FUWA never know YAMADA the Killer
【前回:FUWA meets YAMADA the Killer】
市内中心部から少し離れた埋立地。堤防沿いの工場街の片隅に、個人経営の自動車工場『鬼塚オートモビール』があった。山田の『かかりつけ』だ。
山田がクリーム色のVW・1600TLEで走り来ると、店先の一際目立つところで黒塗りのマッスルカー、オールズモビル・442が妖しく煌めいていた。
工場の中では、ツナギ姿で袖を捲った老店主・鬼塚(オニヅカ)が、整備を終えたばかりのカルマンギヤの前に立ち、いかにも頑固親父といった風貌で辛子色のボディーを睨み、太腕でウェスを手繰り、丹念に磨いていた。
鬼塚の足元で眠る一頭のボストンテリアが、空冷エンジンの排気音を聞いて飛び起きると、工場を飛び出して来客を出迎えに走った。山田は店先に車を停めて運転席を降り、足元で見上げるテリア犬・チコの頭を撫でた。
「どうも! 鬼塚さん」
「おう、来たか! ちょっと待ってろ!」
鬼塚は皺深い双眸で辛子色のボディーを見据えたまま、低く鋭い声を放つ。
「カルマンギヤですか。これは、見事な物ですね」
「ヘッ、『見事』の半分は、俺の働きのおかげだがな!」
「残りの半分は?」
「この車が元々持ってた『美しさ』だ。ここに来たばかりの時は、埃塗れで自走すら出来ず、そりゃ酷い状態だったぜ。お前さんに想像できまい」
「そのまま廃車にならなくて良かったですね」
「この車の元々の持ち主が、もう死んだ爺さんでな。その孫が大学生だが、親兄弟も興味ねえこのオンボロ車、バイト代全額突っ込んでも構わねぇからどうしても乗りたい、っちゅうんで俺がこうして整備してるって寸法よ」
「素敵な話ですね。でも、高くついたでしょう」
「当たり前だ。俺の店にゃ学生割引なんてねぇからな。その代わり、金さえ払えりゃ、20歳そこそこのペーペーでも、他の客と同じ一律のサービスだ」
鬼塚はボディーを拭き上げると、自信に満ちた顔で山田に頷きかけた。
「どうだ。ショウケースに置いても、恥ずかしくねえ仕上がりだろう!」
工場の軒先で、1600TLEのボンネットを鬼塚が開き、運転席に合図した。
「回してみろ!」
運転席で山田がイグニッションを捻ると、車体後部のパンケーキエンジンが頼りない音を立て、エンジンが始動しかけてストンと停止する。
鬼塚がリヤエンジンを睨み、数回目のセルで辛うじて始動したのを見ると、何事か頷いて運転席に手を振り、声を上げてエンジンを止めさせた。
「どうです」
「これ、バッテリーはどうよ?」
「半年前に替えたばかりで、うちでもちょくちょく充電してます」
「そうか、じゃあスターターが駄目だな。この年式じゃよくある症状だ」
「やっぱりセルですか。部品、出ますかね?」
「最近は良いのがあるぜぇ。ボッシュ製の新品でよ、互換性も完璧だ」
「じゃあそれ、一個頼んどきましょうかね」
車の横合いに立ち、山田と鬼塚は二筋の紫煙を棚引かせて話した。
「車はどうする。このまま帰っても、直に動かなくなっちまうぞ」
「ええまあ、預けて帰りたいのは山々ですが……ちょっと失礼」
山田は電話の着信音に、懐からブラックベリーを取り出して画面を見た。
「丁度いいタイミングで、迎えに打ってつけの人から電話です」
――――――――――
市内の中心部。路面電車に沿って伸びる片側三車線道路を、銀色のスポーツセダン、スバル・WRX STIが駆ける。運転席には、角刈り頭にガーゴイルのサングラスをかけた、風紀課の不良警官・溝口(ミゾグチ)が座っていた。
「ったく。いつもいつも、人をタクシー代わりに使いやがって」
「車のセルモーターが調子悪くてな。まぁ飯奢ってやるから、そう腐るな」
「だからオンボロ車なんか止めて、国産車に乗れって言ってるんだ」
「WRX、EJ20エンジンは製造中止らしいじゃないか。次は何に乗るんだ?」
山田は助手席から車窓を眺め、からかうように言うと、溝口が頭を振った。
「ハァ……さぁな。壊れるまで乗り潰して、後のことはそれから考えるさ。だが今のところ、俺の車は絶好調なんだ。お前のオンボロと違ってな」
繁華街の膝元、空港リムジンバスが停まる左車線の向こうは、露店駐車場。行き交う人々を避けつつ、溝口が歩道から駐車場に車を乗り入れ、発券機の駐車券を引き出すと、発券機の液晶表示が『満車』に変わった。
溝口はヒュウと口笛を鳴らすと、車の犇めく駐車場へとWRXを進ませた。
繁華街の裏路地の奥深く、隠れ家のようにこじんまりと建つレストラン。
「ロシア料理『ダーチャ』。いつもいつも、珍しい店を良く見つけるな」
「ヘッ、迎えの駄賃だ。一番高ェコース料理を奢ってもらうからな」
溝口が厭味ったらしく笑うと、木製のドアを潜って店内へと歩み入る。
「いらっしゃいませ」
「よっ、どうも。今日は2人だ」
「かしこまりました。こちらの席にどう……」
黒髪を頭の後ろでまとめた、ウェイターの美青年が女性と見紛う顔で笑い、溝口の後ろから現れた山田の姿に目を見開き、真顔で言葉を失った。
「……何だ。お前ら、知り合いか?」
「いや。私は、この店に来るのは初めてだよ」
山田はウェイターと正面から向き合い、言った。確か名前はマコト。山田が訳合って焼き払った、山奥の診療所で居候をしていた『訳有り』の青年。
「だよな」
溝口は不思議そうに首を捻り、山田を伴ってテーブル席の一角へと座る。
数十分後。ウェイターの美青年が、山田と溝口のテーブルへとコース料理を次々に運んでくる。前菜の盛り合わせ・ザクースカを手始めに、ロシア風の揚げパン・ピロシキ、野菜と肉を煮込んだ赤いスープ・ボルシチ、きのこの壺焼き・グリバーミと続き、仕上げに肉料理。山田の皿はロシア風の牛肉の串焼き・シャシリクで、溝口の皿は牛フィレ肉のステーキだった。
溝口のステーキコースは、山田のシャシリクコースより1,000円高かった。
「ごゆっくりどうぞ」
青年は何か言いたげに山田を横目に見つつ、一礼してテーブルを去る。
「ヘッへ。こうしてお前さんと食卓を囲むのも久しぶりだ……な!」
子供のように顔を綻ばせ、切り分けたステーキに齧りつく溝口の姿に山田は苦笑した。溝口の懐は、山田からもらった『お小遣い』で膨らんで見えた。
「量の多い料理をこなすのが辛くなると、自分が歳を取ったと感じるな」
「何だ、勿体ねえ。いらないなら、俺が全部食ってやるぞ」
話しつつも手当たり次第に料理を食らう溝口に、山田は笑って肩を竦めた。
「食べるさ。ロシア料理は初めてだが、ここの料理は実に旨い」
「シェフの顔が見てみたくなったか?」
「さては、本物のロシア人だな」
「当たりだ。つまんねえヤツ」
溝口がボルシチをかっ込み、山田はグリバーミの壺の頭のパイ生地を割り、中身のキノコシチューに漬けて食べる。やがて2人は料理を食べ尽くした。
「デザートと、ロシアンティーです」
青年が空の皿を次々と下げ、紅茶カップとアイスクリームを差し出した。
「あいつ、さっきからお前のことチラチラ見てるぞ」
「知り合いか誰かと間違えてるんだろう」
「もしかすると、お前に気があるんじゃないか?」
「彼は男だよ」
山田が言うと、溝口は目を剥いて紅茶を噎せ、手拭いでテーブルを拭いた。
「何でわかる!?」
「どこに目がついてるんだ。彼は男のウェイターの格好をしてるだろう」
「いや……待てよ、言われて見りゃそうだな……そりゃそうだが……」
溝口が半分顔を赤らめ、肩越しに振り返って青年を盗み見た。
「そうだ、この前も喫茶店に行った時、おかしな男に声をかけられたよ」
「おかしな男? お前、そういうのを惹きつける体質なんじゃねえか?」
「古いスポーツカー、それも緑のボルボに乗ってた男でね。私の隣に停めて車を降りるなり、突然話しかけて来たフリークさ。頭はボサボサで……」
山田の話を聞いて、溝口の顔が驚きに固まるのを山田は見逃さなかった。
「どうした。知り合いか?」
溝口は視線を逸らして頭を振り、意地悪い笑みを浮かべて向き直った。
「いや……いや。知り合いじゃねえが。この先が聞きたきゃ『有料』だぜ」
「悪いが、持ち合わせが少なくてね。他を当たるとしよう」
山田はブラックベリーを取り出し、『卜部(ウラベ)』をサーチした。
「アッ、お前キタねぇぞ!」
「どっちが汚いんだ。少し黙っていたまえ」
山田が卜部の番号をコールすると、1コール半で電話が繋がった。
「――オラ、セニョール! ハハハ、久しぶりじゃないか、山田ァ! 俺も丁度電話しようと思ってたところなんだ、気が合うねぇ実に素晴らしい」
山田の脳裏に、ジョニーデップめいたアロハ男の姿が思い浮かんだ。
「何だと、また厄介事を押し付ける気か」
「――ハッハハ、話が早くて助かる!」
「こっちも聞きたいことがある。男を知ってるか」
「――公安の情報網にタダ乗りたぁいい度胸だな! で、男ってどんなだ」
「緑色のボルボの古いスポーツカーに乗ってる。ボサボサ頭で髭の男だ」
「――あーあそりゃアイツだな。お前がどこでそいつを知ったか知らんが、悪いこたぁ言わんから、手を出すのは止めとけ。暴れたらヤバいぞ」
「会ったんだよ、この前。喫茶店……『Zingali』の駐車場でな」
「――何だって!? 野郎、この街に来てるのか! そいつが本当だったら大変だ! 顔を合わせるつもりじゃいたが……今すぐ会えるか、山田!?」
「今丁度、グルメ通りのロシア料理店で昼飯を食べ終わったところだ」
「――何だ、スケと食事中に他の事を考えるたぁ、とんだ女泣かせだな!」
「友人だよ」
「――ハハハ、そういうことにしとこう、じゃすぐ行くぜ、アディオス!」
――――――――――
市街地の外れ、高速道路の高架下。タイヤの擦過音が響く薄暗い空き地に、銀色の車が2台停まり、黒スーツ姿の男と女が向き合っていた。
1台の車は、ボルボ・S60 T6 ポールスター。ボサボサ頭の渋面で腕組みして立つ男は、殺し屋・不破定。対するもう1台は、プジョー・508 GTライン。ボンネットに半身を預けて褐色の長髪を靡かせ、ハーフ系の美貌に挑発的な笑みを浮かべる美女は、情報屋・黒川(クロカワ)リュシエンヌ。
「黒川さんよ。オメーの仕事はもう受けねぇ、俺はそう言ったよな?」
「黒川さんだなんて余所余所しいわね。ルーシーって呼んでもいいのよ?」
黒川はダンヒルの紙巻きを咥え、おどけたように言って火を点けた。
「魔女め。仕事を持ってくる時だけいい顔しやがって、騙されねえぞ」
「そうつれないこと言わないでよ。貴方がカレイドケミカルを潰したせいで私の産業スパイ計画は台無し、殺人ウィルスも水の泡になっちゃったのよ」
不破は深々と頷き、ヴィンセント・マニルの手巻きを咥えて火を点ける。
「あーあ、いい響きだ。俺ってば、まーた世界救っちゃったんだもんな」
「そんな救世主、日本一の殺し屋こと不破さんに頼みたい本日のお仕事は」
「やらねえよ。おだてたって無駄だ」
それきり2人は沈黙し、無言のまま煙草を淡々と燻らせ続けた。
「車、変えたのね」
「あぁ? P1800Eはガレージの中でお眠だよ。こいつはただの仕事の足だ」
「あらそう? あの古臭くてダッサイ車より少しは見栄えがするじゃない」
「んだと、お前に何が分かる。いいか俺は最近、旧車の仲間を見つけた!」
「何よそれ……」
指を突き突けて満面の笑みを浮かべる不破に、黒川が呆れ顔を返す。
「車はベージュのクーペでワーゲン、名前は確か……3……そう、タイプ3!」
「持ち主は男? 女? まあ十中八九、男……それもオッサンでしょうね」
「ご名答! 髪こんな撫でつけて、俺より少し歳で、名前は……知らん!」
不破の説明を聞いて、黒川の眉尻が僅かに上がり、彼女は口角を歪ませた。
「製造年も俺のは1971年、奴さんは1969年と近い! 出会いは運命だ!」
「まぁ確かにある意味、運命の出会いかも知れないわね」
「あぁ? な、何だよ急に同調しやがって。気持ち悪いな」
黒川は紫煙を吐くと、紙巻きを弾いて灰を落とし、意地悪に笑った。
「あんたこそ、自分が誰とうっかり鉢合わせしたか、分かってないようね」
「あぁん? 何だその含みのある物言いは。お前、奴さんが誰だか――」
「教えなーい。仕事を選り好みする意地悪さんには言いたくありませーん」
黒川は歩み寄る不破を、軽やかな足取りでひょいと躱した。
紫煙と長髪を靡かせ、プジョーの周囲を歩き回る黒川の、タイトスカートの尻を凝視した不破が両手を広げ、ピッタリ後をついて追いかけ回した。
「何だよ! スゲー気になるじゃん! 教えろ! そいつは誰なんだ!」
「知りませーん」
「そいつは一般人なのか!? それともヤバいヤツ!? どっちだ!」
「わかりませーん」
「ちょっとだけ! ねえちょっとだけ、名字だけでもいいから教えて!」
「言いたくありませーん」
「ああーもう気になる、せめてイニシャル、イニシャルだけでも!」
中腰で黒川を追う不破の眼前で、張り詰めたスカートの尻が動きを止める。
「まぁイニシャルだけならいっか、特別に大サービスね。Y・K」
「Y・K……イニシャルじゃわからん! どっちが苗字、どっちが名前!?」
「さあねー」
「クソ、半端に聞いたらますます気になる! 教えてくださいよ黒川様!」
殆ど懇願に近くなった不破の様子に、黒川がニヤリと笑って振り返った。
「教えて欲しい?」
「教えてくださいお願いします、誰か分からないと俺は夜も眠れねぇ!」
「教えて欲しかったら、やるべきことがあるんじゃないかなぁ?」
「何でもやります! 教えてもらえたら何でもやりますから!」
「フフ、いいこと聞いちゃった……今何でもするって言ったわね?」
しまった、と口元を押さえた不破に、黒川は勝ち誇ったように微笑んで顔を寄せた。見上げる不破に、黒川のブラウスの胸元から素肌が覗いた。
――――――――――
繁華街の裏通り、ロシア料理店『ダーチャ』から筋二つと程近い所にある、道路沿いの喫茶店『ハイランダーズ』。山田は卜部と共に店に歩み入る。
卜部はアロハ姿に日焼けした肌とウェーブがかった茶髪で、その胡散臭さはやはりジョニー・デップにそっくり。とても公安警察には見えなかった。
「おっちゃん、ブレンドコーヒー2つね。俺はミルクたっぷりで」
「私はブラックで」
「はいよ」
卜部は山田に店の奥を指で示し、カウンターの突き当りに2人は座った。
「それでだ。お前、本当に不破と……っと、奴さんと会ったのか?」
「フワ、と言うのか。お宅の口ぶりからすれば、一般人ではなさそうだが」
「会ったのか、会ってないのか、どっちなんだ?」
「会ったさ。顔が解らなきゃ、その不破ってヤツかどうかも分からんがな」
山田は懐からシガレットケースを取り出し、チュービング煙草を咥えながら頭を振った。ジョージ・カレリアス・アンド・サンズの手巻き葉だ。
卜部はドラムの包みと巻紙をズボンのポケットから取り出すと、手巻き葉を摘まみ出し、手だけで巻紙を綺麗に整えて、即席の手巻き煙草を作る。
2人は口々に煙草を咥え、ライターで火を点した。2人の頭上の壁で換気扇が忙しく回り、2人が吐いた紫煙を次から次に屋外へと掻き出していた。
卜部はフムンと唸って、ジェミニ・PDA……ノートPCのように二つ折りでき物理キーを備えたスマートフォンを取り出し、開いて画面を操作した。
「お前が見た男は、こいつか?」
PDAがカウンターを滑り、山田の前に画面が……不破の写真が差し出される。
30年前に流行ったような花柄のボーンチャイナのカップに、サイフォンからコーヒーが並々と注がれる。口髭を蓄えた店主は無駄のない動きで、片方のカップにミルクを注ぐと、ミルク入りを山田に、ブラックを卜部に渡した。
「もうッ! 俺がミルク入りだって言ったじゃん!」
「そう怒るなよ。取り換えればいいだけだろう」
声を殺して起こる卜部に、山田はぞんざいな答えを返した。視線は、PDAの5.99インチ液晶に映る不破の写真から放さない。
「この男、何者だ?」
「殺し屋だよ。ヤツはフリーだから、金さえ出せば誰の仕事でもするがな」
「誰の仕事でもするって感じの顔じゃないな。癖の強そうなヤツだ」
「見た目はともかく、腕は確かだ。カレイドケミカルの一件は、誘拐された女の奪還を依頼されたヤツの『ゴト』だったって噂だ。それも一人でな」
「カレイドケミカル? あの、重武装した私設警備隊を雇ってる会社か?」
「雇ってた、だな……正確には。本社ビルの襲撃後、生物兵器の製造計画が何者かにリークされて株価は大崩落……グループは離散して死滅状態だ」
「その引き金になる襲撃を、本当に一人でやったってのか?」
「ヤツは基本的に一人で『ゴト』を行う。と言っても、噂はあくまで噂さ。だがヤツが襲撃に関与した状況証拠をある程度、俺たちは掴んでいるんだ」
「成る程。会ったのは恐らく偶然だろうが、私も気を付けるとしよう」
「オーケイ、お役に立てて光栄だね。持つべきものは何とやら、だ」
2人はコーヒーを半分ほど飲むと、新しい煙草に火を点けた。
「さて。ヤツの話はこの辺で、今度は俺たちの『ゴト』の話をしようか」
「まだ受けるとは決めてないぜ」
「まあ聞けよ。実を言うとこの件は、お前一人じゃなしに複数人でかかってもらいたいんだ。お前の雇い主『KSC』に話を通したいと思ってる」
「ソーコムまで巻き込む気か? 依頼人は誰だ? 公安? 警察上層部?」
卜部は煙草を挟んだ指を口元に立て、チュチュチュと舌を鳴らした。そしてウィンクを見せようとして、紫煙が目に染みて軽く噎せた。
「まあその辺は……な。非公式だから。ともかく、最近ちょっとヤバい噂がウチの方にも入って来ててさ。ちょっと少人数の『調査』要員が欲しい」
「それ、本当に『調査』で済むんだろうな?」
「婉曲表現さ、奥ゆかしいだろ。本当に済むなら自分らで踏み込んでる」
「回りくどいな、本題にさっさと入ったらどうなんだ」
うんざりした表情で山田が言うと、卜部は不敵に笑ってPDAを操作した。
――――――――――
「カレイドケミカルから流出した、殺人ウィルスの血液サンプル!?」
「声がデカイわよこのバカ!」
大声で喚いた不破の股間に、黒川が戒めの膝蹴りを入れた。
「アーッ!? ……な゛せ゛こ゛か゛ん゛を゛け゛っ゛た゛……」
股間を押さえて蹲って悶絶する不破を、黒川はゴミを見る目で見下ろした。
「サンプルは既にカレイドの手を離れているから、カレイドからというのは少し違うけど……まあ結局、あんたの昔の仕事の延長みたいなもんでしょ」
「みたいって何!? 俺ちゃんと仕事したもん! 100%オールOK!」
不破はキレ気味に言葉を返し、顔を上げて黒川のスカートの中に燦然と輝く金色のショーツを直視して、目の眩むような顔で嘆息し頭を振った。
「オゥ、ゴールド……お前そんな派手なの穿いてるなんてちょっと引くぜ」
「み、見たわねッ! 下着は何をつけても自由だろうがキーック!」
「ゲボーッ!?」
顔面を蹴られて転がる不破、黒川は足元に吸い殻を放り、パンプスの靴底でタバコをもみ消し、腕組みして閻魔大王のように厳然と見下ろした。
「よぉーし、もう怒ったわ。あんたの仕事の尻拭いがちゃんと出来るまで、あんたの愛しの旧車友達のお名前は絶・対・に、教えてあげなーい」
「ハァ、ずりぃ! 本来は手前の仕事なんか絶・対・に受けねーんだぞ!」
「だって、あんた何でもするって言ったモーン。男に二言があるっての?」
「あるッ! でも、俺の旧車仲間が誰かってことも知りたい! 今すぐ!」
「あんたが嫌なら他に仕事を持ってくだけよ。どうする? やめる?」
黒川は運転席に乗り込む仕草をして、不破に手をヒラヒラと振って見せた。
「ぐぎぎッ何と卑劣なッ……やりますぅ、是非ともやらせてくださいぃ!」
黒川は会心の笑みを浮かべ、運転席のドアを閉じて不破の前に歩み出た。
「よろしい」
【FUWA never know YAMADA the Killer
終わり】
【次回に……続く?】
From: slaughtercult
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SEE YOU NEXT TIME!
【1話:FUWA meets YAMADA the Killer】
【2話:FUWA never knows YAMADA the Killer】☜ Now Section.
【4話:MATE. FEED. KILL. REPEAT.】