泣き虫ジョッシュと惨劇の館/6
【"CRYBABY JOSH" in the slaughter house】
【CHAPTER/06: BACK TO LOVE】
《別の視点・観察者より》
殺風景な空間。並列ディスプレイ。複眼めいたモノクロ監視映像。
「9番が隠れた部屋に……7番と13番……フ、5番までも……どう転ぶか」
白衣の眼鏡男は呟き、パイプを咥え、フロッグモートンを詰めて火を点す。
種火を育て、タンパーでボウルを均し、やがて完全にタバコが着火した。
「発現を待たずに潰し合うのがオチ……か。また初めからやり直しだな」
皮肉めいた言葉と裏腹に、声の響きには一抹の嬉しさすら感じられた。
「代わりは幾らでもいる。我々は何度でもやり直すさ……何度でも!」
RING,RING,RING! RING,RING,RING! デスクの有線電話が鳴り響く!
眼鏡の男が受話器を取り上げ、二言三言話すと、渋面を浮かべた。
「ReFが嗅ぎつけたか……潮時だな。もう暫く、遊んでいたかったのだが」
屋外の監視映像――拡大。荒野の遠くに光る、自動車のハイビーム!
―――――01―――――
「GROOOOOW……」
哀れ! 怪物と化したバーソロミュー! 禿げ頭のタトゥーも見る影無し!
ジョッシュは思考が吹き飛び、至近距離で相対して凍りついた!
「二人とも、ボヤッとしてんじゃねぇッ!」
マックスは即座に反応! 離れた位置から、切り詰め銃を構える!
BLAM! 八角形の銃身が火を噴いた! 過たずヘッドショット!
「GROOOOOW……」
黒い飛沫が飛散! 怪物は着弾の衝撃でよろめくが、倒れない!
ガシャッキン――BLAM! もう一撃! 一歩後退るが、倒れない!
ガシャッキン――BLAM! 更に一撃! 怪物が仰向けに崩れ落ちる!
マックスは切り詰め銃をレバー操作し、即座に弾薬を再装填!
そして、おお……怪物は何事も無かったかのように、身を起こした!
「GROOOOOW……」
ジョッシュの額を冷や汗が流れ、無言で数歩後退った。
「畜生、何だってんだ!? 脳味噌に、3発もぶち込んだんだぞ!?」
マックス狼狽! ナレクは部屋の隅に駆け込み、縮こまって震え上がる!
「撃て! ジョッシュ、撃て! 大砲をそのクソ野郎に食らわせろ!」
ナレクの甲高い叫び! 放心状態のジョッシュが、我に返る!
―――――02―――――
BLAAAAAM! カービン銃を腰だめで発砲! 弾頭は空しく空を切る!
「外してんじゃねぇぞ、馬鹿野郎! しっかり狙って撃てェッ!」
ガチャッ、キーン! トラップドア開放! 大慌てで次弾を詰め直す!
BLAM! ガシャッキン――BLAM! マックスの断続的な援護射撃!
カービン銃を構えるジョッシュの脳裏に、長い髪の女が去来した!
(……きっと頭じゃ駄目なんだ。心臓を、心臓を狙わないと……ッ!)
BLAAAAAM! カービン銃が放った二の矢は、怪物をハートショット!
「大馬鹿野郎ォ――ッ! どこ狙ってんだ! 頭撃てよ、頭ッ!」
ナレク絶叫! 安全な場所で震えるばかりで、戦う素振りは見せない!
「臆病者のクソが! 口ばっかり動かしてねぇで、手前も撃て!」
BLAM! マックスの一発が、怪物の額に着弾! 怪物が再び崩れ落ちる!
ジョッシュは舌打ちし、カービン銃を再装填した!
カチリ。ジョッシュは撃鉄を起こし、仰向けに倒れた怪物に接近!
「おい馬鹿ジョッシュ、近づきすぎだ! 無茶するな! 死にてえのか!」
マックスの叫び声も遠く、ジョッシュの脳裏に数刻前の情景が蘇る!
(心臓だ……心臓を狙え、ジョッシュ。1発じゃ駄目でも、諦めるな!)
.45口径の銃身が、ポイントブランクで怪物の胸を見下ろした!
BLAAAAAM! 胸部掘削! 立ち込める硝煙! 怪物が両腕を伸ばす!
―――――03―――――
マックスは日焼けした顔を歪ませ、切り詰め銃のゲートに弾を流し込む!
ガチャッ、キーン! 弾け飛ぶ空薬莢! ジョッシュもまた再装填!
「もう駄目だ、ジョッシュ! 一旦距離を置け、聞いてるのかァッ!」
BLAAAAAM! 危険を冒して、ダメ押しの一撃! 怪物が大口を開いた!
「GROOOOOW!?」
心臓破壊! 銃創に光が凝縮し、超自然の青い炎となって噴出した!
ジョッシュは後退り、手にしたカービン銃を、油断なく再装填!
「ハァッ、ハァッ……旦那。今、何発撃った?」
「6発だ、クソッたれ。手前は4発だな、俺の記憶が正しければだが」
マックスは溜め息と共に、ジョッシュの隣に並んだ。
「畜生、弾の使い過ぎだぞ! だから頭を狙えと言ったんだ!」
歩み寄り、臆面もなく宣うナレクを、マックスが手荒く突き放した。
「言える立場か根性無し! 腰の拳銃はお飾りか、アァッ!?」
「何だよッ!? 俺は後ろに居たんだぞ、背中に当てたらどうすんだ!?」
マックスがナレクの襟首を掴むと、二人の間にジョッシュが割り込んだ。
「もういいよ。急いでこの場を離れよう、奴らが寄ってくるかも」
マックスは不服にジョッシュを一瞥し、ナレクから手を離した。
「お優しいこったな……今度同じ様ァ見せたら、俺は容赦しないぜ!」
―――――04―――――
開きっぱなしの扉をくぐり、三人が恐る恐るホールへと進み出る。
「ジョッシュ、お前は殿を守れ。射程の長い奴は、一番後ろに立つんだ」
ジョッシュは無言で頷き、周囲を見渡しながら、2人を先行させた。
「正面は俺が引き受ける。ナレク、手前は真ん中だ。逃げるなよ?」
「逃げるもんか! 俺が正面だっていいんだぜ? 何なら殿でも……」
ナレクは髭を弄りながら、大げさな身振りで訴える。
即席の『分隊』が暗闇に目を凝らし、階段をゆっくりと昇っていく。
「ナレク、拳銃を替えようか。君の銃じゃ、予備の弾が無いだろう」
「その銃はド素人にゃ使いこなせねぇ。弾が余ってるなら俺に寄越せ」
「ド素人だと!? 俺だって、ちょっと練習すれば……俺だって!」
衝突しかねない雰囲気に、ジョッシュは顔を背けて溜め息。
「クソッ、あの化け物女が出てきたらだな、俺だってやってやるさ!」
2階まで昇りきると、マックスが手振りで進行を止めた。
「男3人、銃と弾薬が少々。さて……どこに向かったもんかね」
「僕としては、ボスの部屋を調べたいのだけれど」
「何ッ、あの部屋に戻るだって!? 正気の沙汰じゃねぇ、却下だ!」
「あるいは、他の部屋を回って生き残りを探すか」
「例えば、あの危ねぇ赤毛の女……か? どちらにせよリスキーだな」
―――――05―――――
「思うに、僕らには余り時間が残されていない……と思うのだけれど」
「少なくともジョッシュ、お前にはな。ナレク、手前はどうなんだ?」
「何だよッ? ……話が読めねぇ。俺が何だってんだ?」
「ナレク。君の反応を見るに、あの部屋で黒髪の女と接触したんだね?」
ナレクは肩を震わせると、手振りで何かを説明しかけ……咳払いした。
「アーえっと……つまりだな、先っちょだけだ。俺は中には出してねぇ!」
マックスは肩を震わせ、堪え切れずにクスクスと笑い出す。
「僕は接触した。旦那は接触してないらしい。ナレク、それが結論だよ」
「冗談だろジョッシュ! お前と穴兄弟かよ畜生、嬉しくねぇぜ!」
「手前のセックスライフに興味はねぇ。まぁしかし、よく分かったぜ」
「ともかく。僕らは一度、あの部屋をよく調べる必要があると思う」
「俺は行かねぇ! 怖いとか、そういうんじゃないが……絶対行かねぇ!」
「行くに1票、行かないに1票だ。後は旦那次第だが……どうする?」
「行く一択だ、議論の余地なしでな。まぁ、そっちの臆病者は知らんが」
「多数決かよ、卑怯だぞ! じゃ、じゃあ俺はどうするんだ!?」
「独り寂しく隠れてるか……赤毛の女と抱き合って、愛でも囁いてな!」
マックスは含み笑いと共に、ナレクの肩を叩いて歩き出す。
「済まないナレク……僕たちに遠回りしてる時間は無いんだ、多分ね」
―――――06―――――
マックスとジョッシュが、ツーマンセルでそそくさと歩き去る。
「何だよお前ら! 後悔するぞ薄情者! 俺は絶対に行かないからな!」
ナレクは一人、階段の数段下で、暗闇と静寂に取り残された。
「……畜生何だよ、もう少しマシな奴らかと思ったのに、クソッ……」
ナレクは階段を上り、壁際から恐る恐る顔を突き出す。
足音が遠ざかり、月明かりの薄闇に二人の背が呑まれていった。
「酷い奴らだ! 情け心ってモンはねぇのかよ! 俺が正しいのに!」
散々強がっていたナレクは、孤独に逆戻りして体を震わせる。
「……クソッ、何の音だッ!? 蟲、蝙蝠……それとも化け物ッ!?」
豊かな想像力が恐怖を増幅させ、彼の忍耐力が早くも限界に達した。
「ウワ――ッ! 俺を置いてくな――ッ! 一人にしないで――ッ!」
ナレクは右手で拳銃を抜き、絶叫と共に猛ダッシュ! 二人の後を追う!
廃墟に足音が響く! ナレクはジョッシュの背中に衝突し、急停止!
「大声で喚いて走るな、大馬鹿野郎! 全く、心臓に悪いぜ!」
「ハァーッ、ハァーッ! クソッ、置き去りにするなんて信じられねぇ!」
「情けねぇ野郎だ。突っ張ってねぇで、最初から一緒に来いよな」
ジョッシュはナレクに頷きかけると、前方の部屋を指さした。
「頭数が多いに越したことはないよ。先を急ごう……多分あの部屋だ」
―――――07―――――
『分隊』が廊下を進み、仰向けで転がる『死体』を横目に通り過ぎた。
「黒焦げだ、クソッ。死んでるのか? そもそも、あれは一体何なんだ?」
「答えのねぇ問いだな。そいつがわかりゃ、誰も苦労しねぇよ」
死体の直ぐ先、僅かに開いた病室のドアの前で、3人が足を止める。
ジョッシュはマックスの肩を叩くと、ポケットから弾薬を取り出した。
「そうだ旦那、予備の弾を渡しておくよ。準備が整ったら、突入しよう」
3人はドアの横で壁に張り付き、銃の装填を確認した。
「俺、ナレク、ジョッシュだ。途中で詰まるなよ……ナレク、手前だぞ」
「分かってるって、信用しろ! ジョッシュ、お前こそ逃げるなよ?」
ジョッシュは無言で頷き、カービン銃の撃鉄をコックする。
「3つ数えたら踏み込むぜ。3……2……1ッ!」
ドバンッ! マックスがドアを蹴り開け、3人が部屋になだれ込む!
「クソ――ッ! 近親相姦の売女めッ! ぶち殺してやるから覚悟しろ!」
ナレクが数歩と歩まずに立ち止まり、ジョッシュは彼の背中に衝突!
「おい、ナレク! 止まるなって言ったろ! 先に進めよ!」
「ウォ――ッ! 俺はやってやるぞ! どこからでも出てこいクソ売女!」
ナレクは足を震わせ、暗闇の至る所に銃口を振り回し、前進!
右前方にマックス。ジョッシュは死角をカバーするように、左側へ散開!
―――――08―――――
……そして、静寂。沈黙の中に、男3人の息遣いだけが微かに響いた。
「ハァーッ、ハァーッ! 何だよ、白けるぜ! 俺様にビビったか!?」
あくまで強気な言葉と裏腹に、ナレクは寧ろ安堵した様子だ!
ジョッシュは油断なく銃を構え、部屋の壁際に視線を巡らす。
「何だこの甘ったるい匂いは? 芳香剤……大麻……いや、違うな……」
マックスの推察を聞きながら、壁に背を向けるジョッシュに迫る影!
――ガシャリ! ドタッ、バタンッ! BLAAAAAM!
「ア―――――ッ!? クソッ、近親相姦野郎ォ――ッ!」
BLAM! BLAM! BLAM! ナレク絶叫! セミオート3連射!
「ナレク、大丈夫かッ!? ジョッシュ……ジョッシュ、どこだ!」
その時ジョッシュは、背中から首に腕を回され、床に引き倒されていた!
全身を貫く寒気! 首筋に食らいつかれ、悲鳴すら上げられない!
カービン銃は、ジョッシュの手から転がり落ちた。手元に武器が無い!
「痛ッ! 痛テテテッ! クソッ、離せよこのッ――」
ジョッシュは半ば正気を失いかけながら、懐のリボルバーを手探った!
荒い息遣い。人肌の温もり。背中に押し付けられた、胸の膨らみ。
(いや、ちょっと待てよ。こいつ、もしかして……)
ジョッシュは右手にリボルバー、左手にジッポーを抜いた!
―――――09―――――
――カキン、シュボッ。鋼鉄のジッポーが灯火を上げる!
「止めろシルヴィア、君かッ!? 落ち着け、僕だ……ジョッシュだよ!」
ジョッシュの言葉で、首筋に食らいつく顎の力が緩んだ。
すかさず駆け寄る、2人の足音! 銃口を向ける、2本の銃口!
「ちょっと待て! マックス、ナレク、まだ撃つなよ!」
ジョッシュが翳した右手のリボルバーが、灯火を受けて銀色に煌めく!
「動くな、ジョッシュ。手前の脳味噌に流れ弾ァ食らいたくなければな!」
「なッ、何だこいつッ!? あのおかしな黒髪女じゃないのかッ!?」
マックスとレナクが対するは、ジョッシュを背中から羽交い絞めにする女!
ボブカットの黒髪、術後服めいた際どいワンピース……シルヴィアだ!
「撃つな、と言ったんだよ! 2人とも落ち着け! 彼女は人間だ!」
ジョッシュの言葉に訝る2人と、シルヴィアが無言で睨み合う!
ジョッシュは2人から目を離さず、手にしたリボルバーを下ろした。
「大丈夫、シルヴィア。無事で何よりだ……君とはまた会う気がしたよ」
首筋を噛まれながらも、ジョッシュは努めて冷静に告げた。
口が離れた。ジョッシュは体を引き寄せられ、彼女と頬を密着させる。
「……あんたは家族にはならない……あんたは、私の……」
「あぁ、そうだったね。僕、戻ってきたよ。だから、放してくれないか?」
―――――10―――――
「旦那、彼女がヒッチハイカーさ。僕の話、信じてくれる気になった?」
ジョッシュは危機を脱したことを察し、ゆっくりと上半身を持ち上げた。
身体が重い。首に枷めいて、シルヴィアが両腕でしがみついているためだ。
「解せねぇ。何とも奇妙な女だぜ……妙な真似したら、ぶっ放すからな」
「おッ、おッ、おいジョッシュ。お前、そいつとデキてたのかよッ!?」
2人は露骨に疑う眼差しながら、一先ずは安全と察して銃を下ろした。
「どうやら、ボスは居ないみたいだね。今の内に部屋を調べよう」
ジョッシュは周囲を見渡し、腰を上げようとした……が、持ち上がらない。
「なぁ、シルヴィア。頼むから、いい加減に放してくれないかな?」
彼女は無言で、拒むように首筋を噛んだ。力を込めてはいなかった。
ジョッシュはカービン銃を手繰り寄せると、銃を杖代わりに身を起こす。
ジッポーの灯火が、頼りなく揺らぎ、掲げられた。
床に散らばった小物。壁際を埋め尽くす、燃え尽きた蝋燭。
「何なんだこの部屋は……病んでやがるぜ、気味が悪いッ!」
偏執的な光景を目の当たりにして、マックスがたじろぐ。
ナレクは足元に転がる何かに、手を伸ばした。未使用の散弾だ。
誰も彼を見ていない。彼は数発の散弾を拾い集め、ポケットに忍ばせた。
マックスは先頭に立ち、朽ちかけたベッドに歩み寄った。
―――――11―――――
「ウッ、思い出すぜ畜生。あのベッドだ! いや、俺は決してだな!」
「あぁ、先っちょだけだろ? わかるよ……」
ジョッシュはシルヴィアを引きずるように歩き、最後尾に続いた。
マックスはクスクスと笑いながら、ベッドサイドのデスクに手を伸ばす。
「おっと、電話か……何のために? こっちは……俺の大事なカメラ!」
黒電話の横に、デジタルカメラ。ライカ・M、静音型のプロ仕様だ。
マックスは切り詰め銃をデスクに置くと、カメラを手に取った。
「バッテリーは生きてるな。写真も残ってる……やれやれ、一安心だぜ」
「成る程、カメラか。旦那……記者って肩書は本当だったんだね」
「疑ってたのか? 生きてここを出られたら、記事に載せてやるよ」
酒臭いゲップを放つと、マックスは振り返りざまにカメラを構えた。
FLASH! ストロボが閃光を焚き、背後のジョッシュたちを撮影!
「ウワッ眩しい! おい、インディアン! 撮ってる場合かッ!?」
ナレクが腕を振って咎めると、マックスはケラケラと笑った。
「スクープ写真さ。特捜隊にしちゃあ、随分しけた人選だけどよ……」
マックス、ナレク、ジョッシュ……シルヴィア。4人が集まった。
RING, RING, RING! RING, RING, RING! 唐突に響く黒電話!
全員が息を呑む! シルヴィアの腕が、ジョッシュを強く引き寄せた。
【"CRYBABY JOSH" in the slaughter house】
【CHAPTER/06: BACK TO LOVE】
【TO BE CONTINUED…】
※おことわり※
この物語はフィクションであり、実在する地名、人名、商品名及び出来事、その他の一切は、実際のものとは関係がありません。
From: slaughtercult
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