泣き虫ジョッシュと惨劇の館/8
【"CRYBABY JOSH" in the slaughter house】
【CHAPTER/08: DEUS EX MACHINA】
《ある男の回想・モノローグ》
どうにかなる。きっとうまくいく。人生、なるようになる。信じるんだ!
結論から言えば、これまでの俺の人生は、実に『幸運』だったと思う。
カルト信者の講釈を立ち聞きして、集会に連れ込まれそうになった時。
路上で理由もなく警官に職務質問され、態度が悪いとぶん殴られた時。
酒場で軍人たちに絡まれて、危うく喧嘩がおっ始まりそうになった時。
短期的に見れば運が悪くても、最後はなぜか俺に運が味方するんだよなぁ。
どんな状況に巻き込まれても、必死にあがいてる内に幸運が降ってくる。
ひょっとして俺、神に味方されてる? 絶対そうだ、そうに決まってる!
人生を楽しく過ごすコツは……楽観的になること。これに尽きるぜ!
―――――01―――――
「GROOOOOW……GROOOOOW……GROOOOOW……GROOOOOW……」
「畜生、もう弾が無ぇッ! 万事休すかッ!?」
BLAM! BLAM! BLAAAAAM! BLAM! BLAM! BLAAAAAM!
ドンドンドン、ドンドンドン! その時、ドアを打ち据える何者か!
「――誰か、中に居るのかッ!? ドアを吹っ飛ばす、下がってろ!」
CRA――TOOOOOM!
背後で爆破! 堅固に閉ざされた観音扉が、バラバラに四散し消滅!
衝撃波! 飛び散る木片! 舞い上がる粉塵! 背後から差し込む朝日!
ジョッシュら5人は度肝を抜かれ、その場で硬直した。
ガチャッ、キーン! 空薬莢がトラップドアから飛び出し、宙を舞う!
ドアの向こうから、ヘッドセット装備のPMCめいた武装集団が突入!
集団はジョッシュたちの間を抜け、素早く前進して戦列を展開!
――カラン、コロン。空薬莢が地面に落ちる頃、集団は戦列を展開完了!
.30口径のアサルトカービン銃が、餓鬼たちに緑色のレーザーサイトを照射!
「餓鬼を多数確認。排除実行、撃て(OPEN FIRE)!」
BLAAAAAM! BLAAAAAM! BLAAAAAM! BLAAAAAM!
銃声は鼓膜を突き破らんばかり! 無煙火薬のフルロード弾薬だ!
ジョッシュ一行はたまらず、床に引っ繰り返って両耳を覆った!
―――――02―――――
カツン、コツン、カツン、コツン……。
先頭集団から遅れ、発破した玄関から2人の兵員がエントリー!
女がロングコートをたなびかせ、爪先でジョッシュの頭を蹴り飛ばす!
「痛ッ!? 一体誰がッ!?」
BLAAAAAM! BLAAAAAM! BLAAAAAM! BLAAAAAM!
銃声と衝撃波が気力を削ぐ! 何者かの横暴に抗議するどころではない!
「「「「「GROOOOOW!?」」」」」
心臓破壊! 発火! 立往生! そこでも、ここでも、あちらでも!
乱れ飛ぶ銃声に呼応するように、そこかしこで超自然の青い炎が上がる!
「クソッ、何だあいつはッ!」
「何度撃っても起き上がってきやがる、畜生!」
BLAAAAAM! BLAAAAAM! BLAAAAAM! BLAAAAAM!
「増殖者(デュプリケーター)ってのは、あれだね」
「だろうな。見た目はただの人間……いや人間の残骸だが」
二人は短い言葉を交わすと、大口径の狩猟用ライフルを構えた!
コートの女はダブルライフル! 黒人の男はアンダーレバー式カービン銃!
ロングコートをはためかし、長髪の女が兵員を背後から押しのけた!
「どきな! お前らのチンケな"ゴールドチップ"弾じゃ力不足だよッ!」
―――――03―――――
「GROOOOOW……シル、ヴィア……ワタシノ、カゾク……GROOOOOW」
銃創から青い炎を迸らせながら、"女王"が仁王立ち、爛々と目を見開く!
「おままごとの時間は終わりだよ、嬢ちゃん。あの世へお帰り」
ZGTOOOOOM! ZGTOOOOOM! 2挺の大口径銃が同時に発砲!
特製の純金鋳造弾頭が超音速で翔け、"女王"の心臓に深々と弾着!
「――GROOOOOOOOOOW!」
心臓貫通! "女王"の胸に大穴が空き、血飛沫と青い炎が迸る!
”女王”は最期の瞬間、超自然の青い炎に全身を包まれ、ゆっくりと倒れた。
「オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛―――――ッ!?」
唐突にシルヴィアが悶絶! 赤毛の女、ナレク、そしてジョッシュまでも!
BTOOOOOM! BTOOOOOM! BTOOOOOM! CLAAAAASH!
止まらない爆発! 頭上から降り注ぐ粉塵と、細かい瓦礫!
「……制圧完了! マズい、崩落するぞ! 生存者を収容し、撤退!」
武装集団がカービン銃を背中に担ぎ、ジョッシュらに駆け寄った!
苦悶するジョッシュたちは、荷物めいて引きずられ、外に運び出される!
「もう少しの辛抱だッ! 心配するな、お前たちは助かったんだッ!」
他の者が兵員に助け出される中で、マックスは一人自力で出口に向かった。
「クソったれ、雲の向こうにお天道様が見えるぜ……夜が明けるんだな」
―――――04―――――
未明の荒野。土煙を上げて崩落する廃病院。黒塗りの車列は、ハマー・H1。
外界の冷たい空気に曝され、身体に充満したアドレナリンが失せていく。
激しい頭痛と吐き気、そして耳鳴り。両耳からは血が流れていた。
ジョッシュの意識は、泥酔めいて重苦しく朦朧としていた。
兵員に肩を叩かれ、何事か語り掛けられるが、何も聞こえてこない。
しかし、生き延びた。それだけを確かに実感していた。
ジョッシュたちは原野に寝かされ、兵員たちに外傷を調べられていた。
マックスはカメラを取り出し……FLASH! 崩落した廃墟を撮影!
「男2名、女2名に餓鬼化の兆候あり。金塩製剤を即時注射! 準備急げ!」
兵員たちが懐から取り出すは、ペン型で使い捨ての自動式注射器!
ZAP! ZAP! ZAP! ZAP! アドレナリン注射めいて筋肉注射!
「「「「ウワ―――――ッ!?」」」」
全身を無数の針で穿つような激痛! 三半規管が急旋回し、激しい嘔吐感!
薬剤が全身を駆け巡り、植え付けられた『餓鬼』の因子を死滅させる!
ジョッシュらは激しく痙攣! 兵員たちが両腕に力を込めて押さえつけた!
(……妹を……妹を、頼むわ……私の大切な、家族……)
ジョッシュの脳裏に、"女王"が死の間際、そう囁いた……気がした。
そして意識消失(ブラックアウト)。
―――――05―――――
ジョッシュは清潔な寝台の上で、力無く両眼を見開いた。
開け放たれた病室の窓で、夕暮れのそよ風に揺らめくカーテン。
そこには怪物は影も形も無く、ただ近代的な病院の姿が広がっていた。
「何だ……夢……か? 僕は車で、ハイウェイから落っこちて……」
喉は確かに震えていたが、音は酷く遠くから、くぐもったように聞こえた。
無意識に手を動かし、首筋を撫ぜた。じくり、と疼くような痛みが走った。
「良かった、ジョッシュ! 目を覚ましたのね!」
母親のエライザが病室に入り、ジョッシュの姿を見るなり寝台に駆け寄る。
「本当に、あんたって息子はッ! 大した怪我じゃないのが奇跡的だわ!」
エライザは瞳に涙を浮かべ、ジョッシュを力任せに揺さぶった。
「……済まない、母さん……よく、聞こえないんだ……耳が、遠くて……」
ジョッシュは視界に映り込む母親の背後に、2人の人影を見た。
「あぁ……リンデマンさん、フリードマンさん!」
ガラス越しの会話めいて、遠くくぐもった母親の声が耳に飛び込む。
ジョッシュに歩み寄るのは、コートにベレー帽の女と、スーツ姿の黒人男。
「この度はお世話になりました! 本当に、何とお礼を言ったらよいか!」
「恐縮です。息子さんに込み入ったお話が……少し宜しいですかな?」
黒人男にドアを示されると、エライザが怪訝な面持ちで病室から歩み出た。
―――――06―――――
「さて、ジョッシュ。ジョシュア・ゴールドマン。起き抜けで悪いが……」
黒人男の社交辞令を打ち切るように、コートの女が無造作に書類を放った。
「手短にいこうユダヤ人。お前はその書類を読み、理解した上で署名しろ」
女はドイツ訛りの英語で、刑罰でも宣告するようにジョッシュに語った。
「守秘義務の誓約書だ。お前は事件について、誰にも話してはならない」
ジョッシュは殆ど話を聞き取れず、朦朧とした頭でバインダーを開いた。
1.私ことA._____は、事件時に体験した一切の事実を他言しない。
2.Aは、事件時に体験した一切の事実を、B."ReFインターナショナル"とC."Bの構成員と証明できる者"にのみ、一切の虚偽隠蔽なく情報開示する。
3.AはB・Cについて知り得た情報の一切を他言しない。
4.AはB・Cに対する、情報の請求権の一切を放棄する。
5.AはB・Cと関係することで被り得る、損害の請求権の一切を放棄する。6.Aが上記の守秘義務誓約に違反した場合、Bは然るべき法的措置を執る。
7.紛争処理の一切は、アメリカ合衆国テキサス州法に則り処理される。
8.上記の全事項が守られた場合に限り、BはAに必要な役務を提供する。
9.Aは上記の全事項に承諾し、強制された誓約でないことを確約する。
ReFインターナショナル ヒューストン、テキサス州、アメリカ合衆国
20XX年XX月XX日 誓約確認者:クラウディア・リンデマン』
―――――07―――――
「他言しないっていうのは、つまりマスコミにも、警察にも?」
「それだけではない。お前の家族、恋人、親しい友人……その全てだ」
女は軍装と思しきベレー帽を正し、厳格な口調で断言した。
「署名する前に聞きたい。あの化け物は……君たちは、一体何なんだ?」
「その質問には答えられない。私たちには答える権限も無い」
取りつく島もない冷淡な言葉。黒人男は女を一瞥し、肩を竦める。
「君はただ、巻き込まれたんだ。同情するが、深入りはお勧めしないよ」
黒人男は熟練の警官めいて、努めて慇懃に、しかし隙の無い言葉で諭す。
「余計な詮索は死を招くよ、一般人。いいから黙って誓約書に署名しろ」
ジョッシュの痛んだ鼓膜にも聞こえる声で、面倒そうに女が吐き捨てた。
「お前な……彼は被害者なんだぞ。もう少し、言葉を選んだらどうなんだ」
ジョッシュは諦めて頭を振り、バインダーに挟んだペンを手に取った。
”Joshua Goldman”……ジョッシュは流麗な筆記体で記し、書類を放った。
「協力、感謝する。悪いことは言わん、何もかも忘れて気楽に暮らせ」
「何もかも忘れろ、だって?」
バインダーを拾い上げる女に、ジョッシュは顔を背けて呟いた。
「知りたいか? 方法はあるぞ、一つだけ。我々の組織に入ることだ」
黒人男が咎めるように、コートの女の肩を叩いた。2人は病室を後にする。
―――――08―――――
「おい”泣き虫ジョッシュ”! 聞いたぞ、ハイウェイで事故ったってな!」
「ハッハッハ! お前、鈍臭いからなァ。糞でも漏らしたんじゃねぇか?」
「ヒヒヒ! 大方ブルブル震えて、荒野で助けを待ってたんだろう!」
ジョッシュはホテルの受付で、同僚たちの冷やかしを聞き流していた。
「何か言い返してみろよ、”泣き虫ジョッシュ”! 男だろう!」
「一度しか言わないから良く聞け……”お前ら全員クソッたれ”!」
囃し立てる制服姿の男たちが、硬直して静まり返った。
言葉を放ったのはジョッシュではなく、受付に立ち尽くすインディアン。
日焼けした肌、酒臭い声、鍛え抜かれた身体……見上げるような大男。
「マックス……マックスじゃないか! よく来てくれたね、歓迎するよ!」
ジョッシュはカウンターの外に出ると、マックスと力強い握手を交わした。
「よう、ジョッシュ。ヒック、元気そうじゃねぇか。調子はどうだ?」
フロントマンの一人、肥満体に無精髭の白人が、怒りに顔を紅潮させた。
「このクソ野郎! このホテルに土人の泊まる部屋はねぇ! 失せろ!」
「おいおい、ここは人種差別主義者を雇ってるのか? 責任者を出せ」
マックスは武骨な手に小さなメモ帳を取り出すと、何事かペンを走らせた。
「今すぐ失せろっつってんだよ! ぶちのめされてえか近親相姦野郎!」
暴れ出す肥満男を、両脇のフロントマンたちが慌てて抑え込む。
―――――09―――――
「ここはホワイトトラッシュの溜まり場か? 苦労するだろ、ジョッシュ」
「まぁね、シカゴは治安(ガラ)が悪いからさ。旦那も気を付けなよ」
マックスが笑い、記帳台のペンに手を伸ばそうとした。
SMASH! 肥満男が手荒く手を払い、記帳台のペンを叩き落とす!
「もう一度だけ言うぞ、インディアン! 今すぐここから失せろ!」
「さもないと……どうするんだ? 正義の騎兵隊でも呼ぶってのか?」
「手前、この三一(サンピン)の用心棒だとでも言うのか? アァッ!?」
ドバンッ! 肥満男はカウンターに拳を振り下ろし、口角泡を飛ばし叫ぶ!
「俺はギャングのダチでよ。キレたら何するか知ンねぇぞ。分かんだろ!」
ジョッシュは顔を顰めて頭を振り、制服の上着の下に右手を伸ばした。
「俺は銃持ってんだぜ、銃! 俺のやり方に文句なんか言わせねぇ!」
マックスは視線だけを動かし、ジョッシュの静かな所作を注視した。
―――――10―――――
「あ、あんた誰だか知らねぇが、悪いことは言わねぇ、早く帰んなよ!」
「そ、そうだぞ! こいつは怒らせたらその、マジ、ヤベェんだって!」
肥満男の両脇に侍る、二人のフロントマンたちが顔を青褪めさせる!
「おうよ! 俺はギャングを撃ち殺したことだってある。正当防衛だ!」
「おいジョッシュ! 早いとこ旦那を返してやれ! お前の責任だぞ!」
「俺は嫌がらせされて黙ってる性分じゃねえ、梃子でも動かねぇぜ」
「梃子だの何だの理屈を捏ねるな! 偉そうにムカつくんだよ腐れ土人!」
マックスの嘲笑にメンツを潰され、肥満男は両目を血走らせた!
「俺の言うことが聞けねぇってんだな? これって営業妨害だよなァ?」
これ見よがしに、制服のポケットに右手を突き入れ、何かを握りしめる!
「どうなっても知らねぇぜ! 梃子でダメなら……こいつはどうだ!」
ジョッシュは最後に、深い溜め息を一つ。そして……動いた!
「その手を出すな! フェリックス・アダムズ! 銃を抜いたら殺すぞ!」
エントランスホールに響き渡る大声! フロントマンたちは凍りつく!
声の主はジョッシュ! 肥満男フェリックスに突きつけるは……拳銃!
.41口径、2連発……威力僅少、慎ましやかなるデリンジャー拳銃!
「へッ……へッへッへッ。何かと思えば、血迷ったかジョッシュ。そんな」
BLAM! 発砲に躊躇なし! フェリックスの顔面の右後ろ、壁に着弾!
―――――11―――――
フェリックスは意外そうに口を開いたが、やがてその顔が怒りに染まる!
「手前ッ! ”泣き虫ジョッシュ”の分際で……誰に銃口を向けてやがる!」
「あんたは上司だが、僕の大事な友人をこれ以上侮辱するなら、許さない」
カチリ。冷たい怒りと共に引き起こされる撃鉄に、取り巻きが震え上がる!
「ウワーッ!? よせ、ジョッシュ! よせ! 殺人で牢屋送りだぞ!」
「ギャーッ!? 撃つな、ジョッシュ、撃つな! お巡りさーんッ!?」
「舐めんじゃねえ! 俺は白人で、ギャングにケツ持ってもらってんだ!」
「ハッタリだろ? 裏ではパシリにされてることぐらい、知ってるぞ!」
「あッお前ジョッシュ! 絶対に言っちゃいけないこと言いやがった!」
マックスはその一言に堪え切れず、大声で笑い始めた。
「鍍金が剥がれたなレッドネック。居留地で仲良くパイプでも吹かすか?」
フェリックスは全身を震わせ、その怒りが頂点に達した!
その時! 玄関の自動ドアが開き、2人の制服警官現る!
「警察だ! おい、ホテルで銃声が聞こえたと通報があったぞ!」
男警官と女警官は、フロントで拳銃を構えるジョッシュを直ぐに発見!
「おい、そこのお前! 銃を下ろして膝をつき、両手を上げろ!」
ジョッシュは銃口をフェリックスに構えたまま、マックスを横目に見た。
「旦那。こいつは僕が銃を下げたら、あんたを撃つ。僕の背中に隠れろ」
【"CRYBABY JOSH" in the slaughter house】
【CHAPTER/08: DEUS EX MACHINA】
【TO BE CONTINUED…】
※おことわり※
この物語はフィクションであり、実在する地名、人名、商品名及び出来事、その他の一切は、実際のものとは関係がありません。
From: slaughtercult
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