第一詩集『わたしを構成する惑星』


火星、戦争

余熱

凍りついていく
感情のなかを
一匹の魚となって泳ぐ

したたかに
うちふるえて
うつくしい朝を迎えました
靴音が響く
少しずつ剥離していく
言いたいことを
言わないまま
朝食のための
卵をかき乱す
昨夜わたしは
あなたの頬を殴り
ひどいことを言った
聞き分けはいつもわるい

弱点をつかれて
うろたえたのち
人のかたちを失って
いつだって、わたし
重たいシーツの上で
ゆらいでいた
いつまで歩けばよいのだろう
輪郭のはしばしが
凍りついていく
こうなることは
わかっていたのに

次こそは
言いたいことが
言えますように。

雷鳴

雷鳴がたえまない

熱に浮かされて
虹色の夢を見ました
小学生のわたしが
地面に落ちた椿の花を
手のひらに包んで
家まで持って帰った日のこと。

わたしは
磁石ではない
ましてや
万有引力など
持っていない

(あなた方のおっしゃるとおり
 じんるいがおとことおんなに
 狂いなくわかたれるのならば
 たしかにわたしはひとでなし
         なのだろう)
計算された夕焼けに
幻惑する
みずからに
貼られた値札
ご通行中のみなさん
わたしのY染色体は要りませんか
見知らぬ顔が一瞬で曇る
(あ、わたしいきしてない)

翌日の朝
父の生存を示す
心電図の波が凪いで
ひとでなしのわたしを
雷鳴が追い越していった

かくらんする 

どこまでも関与しないまま
理解できない言葉で
叫ぶように話す着信を
しずかに切った

曇天のもと
虹の麓をめざして歩く
孤独と言えるほど
孤独であったことはないから
あるべきものが
あるべき場所に
行儀よく鎮座して
わたしに挑みかかっている

蚕のように
かんまんな動作で
受けそこなって
地面にころがったボールを拾い上げる
手をふるひとへ
もういちど力強く送り返すため

関与しないまま
あらゆるいのちが波打って
いとしいひとから順に
過去形になっていく
はるか かなた

揺りかごから墓場まで 

雨音が鳴って
十まで数えたら
足音まで鳴って
わかっているから
引き留めない

この四畳半を陣地として
極限まで細胞が拡大して
お母さん、
昨夜 あなたは
遺言のように
大量の赤いヘアピンを散らした
分からない言葉で
あちこちに引いた境界が
わたしを定義して
とても 孕む

かたくなに結んだ拳から
砂がこぼれて
巧妙にひそませた敵意が
あらわになって
ついに限界を知った

したがって
お母さん、
しんでください
これがあなたのためなのよ
そうやってわらって
いつかあなたが云ったように
わたしを産んだ
痛さに比例して
あなたは ずっとずっと軽くなる

まもなく
豪雨

ほろんでいく 

指のあいまに
音だけで実体のない雨が
ふりしきって
片腕でこらえている

水ぎわに白いページの、
たおやかにほどかれて
砂州のいちばんするどいところ、
あなたの喉仏がかがやく

貝を数えあげて
シーツへ捨てる
未練もなにもない、
あなたの手首を愛しすぎたこと。

感情が下降線をたどり
わたしが二足歩行をはじめるころには
すでに三万年がすぎていた
親切な人から
ネアンデルタール人は
四万年前に絶滅したのだと
教えてもらう
まひる

雨が降りやんで
次の一万年が過ぎるころ
わたしはもっともっと老いて
ほかの誰でもない
あなたに電話してしまうのだ


帆影 

袖のうえから
静脈をなぞる
さかさまに 生まれて
あおむけで 息をする

冷蔵庫から新鮮な
海をとりだし
まな板のうえに列挙して
垂直に刃を立てる
手のひらへ
かすかに抵抗する細胞を
砕きながら進める

午后には
脱ぎ散らかした下着や
くたびれたシーツを
洗濯機に放り込んで
循環する泡を見つめていた
三件の不在着信に
あわてて折り返すと
あなたがのんびりとした口調で応答する

やがていなくなるものに
包囲されて
霏々と雨が降る
霏々と雨が降る
みんな
いっせいに
まえへならえ 

金星、平和

遠響 

いくえにも
夜を孕むから
安全な
日常を確立できませんでした
黄色い線の内側に立っていると
銀色の鉱物が
やわらかく明け方をつらぬく

夜明けを
文字と等間隔に並べ
メール越しに
潮騒を聞いている

わたしの脈拍に
朝が追いつく
兵馬俑のように
電車にゆられ
うつくしい秘密を
かかえたまま
階段をおりる

淡々と
淡々と
洪水のように夜が流れ
わたしは何度目か
手紙を出し忘れる

わたしを構成する惑星 

なくなった会話の隙間を埋めるように
比喩だけを頼りに
横断歩道の白を選んで歩く

あなたの猫背に急かされて
嵩張った髪を間引いて
わたしは低空飛行をはじめる

たくさん失う
わたしの星を数えて
(遠くで踏切の鳴る)
、だから二日ぶりの雨が
慰めにすらならないと知る

息絶える夜を見送って
出口に逆らって
電車が夏を産む

枯れ草のように乾いた髪を梳くたび
いとおしく思う
春が滅んでいく

半島の青 

束ねた髪をほどいて
空港に降り立ち
メール画面をひらいて
息災をつたえる

入り江に風がわたり
青いガラスのように
湖も冴えている
水辺のコテージで
半年の空白を
なぞるように
斜めの角度で笑ってみせる

未明に目を覚まし
窓を開けたら
風が潮をいざなって
素肌へしみこむ

小火のような痛みが
やがて燎原の火となり
わたしを滅ぼすまで
オルゴールは鳴りつづける

未明

むらさきに煮えていく
感情をかかえては
転位をかさねた

尾を引いた混乱が凪いで
静謐が戻ってきたら
せいいっぱいのきすをしよう

余白の未明に
文字がほつれて
あなたが目覚める時刻を
粛々と待つ

無知ではなく
未知であることを
誇らしく思う

言葉少なに
祈るだけになって
しきりに鳴っている半島が
やがて静止して
青くほどけていくのに
まかせている

しんしんとかじかんでいる

わたしたちの小夜曲 

昨夜の雨音とともに
晴れやかに
金木犀を迎える

寒々と、
さめざめと、
電車はわたしを乗せて
ホームへすべりこむ

送ろうとして
書き損じた手紙で
わたしの右手は
汚れてしまっている

見なれた木々が
やさしく触れてくる
それと呼応して
わたしのもとに
あなたからの返信がおりてくる

会うことも
ままならないまま
行きたい場所だけ
増えていく

こんな日
金木犀が
川沿いに
一斉に咲き誇っている

冬凪 

四度目の冬に
はじめてまぶたをひらいた
はじまる瞬間を
見逃さないように
濃い影を
ますます濃くして息する

触れていく突端が
どれもあたたかくて
すべて きらいだ
白い白い布に映った
枯れた木々たちの
葉がこすれて
さんさんと鳴って
息が白くなって
はっきりと敵意を知った

隣で眠るあなたの
安心しきった顔を
崩したいと 願う
首に手をかける
果てまで重なって
すべて 望むから
すべて 叶わない

肩から熱がつたわって
みんな居なくなればいい
不幸を選んだら
幸福にしかなれずに
あなたと手をつなぐ

いまにも崩壊していく指先


呼吸困難 

つまさきから破滅していくひとへ。 

灰色の空から
唐突に
幸福が舞い降りる
うやうやしく
喉元でうけとめて
晩夏を纏う

感情を薪として
喉から生まれる言葉が
つぎつぎ ひらけて
そのたび 波及して
窓をたたいて
呼び鈴を鳴らして
答えはポストのなかにあり
いつも君だけが知っていた

空の色を
うつしとって
わたしの声帯が灰色に染まる

つまさきから
破滅していき
息はとうに絶えていた
目が覚めるほどの
きょうの曇天に
感謝しよう

そうやって
懲りずに啄んでは
人のかたちのまま
明け方に叫んだ

これを恩恵と呼べるのならば 

生きている
まだ 生きている
音がする
黄色い線の内側にて。

かたむいていくわたしを
保護しているゆいいつの色
幸福が一瞬で絶望に変わる
空気の鋭利な境界線を
すぐさまに 知って
片っ端から 触れる

存在ひとつ
研ぎ澄ましては
あふれる感情を
ほうり投げて
なかったことにする

生まれたままのかたちで
水のように眠る
なにもかも 満ちて
なにもかも 足りない

ほうり投げた感情が
やがて腐敗して
悪臭を放ちはじめる
存在ひとつ
研ぎ澄ましては
切れぎれに息をする

一匹の魚が
水面から顔を出して
激しく
外側へ
はねた

木星、快楽

まなうらの微熱 

さらされることに
慣れないまま
小さじ三杯ぶんの
海をこぼしました

──曇天。

夏至が近づくと
ここいらは夜でも明るい
十時に家を出て
東の空に
加護を祈って
十字を切る

穴が空いていることを
知りながら
強情に
バケツに水を注ぎつづけた
あなたになら
騙されてもいい、と思った

ひどく事務的な呼吸で
つむじからつまさきまで
びしょ濡れになり
一緒に風邪を引いた

はつらつと
はつらつと
曇天のなか
手をつなぐ

幽霊かもしれない

均衡

大きくふくらんだ
わたしの欲望
すべて 叶えて
すべて 認めて
どう にも ならない

やわらかく
夜がちぎれて
黙って息をして
あることを
あるままに
真摯に対峙する

いったり
戻ったり
を繰り返し
少しずつゆがんで
ふたりは一層
あいまいにへだたって
このまま
どこ にも いかない

ひかえめにふくらんだ
あなたの欲望
すべて うけとめて
丁寧に はぐくんで
どう にでも なるほど
わたしたちは
見事に
つりあいがとれている

ひらけていく水

くるぶしの傷口から
海がひらけて
(あ、
 あれは なにか
 悼んでいる)
昨晩は
吐き気がするほど
激しくセックスをした
片腕でだきしめる
何度でもうなずく

抜け目ない速さで
きみの稜線を射抜く
わたしのくるぶしの傷口は
ひろがっていくばかりで
ものの数分で
玄関が水浸しになる
わたしときみのさかいめが
なくなるように
ひとつの数式を完成させる
(あ、
 まただ
 また あんなに鱗をまき散らしている)

足らない歩幅で
水たまりを跨いでいく
わたしはわたしを微分して
正しく
宙返りをする

さがさないでください

焼け跡 

ひとたび うごいて
みたび うなずいて
ふたたび いきかえらない
その前提で
触れてみて

四方八方に
散らばった
わたしから洩れでた
したたかな吐息

きれい
くるしい
いきたえそう 
もうすぐぜんぶ終わるから
ベッドの端から
そこから見ていて、ね

この部屋、四畳半の
殺伐とした陣地で
たしかに 満ち足りて
たしかに ふさわしく
わたしは 狂っている

ころす かわりに
もっと 生きて
その距離の分だけ
やさしくできる
その前提で
もう一度
名前を呼んで

くるしい
いきたえそう

やさしく首を絞めて
終末まで
連れだって
おまえなんてきらいだ
やたらと雨の強い朝
せいいっぱいの復讐

示相化石 

白々しいほど
辻褄が合ってしまって
終電まぎわの駅で
バッグの底にあるはずの
頭痛薬をさがす

雨を引き裂いて
電車が到着する
化石になりそうなほど
座席に安住して
ここにいたい、と
願うままに叶ってしまって
音信不通のまま
未明をめざす

誘われるままに
うべなってしまって
白い脛をむき出しに
執拗に呼び鈴は鳴らされて
執拗にわたしはこばみつづけた

そうして
ひたすら雨が
瞼を湿らせる

薬が見当たらない

シンクロ 

循環する水のなかにて。
釣りあげては
戻して
を繰り返しては
必死に酸素を欲している
お前たちの
ぽっかりとあけたくちに
チョコレイトをほうりこむ

目眩がするほど
素晴らしい曇天
に気を取られ
転んで
つまずいて
片方だけ脱げた
靴を追って

 

線香の匂い。

 
木々のおくの
湿った道に
立ちつくす彼女
平静を装って
呼びかける
やあきょうは素晴らしい曇天ですね
三度呼びかけて
三度目に視線が合って
裸足のまま
逃げた

先生、わたし息ができません
見てしまったんです
もうひとりの自分を
このまましぬんでしょうか、わたしこのまましぬんでしょうか
先生は答えない

わたしの口に
ほうりこまれたチョコレイトが
増殖して
生き返るためには
もう片方の靴が必要だと
知ってはいるのだ
曇天を口実にして
空へのぼっていく

 


お元気ですか
 

シークレット・レッスン 

粘液      適量
ととのった眉間 ひと切れ
いのち     ひとつぶん
(いのちは事前に剥いておいてください)

 
飴色になるまで
感情を煮詰めて
充分に煮立ったら
切りそろえた眉間を
むき出しのいのちとともに加えてください
あとは仕上げに
粘液でとろみをつけたら完成です

こうして
三十分かけて完成した
わたしのドッペルゲンガー
愛情をたくさん注いでください
毎食にはよく砕いた会話を与えてください

わたしたちは
ふたりでありながら
それでいて奇妙にひとりだ
「おいしいね」
「おいしいね」
会話は砕かれたまま
進行して
もうひとりのわたしは
わたしの些細な揺れを
目ざとくすくいとって
みずからの口へはこぶ
「食べないでよ」
「お互いさまですよ」
軽く一礼してわたしは
もうひとつの茶碗へ
茶を注ぎなどする
「気が利くね」
「お互いさまですよ」

目覚めると
すでに夜になっていて
かたわらに
見知らぬなきがらが
転がっていた
そのとき唐突に
けたたましく呼び鈴が鳴った

午前四時二十六分 

曇天のなかを
まっすぐ
すすんでいく

動悸、鼓動、宇宙へ拡大して
何度だって吠えて
あたたかいスープを
要求する

それでも
失うことはなくって
平然と
与えられた居場所に
まるく収まる
雨の匂いがする
すぐに雨の音がして
このままうまく
逃げ切れる気がした

わたしがふしあわせなのは
産むことはあっても
二度と産まれることはないから
いっせいに点っていく灯りが
あたたかくて
わたしは
根気よく吠えて
きすを要求する

雨の音が断続する
雨戸を閉める
次、開けたら
出来すぎた晴天でありますように。

冥王星、再生 

骨の朝 

すべての骨を
余念なく
一列に並べて
数え上げる

きれいに焼き上がりました
これはわたしの大腿骨
これは鐙骨
これは喉仏
故人はわたし
参列者はわたし
喪主もわたしで
箸で骨をつまみ
うやうやしく壺へおさめる
疲労のすえ
家のドアを開けると
新しいわたしが
また産まれていて
産んだ覚えはなかったが
認知してください

あまりに切実に云うので
認知してやった

昨日 わたしの肉体は
黄色い線の
内側から
外側へ
跳躍した
はずだった 

丁寧にみがかれた
わたしのなきがらは
どれもきれいな顔をしている
そうやってまた明日には産まれるんだろう
しめやかに
白く濁っていく朝を
こばみもせず

三分前、それから

この足が
わたしのものであると
産まれる前から
たしかに知ってはいたのだ

突然ですが
あなたを孕んでしまいました
(この問題を解決するヒントはありません)
わたしを
受け入れてくれますか
わたしは魔女です

眠るたびに
刻々と
石化していく足を引きずっては
正しい感情を選択
あるいは洗濯して
白い指先を隠した

応答できぬまま
次々と質疑がなされていく
魔女になんてなるものか
心拍数が乱高下する
この足はわたしのものです
あなたには譲れんよ
片言で抗って
ふり払う

視線が行き場を失って
ひとりずつ世界から去っていく
あなたは何者ですか

すすんで迷子に 

ねむりたい夜が
つらなって
こまやかな布を織りあげていく 

このまま
どこへ行っても
自由なのだから
一人だって平気だ
朝の五時に
モスクワに着いたら
白い蒸気があがって
むき出しの手の甲が痛い 

携帯の向こう側で
明るい笑い声を立てて
彼は現在地をたずねてくる
岐路に立ったら
知らない方を選んで
すすんで迷子になる
二度とたどり着けない場所へ
たどり着こうとして

こまやかに時間が繰られ
素晴らしく
未知のまま
このまま
ここにいて
もっと 目覚めたい

着陸

氷河のように
感情がとどこおるから
毛布にくるまって
呼び水を待った

獣たちの未生が
そこかしこに息づく島で
足跡を散らした
地平線から立ち昇った影が
雷鳴を引きつれて
声帯をふるわせる

窪地に水を湛えて
回転する天体が
静穏をたもっている
人間らしいことを
営まないまま
筆跡のたしかさで
息継ぎをする

変わっていくことを
うつくしくおもう
安寧のなか
呼び水がいざなって
まぶたを開けたら
まもなく 空港

n番目の光景

 肩をたたく音がする

すでに車窓は見知らぬ風景
朦朧とした意識のなか
ものうげに立ち上がる
気づくと
わたしの皮膚は苔に覆われていて
世界は原型がなくなっちまって
樹木の一部として
呼吸
を余儀なくされる

 (ここはすでに世界のすべてで
 いま、世界のすべてはわたしなのだ)

わたしは無いはずの肩を鳴らし
ほの暗い洞のなかを歩いていた
青白い光だけがあって
誰もいない
眠気が襲う
あらゆる世界の
あらゆる地点から
雨がはじまる
唐突に
雨がはじまる
ひとしく
いっせいに濡れていく

肩をたたく音がして
見上げると
見覚えのある古びた窓
大きく傾きはじめた
この、四畳半の宇宙

塩の柱 

雲の高度が
おそろしく低い
きょうは月曜日

湾のそばに
点在する小さな集落と
時間の止まったような船着き場
海岸線が襞をなして
ひたすらに続いて
神様と猫のすむ島
風がやさしいけれど
決して ふりむいてはいけない

さまざまな形の器に
人の 植物の 獣たちの
呼吸が根付いて
どれも いつか傷んでなくなる
いままで
つたない泳ぎ方で
生きてきた
上手に泳ぐ必要なんて
いままでも
これからもなかったのだ、
と 布団のなかで
濁流のように流れた
三年間を取り戻す

発つ日の朝に
愛すべき隣人に抱擁をする
あの人たちはやさしいけれど
決して ふりむいてはいけない

わたしの丸まった背中を
三年前のわたしが強く蹴飛ばす
蹴りかたがつたない

徐々にあたたまっていく

立ち止まる
春に
あたたかくなって
こんなにふくらんで
自分のねぐらを
さがし求めた

立ち止まるのは季節だけではない
けものだって立ち止まるし
わたしだって立ち止まるから
たくさん 抱きしめる
そうして
また わたしがふくらんで
あいまいな感情のまま
何度だって 逃走を企てた

はしばしから
はしばしまで
熱をおぎなって
くすんでいくわたしの輪郭を
追いかけて
無駄だと知ってはいるが
与えられた空白を
与えられた密度で
うながして
丁寧に 呼吸する

空までの断崖
ふくらんでいく春と

はてしない感情と

音の点滅 

早朝に降り出した雨が
静止したけれど
わたしのからだは未だ
沈滞を続けています

わたしが現在
判別できるぎりぎりの
人のかたちをたもっていること。
受け入れる姿勢で
この呼吸を周期として
増減を繰り返し
三匹死んだ猫の
三匹目の名前を思い出せずにいて
だからしたがって
終わりまで愛せる

穏やかな室内から
白く煙るロータリーを眺めては
(点滅する二重写し、)
受け入れる姿勢で
座って見開いたまま
わたしのからだが沈滞を続けています

わたしが原型を失って
霧のようになって
判別できなくなっちまって
平静を装って
世界に冷静に三月が来ます

遠いはずの心音がやけに大きい



初出一覧

雷鳴  『現代詩手帖』2019年11月号 選外佳作
揺りかごから墓場まで 『現代詩手帖』2020年5月号 選外佳作
ほろんでいく 『現代詩手帖』2020年8月号 選外佳作
帆影 『現代詩手帖』 2019年7月号 入選
遠響 資生堂ウェブ花椿「今月の詩」2018年10月掲載
わたしを構成する惑星 『現代詩手帖』2018年7月号 入選
未明 『現代詩手帖』2019年4月号 選外佳作
わたしたちの小夜曲 『現代詩手帖』2018年9月号 選外佳作
まなうらの微熱 『現代詩手帖』2018年10月号 入選
ひらけていく水 『現代詩手帖』2019年8月号
示相化石 『現代詩手帖』2019年6月号 入選
シンクロ 詩誌『OUTSIDER』id:05
シークレット・レッスン 『現代詩手帖』2020年2月号 入選
骨の朝 詩誌『OUTSIDER』id:03
すすんで迷子に 『現代詩手帖』2019年9月号
着陸 詩誌『OUTSIDER』id:02
塩の柱 『現代詩手帖』2020年2月号 同時紹介
徐々にあたたまっていく 『現代詩手帖』2020年4月号

 発 行 日 二○二○年五月七日


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