仮称・緑の獄 #ヘッズ一次創作 プロト版
【1ページ】
モノクロの世界。俺は公衆便所の薄汚れた鏡に
両手を突き、無精髭を浮かべた自分の顔を睨む。
頭上の蛍光灯は頼りなく明滅し、歯を食いしばる
俺の顔を、どこか他人事のように鏡へ映した。
激痛。後頭部。中から外へ。頭から植物の茎が
伸び出て、どす黒い蕾から大輪の花が咲いた。
どす黒い花粉が宙を舞い、意識が朦朧とする。
身体を渡せと囁くのだ、頭に生えた蝕物が。
させるか。俺は震える右手でセミオート拳銃を
抜き、銃口を咥えて、鏡を睨んで、トリガーを。
絶叫。後頭部に鈍痛。頭を手探る。オーケイ、
何も生えていない。ついでに穴も開いていない。
俺はまだ正気だ。確信して天井を見上げ、自分が
寝床から転げ落ちたのだと気づいた。
枕元の机には、セミオート拳銃。横に置かれた
タバコ入れを掴むと、大窓から部屋の外に出た。
温室めいた部屋の外は、屋上庭園。縁に立って
見渡せば、聳え立つ高層ビル群が朝焼けを浴びて
輝く。どのビルも、外壁はツタ蝕物まみれだ。
眼下。ビルの谷間、都市の低空に揺蕩う雲海。
俺はタバコ入れを開き、極楽朝顔の木皮巻きを
取って咥え、チタンのライターで火を点けた。
酔漢が笑うような鳴き声。紫煙の向こうの空に
極彩色の鳥が数羽、雲海の中へと飛び去った。
タバコに混ぜた縞丁子が音高く爆ぜ、どぎつい
芳香を放つ。慣れれば病みつきになる香りだ。
「女みたいな悲鳴を上げて、悪い夢でも見たか」
背後から声。迫る足音。顔を顰めて振り返れば
豊満な大女が、マルーンの長髪を揺らして歩く。
女処刑人・エスメラルダ。俺の雇用主だ。
「社長。こいつは失礼、お聞き苦しいものを」
「おかげで目が覚めたよ、興奮の余りね。お前が
死ぬ時は、こんな風に悲鳴を上げるのかとね」
社長は足取り軽やかに、大袈裟な身振りで己を
抱きしめ、眼前で立ち止まって俺を見下ろした。
「実に楽しみだ。お前が『蝕人』になった時は、
この私が慈悲深く介錯しよう、是非そうしよう」
「冗談でしょう。そん時は潔く自殺しますわ」
沈黙。流れる紫煙。社長の不穏な笑顔。彼女は
踵を返すと、鼻歌交じりに部屋へと戻った。
【2ページ】
薄暗いエレベータ。隣り合う、俺と社長。
姿見に映る俺は、黄色い合成繊維の防護服姿。
社長の防護服は深緑で、軍用の強化繊維製。
俺はセミオートの装填を確認すると、防護服の
胸のホルスターに収めた。社長の銃はデカブツを
2挺、腰の両側から太腿に下げている。
エレベータが開くと、叩きつけるような雨音が
俺たちを出迎えた。安っぽい防護服の樹脂越しに
感じる湿気に辟易しながら、足を踏み出す。
ガレージには旧式の4輪駆動車。俺が運転席で
社長が助手席。クランキングを繰り返し舌打ち。
粗悪なバイオ燃料のせいで調子が悪い。三度目の
セルで、頼りない音と共にエンジンが始動した。
人類の理想都市・グリーンヒルズへようこそ。
外の世界は砂漠と瓦礫と汚染物質塗れらしいが、
ここなら新鮮な空気も水も、豊富にある。
街の至る所で繁蝕している、遺伝子改良された
蝕物はここの名物だ。そのやたらと強い繁殖力で
街中を緑色に染め上げ、日常に彩りを添える。
『委員会』に言わせれば生命力の象徴だが、俺に
言わせれば、少し活きが良過ぎるのが難点だな。
人すら苗床にして、花を咲かせる程度には。
石畳を侵食する蝕物を踏みしだき、ジャングル
都市の街路を4駆が走る。フロントガラスを雨が
打ちつけて騒々しい。グリーンヒルズは殆ど毎日
雨が降る。都市に有り余る熱気と湿度が、低空で
雲を成しては雨を降らせるのだ。降っては止み、
蒸発してまた降り、延々と循環し続けている。
その恩恵を最も受ける存在は、街中に蔓延って
いる蝕物たちだ。土が乏しくとも、循環する水が
奴らを肥やし続ける。そこには虫が集まり、虫を
食べる鳥も集まる。素晴らしき共生社会だな。
ビル街かつジャングルという、訳の分からない
景色も、俺を含めた住人には馴染みの景色だ。
生活環境に充満する湿気。衛生状態は良かろう
はずもない。地上の食物は腐敗が速いから注意が
必要だ。問題はそれだけじゃないんだがな。
蝕物だ。この街の一番の悩みの種が、それだ。
街の北方、5区・13番街。静まり返った街角の
半ばで4駆を止め、俺と社長は車を降りた。
【3ページ】
雨上がりの午後。無人の商店街。目抜き通りに
車は走れど、歩道に人の姿は皆無。街角の所々に
立つ橙色の防護服は、警戒に立つ保安隊員だ。
「委員会からのお知らせです。現在、この区域で
蝕人が出没しております。危険ですので、住民の
皆様は外出を控え、身の安全を守りましょう」
街頭スピーカーの緊急放送はどこか他人事で、
俺はマスクのフィルター越しに溜め息をついた。
「デカい目印だね。蝕人が出たのはあそこだ」
社長がこもった声で語り、大人数の保安隊員が
陣取る雑居ビルを、顎でしゃくって示した。
「頭数があるなら、自分たちで何とかしろよ」
「そうすりゃ私らは失業さ。余計な口を聞くな」
言葉を交わして歩み寄る俺たちを、保安隊員が
防毒マスク越しに見据え、腕組みして出迎えた。
「住民から苦情が出ている。早く片付けてくれ」
「ハイハイ。報酬の方はしっかり頼むよ」
社長は気のない言葉を返して、蛍光色の群衆を
かき分け歩む。後続の俺を躓かせようと、隊員の
一人がさり気なく足を突き出した。引っかかるか
バーカ。俺はひょいと躱すと、横目に睨んだ。
「鬱陶しいんだよ、薄汚い野良犬が……」
「殺し屋、金の亡者ども……」
「さっさとくたばれ……」
友好的でないセリフと、圧のある視線。連中も
社長には絶対に喧嘩を売らないから面白い。
俺は涼しい顔で呪詛を聞き流し、ビルの玄関に
足を踏み入れると、薄暗い天井を仰いだ。
「奴さんども、随分と鬱憤が溜まってる様子だ。
保安隊は福利厚生が不足してますな」
「税金で食える飯以上の福利厚生があるかね」
社長は含み笑いで俺を一瞥すると、階段を指で
なぞった。その先には陰気な闇が広がっている。
「目的地は3階、階段を出て右の突き当りだ」
社長は気怠そうに告げると、両腰のホルスター
から、やたら大きなセミオートを抜いた。
俺も銃を抜き、装填を再度確かめると、死角に
用心しつつ先行して階段を上る。俺は本チャンに
辿り着くまでの露払いだ。背後の社長は足取りも
軽やかに、鼻歌なんぞ歌って気楽なものである。
泥臭い凝った空気をかき分けて進めば、一匹の
虫が段上に跳ね飛び、2階へと俺たちを誘う。
【4ページ】
2階。廊下は無人。3階へと歩みを進める。
階段の踊り場に差し掛かると、啜り泣くような
声と共に、甘ったるい匂いが漂い始める。
こちらを見下ろす人影。恐らくもう人ではない
だろうが。俺は銃のトリガーに指をかけた。
「痛ぇよぉ、ヒヒヒ。俺の頭がよォ。イッヒヒ」
禿げ頭の中年男。目鼻口から流血。後頭部から
伸びる一筋の茎の先端で、極彩色の花が揺れる。
男が身動きすると、毒々しい色の花粉が大量に
撒き散らされた。これが匂いの正体だ。こいつを
吸うと脳を侵され、やがて新たな苗床となる。
頭の苗床は汚染源だ。だからここで処分する。
「ヒヒッ、ヒ。助けてくれよォ。イッヒヒヒ」
俺は無言で発砲した。弾頭が爆ぜ、稲妻めいて
青紫の閃光が迸る。対蝕物用のプラズマ弾だ。
「アヒェ! ヒヒヒヒヒ、イッヒヒヒヒヒ!」
男は流血し、耳障りな哄笑と共に仰け反った。
俺は一歩踏み出してもう1発。男が仰け反ると、
もう一歩踏み出して更に1発。紫電が瞬く。
「ヒヒェッ、イッヒェェェェエ!」
男は仰向けに倒れ、海老反りの姿勢で苦悶。
脳髄ごと根を焼かれた花が、最後の悪あがきと
ばかりに夥しい花粉を撒き散らした。
俺は銃を油断なく構え、倒れた男に歩み寄って
更に3発撃ち込んだ。蝕人に情けは無用だ。
高温高圧のプラズマ弾に貫かれ、男は断末魔と
共に痙攣して、完全に生命活動を停止した。
俺は流血に沈む花弁を念入りに踏みにじると、
フィルター越しに深く呼吸し、再び歩き出す。
血の池を踏む足音。社長は事も無げに、鼻歌を
歌いながら俺に続いて、3階の廊下へ歩み出る。
階段を出て右の突き当り。薄汚れた廊下の先、
おどろおどろしい薄暗がりの中に、扉が一つ。
嫌な予感だ。進むごとに甘い香りが強くなる。
錆びた扉の蝶番が軋む。半開きだ。社長に目で
合図して、押し開けるなり芳香が溢れ出した。
もうもうと充満する花粉の中で、人影が蠢く。
暗闇の中で、駆動音を発する赤熱ブレード。
焼き切られた人体の異臭。姿の見えない誰かが
闇に透かすように赤熱ブレードを掲げた。
「お主ら、人間か。丁度良かった。歯応えの無い
手合い共に、我が愛刀も退屈していたところよ」
【????】
俺は闇を照らす赤熱ブレードへ、5発撃った。
ブレードは不可思議な挙動で跳ね回り、反射的に
ばら撒いたプラズマ弾を5発とも回避した。
青紫の閃光が爆ぜ、室内を一瞬だけ照らした。
ブースで区切られたテーブル席。そこに転がるは
無数の首無し死体。ブレード野郎の仕業か。
「大人しく、我が愛刀・ムラマサの錆となれ!」
姿の見えないブレード野郎が叫ぶ。人も怪物も
お構いなしかよ、だったら殺るしかないよな。
俺は赤銅色に瞬く得物を目がけ、プラズマ弾を
ばら撒いた。9発、弾切れ、全弾外れ。嘘だろ。
「死ねッ! イヤーッ!」
妙なシャウトと共に、闇を暗い影が飛び回り、
俺の頭上で赤熱ブレードを振り下される。
次の瞬間、轟音と共に無数の彗星が頭上を飛び
過ぎた。それは彗星ではなく銃弾で、社長の愛用
する2挺の大型セミオート拳銃が発したものだ。
軍用プラズマ弾が壁で爆ぜ、眼底を焼くような
閃光が部屋に満ちる。俺はその隙をついて前転し
斬撃を躱して、中腰でセミオートを再装填。
「グギギ……愚鈍な野良犬と思いきや、やりおる」
暗い人影が、俺と社長の間に着地して愉しげに
呟き、身を起こした。俺たちの防護服のライトが
イカレ野郎の姿を照らし出す。黒一色のタイトな
装束に、フルフェイスのマスク。まるで忍者だ。
「挟み撃ちか。だが間合いは我が愛刀に有利ぞ」
「良く喋るニンジャだな」
社長はせせら笑って、2挺拳銃を構えた。俺は
嫌な予感がして、脇のボックス席に飛び込んだ。
連射乱射。乱れ飛ぶ彗星。射線の向こうに俺が
いることなどお構いなし。だろうと思ったよ!
忍者は軽業師みたいな連続ジャンプで、机から
壁、天井へと飛び渡った。社長の脳天をカチ割る
算段なら、俺の給料が払われるまで待ってくれ。
俺はボックス席の首なし死体を払い退けると、
忍者にプラズマ弾を撃ちまくった。銃口が過熱し
立ち昇る陽炎が、闇に空気の流れを描いた。
建具が爆ぜ、死体が切り裂かれる。俺と社長が
2人がかりで撃ちまくれど、忍者には1発も命中
する気配は無かった。何てすばしっこい野郎だ。
丁度、弾が尽きた瞬間。俺の背後に忍者野郎が
着地した気配。赤熱ブレードの駆動音が響く。
「貰ったぞ」
俺は咄嗟に半身を投げ出し、左手で後腰の銃を
抜いた。正確にはそれは銃じゃない。拳銃の形を
したASLI(人工太陽光イルミネータ)だ。
突き出されるブレード。俺は背中をメビウスの
輪みたいに反らして、ギリギリで気合の回避。
「そいつはどうかな」
俺は無理に上体を捻って振り返り、ASLIの
電子スイッチ式トリガーを引いた。銃口の先には
忍者が居た。内部の人工太陽が励起して、人間が
裸眼で直視すればコンマ5秒で失明する、有害な
紫外線と赤外線を含む、人工太陽光を照射した。
「グヌゥーッ!?」
1……2……3……4……5。強制照射停止。
ASLIの安全装置が働き、排熱機構が唸って
銃をクールダウンさせる。過熱防止のためだ。
【終局】
俺と社長が再び銃を構えた時、忍者は既に姿を
消していた。意外と逃げ足の速いヤツだ。
電飾に照らされた室内は、無惨に切り刻まれた
蝕人どもの亡骸と、プラズマ弾に壊され尽くした
建具とが散乱してしっちゃかめっちゃかだった。
結局、あの忍者は一体何だったんだろうか。
俺は社長と一緒に室内を検分し、蝕人の全てが
絶命していることを確かめて頭を振った。
三角に切り開かれた壁から、グリーンヒルズの
陰鬱に雨打つ緑の路辻が垣間見える。
この街は逃げ場のない緑の獄、狂える花園だ。
腐臭放つ温室世界の片隅には、狂気じみた存在が
潜んでいるらしい。あの忍者みたいな。
俺は今日も辛うじて生き延びられた己の幸運に
つくづく感謝した。命の危険は日常茶飯事だが、
社長やあの忍者みたいな、殺人マニアックの手に
かかって死ぬのだけは御免だからな。
橙色の保安隊員どもときたら、路上で右往左往
してやがる。俺は3階の高みから見物しながら、
無意識に背後を一瞥した。そこに居たのは忍者で
なく、腕組みして俺を見つめる社長だった。
「帰るぞ」
社長は不服そうな口調で、一言だけ告げた。
【仮称・緑の獄 プロト版(+ニンジャ)終わり】
――――――――――
【これは何ですか?】
#ヘッズ一次創作 SFアンソロジー小説のプロト版です。
本投稿版とは描写や設定が異なります。本編をお楽しみに!
#サプライズニンジャコン 物語をニンジャで爆発四散させるスタイル。
ニンジャが出てから、見事に話が面白くなりましたね?
サプライズニンジャ理論の正しさが、ここにまた一つ証明されました。
プロト版×ニンジャで2種の投稿実績を同時解除する荒業。
面倒臭がりの私にはピッタリの、究極の廃品活用投稿メソッドです。
ヘッズ一次創作もお楽しみにね! それではゴキゲンヨ!
From: slaughtercult
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