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断片:ブートキャンプが終わらない

時は遡る。イリノイ州シカゴより車で一路、13時間・762マイル。
アメリカ合衆国・東海岸、メリーランド州ボルチモア市。
河口の再開発地区・インナーハーバーには、近代的な建造物が立ち並ぶ。
大学キャンパスに程近いこの区域だけが、安全の保たれた『聖域』だ。
聖域から一歩足を踏み出せば、薄汚れて疲弊した貧者の街が姿を現す。
麻薬と犯罪の蔓延る街を、誰が呼んだか『アメリカのヘロインの首都』。
『聖域』内に広がる清潔な街の一角に、『組織』の東海岸支部は存在した。

NPO法人『ReFインターナショナル』。活動内容は、失踪人の情報収集。
全米に調査員を擁し、独自の膨大なネットワークとデータベースを有する。
警察・保安官事務所・FBIとも協調関係にあり、情報網への信頼は厚い。
発足当初より現在に至るまで、活動資金の大半は寄付金で賄われていた。
「……我々の組織の活動の実に99%が、”合法的”な社会貢献なのだよ」
肥満体の面接官、”ドン”ことドナルド・マクヘンリーは含み笑いで嘯く。
彼のシャツと、両肩のサスペンダーがはち切れんばかりに突っ張っていた。

「悪いけど私、事務屋に興味は無いの。探偵ごっこも真っ平ごめんだわ」
赤毛のそばかす女、アシュリン・ギャラガーが冷ややかに断言する。
随分はっきりと物を言う女だな。ジョッシュは彼女の隣に座り、思った。
二人の眼前、散らかった机を挟んだ向こう側で、安物の椅子が軋んだ。
「成る程、手強いお嬢さんだ……クラウが連れて来ただけのことはあるね」
ドンは額の汗をハンカチで拭い、眼鏡を正しながらジョッシュを一瞥する。

薄汚れたタンブラーを手に取り、一口飲んで、汗を拭いまた眼鏡を正す。
ドンの忙しない動きを、ジョッシュは好奇心の強い猫めいて観察していた。
「あんたも何か言ったらどうなの、ジョッシュ。賢しらぶってだんまり?」
棘のように刺さる言い回しに、ジョッシュはムッとした顔で咳払い。
「僕はクソ野郎と仕事をせずに済むなら、ドブ浚いでも喜んでやりますよ」
ドンはコーヒーを一口飲み、訳知り顔で頷いて、額の汗を拭い笑った。
「ハハハ、いい心がけだ。そんな君たちにピッタリの仕事を紹介しよう」

――――――――――

ボルチモア郊外。私有地の会員制射撃場(プライベート・レンジ)。
所有者の資産家は、組織の”裏事情”にも通じた、熱心な支援者の一人だ。
昼下がりの射撃場は、ジョッシュたち4人だけの貸し切り状態。
射台には駐輪場めいて横長の庇が立てられ、後ろにはテーブルが並ぶ。
100ヤード射場の遠方に、弾止めの盛り土(バックストップ)が見えた。
射撃には手頃な空間だ。強力なライフル銃を試し撃ちするなら、特に。

「初めてでも良く分かる射撃講習とか、そういうのはやらない。いいな」
軍用コートのドイツ女・クラウディアが、黒塗りの分厚いケースを開く。
「必要なことだけ教えるから、技術は自分で身体を動かして覚えろ」
相棒の黒人男・デクスターが複雑な表情で、ジョッシュに銃を手渡した。
薄汚れた木製フルストックのボルトアクションライフル。旧式の軍用銃だ。
「マウザーK98……ナチの銃だわ」
銃を操作するジョッシュを見て、アシュリンが皮肉笑いで呟いた。
「銃は道具だ。ナチだろうが何だろうが、使い物になるなら関係ない」
口を開いて抗議しかけたジョッシュを、クラウがすかさず黙らせる。

デクスが木製フルストックの銃をもう一挺、アシュリンにも手渡した。
「セミオートね。見たことない形。随分古くて汚い。これもサープラス?」
「FN49、エジプト軍仕様だ。弾は同じ8mmで、値段の方もお手頃」
デクスが皮肉っぽく笑い、TVショッピングめいて流暢に解説した。
「フリマで買った、誰が使ったともしれないお下がり……感動の節約術ね」
「それより何で僕がボルトアクションで、彼女はセミオートなんだい!?」
「ゴチャゴチャとうるさいね。銃に文句があるなら自前で用意しな!」
クラウが語気を荒げ、メルケルのダブルライフルを二人に掲げて見せた。

「『餓鬼』を殺すには、銃で撃つのが手っ取り早い。それも強力な銃でね」
クラウは口角を上げて嘯き、セルビア軍放出品の弾が入った紙箱を放る。
7.92mm×57マウザー弾。1箱15発、5発クリップ3個入り。
ジョッシュは弾を手に、1発ずつ取り出すかどうするか、途方に暮れた。
アシュリンは彼の隣で、銃上部にクリップを挿し、指で5発を押し込む。
「あんた何やってるの? 書類止めのクリップじゃないのよ」
「そうやって使うんだったのか。勉強になるね」
ジョッシュは銃のボルトを起こし、四苦八苦しながらクリップ装填を行う。
「呆れた、あんた何も知らないのね。そんな調子じゃ先が思いやられるわ」

――――――――――

射台の内側。何もない荒れ地に、無数の木杭が撃ち込まれていた。
杭の先端には、人の上半身を模した段ボールの標的が付けられている。
「レッスンその1。しっかり狙って撃て。視線より上には絶対に撃つな」
「ライフル弾は、角度をつけると何マイルも飛ぶからな。気を付けてくれ」
クラウの発言をデクスが補足し、標的を指差す。距離はおよそ7ヤード。
「拳銃でも当たる距離だけど、こんな近くていいの?」
「随分と余裕だな。距離は近いが、狙う的は小さいぞ……何せ”心臓”だ」
クラウがジョッシュの銃を取り上げると、耳栓を付けて的を狙った。
おもむろに5発連射。轟音の中、クラウは涼しい顔で強烈な反動をいなす。
「わかったか、”心臓”だ。それ以外に当たっても効き目はないと思え」
クラウが銃をジョッシュに手渡す。的の胸部に、弾痕が5つ刻まれていた。

それから、鬼のような猛特訓が始まった。
「1つの的に5発! 撃ったら再装填しながら前進、次の的にまた5発!」
ビー! ジョッシュを急かすように、競技用タイマーが電子音を放つ!
BLAM! 吐き気のする反動! 鉄板張りの銃尾がめり込み、肩が痛む!
青褪めた顔で5発撃ち、撃ち終われば次の的を目指して走り出す!
「遅い! 弾込めは移動している最中だ! もたもたするな!」
クリップを銃に突っ込んでも、慣れない手ではうまく弾を押し込めない!
「クソッ、ナチの訓練だってこんなに野蛮じゃないぞ!」
標的の前で地団太を踏み、ボルトを押し戻してクリップを弾き飛ばす!
ジョッシュは慣れない動きで照準を合わせ、標的に5発叩き込んだ!

重い銃だな。8mmは撃ったことないけど、反動はどんなもんだろう?
アシュリンは大きなセミオート銃を抱え、標的を見据えて心中呟く。
ビーッ! タイマーの音と共に、人差し指で安全装置を弾き、銃を構える!
5発連射! 彼女は30-06弾を撃った経験もあり、慣れたものだ!
次の標的に走り、5発連射! また次の標的に走りつつ、弾を再装填!
10発は詰めない。5発詰めたら、直ぐ撃つ。脳内で復唱して、射撃!
「ハハッ、上手いな。俺、ぶっちゃけあの嬢ちゃんのこと舐めてたよ」
デクスの言葉にクラウが鼻を鳴らし、ジョッシュは苦い顔をした。

それから二人は練習を続け、200発は撃たされてようやく解放された。
「肩が痛ぇ……ちくしょう、こりゃあ明日は痣になるぞ」
「泣き言? だらしない。根性が無いわね、男のくせに」
「差別発言だ! 何かジェンダー的なあれが大変だぞ!」
拳を振り上げるジョッシュに、アシュリンが冷ややかな笑みで鼻を鳴らす。
ドサリ。テーブルで向かい合う二人の前に、山盛りの弾箱が置かれた。
7.62mm×25トカレフ強装弾。1箱40発入り、チェコ軍放出品……。
「ライフルの次はピストルだ! 遠慮することは無い、好きなだけ撃て!」
年季入りのCz52ピストルを卓上に放り、クラウが悪魔めいて笑った。
「……アアアアア―――――ッ!!!!!」


【断片:ブートキャンプが終わらない おわり】
【次回へ……つづく?】

From: slaughtercult
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