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FUWA meets YAMADA the Killer

春風吹き抜ける、盆地の田園地帯。対面通行の舗装路を、深緑の古めかしい2ドアクーペ、ボルボ・P1800Eが駆け抜ける。なだらかな流線形のボディに潜む排気量2000cc・4気筒OHVエンジンは、馬力の不足を感じさせない。
運転席に納まるのは、ボサボサ頭で無精髭、冴えない中年面をサングラスで隠した男、不破定(フワ・サダム)。職業はフリーランスの殺し屋。しかし今日この時の彼は、青いポロシャツにクリーム色の長ズボン姿で、どこからどう見ても、休日のドライブを優雅に満喫する独身貴族だった。
しかし、助手席の革シートに無造作に転がるゴラの茶色いトートバッグにはサイレンサーを装着したスフィンクス・SDP拳銃が二挺、隠れ潜んでいた。


道路は空いている。山越え谷越え上下左右にのたうち続く、鄙びた片田舎を不破は一人、時代遅れのスポーツカーのコクピットに座って走り続けた。
日は高い。山道を抜ければ、右手に断崖が反り立ち、左手に荒々しい磯場が広がる海辺の道。もう少し走れば、磯は砂浜へと姿を変えるだろう。一帯は釣り人やサーファーなど、海のレジャーを楽しむ人々が好んで集う場所だ。
海辺のストレートラインに車首を据え、不破はフロアシフトの4速MTギヤをもう1段上げた。アクセルを踏み込めば、ボルボのエンジンは喜んだように唸り声を高めて車体を加速させる。サーファーの駐車する列、その向こうで混雑する物産館、軽やかに追い越し駆け過ぎて、長い上り坂へと至る。
現代の車のように、速くはない。速さを求める者は古いボルボに乗らない。
パワーステアリングもABSも、TCSもLCも持たない、ほんの数年前の世代までキャブレターだったエンジンを、インジェクション化しただけの古い車。
不破は口角を上げ、シフトダウンしてアクセルを踏んだ。手回しハンドルで窓を閉じてライトを点すと、行く手に大口を開けるトンネルへ突っ込んだ。


海沿いの道を抜け、トンネルを抜け、下り坂の向こうは突き当り。国道へと合流する丁字路を左折し、ドライブの終点である目的地を目指した。
河口に架かる橋、海辺の森に佇む神社、朽ちかけたビルを過ぎて、田舎町をのんびり走る。この辺で左の脇道を港に降りれば、魚料理の旨い店がある。不破は今度また食べに行こうと思いつつ、歩道橋の交差点を左折した。
直進路に枝の生えたY字路を真っ直ぐ、その先の2車線道路を一旦左に曲がり中央分離帯の切れ目で転回すれば、お目当ての喫茶店『Zingali』に到着だ。
通りに広がるガラスの大窓、軒先を這うツタ植物、ステレオタイプなまでに古い面影を残した姿は、カフェというより喫茶店というのが相応しい。
店の正面は駐車スペースで、大窓の前に斜めの白線が数台分引かれていた。不破は後方を確認し、店前の道路で車首を中央分離帯に向け、バックギヤに入れようとして、駐車場に停まっている珍しい車に目を惹きつけられた。
クリーム色の車体、VWのバッジ。一見するとタイプ1・ビートルのようだがよく見れば、Cピラーがクーペ風に、屋根から後方へとなだらかに落ちる。
不破は鼻を鳴らし、クリーム色のVWの左横へとボルボを滑り込ませた。


不破はボルボの運転席から、VWの運転席を見た。VWの運転席に座った男も視線に気づき、不破に目を向けた。ボルボは右ハンドルでVWは左ハンドルだったから、窓ガラス越しに運転手同士が顔を見合わせられた。
VWの運転手もまた中年男。俺より少し年上だな、と不破は思った。短髪を撫でつけ、髭は剃っている。身綺麗だが特徴のねえ顔だな、と不破は心中で呟いた。真横をすれ違っても印象に残らない顔。殺し屋には打ってつけだ。
不破はトートバッグを手に取ると、ボルボの運転席を降りてVWの運転席の窓ガラスをノックした。運転手は僅かに眉根を上げたが、不破が余所行きの笑みを浮かべてもう一度窓を叩くと、観念したように窓を下ろした。
「何か御用ですか」
「いやぁ、悪いね突然。珍しい車に乗ってんなァ、って思ってさ」
「貴方のボルボほどじゃあありませんがね」
「ワカル!? 嬉しいねぇ、旧車って同好の士を探すのも一苦労じゃない」
中年男は梟のように訝しげな眼を瞬かせた。不破の本性を見定めるように。
彼の名は山田。山田一人(ヤマダ・カズヒト)。職業は企業の殺し屋。


不破はすっかり気分が良くなり、VWの屋根に片手を突いて微笑みかけた。
「で、旦那の車は何だ? ワーゲンだが、見たとこビートルじゃねえよな」
「タイプ3のファストバックですよ。正確な名前はVW・1600TLE」
「タイプ3! 聞いたことねー名前だな……ああいや、他意はねえんだが」
「構いませんよ。VWの中では、余り売れなかった車種らしいですから」
「これ、何年製? つかキャブ? やっぱボクサーエンジンなの?」
「ええ勿論。1969年製のインジェクション仕様、空冷の水平対向エンジンをリヤ置きしたRR。まあ基本構造はタイプ1やタイプ2と一緒ですね」
「ハッ、物好きだねぇ! 俺も人のこと言えねぇけど。1969年製つったら、俺のP1800Eは1971年製だからほぼ同世代だな。そうだ、旦那の世代だったらオートマ仕様あったでしょ? 何だろ、あのカルマンギヤも使ってた……」
「スポルトマチック。詳しいですね。私の車は見ての通り、4速マニュアルですよ。スポルトマチックはねぇ、3速ATって言ってますけど、ローギヤの上に1速2速がある、なんちゃって3速ですからねぇ。遅いんじゃないかな」
「旦那も詳しいじゃない。あの時代のオートマが遅いのはその通りだと思うけど……正直、マニュアルでも……そんなに早くないんじゃねえの?」
「貴方もハッキリ言いますね、確かに遅いですけど。何せ1600ccに拡大してインジェクション化までしたエンジンで、65馬力しか出ませんからね」
「65馬力! 俺の車は2000ccの130馬力だから、半分の力しかねえな!」
「貴方のはスポーツカーでしょう。スポーツカーで遅いのは流石にマズい。当時のVWはとにかくRRで空冷だったから、速さは二の次だったんですよ」


山田の弁舌も熱を帯びてきた頃、水を差すように電話の着信音が響いた。
「ちょっと失礼」
右手を立てて会釈する、山田の双眸が一瞬でスッと冷徹さを取り戻した様を不破の目は見逃さなかった。こいつはデキるヤツだな、と不破は心中呟く。
そして、山田が懐から取り出したブラックベリーに不破は目を惹かれた。
「ハイ山田。ハイ、ハイ……戻るまで1時間半ってとこですね、ハイ……」
国道の丁字路を突っ切って、市内に降りるコースかな。不破は盗み聞きして脳裏に思い浮かべ、視線を逸らしていかんいかんと頭を振った。
山田が電話を切ると、不破は相好を崩して一歩下がり、頭をかいた。
「イヤァ、仕事の電話だったかな? 悪ぃ、熱くなって喋くっちまって」
「構いませんよ。旧車の同好の士を探すのも、一筋縄じゃいきませんから」
「それに、使ってるケータイのメーカーまで同じ! 気が合いますなあ!」
不破が懐からブラックベリーを出すと、山田が目を丸くした。不破の機種は山田より旧型で3G通信しかできず、独自OSを使っていた時代の物だった。
「ここで会ったのも奇妙な縁ですね。私もちょくちょくこの店に来るので、また顔を合わせる機会があれば、その時に改めてゆっくり車の話でも」
「いや、ハイ! そりゃもう喜んで! お仕事頑張ってくださいね!」
「どうも。ではまた」
山田は不破に微笑み、車のエンジンを始動してギヤを繋ぐ。空冷エンジンの騒がしい駆動音を撒き散らしながら、VWが走り去るのを不破は見送った。


【FUWA meets YAMADA the Killer 終わり】
【次回に……続く?】

From: slaughtercult
THANK YOU FOR YOUR READING!
SEE YOU NEXT TIME!

【1話:FUWA meets YAMADA the Killer】☜ Now Section.

【2話:FUWA never knows YAMADA the Killer】

【3話:EVIL BELIEVERS】

【4話:MATE. FEED. KILL. REPEAT.】

【5話:FUWA vs. YAMADA the Killer】

【6話:TEA FOR TWO】

【7話:FUNKY BUSINESS】

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