマーにもなる。今回ご紹介したパーツ交換や用品はそのための準備や保険、投資と思ってもらえれば嬉しい。