泣き虫ジョッシュと惨劇の館/5
【"CRYBABY JOSH" in the slaughter house】
【CHAPTER/05: WATCH OUT】
《別の視点・"観測者"より》
廃病院の隔絶区画。近代設備が整い、白色の蛍光灯で照らされた空間。
蟲の複眼めいた監視カメラ映像を、白衣姿の眼鏡男が注視していた。
「13番が7番と接触……協調行動を選んだか。ふむ、興味深い傾向だ……」
男はこの安全な場所から、数多の人間の神聖なる死と転生を見守ってきた。
「監禁された人間の大半は発狂し、出会っても互いに相争うものだが……」
早口で独り言をまくしたてると、複数の監視映像に視線を走らせる。
当て所なく彷徨う女。逃げる男と、銃を手に追いかける別の男。
「5番はもうそろそろ限界か。9番が逃げ延びるか……フフフ、あるいは」
監視カメラを気にする様子で、姿勢を低めて歩く二人組の姿。
彼らの行く手にまた一つ……名状しがたき、緩慢なる捕食者の姿が迫る!
「発現までもう暫し暇がある。人として過ごす最後の時間を楽しみたまえ」
男は黄金の.50口径リボルバーを手に取ると、シリンダーを空回りさせた。
―――――01―――――
「GROOOOOW……」
迫り来る怪物! 窓から洩れる月光が、名状しがたき姿を黒光りさせる!
「畜生! 一体何なんだ、こいつらは!」
マックスは切り詰め銃を構え、じりじりと後退! 銃はあっても弾が無い!
「一旦後退しよう、旦那! 素手じゃ勝ち目はないよ!」
ジョッシュはリボルバーを逆さに握り、へっぴり腰で彼に続く!
「クソッ、どうしようもねぇな! せめて弾があればいいんだが!」
「僕たちの銃で、やっつけられそうな相手には見えないけどね!」
「そんなモン、やってみなきゃわからねぇだろうが!」
前方にマックス、後方にジョッシュ。二人は階段を慎重に降りていく。
「ショットガンで、4発。あの長い黒髪の女が殺った。目の前で見たんだ」
「おい待て、説明しろ。そもそもお前、あいつと接触したのか!?」
「接触、か……あぁ、そうだよな。接触したどころの話じゃないんだよな」
ジョッシュは懊悩して独り言ち、階段の踊り場で座り込んだ。
「はっきりしやがれ、ジョッシュ! どうしても、答えてもらうぜッ!」
マックスはジョッシュの両肩を掴んで揺すり、詰問する。
「銃を突きつけられて、連れて行かれた。蝋燭だらけの、奇妙な部屋にね」
「はぐらかすんじゃねえ! 経過はいいから、結論を言えよ!」
―――――02―――――
「セックス……した。させられたんだ。ついでにこいつも、ぶち込んだ」
ジョッシュは嘆息し、弾切れのデリンジャー拳銃を取り出す。
「胸の間。銃口を密着させて2発。信じられないことに……何事も無かった」
「へぇ? 銃が効かないから、今度はこっちの弾をぶち込んだって塩梅か」
「下品な奴だな。首を絞められて気を失ったから、後はよく覚えてない」
「お笑いだなジョッシュ。そいつは妄想だ。お前はおかしくなってるのさ」
マックスが嘲って肩を叩くと、ジョッシュは冷ややかに手を払い退けた。
「冷たい肌、全身の火傷と縫い痕。美しい、解剖後の検死体さ。まるでね」
「あれを抱いただって? ぞっとしねぇ……事実ならどうかしてるぜ!」
「事実さ。証明しようがないけど事実だ。その部屋に行けば、嫌でも解る」
「その部屋って、どこだ」
「蝋燭だらけの部屋さ! 病室のどこかだ。ヒッチハイカーもそこに居た」
「待て、話が繋がらねぇ。どうして、急にヒッチハイカーが出てくる?」
マックスは溜め息と共に目頭を揉む。
「さっき言っただろ……ここに来る前にヒッチハイカーを拾った、って!」
この酔っ払いめ、とジョッシュは心中毒づいた。
「黒髪のボブカットで、若い女だった。都市伝説の住人みたいなヤツさ」
「お前を誘ったワケか。主とセックスさせるために? ポルノの見過ぎだ」
―――――03―――――
「素晴らしいな! 俺は酔っ払いで、相棒は誇大妄想狂と来たもんだ」
マックスは呆れて取り合わず、強引に話を切り上げた。
「逆の立場なら、僕だって信じないだろうさ。自分でも妄想と思いたいよ」
ジョッシュは狂気の情事を思い起こし、嘆息する。
「家族の出来損ない……彼女はそう言った。怪物を撃ち殺した時にね」
「セックス、家族、その成れの果てが怪物? たちの悪い性病持ちだな!」
「僕もじきにああなるわけだ……旦那が信じようが、信じまいがね」
「もしそうなった時、手前の脳天を吹き飛ばしても恨むなよ?」
「死人と怪物は、殺しても罪にならないんだよ。知ってた?」
マックスは口角を上げると、ジョッシュの肩を叩き、腰を上げた。
それきり二人は黙り込むと、玄関ホールまで階段を下りきる。
無人の玄関ホール。頭上の監視カメラを、ジョッシュは忌々しげに睨んだ。
ガチャリ、ガチャリ。観音扉は固く閉ざされ、ビクともしない。
「畜生、思った通りだ。銃に弾が入ってれば、ぶち破れるんだが!」
ジョッシュは受付に歩み寄ると、埃の積もったカウンターを指でなぞった。
「一つ一つ、虱潰しに調べるしかないね。なあ旦那、中を見てみよう」
ガチャリ、キィ……。
ジョッシュは受付横のドアを僅かに開き、マックスに頷きかけた。
―――――04―――――
書類の散乱した室内。ジョッシュはジッポーの灯火を点す。
「ちょっと待った。床を見て……靴跡だ。誰か先客が居るのかも」
「あぁ、そりゃいい。そいつが生きてりゃ、なおいいんだがな」
暗闇にちらつく炎の灯り。物陰に潜み、息を殺す男の姿あり。
二人はそれに気づかず、手当たり次第に引き出しを開き、物色する。
「カウンターの下に、ショットガンとか隠してねえか? ねえよな……」
ズチャリ、ズチャリ、ズチャリ……。足音と、金属音。
ジョッシュは咄嗟にマックスと顔を見合わせ、ジッポーを消火した。
「やぁやぁやぁ、諸君! 隠れることないだろう? 灯りを点けたまえ!」
ジョッシュ、マックス、隠れる男。三者は沈黙し、身動き一つしなかった。
BLAAAAAM! 唐突なる発砲! 天井が抉れて、火花が飛ぶ!
「灯りを点けろと言ってるんだ、近親相姦野郎! 二言目は無いぞ!」
――カキン、シュボッ。点された火が、ジョッシュとマックスを照らす。
「素直でよろしい! 死にたくなければ、俺に逆らわないことだ!」
ズチャリ、ズチャリ……ガチャッ、キーン! カラン、コロン。
赤銅色の灯りの向こうで、トラップドア式のカービン銃が再装填される。
「俺はバーソロミュー上等兵! 刑務所上がりで、CNのメンバーだ!」
男が更に近づき、タトゥーの入った禿げ頭が、胡乱に照らし出される。
―――――05―――――
「CN……ハッ、どこかで聞いたような。ジョッシュ、知ってるか?」
「コーカソイド・ネイバーフッド。白人至上主義のプリズンギャングだ!」
ジョッシュ即答! CNはネオナチとも関係が深い、危険な犯罪集団だ!
「するってぇと……インディアンの俺にも、ちと風当たりが強そうだな」
「インディアン! 絶滅を前にした土人がここにも! 健気なことだ!」
禿げ男は装填済みのカービン銃で、マックスの顔を示した。
「貴様、そこの弱そうな白人! 貴様の人種を問おう! 沈黙は死だ!」
「ユダヤ人だ。そういう君はヒスパニックだな、スペイン語の訛りがある」
BLAAAAAM! ジョッシュの顔の数インチ横を、銃弾通過!
「白人は全てに優越し! ユダヤ人は土人にも劣る! 守銭奴の畜生め!」
ガチャッ、キーン! 男は右手に挟んだライフル弾を、銃に再装填!
「そして、ユダヤ人より更に劣る人種! そうだ……イスラム教徒だ!」
ガタンッ! 物陰に隠れる男が、ビクリと震えて物音を立てた!
「おや? お前たちの他にも、誰か隠れてるようだな。出てこい!」
ジョッシュは訝しげに眉根を寄せ、マックスと顔を見合わせた。
「俺はアルメニア人で、イスラム教徒じゃない! 何度も言ってるだろ!」
部屋の最奥から、怒りと懇願の入り混じった叫び声!
「誤魔化しても無駄だ! 汚らしい訛りと口髭、憎むべきイスラムだ!」
―――――06―――――
ズチャリ、ズチャリ! 男は威嚇的に靴音を鳴らし、銃を構えて前進!
呆気に取られるジョッシュとマックスを他所に、索敵を始める!
「ウワ―――――ッ! ヤメロ――ッ、ヤメロ――ッ!」
髭の男が物陰から飛び出し、ジョッシュの背後に回り込み、盾にした!
「おい、ユダヤ人! お前の持ってる拳銃で、あいつを撃ち殺せ!」
マックスの前方、禿げ男がカービン銃を構え、ジョッシュに銃口を向ける!
「そのイスラム教徒を差し出せ、ユダヤ人! 庇いだてすれば殺すぞ!」
「どの道、この場の全員殺すんだろうが……気違いめッ!」
マックスはほくそ笑み、切り詰め銃を翻した! 木製の銃尾で殴打!
SMAAAAASH! BLAAAAAM! 禿げ男が顎を打たれ、銃弾が空を切る!
マックスが禿げ男に素早く取り付き、背面からチョークアップ!
「ウンガ――ッ! 離せ、腐れ土人め! 貴様から殺してやるッ!」
髭の男、ジョッシュに体当たり! リボルバーを奪い取った!
「ア――ッ! イカレハゲ――ッ! お前が死ね――ッ!」
CLICK! 当然、空撃ち! 髭の男が血相を変え、歯を噛み鳴らす!
禿げ男は首を絞められながら、麻薬中毒者めいた凄まじい力で暴れる!
ジョッシュは髭男に掴みかかり、リボルバーを強引に取り返した!
禿げ男は泡を吐きながら、片手を腰の拳銃に伸ばす!
―――――07―――――
BLAM! 拳銃発砲! マックスは冷や汗を流すも、首絞めを緩めない!
「ウワ―――――ッ!」
ジョッシュ突進! リボルバーを逆さに握り、死神の鎌めいて振りかぶる!
「オオオオオ―――――ッ!!!!!」
禿げ男が狂乱して絶叫! ジッポーの炎が、ジョッシュの走りで揺れ動く!
拳銃の銃口がジョッシュめがけて、徐々に上へ……向けられる!
ゴキャッ――メキョッ! 銃尾のスカルクラッシャーが、禿げ頭を殴打!
残心! 殺意の振り抜き! 鋼鉄のグリップが頭蓋にめり込み、骨を砕く!
BLAM! 拳銃は禿げ男の手から、発砲の反動で弾け飛ぶ!
ジッポーの炎が激しく揺れ、俄かに消えかけ……やがて勢いを取り戻した。
その瞬間、その場の全員の動きが止まり……ズルッ、ドタッ……バタン。
白目を剥き、鼻血を垂らした禿げ男! 憤怒の形相は凶行を咎めるようだ!
「アー……終わったか? 良くやった、俺一人でも何とか出来たけどな!」
髭の男が歩み寄ると、大げさな身振りで、興奮してまくしたてた。
「ハァッ、ハァッ。今のはかなり危なかったな。助かったぜ、ジョッシュ」
マックスは紅潮した顔で息をつき、取り落とした切り詰め銃を拾い上げる。
「なんてこった……僕は、僕は……ギャングを殴り殺してしまったッ!」
ジョッシュはそれどころではない! 事の重大さに思わず頭を抱える!
―――――08―――――
「手前は誰だ、ケツ穴野郎。こちとら成り行きとはいえ、命懸けだったぜ」
「ナレク! ナレク・ペトロシァン。アルメニア移民の二世、本当だよ!」
「マズい、ヤバいよ、連中の仲間にバレたらどうしよう……殺される!」
ジョッシュは半泣きで、繰り返し男の胸板を殴りつけた。
「おい、ジョッシュ。殺っちまったもんは仕方ねぇ。正当防衛だろ?」
「そうとも、クソ度胸のヒーローだ! グリップで一撃、痺れるねぇ!」
禿げ男のポケットから何かが、音を立ててこぼれ落ちた。
ジョッシュは鼻を啜りながら、古ぼけた紙箱のような何かを掴み取る。
「重いな、中身が入ってる…….44口径、ウィンチェスター1873、50発入り」
僥倖! 箱の中には、錆びた.44-40弾薬が鮨詰め! 未使用品だ!
「見てくれ、マックス……弾だ。こんなに沢山、独り占めしてやがった」
ジョッシュは男のポケットを漁り、.45-70弾薬をパラパラと撒き散らす。
「ピストル! こいつは俺が貰うぜ! ハハァッ、これで身が守れる!」
ナレクが髭を揺らし、素早く自動拳銃を手に取った!
「おい馬鹿……ナレク、引き金に指をかけるなッ!?」
BLAM! マックスの静止も空しく、ジョッシュの頭上を弾頭が通過!
「クソッ! 銃、銃なんて、生まれてこの方、触ったこと無かったんだ!」
ナレクは引き金から指を話し、激しく弁解! 失禁寸前で震え上がる!
―――――09―――――
「弾を山分けしよう、マックス。僕と旦那で、半分ずつ持つんだ」
「野郎を始末したのはお前、弾を見つけたのもお前。お前の取り分だぜ」
「いいかい旦那、生き残るには頭数が居るんだ。弾を取ってくれ」
「その弾はもしかすると、手前の脳味噌ぶち撒けるかも知れねえんだぞ?」
「その時は、オークリッジ墓地まで配達を頼むよ。葬式代は旦那持ちだ」
マックスとナレクは顔を見合わせ、ブラックジョークに吹き出した。
ジョッシュはリボルバーに、マックスは切り詰め銃に、弾薬を装填する。
「5発でいい……6発詰めると、暴発するかも」
「俺は遠慮しねぇ。1発が生死を分けるかも知れんからな」
マックスは切り詰め銃のレバーを動かすと、もう1発弾倉に継ぎ足した。
「アー、ピストルは俺に任せろ。大丈夫、もう暴発させないから……多分」
ナレクの懲りない言葉に、二人は諦めた表情で頭を振る。
「オーケイ、お二方! このクソ大きい大砲は誰が持つんだ?」
ナレクがカービン銃を掲げると、マックスが頭を振ってジョッシュを見た。
「譲るよ、趣味じゃねぇ。デカ物は、小回りが利かねぇからな」
「じゃあお前だ、ユダヤ人。俺はさ……ホラ、銃に慣れてないんだよ!」
ジョッシュはカービン銃を受け取ると、トラップドアを跳ね上げた。
ガチャ、キーン。涼やかな金属音と共に、大きな空薬莢が蹴り出された。
―――――10―――――
「ユダヤ人じゃなくて、ジョッシュだ。ジョシュア・ゴールドマン」
ジョッシュはカービン銃に弾薬を装填し、溜め息まじりに補足した。
「マックスだ。マクシミリアン・マウント・プレザント。インディアンさ」
マックスは腰を上げると、切り詰め銃を肩に預け、周囲を警戒する。
「オーライ、隠し砦の三悪人ってワケだな! 盛り上がってきたぜ!」
ナレクが腰を上げると、拳銃の重みでズボンがずり下がった。
「クソッ、畜生! 格好つけると直ぐこれだ、クソックソックソッ!」
ナレクは喚きながらズボンを上げ、ベルトをきつく締め直す。
そして、カービン銃を杖にして立つジョッシュの、背後を凝視した。
「ふぇッ? ……あッ、ああ゛ッ!? ジョッシュ、後ろを見ろ!」
ジョッシュは身を翻し、片手の親指でカービン銃の撃鉄をフルコック!
彼の背後、至近距離で緩慢に立ち上がるは……撲殺したはずの禿げ男!?
「G……GR……GRO……」
ビチョッ、ビチョッビチョッ。死体が立ち上がり、身体を震わせて苦悶!
「GROOO……GROOO……」
冥府の呼び声の如き、名状しがたく冒涜的な呻き声!
電気に撃たれたように、禿げ男が痙攣! 口から大量の漆黒を嘔吐!
そして……全身の至る所から『黒』が吹き出し、『怪物』を形作っていく!
切り詰め銃……ウィンチェスター 1892 "メアーズ・レッグ"
口径:.44-40 WCF/装弾数:5+1発/アンダーレバー式シングルアクション
西部開拓時代を代表する小銃の一つ。銃身と銃床が切り詰められている。
カービン銃……スプリングフィールド 1873 カービン "トラップドア"
口径:.45-70 Gov't/装弾数:1発/トラップドア式・シングルアクション
米軍に初採用された薬莢式小銃。旧式だが強力。銃身の短いカービン仕様。
自動拳銃……サヴェージ 1907(軍用型・試作モデル)
口径:.45ACP/装弾数:8+1発/セミオート式・シングルアクション
動作信頼性が低く、軍の採用試験に落選。極少数が一般向けに市販された。
【"CRYBABY JOSH" in the slaughter house】
【CHAPTER/05: WATCH OUT】
【TO BE CONTINUED…】
※おことわり※
この物語はフィクションであり、実在する地名、人名、商品名及び出来事、その他の一切は、実際のものとは関係がありません。
From: slaughtercult
THANK YOU FOR YOUR READING!
SEE YOU NEXT TIME!
頂いた投げ銭は、世界中の奇妙アイテムの収集に使わせていただきます。 メールアドレス & PayPal 窓口 ⇒ slautercult@gmail.com Amazon 窓口 ⇒ https://bit.ly/2XXZdS7