TEA FOR TWO
【前回:FUWA vs. YAMADA the Killer】
長谷川を先頭に、『ソーコム』隊の退避した積荷の狭間。100メートルほど一直線に開かれた通路の遥か前方、コディアックのアルファ小班2名が姿を現し、『ソーコム』隊を視認して銃を構えつつ、遮蔽物に身を隠した。
「接敵! 接敵! こちらアルファ、ソーコムの部隊を視認!」
続いて数十メートル出前の物陰からも、ブラヴォー小班3名が出現。
「接敵! こちらチャーリー、同じくソーコムを視認! 支援する!」
シュボシュボシュボッ! シュボシュボシュボッ! 断続的射撃で牽制!
「おいでなすったぜ!」
「何だあいつら! 同業者か!?」
ズガガガガガガッ! ズガガガガガッ! 前面の長谷川と佐々木が応戦!
「「「ウラァーッ!」」」
通路の途上より、东信研のチンピラが複数名出現! 前後に銃を向けた!
ヴァラヴァラヴァラララララッ! コディアック、ソーコム双方へと乱射!
シュボシュボシュボッ! ズガガガガガガッ! ヴァラララララッ!
前門の虎、後門の狼! 东信研たちは挟み撃ちされ一人また一人と倒れる!
「敵が多すぎる! 後退して壁沿いに進むぞッ!」
「了解ッ!」
殿の左近司に先頭の長谷川が答え、懐からスタングレネードを取り出した!
安全ピンを抜いて、激しく銃撃する东信研とコディアックの狭間に投擲!
『ソーコム』隊一行は身を翻すと、銃弾が唸りを上げて飛び交う中、壁際の通路へと再び進出。バボッ! ギ―――――ン! 背後で閃光が炸裂!
倉庫壁際の通路。不破は再装填したSG553Rを携え、うつ伏せに倒れた山田の肩を叩く。至近に転がる防弾盾は、手榴弾の爆圧で無惨にひしゃげていた。
「おい、起きろ!」
不破は山田を呼ばわり、肩を揺らすも山田は無反応。気絶していた。
スガガガガッ! ズガガガガガッ! ヴァラララララッ! 銃声が響く!
「クソッ、面倒臭ェな。今の内に1人でずらかっちまうか……」
不破が呟いた時、バボッ! ギ―――――ン! 閃光弾の炸裂音!
「荷物はこちらの手にある! 後退して速やかに離脱するぞ!」
「やれやれ、そう首尾よくいったらいいんだがなァ!」
そして『ソーコム』一行が壁際へと歩み出て、不破の背後に駆け寄る!
「おい貴様! そこで何やってる!?」
「離れなさい!」
雨宮と左近司が銃を構えて接近すると、不破は溜め息がちに腰を上げた。
「誤解すんな!」
「何が誤解だ!」
「山田さん、大丈夫ですか!」
「そいつ、のびてるぞ」
雨宮が山田に駆け寄ると、不破が顎をしゃくって山田を示し、一言。
「チッ、こんな時に!」
左近司は状況判断して、山田を揺り起こそうとする雨宮の肩を叩いた。
「置いて行け。離脱を優先する。行くぞ!」
雨宮が肩越しに左近司を振り返り、僅かに躊躇う素振りを見せた。左近司は冷酷な眼差しで頭を振った。左近司の背後に、一行が真顔で並び立つ。
「お、おい正気か手前ら!? こいつは手前らの仲間だろう!?」
「盾はもう使い物にならんし、盾役が不在で移動するのはそれだけで大きなリスクだ。その上、気絶したヤツを引きずって移動する余裕はない。ヤツが目を覚ます保証すらないんだぞ! つまりK.I.A.だ。分かったら行くぞ!」
「やっぱそうなるかァ……」
左近司の説明に佐々木が素っ気ない呟きで応えると、雨宮は山田を一瞥して歯噛みするも、直ぐに頷いて腰を上げた。不破がその光景を呆然と眺める。
「お、おい、俺はどうなるんだ!?」
「俺らの敵にならなきゃどうでもいいぜ、逃げるなり何なり勝手にしな!」
殿の長谷川が皮肉交じりに言い残し、『ソーコム』隊は歩き去る。
「それでいいのかよ、『椛谷ソーシャルコミュニケーションズ』ッ……!」
不破は彼らの背中を眺め、倒れて動かない山田を一瞥して呻いた。
シュボシュボシュボッ! ヴァラララララッ! 銃声が近づいて来る!
シュボシュボッ! ズガガガッ! シュボシュボシュボッ! ズガガガッ!
ヴァララララッ! ヴァララララッ! ズガッズガッ! ズガガガガガッ!
ヴァラララッ! シュボボボボッ! ヴァララッ! シュボボボボボボッ!
「チィーッ……あーもう、面倒臭ェッ!」
不破はSG553Rのランチャーに40mm弾を再装填し、ガスマスクを被った!
不破は前方の丁字路に駆けつつ、懐から手榴弾を取り出してピンを抜く!
シュボシュボシュボッ! シュボシュボシュボッ! 足元で跳ねる銃弾!
敵は直ぐ近くだ! 不破は舌打ちし、手榴弾を物陰からポイと転がした!
「手榴弾ーッ!」
バボッ! ブシュウ―――――! CSガスの白煙が撒き散らされる!
「ガス、催涙ガスだッ!?」
「「「ゲボッ、ゲボォーッ!?」」」
コディアックの戦闘員たちは面食らい、涙と鼻水と涎を垂らして悶絶!
不破は物陰から進み出て、SG553を構えて白煙に突入!
シュボボボッ! シュボボボッ! バースト射撃で戦闘員を射殺!
「ガス! ガス! ガス!」
戦闘員の叫びが遠くに聞こえた。連中は迂回するだろう、不破は考えつつも深追いせず、直ぐに離脱して元の道に取って返した。
「誰か倒れてるぜ!」
「敵だ! 死んだふりかどうか、有り弾ぶち込んで確かめてやる!」
山田が倒れているのと反対方向から、チンピラたちの足音が複数迫る!
不破は物陰に身を隠しながら、ライフルの銃口を通路に突き出した!
シュボボボボボボボボボボッ! ダットサイトの光点がチンピラを横切り、軌跡をなぞった銃口が横なぎに弾幕を張って、チンピラたちを撃ち抜く!
「グギャーッ!?」
不破は慎重に通路へ出ると、シュボッ! シュボッ! チンピラたちの頭に弾を撃ち込み、念入りに止めを刺してから、山田に駆け寄った!
「……グッ!? ウッ、グゥッ……」
山田が側頭部の鈍痛に呻き、ビクリと全身を震わせて目を覚ます。
「ようやく起きたか、このバカ。手前、仲間たちに置いて行かれたぞ」
不破が正面と背後を交互に確認しつつ、山田の襟首に手を伸ばして引っ張り強引に起こす。山田は首が締まって噎せ、床に手を突いて身体を支えた。
「ゲホッ、ゲホッ! その声は……不破か。一番に逃げると思っていたが」
「あぁ、俺だってそのつもりだったよ!」
「いたぞーッ!」
ヴァラララッ! ヴァラララッ! SMGの高速連射で弾頭が吹き荒れる!
「クソッ、話は後だ!」
「私も君も、つくづく悪運のついた男だ」
「ハァ、何だって!?」
ズガガガッ! 山田は重改造Vz58を構えて撃ち、大儀そうに身を起こした。
「何でも無い、行こう」
シュボボボッ! 不破は山田と背中合わせでSG553Rを発砲! 前方に人影!
「俺とお前は一時休戦だ! 脱出するぞ、手を貸せ!」
不破は銃を再装填し、肩越しに山田へと叫べば、山田は振り返らずに頷いて不破の肩を叩く。2人はバック・トゥ・バックで出口を目指し、走り出す!
「オラァッ! 道を開けろォーッ!」
シュボボボッ! ズガッズガッズガッ! シュボボボッ! ズガッズガッ!
「逃がすなーッ! ゲボォッ!?」
シュボボボボッ! ズガッズガッ! シュボボッ、シュボボッ! ズガッ!
「ヒギャッ!?」
シュボボボボボボボボッ! スガッズガッ! シュボボボボボボガチンッ!
「グゲェッ!?」
「リロード!」
「カバー!」
ズガッズガッズガッ! ズガッズガッズガッ! マガジンを交換する不破の前方に、山田は狙いをスイッチしてセミオート連射! 敵を牽制する!
2人の背後の直ぐ近くまで、コディアックの戦闘員たちが迫る! 3分割した小班が1つの分隊に合流して、戦死者を除いた4人が山田と不破を追跡!
「ヤツらを逃がすな! 身柄を押さえて仲間の居場所を吐かせるぞ!」
「「「了解!」」」
シュボシュボシュボッ! シュボボボボッ! DDM4 PDWが弾を撃ち返す!
バツバツッ! バツッバツッバツッ! 山田の防弾チョッキに着弾複数!
「おい、大丈夫か!」
ガシャッ! 不破が初弾を装填し、再び前進速度を速めて背後に問うた!
ヒュボボッ! 山田は頬に弾が掠め、擦過傷から血を垂らしながら頷いた。
「火事場泥棒どもが追い付いたぞ。連中、かなり腕が良い」
「ああもう面倒臭ェッ! 山田、走れるかッ!」
「問題ない……が、どうする気だ!?」
シュボボボボボボッ! 不破は前方に連射すると、山田を振り返った。
「号砲をぶっ放したら、走れよォ! 全速力でだ!」
SG553Rのバレル下部、ランチャーのトリガーに指がかかっている!
「嘘だろッ!?」
ガポンッ! ズド―――――ンッ! 榴弾が山田の前方に飛翔して炸裂!
グレネードの飛んだ先は……積荷だ! パレットを積んだ荷物の上方!
「よっしゃ走れッ!」
言うが早いか駆け出す不破! 山田は慌てて踵を返し、猛ダッシュ!
ガラガラガラーッ! 積荷が崩落! 周囲の棚を巻き込んでドミノ倒し!
「「「ウワーッ!?」」」
成す術なく巻き込まれ、生き埋めとなるコディアックの戦闘員たち!
棚が、パレットが、段ボールが、荷物が……崩れる! 崩れる! 崩れる!
シュボボボボッ! ズガガガガガッ! 山田と不破は並んで走って乱射!
「「「ウガーッ!?」」」
行く手に飛び出す、东信研の残党は蜂の巣! 不破と山田は速度を落とさず突っ込み、チンピラたちが倒れるより早くぶつかり、跳ね飛ばす!
シュボボボッ! ズガッズガッズガッ! シュボボボッ! ズガガガッ!
「出口だッ!」
「伏兵が居るかもしれん! 気を抜くな!」
「わーってるよッ!」
不破は走りつつガス弾を取り出し、安全ピンを抜いて背後に放り捨てた。
バボッ! ブシュウ―――――ッ! 催涙ガスのカーテンだ!
2人は入口の前でライフルを再装填し、隙間から銃口を覗かせて外の様子を慎重に窺う。山田が不破の背後に立って肩を叩き、不破が飛び出した!
不破が左、山田が右! だだっ広い駐車場の左右を確認し、周囲と上を見て近くに敵の居ないことを確かめると、正面に乗り付けた赤いマイクロバス、それに白いSUV……シボレー・タホに目を留め、警戒しつつ駆け寄った。
「連中の車だ!」
「鍵はついてるか?」
「……そのようだ!」
運転席を開いて山田が頷くと、不破が助手席を開き、後部座席を警戒しつつシートに飛び乗る。一瞬きょとんとした山田に、不破が拳を振り上げた。
「人間の足より、車で走った方が早ェだろ!」
山田は意図を察して肩を竦め、タホの運転席に乗り込んでキーを回した。
「何だこれ、コラムシフトかッ!?」
「何でもいいからさっさと出しやがれッ!」
山田はハンドル横のシフトレバーを慣れない手つきでガチャガチャ倒して、ようやくDレンジを探り当てると、アクセルをベタ踏みして急加速!
「オゥ全開で回せよ! 全然スピード出てねえぞ!」
「分かってる! 多分サイドブレーキだ! レバーが……これか!?」
山田がハンドルをを切って車を180度転回しつつ、サイドブレーキを探して周囲を手探った。ハンドルの下にそれらしい部品を見つけ、レバーを引いてブレーキが外れた瞬間、5300cc V8 OHVエンジンが唸りを上げた!
不破が助手席で溜め息をこぼすと、懐でブラックベリーが着信音を立てた。
「チッ、魔女から電話だ……あーあ、今回はしくじっちまったなァ!」
不破はやけっぱちに怒鳴りつつ、ブラックベリーを取り出した。
「――悪い知らせよ、不破」
「悪ィ、失敗した!」
「――ハァッ!?」
「アァッ!?」
不破と黒川は同時に喋り、相手の言葉を聞いて同時に驚きを返した。
「――何ィッ、失敗ですって!? 世界の救世主が聞いて呆れるわね!」
「『椛谷ソーシャルコミュニケーションズ』の横槍だ。ブツはパクられた」
「――ソーコムッ!?」
「山田一人(ヤマダ・カズヒト)。それが、野郎の名前だろ?」
不破が山田を一瞥して言うと、電話の向こうで黒川が息を呑み、沈黙した。その間にも車は正門を抜け、不破と山田はタホを乗り捨てた。門の近くには銀色のボルボ・S60 ポールスター。不破はリモコンキーで車の施錠を外して運転席に飛び乗り、山田は後部座席に転がり込み、車が走り出す。
「それで? 黒川さんよ、もう手前のクソみたいな仕事にこれ以上付き合う義理はねぇけどよ。悪い知らせってヤツだけは、一応聞いてやるよ」
「――百目鬼聖羅(ドウメキ・セイラ)。知ってるわね」
「聖羅がどうした!?」
「――拉致されたわ。両親と一緒に」
「何だって!? 誰が!? どこに!?」
「――アテナ製薬よ。返して欲しければ、殺人ウィルスを持って来いって」
「クソッタレ! おい山田、目的地変更だ! ちょっと付き合え!」
不破はボルボのアクセルを吹かし、工場地帯を走り抜けた。
「――不破。今、山田って言ったかしら?」
「アァ? お前には関係ないだろ、色々あったんだよ!」
「――そこに居るなら、ちょっと替わってもらってもいいかしら?」
「何だと!?」
不破はミラー越しに、後部座席の山田を訝しげな眼差しで一瞥。
「おい。お前、黒川リュシエンヌって知ってるか?」
懐の残弾を確認していた山田は、不破に訝しげな視線を返した。
「知っている」
「電話、お前に替われってよ」
不破が差し出したブラックベリーを、山田は警戒の眼差しで受け取る。
「もしもし」
「――久しぶりね。ルーシーよ、覚えてる?」
「忘れるはずがない。まだあくどい商売をやっているのか」
「――フフフ。それより『ガールフレンド』は残念だったわね」
山田の脳裏に少女の幻影が閃き、山田は溜め息と共に頭を振った。
「何のことだかわからんな」
「――殺人ウィルス、私に譲ってくれると助かるんだけど」
「今頃は警察の手に渡ってるかもな。欲しけりゃ取りに行ったらどうだ」
「――成る程、そういうこと。仕方無いわね、今日のところは私の負けってことにしといてあげる。ところで、不破の知り合いが大変らしいわよ?」
「不破の? 何だ藪から棒に?」
「――旧車仲間同士、仲良くやるのね。Au revoir……Chu♡」
通話が切れた。山田はブラックベリーを手に、運転席の不破を一瞥する。
――――――――――
市街地を離れた、郊外の山裾に広がる田園地帯。森、原野、川、その隙間を縫って点在する民家。ヨーロッパの田舎めいた風景の中、川の畔に聳えるは悪魔城めいた巨大な洋館。城の背後には、現代的な工場を従えていた。
アテナ薬品・本社ビル。吹き抜けの玄関ホールの中心には、巨大な女神像が屹立する。それは社名の由来である、ギリシャ神話の女神・アテーナー。
『遍く人の健康を守り、遍く病を制圧する』。青銅の名板に標語を躍らせる女神の石像の、右手が握った馬上槍の穂先の上、吹き抜けの遥か高み。
防弾ガラスの床から下界を睥睨する、悪魔城の最上階。そこはアテナ薬品の社長で『女帝』こと、安中芙美江(ヤスナカ・フミエ)の居室だった。
キャメルカラーのツイードスーツをまとう女が、ミニスカートからすらりと長い脚を覗かせて立ち、セミロングの髪の下の物憂げな美貌に葉巻を咥え、防弾ガラスの下の女神像を冷酷な眼差しで見据えていた。芙美江だ。
ルイ・ヴィトンのスーツを着こなし、ケ・ドルセーのハバナ葉巻を燻らせる『女帝』は齢50にも満たない、役職を考えれば驚きの若さだった。対面するソファに腰を下ろした『子供』安中惣一郎と、歳の差は10歳程度である。
聡一郎のふんぞり返る革ソファ、その背後に直立不動で佇むコディアックの屈強なる白傭兵。胸元で着信音が鳴り、白傭兵は防爆スマホを取り出した。
「もしもし……ああ……ああ……そうかわかった。協力に感謝する」
白傭兵は通話を切ると、聡一郎の耳元で何事か囁いた。
聡一郎は初め満足げに頷き、憎々しげな表情で芙美江に視線を向ける。
「『代表』。殺人ウィルスのサンプルが、じき齎されるとのことです」
「そう……」
一瞥もしない芙美江に、聡一郎は歯噛みした。彼女は戸籍上の母親だった。
聡一郎の眼前、ガラス床の上で、じゃらりと鎖が重い金属音を立てた。
芙美江は紫煙を吹かして振り返り、手錠と首輪で拘束され、床に跪かされた黒い着物の女・百目鬼聖羅を無感動な瞳で見据えた。首輪からは武骨な鎖が伸び、鎖の一端は聡一郎が握っていた。両親の姿は社長室に無かった。
「あんたたち、父さんと母さんをどこにやったの――グウッ!」
聡一郎が無表情で鎖を手繰り、聖羅の首を絞めて黙らせた。
「聡一郎さん。そんな端女を攫って、どうする積もり?」
低くしわがれた老女のような声で芙美江が問うと、聡一郎が眉根を寄せた。
「これは殺人ウィルスの抗体を持っております。実験体には適任です」
「私はウィルスさえ手に入ればそれでよくってよ。実験はどうとでもなる、ウィルスさえあれば……ウィルスが無ければ、その女も何の価値も無いわ」
聡一郎が苦々しげに唸る中、芙美江は靴音を鳴らして聖羅に歩み寄った。
「薄汚い女ね。お前のような溝鼠が、聡一郎さんに引き合うなどと僅かでも思ったなら、それはとんだ思い違いよ。恥を知りなさい、この売女」
しわがれ声が無感情に淡々と述べ、芙美江は聖羅の顔の上で葉巻を弾いて、灰の塊を弾き落とした。顔の上で灰が砕け散り、聖羅が噎せ返る。
「うあッ、ゲホッ……ゴッホ! クソッ!」
芙美江は咥えタバコで聖羅ののたうつ様を無感動に眺め、腰の後ろに右手を伸ばすと、ヴィトン柄をあしらった小型1911拳銃、SIG P938を取り出した。
「だ、だいひょ……『母さん』ッ!?」
芙美江は小さなセフティを親指で弾くと、指差すように拳銃で狙った。
ダンッ! ダンッ! ポケットガンの銃声が総ガラス張りの社長室に轟き、聖羅の顔の左右、防弾ガラスの床に9mm弾が跳ね、白い弾痕を残した。
「……お前の脳天を吹き飛ばしてやりたいところだけれどね、聡一郎さんの意志に免じて、取り敢えず今は、このくらいにしておいてあげるわ」
聡一郎が銃声で朦朧としつつ腰を上げかけると、芙美江は地獄の女王めいて聖羅を見下ろし、ヴィトン拳銃で狙いをつけたまま冷酷に吐き捨てた。
「聡一郎さん。私の堪忍袋が切れる前に、早くこの薄汚い売女を、私の目に入らないどこか遠くに連れて行っておしまい。私が撃ち殺す前にね」
「ぐ、グゥッ……いだッ、痛いッ!?」
芙美江は左手で葉巻を摘まんで紫煙を吐き、パンプスの踵で聖羅の後頭部を踏みにじりながら、聡一郎に噛んで含めるように言って聞かせた。
「わ、わかりました! わかりましたよ……」
聡一郎は青褪めた顔で憮然としつつ、背後の屈強な白傭兵に指で示した。
芙美江は聡一郎たちに背を向けたまま葉巻を吹かし、白傭兵が聖羅を抱えて連れていく様を尻目に見て、ヴィトン拳銃をスーツの後背に納めた。
「……不愉快な女」
――――――――――
不破と山田を乗せたポールスターが、ハイウェイを疾走する。不破はギアを上げ、アクセルを吹かし、車を何台と追い越してアテナ製薬に急いだ。
「おい、飛ばし過ぎだぞ!」
「うるせえ! 車の運転で俺に指図するんじゃあねぇ!」
山田は溜め息をこぼし、後部座席の窓から高架道路の外に広がる田園地帯を眺めた。視界の遥か向こうに見える、なだらかな丘陵地帯、生い茂る木々と点在する川、その一際大きな流れの畔に聳え立つ、悪魔城めいた洋館。
「見えた、アテナ製薬だ」
「ああ、俺にも見えてるよ」
不破が舌打ちしてパドルシフトを弾く。彼の眼前で、次のICまで残り3kmと記された緑の道路標識が、ボウッと流れて車の背後へと消えて行く。
「聞いていいか」
「うるせえ、何も聞くな」
不破が荒っぽく吐き捨てると、山田は溜め息をついて口を閉ざした。懐からP11小型拳銃を取り出すと、マガジンとチャンバーの装填を再確認する。
「……お前、黒川とどういう関係だ」
「どうってほどのことは無い。ただの行きずりの関係さ」
山田はVz58のマガジンの数を確認しつつ、おどけたように答えた。
「私が彼女と遭った時は、ギャングに拉致されて椅子に縛られていたがね。手榴弾のブービートラップまでかまされて、差し詰め人間爆弾さ」
「ヘッ、そりゃいい。そのまま吹っ飛んでおっ死んじまえば良かったんだ」
不破は苦い顔をして吐き捨て、ICの降り口へとハンドルを切った。
田園地帯の対面通行道路をポールスターが駆け抜け、悪魔城を遠くに隔てる入場ゲートへと滑り込み、ディスクブレーキを鳴らして急停車した。
「こんにちは、アテナ製薬本社工場でございます。ご用件は何でしょうか」
「第一開発部長の安中惣一郎さんに特急便だ! 話は通してあるぜ」
「第一開発部長の安中ですね。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「サプライズ・エクスプレスの不破だ。不破定」
「お名刺、拝見してもよろしいでしょうか」
「悪いが名刺は今切らしてるんだ。安中さん当ての荷物を持ってきた、って言ったら分かるはずだ、手渡し指定なんだよ。確認してもらえねぇか?」
「かしこまりました。確認いたしますので、しばらくお待ちください」
壮年の守衛がにこやかな顔で、不破の鋭い顔に応えて内線電話を取った。
「……もしもし、正面ゲート守衛です。第一開発部長の安中様に、お客様がいらっしゃっております……はい、サプライズ・エクスプレスの不破様」
守衛が慇懃に確認する間、不破は運転席で激しく貧乏ゆすりしていた。
「突っ切ろうなんて考えるなよ」
「チッ、わーってるよ! 少し黙ってろ」
山田の小声に、不破が抑えた怒声を返した直後、守衛が不破を呼ばわった。
「不破様、お待たせしました。確認取れましたので、どうぞお通り下さい」
「あいどうも」
ゲートの遮断機が解放されると、不破は場内へとポールスターを走らせた。
川を見下ろす丘の上、滑らかに整えられた石畳が、木々の間をうねりながら続いて悪魔城へと誘う。石畳の中央だけは白い石が使われて、褐色と白色のグラデーションで対面通行の車線を表現する、中々に凝った造りだった。
「やれやれ、まるでおとぎの国の城だな。どんなお姫様が住んでいるやら」
「お姫様なら上等だ。ドラゴンか、ヴァンパイアがいるかも知れねえぜ」
「違いない」
山田の軽口に不破も軽口で応じ、山田はフッと笑った。
「で、私は何をすればいい? よもや社会科見学に来たんじゃあるまい」
「大人の遊園地さ、リラックスしな。正面から突っ込んで、邪魔するヤツは片っ端からブチ殺して……囚われのお姫様を救い出してサヨナラだ」
「大したアトラクションだな。作戦は? 何か探す当てはあるのか?」
「その安中ってクソ野郎をとっ捕まえてブチのめせば、自ずと分かるだろ」
「成る程、つまり無策ってことだな。君はいつもそうなのか」
「うるせぇよ、お小言なんか聞きたかねえぞ! 準備は済ませたか?」
噴水を放つ石造りの泉、それを取り巻くロータリーに車を走らせて、不破は悪魔城へと続く石段の前で車を横付けし、ミラーに映る山田を一瞥した。
「……準備は何時でも出来ている」
「ヘッ、とことん向かっ腹の立つ野郎だよ、お前は!」
不破はSG553Rに75連ドラムマガジンを装着し、ボルト操作で初弾を装填!
不破と山田はポールスターを降りると、悪魔城への石段を駆け上がった。
【TEA FOR TWO 終わり】
【次回に……続く?】
From: slaughtercult
THANK YOU FOR YOUR READING!
SEE YOU NEXT TIME!
【1話:FUWA meets YAMADA the Killer】
【2話:FUWA never knows YAMADA the Killer】
【4話:MATE. FEED. KILL. REPEAT.】
【5話:FUWA vs. YAMADA the Killer】
【6話:TEA FOR TWO】☜ Now Section.