かっこ悪くても手をあげる
趣味の柔術は私のライフワーク
でも仕事の都合上、週に一度の練習しか
参加できません。
一回のクラスは時間にして一時間。
一週間は168時間。
その一時間がライフワークというのは
すこし寂しい気もします。
でも一時間だからイイのかもしれないし
そうじゃないのかもしれない。
そのたった一時間がたまらなく楽しくて
その一時間の為に生きてる感もあります。
そんなかけがえのない一時間でありながら
「スパーもう一本できる人?」という
先生からの掛け声に応える事が出来ない時が
ある。
疲労に負けてる。
なんと矛盾していることか。
一週間楽しみでたまらない一時間が
より濃くなるチャンスがあるのに
なんでもう一丁チャレンジしないのか。
やられてもいい。出し切ったほうが
絶対にいいに決まっている。
この前の練習ではスパーもう一丁
チャレンジした。
白帯の新人のおじさんに
パスされて攻め込まれて散々でした。
でも落ち込んでない。
なぜならチャレンジした結果だからだ。
散々なスパーでも学びがあった。
チャレンジしなければ
一歩踏み出さなければ学べなかった事を
学べたからだ。
やられたくない!
恥をかきたくない!なら
チャレンジしなければいいだけ。
でもそれは柔術をライフワークにしてる
自分に嘘をついている事になる。
柔術に嘘はつきたくないです。
趣味でやってる身であったとしても。
ただそれにしてもスパーで
やられ過ぎですけどね。
かっこ悪かったな。
だから学ぶだけ。